(6)
いやあ、気持ちいい。6回を止めたバットに当たったおかげで1球で終わったし、その後の7回も下位打線を真っ直ぐだけで三者三振しかも三球ずつで仕留めた。しかも二つは振り遅れだ。コイツらがなんで掬星台と引き分けたか理解できない。ここで抑えて春季大会で活躍して今年の夏は背番号1を佐藤さんから奪う。
8回表、ダグアウト前でキャッチボールをしながらそう考えていた。味方の攻撃がすぐに終わってマウントに上がろうとしていた。
味方打線は逆転してから7,8回と三者凡退に抑えられている。相手投手が変わってから打てなくなった。球の速さで言ったら出てきた3人の中では一番速い。キャッチャーで地肩が強いからだと思うが打席に立っていた先輩から真っ直ぐと同じ速さから縦に沈む球が来るから打ちにくいと言っていた。たぶんカット系の球だろう。多分打てない。
この回は1番の日野からだ。さっさと終わらせてやる。コイツもそうだが3番バッターを抑えれば、監督も認めてくれるだろう。そんなことを考えながら投球練習をしていた。
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さっきの7回の時、及川先輩、リカルド、神林先輩に先生が『三球三振をあたかもタイミングが合わないようにして来い』と指示していた。リカルドは本気で打ちに行っていたけど案の定三振だった。
そして俺には『何としても塁に出てくれ。そしてキャッチャーが後ろに逸らすかしない限り盗塁はせずに1塁でピッチャーにプレッシャーをかけてくれ』と。
先生は多分、瀬川に三浦先輩と勝負をするように仕向けている。
瀬川のスピードは相変わらず速い。元々、力でグイグイと押してくるタイプ。変化球はスライダーを投げる。そんなに鋭さやコントロールがいいとは感じないが真っ直ぐが速いから。タイミングはズレやすい。
1球目は真っ直ぐを振りにいってファウル。2球目はスライダーを見送ってボール。3球目は高めの真っ直ぐを見送ってボール。4球目もスライダーがワンバウンドしてボールとなった。
7回の時は真っ直ぐだけ投げていたが俺相手だとそうはいかないと思ったのだろう。スライダーも混ぜてきた。
ここまでの4球を見て感じた。スライダーの時、腕の振りが少し緩んでいた。タイムをかけて滑り止めをネクストに取りに行くついでに2番の丸川先輩に伝えた。
「先輩、スライダーの時、腕が少し緩みます。三浦先輩にも伝えてください」
「わかった」
丸川先輩はわかってくれたようだ。後はお膳立てを俺がするだけだ。
5球目を投げた。スライダーが高めに外れた。カウントが3-2となった。
(基本、真っ直ぐのスライダー対応)
6球目は真っ直ぐが高めを外れてボール。フォアボールで1塁へ向かった。
途中から俺のことを嫌がり最後は力んでボールが上ずっていた。
2番の丸川先輩が打席に入った。相手はサウスポーだがリードを多めに取る。2、3度けん制を投げてきた。
(走らねえよ。ただし、もっとイライラさせてやる)
1球目は高めに外れてボール、2球、3球、4球と真っ直ぐが外れてストレートのフォアボールで無死1,2塁となった。
(よし、後は三浦先輩たちクリーンアップがやってくれる)
2塁、塁上で三浦先輩の打席を待った。
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(くそ!イライラする!何やってんだ!)
マウンドを慣らしながら、気持ちを落ち着かせようとするがなかなか静まらない。ダグアウトを見るとブルペンで控え投手が練習を始め、伝令が走ってきた。内野陣がマウンドに集まってきた。
「バックを信じて打たして取れ。一人で野球をするな」
(わかっているよ!そんなこと!)
「ハイ!}
「じゃ、落ち着いていこう」
「「「ハイッ!」」」
次のバッターが打席に入ってきた。あの3番バッターだ。タイムを取ったからといってさっきのイライラは収まらなかった。
キャッチャーからのサインを覗く。外角低めのスライダー。頷いて、セットをする。スライダーはこの試合。ストライクが入っていない。
(まずはストライクを取らないと)
1球目を投げる。力まないよう手先でコントロールしようと投げた。その瞬間、やばいと思った肩口から入ってくるスライダーが真ん中にいった。相手バッターがもの凄いスイングでスライダーを打った。その間がスローモーションのように感じた。
打った打球の方向を見る。ドライブがかった打球が右中間を真っ二つに抜けていった。それを俺は呆然と見ていた。外野手が前に守っていたため打球になかなか追いつかなかったがやっと追いついた。
「瀬川!サードのバックアップに早く入れ!」
キャッチャーからの指示を聞いてあわててサード後方へ走った。中継からサードへ送球が来た。バッターランナーはもうベースに滑り込んでいる。送球が逸れてしまったがバックアップが遅れたためそのままブルペン横のカメラマン席に飛び込んでいった。
「テイクワンベース」
塁審からのコールを聞いて3塁ランナーがそのままホームに還ってしまった。2対4と逆転されてしまった。
マウンドに戻ってきてダグアウトを見たら、ブルペンから佐藤さん以外の2年生がマウンドに上がってきた。キャッチャーが投手交代を告げていた。
俺は情けない気持ちになりダグアウトへ戻っていった。
「瀬川!」
ダグアウトに戻った俺は監督に呼ばれた。
(ものすごく怒られる)
そう思って監督のそばに行った。
「いい勉強になったな」
最初、何を言っているかわからなかった。
「試合が終わったらキャッチャーの木下と中川キャプテンのところにいって何が悪かったか聞いて来い。今なら反省することができる。だが夏にそれをしてしまったら後悔しか残らないぞ。いいな」
「ハイ!」
「この回が終わったらクールダウンしてこい」
「ハイ!」
その後しばらく俺は情けなさと悔しさで涙が止まらなかった。
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最終回、最後のバッターをサードゴロに打ち取り試合終了となった。4対2で私たちが勝利した。甲子園常連校から初めての白星となった。収穫は川谷、並川がきっちりと抑えてくれ、三浦も投げさせることができた。打撃に関しても打てないときにどうやって点を取るかもクリアはできた。まあ相手1年生のホープには悪いことはしたが、過信しているところをつけ込ませてもらった。
そんなことを考えながらグランド整備が終わると稲穂実の泉田監督に挨拶へ行った。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、いい勉強になりました。ありがとうございました」
(まあ、練習試合ごときで強豪校の監督が怒るわけがないもんな)
「何とか勝たせて頂きました」
「いやいや、ウチの鼻っ柱の強い一年坊主にはいいクスリになりました」
(笑顔で言っているけど目は笑っていないな)
「いえいえたまたまです。彼も調子が悪かったのでしょう」
(穏便に済ませようよ。めんどくさいことは言わないで早く帰りたい)
「いやいや、昔のことをつい思い出してしまいましたよ」
(やっぱり覚えていたんかい!俺は試合前まで忘れていたんだけどな)
「いやいや」
「今年でも東京に遠征でも来ませんか、招待しますよ。今回、急遽、試合を組んでもらったお礼に」
「はい、ありがとうございます。また連絡をさせていただきますのでよろしくお願いします」
(コイツどうしてもしたいつもりだな。まあいずれは関東に遠征に行かなければと思っていたからな)
私と泉田監督は握手をして別れた。彼が『必ず来てくださいね』と念押ししていた。
「大輔先輩、泉田監督と何か話したのですか?」
話が終わったのを見計らってジュンがこちらへ寄って来た。
「彼からリターンマッチを申し込んできた。関東に遠征して来いとな」
「やっぱり忘れていなかったんだ」
俺が嫌な顔をしているとジュンは笑っていた。
その後、私は北村先生を呼び新チーム結成後か秋口かで稲穂実の部長との打ち合わせと練習試合の日程と関東遠征の予定を作るように伝えた。中田達の引退後の練習試合や遠征の日程は彼女に一任する予定であったからだ。彼女にはまだまだ部長としての仕事をしてもらわなければならない。まだしばらくは采配以外の仕事から解放されないと思いため息をついた。
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