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(5)

よろしくお願いします

ピッチャーがセカンドの選手に替わった。相手の先発ピッチャーは5回を終わって63球、打たれたヒットは3本、死球2個とまずまずの投球だった。選手たちに聞いても純粋な真っ直ぐはなく芯をはずされている。内角を中心に攻められ、最後に外へスライダーもしくは沈む球で打ち取られている。


 こちらもベースの近くで立つように指示を出しているがお構いなしにインコースを丹念に攻めてきていた。


 これは中盤まで我慢が必要だなと思っていた。5回裏の際にブルペンでセカンドが投球練習を始めた時に替わるのかまだ確信が持てなかったが……。


 相手に先取点は取られたがむしろこれでゲームが動く可能性が高くなった。こちらにもチャンスが来る。


 ベンチ前で円陣を組み指示を出す。


 「ピッチャーが替わったが同じようなサイド気味に投げるピッチャーのようだがベース寄りに立ってしっかりと踏み込んで打つようにカウントを取りにいく球を個々で狙いを定めて反対方向に打つように。先に点は取られたが逆にひっくり返しに行くぞ!気合入れていくぞ!」


 「「「オオッ!」」」


 選手に発破をかけた。同点でなく最低でも逆転するつもりで行かないとズルズルと相手ペースのままいってしまう。さらにもう一つ手を打たせてもらおう。


 「瀬川!」


 「はい!」

 

 「ブルペンでいつでも行けるように準備をしておくように」


 「はい!」


 私はいつでも行けるように彼に投球練習の準備をするよう指示を出した。昨日の西州高戦では1イニングだけだったが今回はロングをさせるつもりだ。他の控え投手陣にも刺激になる。


 選手全員から気合が満ちている。この回一気に決めさせてもらいますよ。小林君。




~~~~~~~~~~~~~~~



 先頭バッターは何とかセカンドゴロに打ち取ったが次のバッターに粘られてフォアボールで出塁され、考える間もなく初球を一、二塁間を破られて一、三塁のピンチを迎えてしまった。先生からの指示を受けた伝令の神林先輩がタイムを取りマウンドに集まってきた。


 「『ここではスクイズはない。三塁ランナーは還してもかまわないから一つずつアウトを取ろう。三浦、しっかり腕を振って投げろ』。落ち着いていこう」


 「「「ハイッ!」」」


 「三浦、球は来ている。ミットめがけて投げて来い!」


 「ハイッ!」


 並川先輩がマウンドからホームへ戻りマスクを被る。ロージンに手をやり気持ちを落ち着かせる。バッターが右打席に入ってきた。サインを窺う。外角低めスライダーのサイン。セットポジションから1球目を投げる。バッターが振りに行こうとしてバットを止めた。判定はボール。並川先輩が塁審に聞くがボールの判定。


 並川先輩からの返球を受けてサインを窺う。サインは出てセットして静止してから一度一塁へけん制球を投げる。刺す目的ではなかったので当然セーフ。ファーストの小池からボールが返ってきた。もう一度サインを窺う。外角低めのストレート。腕を振って投げる。少し中よりに入ってきた。バッターが打ちにきたが一塁線へファウル。バッターが天を仰ぐ。


 (よかった。打ち損じだ)


 3球目は同じ球のサイン。思いっきり腕を振って投げる。今度はバックネットへファウル。


 (何とか追い込んだ)


 4球目は外へボールになるスライダーのサイン。


 (何とか引っ掛けさせてやる)


 セットして長く持ち腕を振って投げた。


 バッターが踏み込んでバットを振る。だがボール気味のスライダーに身体の体勢が崩れる。それでも何とかバットに当ててきた。


 打球が一二塁間へ緩いゴロが飛ぶ、ファーストの守備範囲でベースカバーへ走る。ファーストの小池がダッシュして取りに行くがお手玉しつつ投げるが何秒かのズレが生じてしまいベースカバーの俺へ投げるもタイミングが遅く先にバッターランナーに一塁を駆け抜けられてセーフとなってしまった。当然、三塁ランナーが還ってきてしまい同点になった。エラーの判定だ。


 「先輩、済みません!」


 小池が謝りながら俺に駆け寄ってきた。


 「気にするな。気持ちを入れ替えろ」


 彼に言ったのもあるが自分に言い聞かせてもいた。


 (ここで切れたらズルズルと相手に飲み込まれてしまう。さっきと同じように腕を振って、低く低く)


 一呼吸を入れて並川先輩にボールの交換を要求して補助員の控え部員にボールを投げて、審判からボールを受け取った。


 相手バッターが左打席に入ってきた。このバッターは確かさっきの打席でヒットを打っている。あまり回したくなかったが仕方がない。サインを窺う。サインは外角へ沈むシンカー。先頭打者を打ち取った球でもある。


 セットポジションから1球目を投げる。投げた瞬間、ヤバイと思った。半速球状態で外角へボールが行く。左バッターがコンパクトに流すように振りぬいた。サード頭上へ打球が飛んだ。サードの西先輩がジャンプするが取れない。ツーベースコースだ二塁ランナーが還ってきた。レフトがショートにボールを還しただけでランナーが二塁三塁になった。逆転を許してしまった。先生のほうを見た。指を4本出している。


 『このバッターを歩かせて。次で勝負だ』


 並川先輩が立ち上がった。バッターを歩かせて1アウト満塁のピンチ。


 「先輩、俺のところへ打たせてください」


 リカルドがグラブで口を隠しながら声をかけてきた。


 「頼むぞ」


 大きく頷いた。コイツも大きくなったんだな。中学のときは自信なさげだったのに。


 (負けてられない!)


 マウンド上で大きく深呼吸をする。並川先輩が相手ダグアウトとバッターを見ていた。ベース前にでてサインを出した。


 『スクイズ警戒。内野前進守備でホームへフォースプレー』


 相手バッターが右打席に入った。サインを窺う。内角へ高めへ真っ直ぐのサイン


 (ファウルを打たせてスクイズも防ぐ)


 1球目を投げる。腕を思いっきり振る。バッターがバントの構えをした。ピッチドアウトしてダッシュする。内角に来た球を身体を仰け反るようにバントした。正面に転がる。


 「ホーム!」


 並川先輩から指示が飛ぶ。打球に勢いがある。落ち着いてキャッチャーへグラブトスをする。並川先輩がホームを踏みながらキャッチしてすばやく一塁へ投げる。カバーに入った中村がキャッチしてアウト。


 一瞬にしてダブルプレーでチェンジとなった。ダグアウトから控え選手達が大きな声で拍手で出迎えてくれた。先生も手を叩いて喜んでいる。


 「三浦!ナイスプレー」


 「センパイ!スゴイッス!」


 「三浦、ナイストス!」


 並川先輩がミットを差し出してハイタッチする。


 (ピッチャーはやっぱり難しいな)


 ダグアウト裏で控えの二年生から差し出されたスポーツドリンクを飲みながら、大きく深呼吸をした。

 



~~~~~~~~~~~~~~~





 「並川、よく見た!」


 ジュンが声を出していた。多分、気の遠くなるくらいやってきたプレーなんだろう。しかし三浦君には驚いたな。咄嗟にグラブトスをするとは持って生まれたセンスなんだろうね。大輔はピッチャーはしたことがないからこれだけでも大輔を抜いたことになるな。


 「しかし、よく並川君は三浦君にインコースを要求できたな」


 「谷本課長、おそらく初球スクイズが来ると踏んだのでしょう。相手ベンチは裏をかいたつもりなのでしょうけど。その上で今日の三浦に関して真っ直ぐの投げミスがないと踏んでインコースを要求した。あからさまに外しに行ってしまってボール先行されるより、インコースのほうが避けにくい。さらに言えばたとえスクイズがなくてもインコースを見せることができる。複数の根拠で要求したのでしょう」


 「大輔が指示したのか?」


 「先輩は普段の練習で並川達に常に考えることを要求しています。甲子園では自分の指示が通らないことがある。常に意識して決断することを求めています。たとえ間違っていても責めることはしません。怒るときは警戒しなかった時など根拠なく何もしなかったときです。おそらくあそこは敢えて満塁策以降は指示を出さなかったのでしょう。むしろあそこの場面はガンガンに攻めてくるほうが嫌ですから」


 「それにしても博打が過ぎるよ。調子のよかった川谷君を代えるなんて、ヘタしたら試合をぶっ壊しかねん」


 「まあ、練習試合だからですけどね」


 新一年生が春季大会でいくら投げられないからって稲穂相手に試すかね?さっきジュンから聞いたけど泉田君が大輔のこと意識して当然だぜ。明治神宮で稲穂大が負けた後、泉田君達は未だにOB達に言われ続けていることを知っているのか?あれ以来、稲穂大は大学選手権、明治神宮では優勝はしても大都のチームに勝てなくなったのだから。


 それにしてもプロの編成や大学のスカウトやソニック、首都ガスとかの社会人まできていやがる。並川君はいいとして三浦君は来年にはどうなっているのやら。


 私としては海坂商が強くなることは嬉しい事だがその反面、入社してもらえる人材が他に知れ渡ることになることに複雑な思いで試合を見ていた。


 

 


~~~~~~~~~~~~~~~






 危ない橋は渡ったが成功報酬は大きかった。逆転はされたが三浦を初登板させたことが大きかった。今後に生かすことができるだろう。


 こちらも先頭バッターに三浦が入っていた。そろそろ打順も三巡目でタイミングが合ってきた。


 三浦がさっきの失点を取り返さんと3-2と粘ってライト前ヒットで出塁した。さらに並川の打席で初球に盗塁を決めて無死二塁となった。


 並川が次の球をセカンドへ進塁打を打って1アウト三塁とした。5番の小池にはストレートのフォアボールを出した。一、三塁となった。6番の西にはスクイズせず、打つ指示を出している。ここで逆転しないと同点止まりを狙っていては却って消極的になってしまう。


 相手ベンチからタイムがかかりキャッチャーが選手交代を告げた。背番号18番をつけた選手がマウンドに上がってきた。


 『稲穂実業選手の交代をお知らせします。ピッチャー佐藤君に代わりましてピッチャー瀬川君。9番ピッチャー瀬川君』


 中田恵理のアナウンスを聞いた途端、記録員の森田が立ち上がった。


 「先生、相手の瀬川投手は昨年全国優勝の東京南砂シニアでエースだった選手です」


 さすが、高校野球オタクだけあってその手の情報について森田は精通していた。


 それについて実は私も知っている。瀬川雄大。去年のリストでは特Aの投手で左腕NO1だったピッチャーだ。そうか彼は稲穂実に入ったのか、情報では20校が全免特待待遇で勧誘があったと聞いた。ちゃんと勉強をして入学したんだな。身体も以前DVDで見たより大きくなっている。おそらく180cm以上あると見た。


 「西!積極的にファーストストライクから狙え!」


 私は関心すると同時にダグアウトに戻ってきた西に声をかけた。




 

~~~~~~~~~~~~~~~



 (監督、何で3番バッターのところで投げさせくれなかったんだ)


 今日の佐藤先輩はそんなに調子の悪い方じゃなかった。一年坊の俺でも理由がわかる。相手もなかなかの面子をそろえているからだ。


 関西から日野や小池が海坂商に入学しているとは思わなかった。特に日野は先制タイムリーを打っている。それにあの3番、4番は一筋縄ではいかない。聞けばあの3番は掬星台の成瀬さんからホームランを打っているって聞いた。なおさら勝負したいじゃん。


 でも監督はそうしてくれなかった。多分7回から行かせたかったんだろう。回の頭で下位打線からになるからだ。


 (でも、出た以上は仕事はさせてもらいますよ!)


 投球練習が終わり、キャッチャーがブロックサインを出した。


 『スクイズ警戒で内野前進守備』


 (まあ、俺の球を前に転がすことができるのならね!)


 6番バッターが打席に入ってきた。サインを覗く。内角真っ直ぐのサイン


 セットからランナーを見て1球目を投げる。相手バッターがスイングしようとしてすぐにバットを止めようとしたが内角に食い込んできたので間に合わずに当たってしまった。


 小飛球となりキャッチャー前に転がった。キャッチャーが二塁へすぐに送球してアウト。セカンドがすぐに一塁へ転送してあっという間に3アウトチェンジとなった。


 (あっけないが相手の流れを断ち切ったぞ。この試合は勝てる。)


 俺はそう思いながら走りながらダグアウトへと帰っていった。


 

 


 


 


 


 

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