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 野球の話は、季節が晩秋から初冬ですからお待ちくださいませ。


感想、評価、ポイントを是非ともお願いします!

 海坂の冬は雪国ほどじゃないが寒い。時々、雪が積もるときもある。


 海坂商業は、土地に恵まれている。手狭な城下町のある市街地から少し離れていることもあり陸上競技のグランド、サッカー、ラグビーが可能なグランドと野球用のグランドがある。テニスコートと体育館もあり、県内でも有数だ。ただ、野球用グランドは、手入れを怠ってきた為に荒れていた。


 私は、朝早く出勤してウィンドブレーカーに軍手、鎌や掃除用具を持ってグランドに立った。本当は、もっとスマートなやり方があると思う。


 小林先生が指導してくれるんだと生徒が目を輝かせてとかはないと思っている。この野球部は、スタートラインに立つ準備すらできてないのだ。今、いてくれている1、2年生には土台を作るしんどさを私と一緒に担ってもらわないといけない。それには私が体を張らなければならなかった。


 私は、グランドの隅に放置された使い物にならない机や椅子や粗大ゴミなどから片付け始めた。最初は、寒かったが徐々に体が暖まり出した。1時間が経過した後、忘れ物を取りに来た中田恵理が部室にやってきた。私は、構わず掃除を続けた。彼女が駆け寄ってきた。


 「おはようございますッ!先生、何しているんですか?」


 「何って?掃除だよ」


 私は、汗を拭いながら笑みを浮かべた。


 「何で言ってくれないんですかッ!」


 恵理は、怒った口調だった。


 「中田、こういうのは、気持ちの問題だよ。じゃあ、明日から一緒にやってくれるか?」


「はいッ!」


 恵理は可愛らしい笑顔で頷いた。


「それから、今日、練習前にミーティングをすると伝えたが、全員来るのか?」


「一応来ますけど・・・」


 恵理は可愛らしい顔を曇らせた。だいたい察しがついた。川崎達が私の対応次第で主張するつもりだな。


「中田、こういう場合、危ないけど渡らないといけない場合があるんだよ。じゃないと目標は成し遂げられない」


「・・・わかりました」


 恵理は、心配げな表情を崩さなかった。


 掃除は一人では終わらなかった。だが、時間がかかてもこれはやり遂げないといけない。







 授業が終わり放課後、視聴覚室に部員を集めた。私は集合時間通りに視聴覚室へと入った。室内には、並川をはじめ、中田も前の席で待っていた。2年生は川谷、西もいた。1年生も1人を除いてそろっている。幽霊やサボりグセのある1年生は、マークすべき人間1人以外全員来ていた。様子見かこれを期にやり直したいのかはわからない。まあ、私の顔を伺っているのだろう。2年生は、川崎、高井、神林の3名がまだ来ていなかった。


(合計4人か、敵前逃亡してくれたら楽でありがたい)


 私は、思わず笑みをこぼしそうになった。並川や中田達に彼らに対してメッセージを投げ掛けていた。逃げるなんてヘタレかこいつらはと思ったからだ。


 だが、いい意味でも悪い意味でも期待は、裏切られた。


 視聴覚室の後ろのドアが開けられ、川崎、高井、神林が入って来た。そして少し遅れて、私が、マークしている生徒、三浦拓馬が入って来た。川崎漣は、やや挑戦的な目付きをしていた。高井、神林はまあ川崎の取り巻きだから気にはしていない。三浦は、さも興味なさげな表情をしていた。顔はイケメンだ。切れ長の目と整った鼻が特長で、やや細身、180cmはあり八頭身で足は長い。そして、触れたら危なげな雰囲気を出していた。一匹狼で友達も少ない。彼にはそうならざる得ない事情がある。


 「すいません。他の先生に呼ばれてまして遅れました」


 川崎は見え見えの理由をつけた。


 私は、一瞥すらせず話を進めた。こちらから話かけるようなことはしない。ある意味想定内の行動をしてくれている。


 「君たちも既に知っているだろうが、与坂先生が、今年度一杯、体調不良で休まれることとなった。私が野球部監督を引き継ぐ。なお、代行ではなく転勤しない限り監督が変わることはない。そう思って下さい。」


 教壇から回りを見た。みんな黙って聞いていた。


 「きみ達の力については、全部把握している訳ではないが、秋の大会できみ達の試合を見ていた。確か9-2、7回コールドだったね。何故負けたと思う?」


 全員の視線を見渡す。並川や中田、川谷達は、私が違う視点で見てると感じているようだ。1年生達は、互いの顔を見合わせたりしている。川崎達は、私がありきたりな解答を言うと思い嘲った視線だ。三浦は何を考えているかはわからない。私の指摘にみんながどう考えるかはわからない。どう行動するか選択してくれ。そんな気持ちだ。


 「確か、6回にエラーがきっかけでビッグイニングを作られたよね。それまでは2-2の互角だった。安打数も変わらなかった。きみ達と相手は、差はないんだよ。技術はさほど変わらないが、根本的に9回を戦い抜く体力と集中力が不足しているからだ。チームがピンチの時程、集中して身体を張ってしのがなきゃならないところで踏張れない。結果、差がつく。それは、試合をする為の準備が不足しているんだ。試合を楽しみたいと思うなら準備をしょう。仕方がわからないなら私が得てきたものをきみ達に授ける。きみ達がもし私と共に頑張ったら春の大会は、9回まで戦えて勝てるはずだ。やる、やらないはきみ達の自由だ。勝ちたいか?」


 私にはウサギさんチームの若大将監督のような扇動者アジテーターとしての才能がないなあ。正直、上手く言えない自分にショックを受けていた。


 顔を上げると例の4人以外、真剣な眼差しを向けてくれていた。ありがたかった。どんな形であれ第一歩が踏み出せると思った。


 「じゃあ、勝ちたい、楽しみたいと思うなら言葉は、いらないな!早速、練習をしよう!今日はいつもやっているメニューで構わない。明日以降は、私とキャプテンで決めよう。キャプテンとマネージャーは練習終了後に来て下さい。では、全員着替えたらグランドに集合!」


 「先生!」


 その時、川崎が手を挙げた。何を言うか予想がついた。一発芸でもやってくれるのかと期待した。


 「すいません、今日、用事があるんで俺と高井、神林は休みますんでいいですか?」


 部員達はその場で固まって動けなかった。並川は、天を仰いでいた。おそらく今日は何も言うなと彼らに言ってたのだろう。


 「川崎君!何考えているの!」


 恵理が形の良い眉をよせて怒った。


 しかし川崎達はへらへらとした態度を崩さなかった。


 やはりこいつらには、潮目が変わったことが理解できないようだ。いいだろう。プラン通りに型にはめてやる。


 「川崎、用事とは?」


 理由ぐらい聞いて、ボキャブラリー度くらいを試してやろう。


 「何で言わなきゃならんのですか?用事と言えば用事ですよ」


 思わずため息が出そうになった。つける薬はないのかとぼやきたくなった。


 「わかった。休んでも構わない。但し、明日以降の練習参加は、私の許可が必要だ」


 その言葉に川崎は固まった。


 「私達、監督、選手が試合で勝つという目標が出た以上、一緒になって目標達成に向かわなければならない。しかし、違う方向に向いた部員がいた場合、どんなにいい練習をしても目標達成はしない。誰かが怪我をする。監督としてそのような状況は看過し得ない。ましてや休む正当な理由が言えないのなら尚更だ」


 どうやら、言葉が出ないようだ。


 私は全員に言葉をかけた。


 「練習に参加する者は、着替えたらグランドに集合、休みたい者はここに残って下さい」


 私の言葉を聞いて部員達は続々と視聴覚室から出ていった。その中に三浦もいた。


 「・・・三浦、お前」


 川崎は呆然と言葉を洩らした。三浦は、川崎達を一瞥すると他の部員と共に出ていった。


 視聴覚室には私と川崎達だけとなった。


 「川崎、高井、神林。今なら笑ってごまかせる段階だ。引き返すなら今のうちだよ。別に私は、みんなを強制した訳じゃない。今まであの中にさぼってきた部員もいるだろう。でもみんなと練習しに行った。後はきみ達がどうするかだ」


 私は優しく語り掛けた。極端な話、退部届を渡して促したいが、それでは、彼らのフィールドで戦うことになる。高校の部活動は、本人の意志なのだ。あくまで選択肢は彼らにある。まあ、これ以上は追い込むのも良くはない。


 川崎達は言葉を出すことも出来ず黙り込んでいた。


 川崎、きみは小学生の頃から、あらゆる場面でそうやって自分の立ち位置を主張し、都合の良い場所を作ってきたんだろう?調べさせてもらったよ。でも、私だってここでつまずく訳にはいかない。頼むから楽にしてくれ。時間は有意義に使おう。


 「・・・考えさせて下さい」


 「好きなことをするのに何故考える時間がいるんだい?明日までに返事を下さい。野球が好きなら答えは出てると思うけど、私は待っているよ」


 私は笑顔で川崎達に伝えた。彼らは、うなだれるようにして視聴覚室から出て行った。


 ショックだろうな。今まで思い通りにならない経験が少ないからだろう。


 私は、練習に出てくれることを期待するようなニュアンスを付け加えるのも忘れなかった。彼らの得意技に楔を打つのも兼ねていたからだ。


 川崎達が出ていった後、私は、校長室へ行き事の顛末を報告した。私が、極論に走れなかったのは、川崎の母親が、モンスターペアレントの前歴があり、海坂市の教育委員会の事例検討の題材になった程なのだ。


 校長は『あなたに監督を任せた以上しょうがないわね』と母親が、なにがしかの手段に出た場合、対応をすることを約束した。







 私は、ユニホームに着替て職員用のロッカー室を出た。体育科教諭なら教官室で着替えればいいのだが、昔、高校生のころあの部屋には、いかつい体育教師がたむろする圧迫感が嫌で好きになれなかった。それに、今は私は社会科だから関係ない。


 「先生!」


 呼ばれたので振り返ると中田恵理が、立っていた。心配な顔をしている。


 「川崎君達は、どうしたのですか?」


 「考えたいと言ってきたので帰ってもらったよ」


 「・・・・そうですか」


 「きみや並川に責任はないよ。選択肢は、彼らにある。ああなった状況で引くに引けない立場になってはじめて第一歩が踏みしめることができる。後は彼ら次第だ」


 「・・・先生」


「ところで、みんな揃っているか?」 


 「はい」


 「じゃ、行こうか。『私達のグランドへ』」


 私は、明るく彼女に語り掛けた。


 「は、はいッ!」


 恵理は、笑顔で返事をすると私より先に小走りでグランドへ向かった。



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