少女は勇者の夢を見る
【短編】『願わくば勇者の糧とならんことを』の少女視点となります。そちらの方を先に読まれると、より繋がるかなと思います。
貴方は「勇者」を信じますか?
「爆発クロワッサンを一つ下さい。」
常連のお兄さんが声を掛けてきました。その人は、私なんかよりとっても背が高くて、それなのに私よりも痩せてるんじゃない?ってくらいスレンダーでした。
それに、いつも焼き上がって、店頭に出したその瞬間にやってくるものだから、どこかで焼き上がるのを監視してるんじゃないかと思っています。
いつも通りにお金を受け取って、ニコニコ接客をしていました。でも、やっぱり怪しいと思って、その日話しかけてみました。
「私はいつも何してるのかだって?私は本屋さんで働いて、街のみんなに本を売っているよ。なに、最近の若者は本を読まないというけれど、意外と活字には触れている方だよ。まあ、高尚な本を読んで、知識人ぶる若者は減ったかもね。」
お兄さんは優しく笑いながら、私に答えてくれました。私はますます気になってしまって、ついつい色んなことを聞いてしまいました。
彼は私よりももう少し年上くらいの時に、魔法学院ってところに通ってたみたいです。そこで、とっても優秀で、センボーの眼差しを受けまくり、高嶺の花だったと言っていました。とにかく、魔法がとても上手なことだけは何となく伝わりました。
魔法について聞いたのは失敗だったかもしれません。目をキラキラさせながら、誰々の魔法はなってないだの、誰がテイショウした魔法は本質が見えていないなどと、様々なことを言っていました。きっと、魔法がとても好きなんだと思います。
帰り際に、いつも美味しいクロワッサンをありがとうと言ってもらいました。だから私は、いいえ滅相もありませんと答えました。とりあえず褒められたらそう答えとけと、お父様がいっておりましたので。
今日も一日が終わり、お風呂に入った後、私の楽しみは『王国史』勇者編を読むことです。魔族から追い詰められて覚醒し、魔を滅する最強の光でバッタバッタと魔族を倒していくのです。そして最後には、魔王と一騎討ちをして、差し違えて共に倒れてしまうのです。
なんて、かっこいいのでしょうか。私は勇者にとっても憧れています。みんなの笑顔のため、一人で立ち上がり国を守る。なんて素敵なんでしょうか。
私にも勇者様がいてくれたらな、なんて思っちゃいます。勇者様がいつきてもいいように、常に笑顔の接客を心がけているのです。
次の日、なんと勇者様がこの国に現れたと王様が言っていました。まさか、こんな日が来るなんて夢にも思いませんでした。
私は張り切って、カウンターに立ちました。今日は少しだけ髪を巻いて、とびっきりの笑顔でお客様に接客するのです。
クロワッサンが焼けたころ、あの魔法好きなお兄さんがやってきました。やっぱり、ちょうどお店に出す時にいらっしゃいます。これって聞いてもいいんでしょうか?
でもその日、お兄さんは何だか思い詰めたような顔をしていました。何か悩み事があるのかしら。しかし、とても深刻そうな顔つきでしたので、話しかけずそっとしておきました。
彼はクロワッサンを見て少しだけ笑みを浮かべました。魔法のことを話している時よりも、クロワッサンを見ている時の方が幸せそうです。
その次の日、お兄さんは来ませんでした。いつもなら必ず来る焼き上がりの時間に来なかったので、少し心配でした。昨日、あんなに思い詰めた顔をしていたので、もしかしたら何かお仕事でミスをしてしまって怒られているのかもしれません。
その次の日も来ませんでした。もうクロワッサンに飽きてしまわれたのでしょうか?お父様にもしかして焼き加減が違うのではないかと問い詰めましたが、お父様はいつも通りだと答えました。実際食べてみましたが、いつも通り美味しいクロワッサンでした。
お兄さんが次にやってきたのは、ちょうど一週間後くらいでした。目の下にはクマがあり、服はヨレヨレで、いつもはインクの匂いがしていましたが、今日は何だか変な匂いがしました。
「爆発クロワッサンを一つ下さい。」
久しぶりに声を聞きましたが、何だか声に覇気がありません。私は心配になったので、最近調子どうですか?と聞きました。
お兄さんは少し目を見開いた後に、いつも通り元気だよと答えました。でも、お兄さんはいつも感情が顔に出ているのでバレバレです。絶対、何かとても大変なことがあったんだと思います。
しかし、私は余計なことを聞きません。「余計な詮索は無用だ。」と勇者様がおっしゃっていたので、変に首を突っ込まないようにしています。とてもとても気になりますが。
次の日、人生で忘れられない日です。まず、勇者様が亡くなられたという知らせが、王国に広がりました。そして、魔族がこの国を襲ってくるみたいです。
私はショックで泣き崩れました。その日は、店頭に立つことすらできません。泣いて泣いて泣きじゃくって、そしたらちょうど夕暮れ時になっていました。
お外が静まり返っていました。いや、鳥が羽ばたく音が聞こえていたような気もしました。
どうしたのだろうと、お外に出てしまったのが、私の運命を大きく変えてしまったと思います。魔族が来るって王様が言っていたのに、すっかり忘れてしまっていたのです。
お外には、とても怖い顔をした魔族が空にたくさんいました。その中の一人が私を見つけて、この世のものとは思えない顔で嗤っていたのです。
そして魔族が私の下にやってくるって時に、あのお兄さんが、私と魔族の間に入ってくれました。でも、足はとっても震えていました。やっぱり、お兄さんは分かりやすいですね。
それに、間に入る時、石畳に躓いて転けそうになりながらやってきました。なんか締まらないなあと思いました。
魔族が炎の魔法をこちらに向けて打ってきました。私もお兄さんも死んでしまう、私がお外に飛び出したばっかりにと思いました。でも、お兄さんはとても冷静でした。
何か唱えると、黒い魔法が手から湧き出てきて、炎の魔法に絡み付きました。そして、炎の魔法を黒く染め上げて、そのままパンと消えてしまいました。
私は夢の中にでもいるのかと思いました。今目の前では、魔族と人間が戦っているのです。これは物語なんかじゃない、現実なのです。
魔族はたくさんの魔法を私たちに向けて打ってきました。一つ一つの魔法がとても大きな音を立てて迫ってきていて、私は魔族の恐ろしさと本当に死への恐怖を初めて自覚しました。
でもお兄さんは足の震えが止まっていました。また何かを唱えたと思ったら、黒くてちょっとベタついてそうな何かを前に貼り付けました。そして、魔族の魔法はその黒いベタベタに触れた瞬間、全てが止まりました。
もはや御伽話の世界です。お兄さんはそれをそのまま魔族に向かって跳ね返し、魔族たちは全員消えていきました。
お兄さんに何か声をかけたくて、話しかけようとした瞬間、ものすごい速さで私を抱え、裏路地へと連れて行かれました。
お兄さんが上を見ていたので、私も見たのですが、この世のものとは思えない何かがそこにはいました。私は息をするのも忘れてしまったかのように、その何かから目を離せませんでした。
しかしお兄さんが私の目を見てくれて、ようやく我に帰りました。そして、頬をピクピクと動かしながら、とてもぎこちない笑顔で、家に帰りなさいと言ってくれました。
お兄さんはとっても分かりやすいです。きっと、とても怖いんだと思います。でも、余計な詮索は野暮だって、勇者様はおっしゃっていたので、ありがとうございますとだけ伝えて、裏口から家に帰りました。
扉のすぐそこには青ざめたお母様とお父様がいました。お父様は私に拳骨をしました。拳骨1発ではたりないくらい、悪いことをしてしまったと思っています。だから、私は泣きませんでした。
「ごめんなさい、お父様、お母様」
私はただ謝りました。お母様が私を抱きしめ、お父様は俺がお前たちを守るからと言いました。私を助けるために外に出たかったけれど、どうやらお父様はお兄さんのことをよく知っていたみたいで、あの場は彼に任せるしかなかったと言っていました。
後から聞いた話ですが、お兄さんは魔法学院の首席だったそうです。しかし、平民だからという理由で冷遇され、追放されてしまい、今では本屋さんで働いていると聞きました。
そして大きな音がして、私は窓からお兄さんを見ました。すると、ちょうど右のお腹を押さえて蹲っていました。
魔族は嗤いながら、お兄さんのすぐ近くまで来ていました。それを見て、私の胸の中で何かがドクンと叩いてきました。
そして、本能的に私がその魔族に手をかざした瞬間
光が爆発しました。それはとても心地の良い魔力で、でもお兄さんの魔力には及びませんでした。
そしてその光を浴びた私の心臓は、煩いくらいに鳴り始めました。そのまま倒れ、胸を抑えて暴れました。そして、気がつけばベッドの上にいました。
あの光は、勇者様が覚醒する時の光のように感じました。お話通りの光でした。しかし、私はそれよりも、お兄さんの黒い魔力で頭がいっぱいでした。
起きたのは正午ごろ。そして私はあの正午のことも一生忘れることはないでしょう。
「国民の皆様。どうかご清聴をお願いします。我々の国は、腐敗しています。勇者の存在は嘘でした。王は魔族と結託し、この国を売り渡しました。その代わり、税を国民から搾り取り、私腹を肥やすことに腐心しています。魔族は我々を餌として、この王国で飼育しようとしています。これが許されていいことでしょうか?今回の勇者の死の報告は虚偽です。そもそも勇者なぞ存在してはおりません。そして、魔族が襲ってきたのも、王は全て知っていました。王は魔族にこの国を襲うように指示していたのです。こんなこと、ありえないとお思いでしょうが、真実なのです。私たちは一致団結し、王を弾劾し、そして魔族を追い払わなくてはなりません。結びに、未来の勇者へと言葉を贈ります。
拝啓、未来の勇者諸君
このどうしようもなく愚かで哀れで、それでいて救いようの無い世界に、どうか希望を与えてはくれないだろうか。私はあなたたちに何かを教えるほど、偉くもないし強くもない、ごく普通の人間だ。だけれども、どうか人の未来を、笑顔を、守って欲しい。願わくば勇者の糧とならんことを。」
私は外を飛び出しました。お母様もお父様も私を止められませんでした。そして、あのお兄さんを探しました。しかしどこを探したってお兄さんはいませんでした。
その後、王が先ほどの演説は全てこの国を陥れようとする大罪人の戯言であると、国民に告げました。
私はあの方が、嘘をついているなんて思いません。お客さんとして接したあの方の様子、そして魔族から私を守ってくれた、まさしく勇者様のようなお姿。
私の中で、何か熱いものが胸から込み上げてきました。比喩なんかではありません。怒りとそしてあの方の助けになれなかったという悔しさ。
気がつけば、私は全身火だるまになっていました。しかし、全く熱くありません。
お父様とお母様が私をみて、目を見開き、持っていた木の棒を取り落としました。お父様は言いました。
「運命とは、なぜこのように残酷であるのか。」
きっと私は親不孝ものです。でも、あの人の魂の訴えを聞いて、私の決心はとうに固まっておりました。
「お父様、お母様。ごめんなさい。私、勇者に夢見る乙女からは卒業です。私は私の手でこの国を守る一人の人間となります。」
少女の活躍は後にこう語られた。
「まさしく一騎当千。目の前にいる魔族はみな彼女の視界に入った途端、灰と化した。勇者の中でも、最も苛烈で、そして最も慈悲深い性格であった。彼女は、英雄に最も感化された勇者であり、魔王討伐後、全世界にクロワッサンを普及した。彼女は生涯誰とも結ばれることなく、王国でパン屋を営み、静かに天寿を全うした。」
<蛇足>
最後まで読んでいただきありがとうございました!
前作で書ききれなかった、主人公の一面を全部書けて満足です。
もし、感想等いただけましたら大変嬉しいです。
読みにくい等ございましたら、ご指摘下さい。




