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亀甲天神  作者: 翠條サツキ
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雨乞い(1月3日深夜)





 風が社を囲む木々を揺らし、ようやく訪れた静寂を彼方へと吹き飛ばす。ざわめきは潮騒のように遠く近く、強く弱くと一定しない。

 けれど、それは聞くものに不快な感情を抱かせるものではなく、むしろ心地よい大合唱となって周囲に響き渡る。ここ数日、朝も夜も関係なく人が押し寄せて来ていたことで疲れきっていた彼らにとっては、一服の清涼剤のようであった。

 が、癒しの音楽もまったく効き目のない存在もいた。



「いい加減、もう帰っても良いだろう。約束通り、年末から正月三が日いたんだ。役目は果たしたぞ」



 社の最奥、御神体が祀られた祭壇を背に胡座をかいて座る青年が、目の前にずらりと並ぶ者達に大声で主張していた。すでに青年の中では『役目終了』が決まっているのか、服装も着物から洋服に変わっている。



「そうおっしゃられましても、巫女殿からの情報によりますと今年の冬休みは大半が8日まで。参拝者はまだまだ来ると思われます。なのに肝心の命様が不在では、せっかく足を運んだ彼らの苦労が水の泡になってしまいます」



「水の泡もなにも、いてもいなくても同じなんだから、いつ来たって無駄足なんだよ」



 あまりな内容にそこかしこでため息をもらす者や頭を押さえる者が続出する。いくらソレが真実でも『命』の名を持つ者が、ここまできっぱりはっきりと言っていいセリフではない。



「いくらなんでも、そこまでハッキリ言うのはどうかと思いますが」

「曖昧に言っても意味は同じだ」



 至極もっともなのだが、全てが直球では世の中は回っていかない。



「……とりあえず、残っている本日分の願いを片付けて下さい。命様以外、出来ないことなんですから」



 役目に関しての議論は後回しにする。続けても平行線を辿るだけなのは、今までの経験からよく分かっている。



「えー、まだあるのかよ」

「この数日で何十万人訪れたと思っているのです。何でしたら今年の参拝者数、下一桁まで申し上げますが?」



 ひとりひとりの願い事を記録しているのだから人数どころか性別、年齢まで完璧に把握している。



「いらん、吐き気しそうだから。すりゃあいいんだろ、仕事。するから、ちゃっちゃと進めてくれ。あ、同じ願いごとはまとめるように。無駄は省けよ」



 青年の言葉にひとりが扉の向こうに声をかける。すると即座にいくつもの箱が室内に運び込まれた。

 飽きっぽい主に仕える彼らの用意は周到で、行動は迅速だった。





* *





 遥か昔から青年の仕事の手順は徹底している。特に願いごとは仕事の大半を占めるため、スリム化がもっとも進んだ部門だったりする。

 居並ぶ者達がそれぞれの前に置いていた箱を開けて行く。箱は紐で封印されており、その色別に願いごとの種類が分けられていた。



「では、一番多いものから」



 青い紐が脇に置かれた箱から真っ青な一枚の紙が取り出され、前列に座る者にそれが手渡される。



「試験に合格できますように」

「効率のいい勉強方法を見つけろ。次っ」



 黄色い紙がまわされる。



「健康でいられますように」

「自己管理を怠らず、マメに検査を受けておけば大抵なんとかなる。後は運だな。俺達の関わる事じゃない。次っ」



 赤い紙が手元に届く。



「好きな人が自分を好いてくれますように」

「心なんざ不安定なものなんだから、努力すりゃなんとかなる。次っ」



 緑の紙が差し出される。



「勝負に勝てますように」

「体力勝負なら鍛えて相手の弱点を探ればいい。知力なら攻略方法っを吟味して、相手にないものを出せばいい。次っ」



 紫の紙が置かれる。



「あの人と会えますように」

「他力本願もいいところだな。色々手段はあるんだから自分で見つけ出して、会いに行け。次っ」



 白い紙が運ばれる。



「幸せになれますように」

「だから、自分でなんとかすることだろ、それは。努力しろ。そして掴んだら離すな。次っ」



 黒い紙が一番上に重ねられる。



「あいつが死にますように」

「そんなこと頼むな。止めないから自分でやれ。……これで終わりか?」

「はい。ですが毎年これでは問題があります」



 結局青年は何一つ願いごとを叶えない。

 こちらは三が日だけで50万人以上の信仰心を貰っているというのに。



「毎年同じような事しか願わない方が悪い」

「人の願いなど、いつも同じものです」



 像も社もなかった頃から、人が願うことは『幸せになりたい、幸せになってほしい、不幸になってしまえ』この3つに大きく分けられる。彼らの中に願う対象が存在する限り、変わることはないだろう。



「彼らがどう思おうが勝手だがな。神社は願いを叶える場所じゃない、意気込みを報告しに来る場所だ。少なくとも俺はそう思っている」

「そうですけど……」



 全ての願いを叶えることは無理だ。

 そんなことはもちろん分かっているが、どこにも届くことなく消えて行く想いが悲しかった。

 願いの行く末を愁い、うつむいてしまった従者に青年が苦笑する。



「ほんと真面目だな、お前は。……分かったよ、今年は8日まで本殿にいる」



 思いがけない青年の発言に全員が身を乗り出す。



「でも、だ!」



 喜色満面の彼らに青年はある条件を突きつけた。



「願いごとを全部持ち込むな。俺が気にするものか無視するかの区別くらいつくだろ。そっちで分類してから、俺のところに持って来るように。切り捨てと思うな。大概の願いごとは本人がどうにか出来るものばかりなんだからな」

「はい、分かりました」



 全員の声が綺麗に重なる。



「じゃあ、今日はこれで解散っ」



 そう言うと、青年はさっさと社を出た。





* *





 後ろを振り返ることなく、そのまま神殿まで歩き、松の古木の前で青年は立ち止まった。そして木々の間にわずかにのぞく夜空を見上げる。月が見えない代わりに有名な冬の星座の一部が目に入る。

 しばらく彼方の輝きを眺めた後、青年は盛大なため息をもらした。



「明日も晴れか」



 期待した雨雲の気配は見渡した空のどこにも見つからなかった。これで明日も参拝客が押し寄せるのは確実だ。



「雪でも降れば良いのに」



 そうすれば最寄り駅の電車の本数も、そこからのバスの便数も極端に少ないーーー正月三が日は一日9本の無料シャトルバスが運行されていたーーーここを訪れる人数は激減する。けれど関東に位置するここは2月にならないと滅多に初雪が降ることはなく、その願いが叶えられることはまずなかった。



「天神にでも願いごとしに行ってやろうか」



 年末からずっと本殿に拘束されてる上、なし崩しに今年も滞在期間を延長することになってしまった青年は半ば本気で呟いた。






旧サイト 2001.1.4UP分を加筆修正


確かシリーズで一番最初に書いた話。


※昔のアップの年を間違えていたので修正しました。


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