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よろしくお願いします。
掬星台戦後、春休みの間、練習試合を6試合を行い。3勝3敗だった。私が就任前に約束していた試合以外は県外の高校と試合を行った。レベルで言えば県大会2~3回線くらいの相手だった。掬星台高戦と同じスタメンは2試合だけにし後はランダムで全部員にチャンスを与えるようにした。毎試合毎に打数、打率、盗塁、失策や相手投手の傾向との相関関係を数値化していた。これを出すことで根拠を持たせ起用時の判断材料と彼らがなんらかの起用法に疑問または親を通じて抗議に出た場合への反論根拠として用意しておく必要があった。
部員全員の結果を見ると、如実に現れていた。主力と考えている選手と他の選手達の打率、失策数の差が大きく。また控え選手になると失策が絡んだ失点を喫することがほとんどであった。川谷、並川は本質的に打たして取る投手なのでバックに足を引っ張られるのは致命的だった。
「ジュン、二、三年生の底上げはこれ以上無理か?」
始業式前日、春休み最後の練習試合を終え、帰るバスの社内でジュンに尋ねた。
「来年の今頃なら全体の底上げはできると断言できますがねやってみて感じたんですが個々の理解力と実行力に差がありますね。力はついてきていますが難しいです。繰り返しやっていくしかありません。まあ、新入生をみて危機感を煽るしかないですね」
やはり、それしかないか。入学式は昨日、行われていた。日野、小池、椚、リカルドを始め、入部希望者が15人が挨拶に来ていた。内硬式経験者5人、軟式10人で今のとこと未経験者は0人だった。そして女子マネも3人希望者が来た。
部長に関しては予定通り北村英梨子が赴任し1日に挨拶をしてきたが彼女は2年の担任を持つためその準備に追われていた。そのため本人には1年生のオリエンテーションが終わったくらいでいいと伝えていた。
これは彼女がどんな人物か知る必要があったからだ。今のところ話している分ではどういう人となりかは判断がつかなかった。もし彼女が仕事を早く終わらせるか時間を見つけてこちらに来れたなら第一段階は合格と考えていた。
「1年生初練習の後、最初の練習試合で坂西高校との試合がある。練習の状態次第で一年生を使う。そこで結果が出ればそれで春季大会の登録に入れる」
「わかりました。それから、今日もきていましたね。谷本さんの話では、シーガルス、レッズ、ホワイトタイガースは間違いなく並川、三浦の調査に入っているらしいです」
坂西高校は掬星台と同じ県で2~3回戦レベルの相手でこちらからの問い合わせで対戦が決まった。こちらから出向く予定にしている。それまで1週間練習があるのでそこで調整をする予定だ。挨拶に来た入部希望者は自主的に練習はしてきていつでも練習できると本人たちは言っていたが実際はみてみないとわからないのもあるが支障がなければ使うつもりだ。
並川、三浦の件については松本さんが掬星台戦に視察に来て以来、らしき人物が来ていた。彼らは調査に入ると当然、本人のことはもちろん家族のことまで問題がないか調査をおこなう。また自分たちが視察に来ていること、視察期間が長い程、ブレずに評価してくれている、また最初から自分のことを見ていてくれたとを誠実さをアピールする狙いでもある。実は真庭さんは私のことを高2から見ていてくれていたのだ。その話は、大学時代の恩師である高橋監督、コンダの永井部長、速見監督から聞かされていた。打撃に関していえば練習試合では並川、三浦ともに5割近いアベレージを残し並川は、三浦ともに5本ホームランを打っている。もはや普通の高校生レベルの投手に抑えることは難しい次元に入った。守りでも並川は練習試合で一度も盗塁を許してしないし三浦もエラーはしていない。そのことは当然二人には言っていなかった。並川に関しては進路指導の際に伝えることにしている。それで彼が色気づくとは考えてはいない。三浦には今は伝えないようにする。
「わかった。今は二人には言うつもりないがいずれしかる後には話す。まあ並川はおそらくコンダに進むだろうがね」
私とジュンは今後のことについてバスが学校につくまでの間話し合いを続けた。
「小林先生、ようやくひと段落つきましたので、改めて今日からよろしくお願いします」
北村先生がようやく自分の仕事が落ち着いたのでとにようやくこちらにきた。ミディアムボブに毛先を内巻きにした髪型に身長が160に満たない感じ、グレーのパーカーと紺の動きやすいチノパンを履いていた。しかも今日は新入生が始めて練習に参加する日にである。この時点で彼女の評価が私の中で下がっていた。実は彼女の事を4月付けで赴任してからつぶさに観察していた。また学年主任にもお願いして仕事ぶりを教えてもらっていた。可もなく不可でもない。それが彼女の評価であった。だがそれだけだ。落ち着いてからと言ったが、野球部のことを後回しにしてもいいと受け取った。他の異動してきた先生たちはは曲がりなりにも何とか時間を作って自分の担当する部活にも顔を出して把握に努めようと頑張っていた。だが彼女は今日まで自分の業務だけを行いそして他の先生より少し早めに退勤していた。そして何より致命的だったのは学校統合のことをわざと学年主任が雑談の中彼女に振ったときに『海坂商はなんとなくですけど多分大丈夫だと思います』と言った。彼女にしては無難に答えたつもりだろうがここでそんな発言をしている時点で駄目だった。危機感がまるでない他人事であった。
(確かに落ち着いてからとは言ったが額面通りに受け取りやがったな。よろしい、目を覚まさせてあげよう)
「もう一度、聞きたいことがあります。北村先生は野球部の部長就任を自ら志願したと聞きましたが間違いないでしょうか?」
誰でもわかるように確認するためにもう一度聞いた。
「小林先生、そんなことどうして聞かれるのですか?校長先生にはすでに伝えています。ぜひやらせてもらいますと」
「それならばいいのです。てっきり厭々で引き受けられたと思いましたので」
コイツまるで良子がコンダに入社したときと同じ態度だな。顔に出てるぞ。良子は頭が切れる故にこちらの中に入るのに苦労していたが、彼女は違う。完全に前任校と同じように思っている。始末の悪いことにこの手の手合いは自分の経験したことが正しいと信じていやがる。まったく度し難い。私自身もそんな気持ちになることはよくあるがゆえに自分を許せなくなるのに疑おうとしない。まあ、こちらの要求に答える事ができるかだ。クリアできなければ容赦なくたたき出すしかないな。
「どういう意味ですか。それに先生は去年の秋に監督に就任したばかりじゃないですか。私は曲りなりに野球部部長として二年やってきました。高校でも女子マネとして野球にも携わってきました。逆に聞きたいです。先生は何を仰りたいのですか?」
彼女の顔に紅潮してきた。頭に血が上ってきたな。しかも声が最後のほうは震えていた。そんな確信させるようなことは言うなよ。その経験とやらがこれからやることに邪魔で仕方なくなるのに。
私は以前から彼女のために用意をしていた部長としての業務をまとめたものと各連絡先、今夏までの予定や全部員に関して情報を顔写真つきで作った書類を彼女に渡した。
「先生がこの書類を見てどう判断されるか明後日までもう一度時間を差し上げます。それでできると判断したならもう一度、私の元に来てください。もし、ご自分の『経験』上、この書類通りにできないと判断されたらこの書類をお返し下さい」
「そ…それって、どういう意味でしょうか?」
「それ以上、それ以下でもありません。では、これから練習を見なければいけないので失礼します」
私は席を立つと着替えるためにロッカーへと向かった。彼女は私を呆然とした表情で見送るだけだった。
許しは請わない。ただ、私の邪魔をするものは許さない。もし邪魔をするのなら降りかかった火の粉は払わせてもらう。
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