表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/44

初戦(1)

よろしくお願いします。

 試合終了後、ミーティングが終わった後に森田史也に翌日進路指導室に来るように言った。


 彼に今後のことについて話す必要があったからだ。この先彼がレギュラーを取ることやまた控えの20人に入ること、成長曲線を描くかといえばかなり困難を極めるものだった。野球選手としての素質にしても他の選手とそんなに劣るものではないとは思っていたが気になる点があった。彼は元から食が細く食べる量が変わらず食育の講習をして以降も体重が増えていなかった。運動機能テストの数値も年末から上がっていなかった。この年齢は伸びがよくなくてもある程度の数値の伸びがあるのだが彼にはほぼ横ばいの状態であった。日誌の記載もありきたりで悩み等すらなかった。また、中田や北村先生からの話でもあまりいい話は聞かなかった。家に帰っても素振りや自主練習的なことを一切やらない。帰ってから雑誌やゲームばかりしているとの話を聞いた。他の2年生部員は何がしかの自主練習をしているが彼は何もしていなかった。結論づけるわけではないが彼は野球部員であることだけで満足しているということだ。自分の中で区切りをつけ諦めている。そうやって3年間を過ごしていくつもりなのだろう。


 そう考えながら進路指導室で彼を待っていた。


 「失礼します」


 「どうぞ、とりあえず、座ってください」


 彼は席に座った。表情は見る限りはそんなに変わらなかった。


 「聞きたいことがあります。森田、君の気持ちを知りたい。今の君は野球部員としてどうだい」


 沈黙を保っていた。何を言っていいかわからない様子だ。


 「先生から見てどう見えているのですか」


 「このことに関しての逆質問には答えるつもりはない。君がどうなのかを聞きたいんだ」


 「先生は僕を野球部から辞めさせたいのですか」


 森田が声を震わせながら言った。


 「それなない。校則に抵触するようなことや君が望むのなら別の話になるが。君の言葉を聞かせてほしい」


 それから1分くらい沈黙した後、彼はポツポツと語り始めた。


 自分が昔から、何をやっても人より劣ってしまう。頑張ってみてもすぐにあきらめてしまう。だからと言って人から置いてきぼりにされたり、孤立するのは嫌だ。周りを見て人に合わせて空気を呼んでその場にいて楽しければいい。その場所にいさえすればいい。一年のときは川崎達のようにあからさまサボりさえしなければ目立たない。そうすごしていた。与板先生から私に代わったくらいからみんなが急に頑張りだして少し焦った。それぞれが家で素振りやランニングなど個々で普段の練習以外でし始めてもそんなに結果が出ないだろうと思っていた。食事面では元々細いので食べ過ぎると吐き気、下痢に悩まされてしまう。ただ、紅白戦、練習試合にもみんなと同じように出してもらっていたのでそれで満足していた。ところが新一年生が入ってきて愕然とした。全員が自分よりはるかに上手く、日野、小池、リカルドをみて敵わないと思った。他の二年も及川をはじめみんなががむしゃらにさらに努力し始めていた。練習試合でも去年まで自分たちが敵わない相手に簡単に勝ったり、強豪にも互角に戦えるようになったチームに自分の居場所を見失った。いまさら急に努力しても追いつく訳がない。自分がどうしていいかわからなくなった……。


 「ではこれからどうしたい?」


 「野球部にはいたいです。でも、今の自分ではついていける自信がないです」


 「なら、違うアプローチで野球をやってみないか?」


 「えっ?」


 彼は呆然と私を見上げた。


 彼に私は今後のことの提案を話した。その内容を聞くにつれて身を乗り出し、彼は喜んで引き受ける事を約束した。




~~~~~~~~~~~~~~~







 「まさか、昨年秋と同じ相手とは…」


 今日、会場に行っていた北村先生、並川から連絡があり、春季大会の抽選の結果、1回戦の相手は小舘南高に決まった。同じ県立高で昨年秋に対戦し2対9 7回コールド負けした相手だった。毎年2、3回戦は突破してくる高校で最高成績がベスト4である。ちなみに昨年秋は3回戦まで進出した。昨秋その試合を見ていたが特徴はあまりミスをしないチームで守りが特に安定している。ウチが負けた理由は前に部員の前で言ったように我慢比べで負けてそのままズルズルと点を取られてコールドになっただけであった。このまま勝ち進めば3回戦で私学四天王の一角、西州高と当たる。今回の目標はベスト4で今夏のシード権奪取である。後は彼らに勝ち癖を付けさせることにある。練習試合でいくら勝ったところで公式戦の厳しい場面で勝つことと比べれば雲泥の差であるからだ。公式戦は貴重な経験が積めることが大きかった。


 抽選会から学校に戻ってきた並川や3、2年生にとっては自分たちの実力が示せるか楽しみな様子でモチベーションを高めていた。


 「小林先生、大丈夫なのでしょうか?」


 北村先生が心配そうに声をかけてきた。そりゃーあなたの常識ではコールド負けした相手に勝とうなんてと思っているが弱小だった過去の重い扉を解き放つには絶好の相手なんだよ。掬星台や稲穂実といい試合しても所詮、練習試合に過ぎないのだから、ここから勝ち進んで強くなるしかないんだよ。


 「これを越えないと何も起こりません。まあ、小舘南さんは踏み台になってもらいます」


 北村先生は私の顔を見て唖然とした表情になっていた。後日、北村先生からその時の顔がダグアウトで試合を見ている時と同じだったと言われた。









~~~~~~~~~~~~~~~






 【はい、西州日報です。いつもお世話になります。はい、海坂商にですか?ええっと、確か小舘南と大会2日目第三試合14:00でADOジャパンスタジアムで行われます】


 今日で何回目だろうか海坂商の問い合わせが組み合わせが決まってから何度も連絡がきているそうだ。春季大会の登録メンバーの冊子を見る限り、監督と部長が変わり、何人かの一年生が登録されている以外、よくわからない。


 大学を卒業して県紙(県内シェア60%強)である西州日報に就職してから10年近くになる。さらに言うと県内のスポーツを扱う部署に異動して5年くらいなった。


 ここ30年間、甲子園初出場校は出ていない。まるで新知事が誕生する以前の県政のように変わり映えのしない高校が出場しよくて3回戦しか進出していない。現在は3年連続初戦敗退、選抜にも4年以上選ばれず、21世紀枠にすら選ばれない。


 そこに橋村県政がお題目として掲げている高校の統廃合を含めた教育改革でどう変わるかが問題だ。3年のスパンだけでは結果が出ない。伝統的に県高野連と県教委は指導者になりうる人材に対して排他的な対応をしてきたからだ。恐らく目覚しい業績を上げなければ否応なしに統廃合の対象にされてしまうだろう。何しろ今の県教委に知事にサボタージュなどの改革に対して抵抗できるだけの根性のある幹部は軒並み左遷や退職の憂き目に遭っているからだ。誰もが野球を起爆剤にして活性化をもたらし自分の高校を統廃合の対象外に持っていくことを考えるが肝心の人材が今の県内の公立校にはいないのだから。


 「染谷さん、月刊高校野球情報の鷲宮さんから電話です。外線4番でお願いします」


 【はい、染谷です】


 【鷲宮です。いつも御世話になります。単刀直入にお聞きしますが海坂商のことで最近変わったことはないですか?】


 鷲宮和司氏、月刊高校野球情報の地区担当である。彼とは県大会の取材でよく会う記者である。彼とは最新の情報などをよく交換している。春季大会では私学四天王、海藻館、海坂以外の情報について聞かれることはめったになかったから海坂商のことを聞かれたのには驚いた。


 【鷲宮さんどう言うことですか?】


 【ご存知ないのですか?先月の解禁日明けからの練習試合で掬星台と引き分けたり、稲穂実に勝ったりしていることを】


 【そうなのですか?一応、監督が秋から変わっているくらいしか…】


 【どなたです?】


 鷲宮さんの質問を聞いて机の上に置いていた冊子を捲り、海坂商のページを開けた。


 【ええっと、名前は…小林大輔監督となっていますが】


 【やっぱり、そうだったんですね】


 鷲宮さんの口調がまるで腑に落ちたような言い方をしていた。


 【ご存知なんですか】


 その後、鷲宮さんから聞かされた。自分と同年代で高校野球選手で槇村選手と同じくらい有名だった選手のことを思い出し、1回戦のから海坂商の取材に行くことにした。このことが切欠で小林監督との付き合いが始まった。


 


 


 


 


 



 






 



 


 





 





 

 

 

評価、ポイント、感想をぜひお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ