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よろしくお願いします。

 新入生向けのオリエンテーション後、 新入部員は15人だったが女子マネジャーは4人希望があった。通常は一学年2人が理想と思っていたが二年生にマネジャーがいないのと中田の希望で4人とも入部を認めることにした。例年オリエンテーションは力を入れてしていたらしいが今年は並川と、中田だけでただ紹介するようにとどめていた。入学式後にすでに希望者がこちらにきていたから特段、積極的に募らなくていいと伝えていた。


 私は着替えてグランドに出るとすでに全員揃っていた。一年生は全員前に整列していた。少し霞みかかっててはいるが春の陽気で暖かく練習するには丁度よいくらいだった。


 正直その瞬間まで自分がそんな言葉を選手に投げてしまうとは思わなかった。三年生、二年生、一年生がみんなイイ顔をしてやる気がグランドに満ち溢れた空間と化していた。その空気の中で全員に話してしまった。


「新入部員のみなさん改めて、おめでとう。監督の小林大輔です。君たちには先に話しておきます。一昔のように球拾いから始めるようなことないです。上下関係も一年生に課せられたような雑用については全部員で分担しているのでその役割は果たしてもらいます。ただし、必要最低限の言葉使いは忘れないようにして下さい。それは社会に出たときに必要だからです。知っていると思いますが定期考査での赤点は部活動参加を停止しますので勉強もしっかりやって下さい。それから君たちにはチャンスがあります。紅白戦、練習試合で出てもらいます。力量が認められれば公式戦にも出れます。これは二年、三年生にも事前に説明はしています。競争して勝ち取る権利はだれでもあることを忘れないように」


新入生は言葉は出さないが自分の隣を見たりしていた。私は一呼吸を置いた。


 「そして目標として甲子園を目指します!今まで一回戦勝ているかどうかと思っている者もいるかもしれない。ここに断言します!二年、三年生君たちは一冬で変わったんだ!そして一年生もその中に入って一緒になって勝ち取ろう!以上です」


 そう、私はこの場で初めて『甲子園』という言葉を使い目標に掲げた。みんな一瞬、静まり返った。すると少しずつ拍手の輪が広がり、大きい拍手に包まれた。


 (クソッ、北村英梨子アイツのせいでイライラしているところにみんなのあんなイイ顔見てしまったからつい言ってしまったではないかッ。なんて恥ずかしい気分なんだ) 


 いつのまにか、校長先生が近くで見ていたようで一緒になって拍手を送っていた。そしてうれしそうにしていた。


 確かに慣れない気分に晒されたが甲子園という言葉を吐いた瞬間、彼らのやる気が満ち溢れた。それを感じてうれしかったが一方で自分が高校野球の監督にどっぷりと頭の先まで浸かったの自覚していまい複雑な気分になった。


 


 「では一年生から自己紹介をお願いします。一番手前から順番に名前、出身中学、ポジション、希望を含めてでお願いします。マネジャーは名前と出身中学でお願いします」


 中田から新入部員から順番に自己紹介をするように伝えた。


 「帯刀たてわき和人、流通経済科 海坂一中、ポジションは外野です」


 彼はもともとウチ希望だったな。身体もこれからってとこだな。彼は並川が所属していたボーイズリーグの後輩だった。


 「中村光輝、商業科、出身は海坂三中、ポジションは内野です」


 リカルドと同じ中学出身で朝倉からは小学校時代水泳をしていてスイミングスクールと平行して野球をしていた直前までどちらにするか悩んでいたらしいが野球を選んだとのこと。三浦が卒業した後にセカンドを守っていた。守備に関しては三浦の背中を2年間追いかけてきただけはあるとのこと。


 「田中リカルドです。商業科、出身は海坂三中、ポジションはショートです」


 二年、三年から大きなどよめきが起こった。身体サイズが一年はおろか上級生をも抜いていた。意外だったが入学試験では3番だった。朝倉いわく少しでも成績が落ちたら母と二人の姉から説教が一晩続くらしいとの事。アマリアからはそんなイメージが湧いてこないのだが。


 「椚孝宏です。国際経済科、出身は波崎西中です。ポジションはピッチャーです」


 彼も昨年に会ったときより身体が大きくなっている。身長、体重が増えたとのこと。一冬ずっと勉強とトレーニングを欠かさなかったとのこと。


 「片坂翔です。情報処理科、出身は波崎西中です。ポジションは外野です」


 彼は石神井先生いわく肩が強く外野守備が巧みと聞いた。


 「小池敦士です。海坂二中です。流通経済科です。ポジションはキャッチャーです」


 今年の1月に祖父母の自宅がに引越し無事転向できたとのこと。しっかりとトレーニングや食事もしっかりしてきた。先日成橋さんからも連絡があり『ホンマによろしゅう頼んます』と何度も言われた。入学式のときに母親から本人とよく会話もできているようでこちらに来てからも自分で電話もよくするようになったといっていた。本人は恥ずかしがって早く立ち去りたがっていた。


 「日野彩人です。海坂四中です。国際経済科、ポジションは外野です」


 彼が自己紹介をした時、二年、三年からヒソヒソ話が出ていた。原因は入学式の時、道すがら女の子四人ともめていたらしい。彼は小4まで海坂に住んでいてそのとき同じクラスだったそうだ。その四人の内の三人はウチの生徒、もう一人は純心女子高の生徒だった。ウチの生徒三人の内二人は野球部のマネジャーとしてこの後自己紹介をする予定だ。問題はその純心女子高の生徒だ。聞けばあの高宮家の三女だ。正直、海坂市で高宮家ともめるなんて悪夢以外何物でもないのだ。実は次女はさとみの一学年下で彼女の担任でもあった。彼女はかなり美人だったので話す時さとみに見られてしまったらなだめるのにかなり苦労した記憶がある。それにしてもどうしてウチの一部の部員達は日野に対してある種の視線を向けているんだ。羨望と嫉妬が混ぜ合わさった視線だなアレは。


 「田村航です。波崎中です。国際経済科、ポジションはピッチャーです」


 彼に関しては驚きだった。本当は東和大真美ヶ丘高に行く予定で私が椚を見に行ったときにはすでに決まっていた。波崎では椚と並んでの実力者。二年の時に県大会優勝で全国大会出場していた。海坂商ウチにきた理由は彼は今、投げることができない。実は年末に肘の違和感があり、診断の結果、野球肘の初期だった。そのことを東和大のスカウトに報告したら内定を取り消され、途方にくれていると波崎中の野球部顧問から連絡を受けた。私は義兄に連絡し診察を受けてもらった、現在、義兄の指示で理学療法士とジュンと合同で作らせた復帰プログラムでリハビリを行っている。並川、中田達にはすでに事情は話している。


 それから他の新入部員たちも続々と紹介していった。そして問題の女子マネの紹介となると中田、並川、川谷、日野以外の全部員が注目していた。思わずため息が出てしまった。並川、川谷が他の部員達と同じような視線をしていたら多分大変だった。気がつくといつもはそんなに寄り付くことがない真田がこちらに来ていた。バトミントンの件では伊吹先生とひと悶着を起こしていた。当然、入学式の一件を聞いて監視に気になってきたのだろう。川谷には同情してしまった。


 「花沢香里奈です。佐間中です。商業科です。よろしくお願いします」


 彼女は昨日入部希望を出した子だった。私としては四人の仲の中和をする役目を期待している。万事控えめな雰囲気の子だ。


 「沢木美幸です。海坂五中です。国際経済科よろしくお願いします」


 彼女は中田、並川の中学の後輩で中田に憧れていると聞いた。女子マネの仕事を高校生になったらしたいと前から思っていたそうだ。


 そして問題の二人の紹介となると雰囲気が変な盛り上がりを見せだした。


 「堀結衣です。海坂一中です。流通経済科です。よろしくお願いします」


 彼女の紹介が終わるとなぜか拍手が起こった。例の日野と絡んでいた四人のうちの一人だ。愛嬌のある美人で清楚なイメージがある。そして何より胸が大きく部員の視線を集めていた。


 「加賀ティファニー麻実子です。海坂一中です。流通経済科です。よろしくお願いします」


 紹介が終わるとさっきの拍手がさらに大きくなっていた。金髪で白い肌、そして胸が大きい。フランス人の母と日本人の父を持つのだからリカルドの姉にも負けないハーフ美人である。拍手の間、彼女は恥ずかしいのか顔を赤らめていた。あまり人前に出るのが得意ではないようだ。


 「では本日は全員の体力測定の日でもあるので部室に張り出していた班に分かれておこないます。各部員は準備をしてください。一年生にはそれぞれの班のリーダーが教えるようにしてください。花沢さん、沢木さん、堀さん、加賀さんは私の方へ来てください」


 中田が大声を張り上げると雰囲気は元に戻り部員達はいつものように駆け足で準備を始めた。

 


 

~~~~~~~~~~~~~~~

 私は小林先生が部員に対して話を聞いた後、校長室に戻っていた。実は彼から北村先生を教えていくのは現状は難しく、時間がかなりかかってしまうか、ひょっとしたら『後のことは頼むかもしれない』といわれた。根本の思想、仕事への取り組み、性格が違うと言っていた。


 そして春季大会が始まるまでに解決できそうかと聞けばかなりの確立で困難を極めますと言われた。今は即効性のあるやり方で彼女にボールを投げて今は待っているとのことだった。


 小林先生、あなたのさっきの新入部員を始め全部員に対しての言葉。私も感動しました。あなたはこの場で初めて全員に『甲子園』という言葉を使いましたね。そしてそれを聞いた部員達の心へしっかりと刻み込んでくれました。今の北村先生ではあなたが今言ったことを受け止めることはできないと思います。本当はあなたが彼女を教えていかなければならないのですがあなたがやりやすいように明日、彼女の背中を押しておきます。そして後はあなたの思う通りに動けるように『調教』して下さいね。




~~~~~~~~~~~~~~~



 「北村先生、校長室に来てください」


 私は学年主任に校長室に来るように言われた。


 一昨日、何とか異動後のゴタゴタもひと段落して部長としての仕事もスタートさせようと小林先生に伝えようと先生のところへ行った。


 前任校の西州緑風高は創立してまだ5年で校風も自由な校風。生徒達も大らかで伸び伸びとした学校でした。野球部は去年は初めて3回戦まで進出しました。野球経験者もそんなにいなく3回戦進出できたのも2年生ながら中学時代から4番でエースだった子が引っ張り、それをみんなで盛り立ててその頑張りが身を結んだものでした。勝っても負けても明るく部活が終わってもワイワイガヤガヤ…。私の高校時代の日々と重なるくらい、部長としていい思い出がいっぱい残りました。


 ところが2月下旬に異動の内示が出ました。海坂商業高校への異動でした。通常、異動の時期が私の場合来年くらいが相場なので吃驚しました。その席で部活動について聞かれました。海坂商も西州緑風と同じよう事を以前に聞いたことがあり、野球部の部長を捜しているとの事、また違うところで生徒達と一緒に頑張りたいそう思い希望しました。赴任時初めての異動でもあり国際経済科二年生の担任を引き受けることになり、小林先生から落ち着いてからでいいと言われたのでその言葉に甘えることにした。時間を切り詰めれば部活動の方にも顔を出すこともできたが新生活に慣れる為と思い、きりのいいところで新入生の初練習の日に合流することにした。その前に野球部を覗く機会があったので外から様子を見ていた。まず、吃驚したのが整理整頓が行き届いていること。誰もダラダラせずすぐに着替えその日のメニューを確認し駆け足で練習準備をしている。かといってビクビクしているわけでなく笑顔も交えつつ真剣にしている。スケジュールが分単位に組まれているようで例えばマシンの打ち込み後のボール拾いも迅速にして無駄なく全員動いていた。練習が終わって着替えの間ダラダラしがちだがすぐに着替え全員が校門に出るまで駆け足で移動している。校門を出たらそこはみんなで話しながら帰るのは変わらないがオンオフの切り替えができている。話に聞けば小林先生が監督になってからそうなったとの事だった。


 小林先生、風貌は背が高くて眼鏡をかけ体育会系とは無縁な感じ文系の若手助教授然とした感じで生徒達が質問に来ても懇切丁寧に答えている。赴任当時はそんなイメージだった。


 だが、私が一昨日先生のところに行くと雰囲気が一変した。視線が氷点下まで下がり酷薄さを纏いながら言葉こそ丁寧であるが私に部長をする気があるのかと叱責したのだ。なんでその程度で怒っているの?先生は監督になってそんなに経ってないでしょ。その時は私も頭にきていた。


 渡された書類を見た。それは野球部の部長をしてきた私にとってまったく知らない世界を見せられた気分だった。会社で言えば総務部、人事部をあわせたようなものだった。部員達の記載も細かかった。早く覚えれるように顔写真つきで身長体重から性格、プレースタイル、家族構成、進路希望までこれを見れば一目瞭然であった。まるで『あなたが知っている高校野球は楽しいサークルの延長です』そのように罵倒された気分になった。正直迷っていた。どうしたらいいか、もう一つ選択があるのならそちらを選びたい。そんな気分だった。



 「失礼します」


 私が入ると校長先生は席に座るように促された。


 「北村先生、小林先生から部長になるか迷っているみたいって聞いたけどどうするの?」


 私は今の気持ちを正直に話した。校長先生は黙って聞いてくれた。そして意外なことを言われた。


 「あなたはこの県で教師を続けたいの?それ如何で話は変わるの。はっきり意思を伝えて頂戴」


 「はい、教師は続けたいです」


 私は校長先生の眼をみてはっきり伝えた。自分でも吃驚するくらいだった。


 「わかりました。あなたの意思はわかったわ。折角だからこれは一切他言無用の話になるけど聞いてね。あなた、もしあのまま西州緑風に残っていたらどうなってたか教えてあげるわ。あなたもご存知のように再来年、西州市は政令指定都市に移行します。周辺町村との合併の上でね。そして県に市側から西州緑風を行政区の保健センターとして譲渡してほしいと打診した。県も統合問題で高校として統合することに地元との軋轢が少なく障害もない西州緑風を他の高校と統合という形で差し出すつもりよ」


 「そ…そんなぁ…」


 つい3月までいた前任校がそんなことになっているなんて思わなかった。突然のことで言葉がでない。


 「それから、あなた、前の西州緑風の校長と親しいと聞いているけど」


 「親しいってわけじゃないですけど尊敬はしてて色々とご指導頂きました」


 私が一年目のとき悩みながら今日まで教師ができたのは前校長のおかげだった。


 「あなた、一年目のときに職員会議の議題で卒業式の国旗掲揚起立のことが出たわね」


 なんでそれを知っているの?たしか議事録も残さないっていう条件でしていたのに。


 「今の知事は右派的な保守ではないけど教育改革のマニュフェストの中に国旗掲揚起立を明記しているわ。今まではその問題は2つのグループの中で均衡を図る上で軋轢を避ける為にうやむやにされてはいたけどね。残念ながら今の教育長就任の際、2つのグループを事実上解体に追い込んだ時に知事直轄のプロジェクトチームがそのことに気づいたの。あなたは知らないでしょうけど前校長は3月付けで定年前なのに辞表を出したわ。たぶん公になる前に自分から身を引く形を取り他の先生に波及しないように手を打ったと思うの。でもその議題を出した2人の先生は指導教育センター付で研修を受けている。この意味は理解できるわね」


 明日はわが身ってこと。もし指導教育センターへ研修を受けることはもう余程のことがない限り、退職して別の仕事を捜してもせいぜい塾の講師にしかなれないことを意味していた。


 「実は今の校長からあなたのことを助けてほしいとお願いがあったの。だから私はあなたの異動を薦めた」


 校長先生は私の顔を見て微笑んだ。まるでもう選択の自由がないように。


 「小林先生についていきなさい。あの先生は敵に対しては容赦しないけど、味方には惜しみなく教え導いてくれるわ。そして私たちの目標である『3年以内に甲子園出場』にあなたは貢献しなければならないの。やってくれるわね」


 その時は校長先生の言葉に頷くしかなかった。後日、小林先生からそのことを言ったときに『君は神より秘跡を受けて導きを得たんだね』と可哀想な視線が送られた。




ご存知だと思いますが最近、バトルスタディーズという漫画を読んでいます。私の知り合いもアレと近いことをしてきたと聞いていましてとてもリアルだなと思いました。 

 

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