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第6章 ヤング ガンズ(1)

よろしくお願いします

 私は坂西高校との練習試合へ向かう出発前にスタメンを発表した。


 1番センター日野、2番サード西、3番セカンド三浦、4番キャッチャー並川、5番ファースト小池、6番ライト丸川、7番レフト神林、8番ショート田中、9番ピッチャー川谷。


 メンバーを発表したときにざわめきが起こっていた。何人かの今までベンチ入りしていた控え選手の顔に動揺が走っていた。今回はベンチ入りさえはずれたのだから、まあ、その顔は試合が終わってからにしてくれといいたい。これは自分たちがそれをどう感じて発奮してほしいからだ。


 案の定、バスの車内は静かになった。


 「先生、これでよかったのですか?」


 初めて練習試合に同行する北村先生が声をかけてきた。実際に目の当たりにするとさすがに心配になってきた。


 「想定内です」


 私の一言に彼女もそれ以上言わなくなった。


バスの中は静かなまま目的地へ向かった。





~~~~~~~~~~~~~~~





 坂西戦の3日前、小林先生に昼休みに進路指導室に来るように言われた。次の日小池敦士こと俺は進路指導室のドアをノックした。


 「どうぞ」


 「こんにちわ。失礼します」


 先生に勧められ席に座った。


 「単刀直入に聞ききます。並川からポジションを奪う自信はあるか?正直に言ってほしい」


 そんなのあるわけない。他の人ならともかく、今の俺では並川キャプテン(あの人)に勝てない。掬星台戦で見たあの肩と、試合中、滲み出ていた存在感。


 「…先生、今の自分では、厳しいです」


 無理とは口にしたくなかった。精一杯の言い方をした


 「じゃあ、試合には出たいですか?」


 「もちろん出たいです」


 そんな出たくないなんて言ってられない。出たいに決まっている。


 「ファーストを守れますか?」


 先生がニッコリしながら言ってきた。実は先生が見にきてくれたあの日以来、ボーイズの首脳陣に言われ、サード、ファーストの練習をしていた。先生からどちらでも行けるようにして欲しいとのことだった。


 「準備はしていました」


 「ならよろしい。夏が終わるまでキャッチャーと平行して練習して下さい」


 この日から俺はファーストへ一時コンバートすることが決まった。




~~~~~~~~~~~~~~~




 「おい、及川」


 親友でもある森田史也から及川眞こと俺は呼ばれ振り向いた。小林先生からスタメン発表があり1年3人が入り、サードだった神林さんがレフトに回ることになり俺は弾かれることになった。掬星台でホームラン打った三浦や攻守に貢献していた丸川を除いて俺ら2年の実力は団子レースの真っ只中だ。その後の練習試合や紅白戦でもみんな一長一短で俺自身も出た練習試合でヒットは3本でそのうち2本はエラーと言われても文句が言えないものだ。ちなみに森田はサードを守って3試合中4失策そのうち3つはタイムリーエラーだった。当然ベンチ外。俺はなんとかベンチ入りはできたが2人の2年がベンチ入りを外された。


 「森田、どうした」


 「お前、外れたな」


 森田は中学3年間公式戦に代打で1回出ただけ。俺は何とか中3のときにレギュラーが取れてセンターを守った。打つほうがそこそこできていたからだ。今の二年は三浦と丸川以外は中学の時はみんな1.5軍のボーダーのヤツらばかりだった。三年は並川主将を中心にそこそこレギュラーだった人がそろっている。一年のときは与板監督がテキトーな人だったから少々手を抜いても誰も文句は言われなかった。そんなヌルイ部活を三年間送るのかなって思っていた。そしたら11月に急に監督が小林先生に変わった。急に練習が厳しくなり、ついていくのが精一杯だった。でも自分でも上手くなったと思った。春の試合解禁日前に監督から練習試合、紅白戦でチャンスを生かせと言われた。何の意味か最初はわからんかったが新一年が入ってきて練習に参加し始めてわかった。『俺ら試されていたんだ』と。特に日野と田中リカルドは別格だった。日野は入学式早々、女絡みの揉め事を起こし、むかつくヤツだと思ったが聞けば全国の私学から特待全免待遇で12校もスカウトされていたらしい。田中は中学時代から三浦とのコンビで有名だったし他の一年も俺らなんかよりバリバリでやってたヤツらばかり、春季大会もベンチに入れるかわからなくなった。


 「今は仕方がない」


 「また、俺、応援団かな?」


 森田がボソッと呟いた。コイツはどっちかといったら野球オタクでその手の知識に関してハンパないものを持っている高校野球の雑誌も定期購読して目を皿のように読んでいる。コイツの夢は雑誌の選手権予選の都道府県別の有力校の記事に海坂商うみしょうの名前を一行でも載せることだった。


 「まだ、あきらめるのは早い」


 「えっ」


 「日野や田中らが俺らがいる二年間五体満足怪我なく過ごせるとは限らないだろ」


 俺の言葉に森田は俺の顔を見た。


 「お前、闇討ちでもするのか?」


 「バカ」


 思わず森田の頭を叩いた。


 「正々堂々と勝負する。お前から借りた高校野球の本にも書いてただろ。硬式経験者と軟式経験者の違いが」


 硬式のヤツらは高校1年からボールに慣れているから最初は順応しやすいが伸び悩む傾向がある。軟式のヤツは慣れてきたら急激に成長して硬式経験者を追い抜くことがある。確か書いていたはずだ。


 「そうだな」


 だって俺ら本当の野球を始めて半年しか経っていないのだから。自分にそう言い聞かせた。






~~~~~~~~~~~~~~~



 今日の試合の場所は坂西高校のグランドで行われることになった。外野は陸上部から借りたハードルにネットをつけてフェンスのようにして外野の周囲を張り巡らし両翼を90m、センターを122mとした。ローカルルールとして何らかの形でネットを突き抜けたりしたらエンタイトルツーベースとした。審判はジュンがアンパイアを務め坂西高校の控えの選手が塁審をすることになった。


 相手の坂西高校はブルペンで練習している様子を見る限り左のオーバーハンドでスピードは130kmくらいだった。細かい情報は他県でもあり秋は3回戦までいたくらいしか持ってはいない。相手も秋の成績くらいしか知らないようだった。


 試合前の円陣では個々に目的をもってしっかりやるように伝えていた。選手だけの円陣では並川が気合を入れて全員で声を出してやる気が全員から漲っていた。ジャンケンで負けたため、先攻になった。打席に1番の日野が入った。気負いなく落ち着いた感じで左打席に入っている。心配はいらないようだ。


 日野、田中、小池、今日は君たちのお披露目でもあるんだから存分に暴れてこいよ。






~~~~~~~~~~~~~~~




 打席に入る直前、俺はさっきのことを思い出していた。



 バスに乗る前にいきなりスタメンで1番で言われた。さすがにないだろうと思っていた。バスの中では上級生、特に二年生はよそよそしかった。居心地が悪かった。バスに乗っている時間が異様に長かった。


 やっと坂西高校についてバスを降りた。道具類の運び出しをしているとき丸川先輩が声をかけてきた。


 「日野、大丈夫か?」


 「はい、大丈夫です」


 本当は少し違うけど…。


 「気にすんなよ。やることやったらみんなわかってくれるからさ」


 丸川先輩は笑顔で俺の方をポンポンと叩くと他の部員と一緒に道具出しを手伝い始めた。気分が少し楽になった。




 先輩の言う通りだ。まずは俺のことを認めてもらわないと毎回こんな気分でやりたくない。


 相手は左利き(サウスポー)球は練習を見てた限りびびる球はない。後、レフトが左利きだ。守備位置は定位置、風は今は無風。周りを確認をして一呼吸入れ、両肩を軽く二回まわして打席に入った。


 相手投手に正対する。初球真っ直ぐ外角ストライク。


 (コイツ球持ち悪いなボール見やすいじゃん)


 右足を踏み込んだときにはもう左手が前に来ている。椚は踏み込んでもまだ左手が後ろにある。それくらい差がある。たとえ140kmの真っ直ぐを持っていても打つのは簡単だ。変化球はどんな感じだろう。


 2球目をワインドアップで投げ込んできた。


 (ゴメン、スライダーってわかってしまったよ)


 外に外れてボールだった。


 (もういい。だいたいわかった。こんなことなら最初から初球打ち(カチコミ)にいったらよかった)


 3球目同じスライダーも外に外れてボール。


 間を取るために少し打席を外す。


 (フォアボールがいやだから外角ストレートでストライク取りに来る。無理には引っ張らない。だが芯に絶対捉える)


 ピッチャーがワインドアップから投げた。予想通り甘め外よりの真っ直ぐ。


 バットを振る。芯に当たる。ドンピシャイメージ通り低い糸を引くようなゴロの打球でスライス気味に三遊間を破った。


 走りながらスピードを落とさず一瞬レフトを見る。ボールを捕ろうとしてしてジャッグルした。


 (二塁ふたつもらった!)


 一塁を回ってさらに加速する。レフトが送球する。左利きのレフとは二塁になるとき逆モーションになる。しかもジャッグルしているから余計に遅くなる。二塁に右足から滑り込んだ。ベースに滑り込んだ後に遅れてタッチが来た。塁審はセーフのジャッジ。


 塁審にタイムをかけベース上から立ち上がりシンガードとバッティンググローブを外して取りに来たに一塁コーチャーに渡した。二年生の及川先輩だ。


 「お願いします」


 「ナイスバッティン!ナイスラン!」


 及川先輩が笑顔で言ってくれた。


 「ありがとうございます」


 先輩はシンガードとバッティンググローブを預かると戻っていき、ダグアウトの控え選手に渡した。


 先輩は今回スタメンから外れた。だからこそ俺はここにいる部員全員に絶対に納得させなければ。


 『日野は必要なヤツだと』




~~~~~~~~~~~~~~~




 「よし、いいぞ!ナイスバッティング!」


 「ナイスラン!」


 「ヨシッ先制するぞ!」


 日野のプレーを見てダグアウトの中は盛り上がっていた。


 「先生、日野君すごいです!」


 隣でスコアをつけていた中田恵理が思わず声を上げた。


 私が現役の時はこういったプレーは当たり前で日野はそれが見についている。関西のあのクラスはあの手のことを平然とやってのけるくらいの力量を持っている。基礎がまるで違うのだ。控えやベンチ外の選手たちにはこういうのを見てほしい。何も野球は力だけじゃない。こういう細かいことを積み重ねることが大事だということを。





~~~~~~~~~~~~~~~



 「至」


 「拓馬、どうした」


 「さっき日野と話していたけど」


 俺は丸川至が日野彩人に声をかけていたところ見掛け時間を見て聞いていた。今では俺と丸川は一緒に帰るようになり、至、タクマと下の名前で呼び合っている。確かに一年三人をスタメンで行くことを先生が言ったときは正直びっくりした。その後バスの中は雰囲気が悪かったのは事実だ。



 「アイツ怖い顔していたから変に気を使うなって声かけた」


 至はあっけらかんと笑いながら言った。コイツのすごいところは人が気づきにくいところをすぐに感じて、ああやってすぐに行動に移せるところにある。


 「さすがだな。至のそういうところ尊敬するよ」


 「イケメンにそんなこと言われたら恥ずかしいだろ」


 至はハハッと笑った。


 「拓馬、森田とか植木らがどう思っているか、お互い気をつけとこうぜ」


 突然、素の顔になって小声で言った。


 「わかった」


 お互い心配に思っていたことを至は口にし同意した。







 さっきのことを思い出しながらネクストサークルから日野を見た。


 (多分、結果でみんなに認めてもらおうとしているんだな)


 日野が2塁から大きくリードを取っている。俺より一歩分大きい。ピッチャーがすぐけん制する。手から戻る。もう一度けん制する。相手ピッチャーがかなり神経質になっている。1球目の真っ直ぐが高めに外れる。


 相手ピッチャーはバッターとの勝負ができていない。2球目を西さんが1,2塁間へ流し打った。そんなにいい打球ではないが飛んだコースがよくファーストのミットをかすめてセカンドがバックアップをするがピッチャーがベースカバーに行くのが遅れ送球できずセーフになった。


 バッターボックスに入る前にいつもの儀式をする。多分、外中心で来る。2ストライクまでは中にきた真っ直ぐ狙いでいく。変化球はストライクが入ってないから捨てる。小林先生は両手でお腹の辺りで小さく四角形を作る。


 (『狙い球を絞れ』だな)


 1球目外へスライダーが大きく外れてボール。2球目も外に真っ直ぐがボール。


 (真っ直ぐの甘い球1本に絞る)


 3球目真っ直ぐ来た。思いっきって引っ張る。少し芯には外れたが左手で押し込むように打った。打球はコースがよく1,2塁間真ん中を破る。3塁からランナーが還り、1塁ランナーは2塁で止まった。ライトの守備位置がよく3塁はあきらめたみたいだ。


 1塁ベース上で先生の方を見た。サムアップのポーズをしてくれた。まずは役割を果たした。







~~~~~~~~~~~~~~~






 「日野、相手どんな感じ?」


 ネクストサークルに向かう途中、日野にハイタッチをしならがら聞いた。


 「今のところ変化球はスライダーだけ、でも球持ち悪いから見やすい」


 貴重な情報をもらった。左で何が怖いかといったら球持ちのいい投げ方で右バッターの懐に来る内角ストレート(クロスファイヤー)と外に逃げるチェンジアップ系。左バッターにはチェンジアップがないからわからないけどでも球持ちが悪い(ボールを放すのが早い)のはええ話や。


 ネクストから相手ピッチャーを観察する。キャッチャーが間を取りに行く。


 (俺からしたらワンテンポ遅いわ。三浦先輩の打席のときに行かなアカン。あんなけ日野にプレッシャー(圧)かけられて西先輩に右打ち決められたら、そらあ三浦先輩に2-0になって3球目球置きにいくわ。並川先輩の一球目が見物や。腕振れてきたら厄介けどそうやなかったら…)


 案の定、腕が縮こまったまま。ストレートのフォアボールで満塁になった。


 ゆっくりと打席に向かう。一回だけフルスイングする。打席に入りボックスを右足で慣らす。足の位置を決め一回構えて大きく背中をそらしてからもう一度構えて相手ピッチャーと正対する。相手の顔を見た。


 (初回やのに結構汗かいている)


 ダグアウトの先生を見た。


 『狙い球を絞って打て!』の仕草。


 (遠慮なく最初から行かしてもらいます)


 ピッチャーがセットポジションからテークバックをする。


 (握りが見えとる。見え見えの真っ直ぐや)


 1球目を投げる。


 (腕振れ出したけどもう遅い。だって球種がバレてるから)


 しっかりと振りにいく。バットが芯を捉え右中間方向へ打球が飛ぶ。ドライブが掛かった打球はセカンドがジャンプしてもその上を越えてそのまま右中間をワンバウンドしてフェンスオーバーした。



 塁審からエンタイトルツーベースが宣告されて2点が入った。


 2塁ベース上でダグアウトに向かって軽く手を挙げる。初打席で初ヒットが長打となって心の中では喜んでいるが敢えて表情には出さない。


 (これくらいで喜んでたらアカン。まだまだこんなもんやない)





 

 


 



 


 




 

 



 


 


 


 


 


  






 


 



 

 



 


 





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