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いつも、読んで頂きありがとうございます。犬と会話しているシーンがありますが、ファンタジーの設定ではありませんので雰囲気だけと理解してください。感想、評価、ポイントも是非ともお願いします。
「お義父様、お義母様のところに行くの久しぶりだね。それに早くジョンにも会いたいよ」
妻は、はしゃぐような声で言った。
学校には、貯まっていた半休をもらい妻と共に、自分の実家へと向かっていた。私の実家は、家から高速道路で2時間くらいのところにある。実家の納屋にしまっていた。野球道具を取りに行く為だ。
「あなた、あーん」
助手席の妻が、西鳩のキャラメルコーンを手に私の口元に運ぶ。
妻と私は、このお菓子が大好きだ。正確に言えば、二人で一緒に食べるのが、大好きだ。
だって、キャラメルコーンを食べ終えても残りのピーナッツがあると何か得した気分になるでしょ。
私と妻は、どうしても付き合いはじめてから、人目を憚る為、ドライブデートにならざる得なかった。そんなときキャラメルコーンを一緒に食べている時が、二人にとって幸福感を実感する時なのだ。
シャクシャクと口元に運ばれたキャラメルコーンを食べる。
「きれいに食べないとダメだよ」
妻が、いたずらな微笑みをたたえながら言った。
それは、指先を舐めるように食べるよう催促したのだ。
「今日は、ダメだよ。そんなことしたら、実家に着くのが何時になるかわからなくなっちゃうよ」
このパターンを続けてしまうとお互いエスカレートしてしまい、ついには、目的地に着く前に高速道路のインターチェンジ添いのラブホテルのお世話になってしまう。
独身時代、妻といつもこんな感じになっていた。それはそれで幸せだったんだが、今日はそうはいかない。
「・・・はーい」
妻は、心底残念そうな声を上げた。
私達は、そんなやり取りだけでも満ち足りた気分になる。
昨日、実家に野球道具を取りに行くことを連絡を入れた時、両親は、かなり驚いていた。まさか、私が、野球に関わるなんて想像出来なかったらしかった。事情を話すと『お前は、本当に苦労が喜んで擦り寄って来るんだねえ』と溜息混じりに言われた。
妻としばらく会っていないので一緒に来ることを伝えると大変喜んでくれた。同居している兄夫婦の子ども達やジョンが待っているからと言われた。それから、在原の家には、言ったのかと心配された。妻の実家についての名声は、いくら離れている私の実家といえども聞こえていた。大丈夫であることを伝えると安心してくれた。
私と妻の両親については、決着しているが、問題は妻と義父なのだ。互いに頑固なせいか、妻は義母経由、義父は義母か私経由で、互いの消息を知るのだ。
(・・・頭が痛い)
私は、片付けるのに時間のかかる懸案を脇に置いた。
「何、考えているの?」
妻は、上目遣いで私を柔らかく睨んだ。
さすが、旦那フェチを自称するだけあって鋭い。
「・・・ジョン対策だよ。奴は、俺に対して敵意剥き出しだからね」
ジョンは妻になついている。なにせ、妻とはじめて会った時、お手、おかわり、伏せをやってのけたのだ。初対面の人間にしたことがあるのは後にも先にも妻だけだ。私には、奴は『我が種族の敵』とみなしている。
「あの子が、そんなことするわけないじゃない。それは考え過ぎだよ」
奴は、妻が私に対しての愛情の度合いを理解している。妻の前ではそのような態度を出さない。犬のくせに小賢しいのだ。妻がいなくなったところで攻撃をすかけてくるのだ。
さっき考えていたことを本当のことを言えば、妻は、悲しい顔する。
『何でセンセは、父親(あんな人)を庇うの?センセを殺そうとしたんだよ!』
前に少しだけ、義父の事に触れた時、妻に言われたのだ。それ以来、義父の事をおくびにも出せなくなった。
そうこうしている間に、車は、実家へと着いた。
両親と兄嫁と甥、姪が出迎えてくれた。犬については、触れたくないのでやめておく。妻が、母親と兄嫁にお土産を渡す。今話題になっているご当地土産で人気の『びんごやの海坂練乳プリン』を渡す。妻が、私の両親、兄嫁に好かれるのは、若いのにこういった気遣いが出来るからだ。
妻は、どんな些細なことでも恐ろしいくらい手を抜かない。
私は、さっそく父親と一緒に納屋に置いていた。練習用のユニホーム類、バット、グローブを取り出した。乾燥剤を半年に一回取り替えるなどしてくれたおかげで保存状態は、良好だった。
「ありがとう、父さん」
私は、父親に感謝の言葉を言った。
「夢が実現したんだ。嬉しいことはないよ」
父親は笑顔で言ってくれた。
「俺は、なるつもりはなかったんだけどね」
「ところで、コンダには挨拶に行くと聞いてたけど、峰岸先生や高橋監督のとこは、どうするつもりだ?」 父親は、高校、大学時代の恩師のことを言った。
「今週の日曜日、コンダに行ったあと来週には、行く予定さ」
「そうか」
「父さん、大輔、そこにいたのか?」
納屋の入り口から声がしたので振り向くと兄がいた。
「兄貴、邪魔してるよ」
「大輔、今日は泊まっていかないのか?」
兄が人懐っこい笑みを浮かべて言った。
「こう見えても暇じゃないんだぜ。色々とあるんだよ」
私は、減らず口を叩くように言った。
「そうか」
私は、荷物を取り敢えず車に載せた。その時、妻から夕食の支度が、出来たと声をかけてきたので母屋に戻ることにした。
「先に行ってるよ」
妻が、小走りで戻って言った。私もトランクの整理を終えると後ろのハッチを閉めた。
『ウォン!(よう!)』
後ろを振り返ると白い北海道犬が立っていた。ジョンだった。
もちろん、友好的な態度じゃない。目付きは、挑戦的だ。一瞥すると、さもそこに誰もいない的な態度を取る。
『ウォン!ウォン!(何、シカトしてんだよ!)』
挑発に乗ったジョンが吠え捲る。奴の中では、妻を巡って互角に争っている。そう考えているのは見え見えだ。私は薄ら笑いを浮かべた。
「ジョン、やっぱ、てめえは、バカ犬だな」
『ガルルゥ!ウォン!ウォン!(何だとてめえ!やんのか、オゥ!)』
「ジョン!吠えちゃだめ!めっ!」
私とジョンの不毛な戦いは、突然、終幕を迎えた。姪と甥が、私を迎えに来たのだ。調子に乗って吠えていたジョンは、姪の真由に怒られていた。私は、甥の翔真に連れられ、母屋へと向かった。遠ざかるにつれジョンの声も虚しく響く。
『ウォン!ウォン!ウォン!(てめえ!逃げてんじゃねぇぞ!待て!ゴルラァ!)』
「ジョン!ダメって言ってるでしょー!」
あの後、姪に怒られて落ち込んでいたらしい。付け上がって私に対抗意識を持つからだ。
「叔父さん、プリンありがとう」
翔真がペコリと礼儀正しくお礼を言った。
「翔真は、えらいなぁ。さすが年長さんだ」
私は、幼稚園の年長組になった翔真の頭をワシワシと撫でてやると翔真は、ニッコリと笑った。オジサンは、素直な子が大好きだぞ。
「あーッ!翔真ずるいぃッ!わたし、まだダイスケくんにお礼言ってないのにぃーッ!」
お姉ちゃんである小2の真由が、ジョンを私の代わりに躾と言う名のお仕置きをしたあと、翔真の態度に焼きもちを焼き慌てて走ってきた。ちなみに兄嫁と姪は私のことをダイスケくんと呼んでいる。
「お姉ちゃんもえらいぞ。近頃、ジョンも生意気だからな。よくちゃんと躾してるな」
真由にもちゃんと頭を撫でてやる。初いやつじゃ。
その時、一瞬いやな予感がしたので茶の間に視線を向けると、今まで母親のご飯の手伝いをしていた妻がこちらをジト目で睨んでいる。
・・・忘れていた。妻は、子ども相手でも極度の焼きもち焼きであることを。これで帰りの車内でのご機嫌取りに神経を使わなければならなくなった。
「あなたは、子どもに甘過ぎよ。頭なんか撫でなくていいじゃない。サービスしすぎよ」
案の定、妻はひとしきり帰りの車内は、ご機嫌斜めだった。たかだか子ども相手にと思うかもしれないが、高校時代、彼女と関係を持ってから、勉強の質問をしてきた女生徒に対してすら妻のチェックは、厳しかった。
「まあまあ、ああやって叔父さん、叔父さんって言ってくるのも今のうちだよ。そのうち、お年玉の金づるぐらいにしか思われなくなるよ」
私もこなれた感じで妻を宥めた。そして、さりげなく彼女の頭も撫でた。
妻も少しずつだが機嫌を直してくれている。
あの後、実家でご飯をよばれた。帰り際、母親から自分の家で作った米や野菜を持たせてくれた。
私の実家は、兼業農家だ。父親の良治は、町役場の職員として勤めていた。去年、定年を迎えた。今はそれまでおざなりになっていた田んぼや畑に精を出し、近くの道の駅に野菜を売ることに生き甲斐を持っている。母親の話では、そこの道の駅は、県内一の売上げを誇り、民放キー局から取材を受けるほどだそうだ。
兄の宗一郎は、近所の大手企業のDRAM工場に勤務している。兄とは、10歳離れている。兄嫁の沙織さんは、なんと27歳だ。職場結婚ってやつで、新歓コンパで兄がお持ち帰りをしてしまったのが、きっかけだった。その後、責任とってよと兄嫁に結婚を迫られたのだった。母親は『小林家は、女の押しに弱いのが血筋』なんて笑えないジョークを言っていた。
気さくで明るい人で嫁姑関係は上手くいっている。それに妻に対してもそれとなく気遣ってくれている。ありがたい人だ。
ただ、この人は特殊な趣味がある。
古いドラマが好きでよくレンタル屋で借りている。
「ダイスケくんとさとみちゃんってさぁ、真田広之と桜井幸子がどうしてもダブるんだよねぇ」
妻がいないときにポツリと言われたのだった。私は5分くらい金縛りにあっていた。そんなこというんじゃねぇー!
妻は、私の家の家族に憧れていたらしい。
妻の家族のことに関して印象としてブランド物のシャツをボタンの掛け違いをして着てしまった家族というのが率直な気持ちだった。義父や義母の話では今でこそ言えるが私に出会う前まで病気がちだったらしい。それが、いきなり生徒会の役員になった時からまるで人が変わって明るい子になったそうだ。
義父には、『最初は、娘を奪った最悪な男としか思えなかった。だが、君のおかげでさとみは変わった。そして私達、夫婦がほつれさせてしまった家族を何とかしてくれた。君が、さとみの側にいる限り、いつか娘と話せることが出来ることを信じれる』という言葉を頂いた。
だからこそなんだ。野球に携わっていいのか未だに悩んでいる。だが、面倒が降り掛かって来た以上、振り払わねばならない。さとみとの生活を守る為に。他のことならともかく、その手段が野球なら何とか出来る。
「どうしたの?」
妻が助手席から覗き見る。
「明日からまた忙しくなるなと思ったのさ。ところで、後ろにビデオテープがあるけどなに?」
「あれ?あなたの小学生の頃から、社会人時代まで試合をお義母様が残していたんだよ。DVDに焼き直しますって言ったら快く貸して下さったの。私も明日から忙しくなるよ」
妻は目を輝かせ楽しそうに言った。そう言えば、実家に行くと私のアルバムを穴が開かんばかりに夢中になって見ていたな。
妻の旦那フェチにまた磨きがかかった気がした。
トンネルを抜けて丘陵地帯を縫うように走ると平野部が見えてきた。海坂市街だ。すでに夜の帳が降り、街中の灯りが夜景となってキラキラと光っていた。
「わたしね。何時もあなたと一緒にこの夜景を見るとね。明日も頑張ろうって、思うんだ」
妻は助手席から私の肩に頭を預けた。私は頭を優しく撫でた。私も妻とこの夜景を見ると幸せな気分になる。いつまでもこの夜景を二人で見たい。そんな気持ちだった。