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よろしくお願いします
坂西高戦後、学校を後にして私はジュンを伴い県総合医療センターへ向かっていた。勤務が終わった渚ちゃんを迎えに行く途中だ。今日は我が家へジュンと渚ちゃんを夕食へ招待していた。
「大輔先輩、椚のことで相談なんですが」
「どうした?」
ジュンから難しい顔をしていた。彼には遠慮なくことチームのことは何でも話すように伝えている。まあ、基本的にコイツは隠し事の内容がコスイから基本的にバレやすいけどな。
「春季大会の登録を見送りませんか」
「硬球への対応か?」
「はい。投げるときにボールに指が掛かるときはいいのですがラインが描けなくてお辞儀することが多いです。あれでは彼の得意なクロスファイヤーが投げれないです」
中学時代の彼の得意球は右バッターへの内角ストレート。外から内へバッター側から見てベースの右端を掠めてストライクゾーンに入ってくる球、所謂クロスファイヤーである。今の彼の状況はまだ硬球に対応出来ていない為、指が掛からない。ラインを描くことつまりスピンの効いた真っ直ぐが投げきれていないのだ。控えでベンチ入りしていれば使わざる得ない状況が出てくる。それでもし故障が起きれば彼の将来を考えると絶対避けなければならない。
「梅雨入り前までにはいけそうか?」
「それくらいなら十分です。後は時が解決してくれると思いますから」
「わかった。その代り3人目のピッチャーはどうする?」
3人目の投手についてはアクシデントがあった場合などを考えて少なくとも春季大会については必要と考えていた。
「紅白戦で三浦に投げてもらってますんで彼で行きましょう」
妥当な選択だな。彼は昨年秋のコンテストでも候補にしていた。
「それから、サイドで投げた方がコントロールがいいですしシンカーを覚えたら試合でも投げれると思いますよ」
「わかった。シート打撃で試せるか?」
「大丈夫です」
そんな話をしている間に待ち合わせ場所の県総合医療センターの駐車場の前に着いた。すでに渚ちゃんはそこで待ってくれていた。車を止めると助手席に座っていたジュンがドアを開けて迎えに行った。
「こんばんは大輔さん。済みませーん」
「こんばんわ」
いつものおっとりした声で車の後部座席に乗り込んできた。ジュンはその後に乗り込みドアを閉めた。
「大輔さん、さとみちゃんからの伝言ですっ。綿町のマルヤス青果店でキャベツを買ってきてほしいそうですっ。電話で連絡しているそうで大将さんが用意して待ってくれているみたいですっ」
「了解です」
さとみは最近はあまりスーパーで買い物をするより知る人ぞ知る店で買うことが多い。この店は旧城下町地区にあり地場野菜中心に取り扱っていてここの大将の目利きが凄く新鮮なものしか出さないことで知られている。すべては私のためとばかりここでもさとみは家事には一切病的なまでに妥協を許さない。私はそのまま車を市内に向けて走らせ綿町へ向かった。
稲穂実との練習試合前日、練習終了30分前に明日のスタメンを発表していた。
1番センター日野、2番ライト丸川、3番セカンド三浦、4番キャッチャー並川、5番ファースト小池、6番サード西、7番レフト及川、8番ショート田中、9番ピッチャー川谷。
丸川の2番起用は今まで暖めていたプランだ。丸川自身はバントも上手いのもあるが足の速さは日野、三浦に次いであり併殺を防ぐ意味もある。オプションを作る上で大事である。それからレフトに及川を起用している。神林の当たりが止まっていることもあるが坂西戦の結果と今日までの練習態度や調子の良さを見て起用している。もちろん神林や西には昼休みに呼んで事情は説明していた。神林自身も納得していてバッティングの課題を与えクリアできなければスタメンには戻せないことも伝えていた。
さらに一年生の中村光輝を控えメンバーに入れた。理由は守備が堅実であることと今回三浦を1イニング限定で起用するため、セカンドに起用するためだ。西でもいいのだがサードを変わりに起用できる選手では失策が多く心持たなかったのとリカルドとの相性がある。リカルドは三浦、中村以外のセカンドでは併殺、フォースプレーや連携などの相性が悪く練習もミスが多かった。
冷静に戦力的に考えれば稲穂の方が上である。昨秋の都大会ではベスト4で選抜には出られなかったが攻守が纏っている好チームだ。今回はドラフトに掛かるような有力選手は今のところ出ていないが毎年シニア、ボーイズなどの有力選手が何人か必ず入ってくる。こういう難関私立付属校には野球だけでなく内申を含めた成績も良くないと入れないのだがちゃんと勉強して入学してくるから恐れいる。選手たちも明日の試合が楽しみな様子だ。いい試合ができればと思っていた。
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「泉田監督、今回、名前もあまり出てこない相手と試合なんて大丈夫なんですか?」
口さがないOB達が今日の試合を観にきて挨拶がてら私のところに来て開口一番そう言い放ってきた。
昨日、西州高との招待試合の後、本来の予定では洋海学園との試合の予定だったが相手のアクシデントがあって試合が中止になり急遽この県内での試合相手を探すのに苦労をしていた。この県の有力校は私学四天王と呼ばれる。西州高、西州学院、西海大五高、洋海学園と進学校で古豪の海藻館。海坂高があるがその他はあまり名前が挙がらないのが実情みたいだった。当然それらの学校はすでにスケジュールが埋まっていて合わず。困った挙句、掬星台高の元監督の峰岸先生に紹介してもらおうと連絡した。峰岸先生から海坂商を紹介された。聞けば解禁日明けの練習試合で4対4の引き分けだったそうであの小林君が昨秋から監督に就任したとのことだった。彼とは稲穂大時代によく対戦した。人気の6大学、実力の大都リーグと言われたなかで彼は大都リーグの看板選手だった。彼には明治神宮大会決勝でホームランを打たれて逆転負けをした苦い記憶がある。
「まあ、どことやっても試合は試合ですし今回は洋海さんが急遽キャンセルで途方にくれていた我々に手を差し伸べて下さりこんないい球場も用意して頂いたので文句は言えませんよ」
私は笑いながらOB達を宥め、コーチ陣と話をしようと足を進めた。
「監督」
「どうしました部長」
私は部長に呼び止められ話をした。
「今、父母会やOB会にスタンドへ挨拶がてらあがったんですが、シーガルス、レッズ、ホワイトタイガース、ジャビッツの編成関係者とコンダやいくつかの社会人、小林監督の出身大学を始め何校かの大学関係者も観にきてまして、顔見知りに聞いたのですが…」
「どういうことです」
私は思わず驚いた。今回、今の稲穂にはめぼしい選手はいないし付属校でもある我が校に社会人や大学のスカウトが来るわけがなかった。
「相手の海坂のキャッチャーとセカンドが目当てみたいですね。聞けば、キャッチャーの選手はかなりの強肩です。セカンドの選手は掬星台の成瀬君からホームランと三塁打を打って全打点をあげたとのことでした。後、相手のスタメンに3人一年生が名を連ねていますが内二人は中学時代特Aランクされていた選手でした」
「わかりました。ありがとうございます」
なるほど、峰岸監督が推薦するだけはあるということですか。それにセカンドっていうところがいいですね。小林君が育てた選手だから生半可ではないということですね。よろしい、昨日は西州高に大勝して歯ごたえがなかったところです。受けてたちましょう。
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「大輔先輩、泉田さんとさっき話しされてましたけどどうでしたか」
大輔先輩が泉田さんに挨拶に行き、終わったのを見計らって話をしていた。泉田さんは先輩と同級生で稲穂大の主将だった人だ。俺の知っている稲穂大の連中とはよく試合をしていて感じたのはいつも接戦になることが多い。自分たちが先制して追加点を取れば必ず勝つまた先に先制されても最小失点に抑えつつ追いついてくるしつこさがある。だが、彼らには負けパターンがある。自分たちがリードしていても終盤に追いつかれたり逆転されることが多い。大輔先輩が現役のときによく6大学相手にやった手がある。わざと球数を多く投げさせ終盤にプレッシャーを掛けてひっくり返す。よく8,9回でそれをして勝つことが多かった。先輩曰く『向こうのエースは大体ドラフトに掛かる選手が多いから序盤はそんなに打てない。なまじ18(エース)番や10(キャプテン)番を背負っているヤツらはなおさらだ。だから投手戦になることが多い。それゆえに終盤にひっくり返されたり、勝ち越されるとチーム全体が心が折られてしまう。過去の歴史が大都相手にかなわないってなってしまうという空気に負けてしまうからな』とのことだった。
「言葉が丁寧だがなんとなく彼は大学4年のときの明治神宮決勝が忘れられんみたいだな」
確か0対2で負けていて9回表に先輩と怜、俺の三者連続ホームランでひっくり返した試合だった。
「なんかいやな予感がします」
大輔先輩は橘さんの時もそうだし昔からそうだ。返り討ちにするのが大得意。ましてや本人は忘れているが相手は昔のことを根に持っている相手になるとなおさらだ。相手の気持ちを逆手に取ってやってしまう。
「あのなあジュン、好きでそんなことはやってないぞ。ただ、降りかかった火の粉を払っているだけだ」
先輩にしたらそうでしょう。そんなのめんどくさいって思っているでしょうけど。相手が仕掛けてきたらそれ相応に対応するだけですよね。ただし、ぐうの音も出ないまでにね。
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