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よろしくお願いします。
掬星台との練習試合翌日、結果報告と4月以降のことについて校長室に来ていた。
「ますは就任初試合のことだけどよくやったわ。昨年甲子園出場している相手によく引き分けに持ち込めたわね。桜木会の会長からもえらく興奮して電話がかかってきたわ」
校長がねぎらいの言葉をかけてきた。
「いえ、ほぼ負けかけの試合ですけどね。帳尻合わせってところです」
それは事実であった。普通に公式戦モードで戦われていたら間違いなく負けていた。
「それからあなたから頼まれてたことだけど定期の人事異動で4月付けで来ることになったから」
校長から本題の話が出てきた。以前に野球部部長を頼んでいたからだ。
本来、私のような平教員が自分の異動以外知ることはない。せいぜい本人からの挨拶があるか4月1日付で県教委のホームページか新聞で見るくらいだ。何より我が家でその類は私より妻のさとみが先に調べている。
「はい、これがあなたが頼んでいた。部長候補の先生よ」
これは本来、校長、教頭以外が見ることができない。人事考課や経歴、赴任先でのことをまとめた物だった。これを見せることはいかに私に発せられた命令がどういうことかであった。校長に部長のふさわしい人物の基準は以前に説明しお願いしていた。総務的な役割(マネジャーとの役割分担化)対父母会、桜木会対応、部員のメンタル面のフォローである。
概略はこんな感じだ。
名前 北村英梨子 県外の高校卒で東京の女子大卒で入職。この県の教員の構成は大きく3つのグループに分類される。旧海藻館高卒系、旧海坂高卒系、その他である。橋村知事時代以前、教育長は旧海藻館高系、旧海坂高系のどちらかがなる。その他は決して教育長になることはなかった。だが今の教育長は橋村知事が海藻館高卒にもかかわらず県外の在京私立名門校から東大卒と珍しい経歴である。知事就任後、教育長の退任時に人事に介入し、前出の2つのグループによって牛耳られた人事を解体し現在は2つの派閥は機能不全にしてしまったからだ。
かといって、ここで油断してはいけない。甲子園出場を目指していることについて海坂商が打ち出した動きを知られると妨害される危険性が高いのだ。北村英梨子に関してはその他に該当するためその辺りはクリアした。それから赴任先の西州緑風高では野球部部長を二年経験となっている。西州緑風はたしか戦績はウチと似たようなものだ。監督も与板と似たようなリーマン監督だったはずだ。これは単なる部活動レベルだな。公立の野球強豪校の部長がやっているような業務はこなしたことはない。高校時代は野球部の女子マネジャーをしていた。出身高は甲子園などの出場経験がない学校だ。そこが恐らくネックになる可能性があるな。今の中田恵理に担わせている仕事への相談、助言はこちらに一元化している。また彼女には榊原良子からもらっているバイブルがありまたそれに関しての助言をメールなどで聞いているようだ。彼女の仕事に口出しだけはさせないようにしないといけないがこればかりは赴任してからではないとわからない。考課的に関しても入職3年目であり過もなく不可でもない。判断の仕様がなかった。
「こちらとしても旧海藻館高系、旧海坂高系からねじこませないようにしたんだから後はあなたが『調教』することね。そういうの得意なんだから出来るでしょ」
(何言ってんだこの人。私を何だと思っているんだ。まったく)
もちろん言葉には出さない。
「わかりました。もし『不適合』と判断した場合は後のフォローはお願いできないでしょうか?」
当然、そのままにしておくと害悪としかなり兼ねない。後始末はしてもらう。
「わかったわ。面倒だけどあなたを監督に据えたんだからそれくらいはさせてもらうわ」
校長室で話が終わると私は視聴覚室に向かっていた。本日の練習は午後からにしていた為、少し早めにジュンと並川、中田に来てもらっていた。昨日の試合の分析と傾向をすすめてもらっていたからだ.毎回してしまうと並川達が練習参加できなくなってしまう。4月になれば部員の中から分析担当を作ってやっていくつもりだ。
視聴覚室に入るともうすでに終わっていた。
「先生、一応これがまとめたものです。岡崎コーチにも見てもらいました」
中田から昨日の内容と傾向がプリントでまとめられていたものを渡された。
「この数字を見ると気分が滅入ってしまうな」
私はあえて冗談交じりに話した。想定済であるからこれを見て気分がどうとかではないからだ。
「先生…」
中田があまりいい顔をしていなかった。そりゃそうだろう。昨日までの気分が吹き飛ばされたのだから。
「これが秋季大会時の同レベル相手でこんな試合していれば深刻なところだがわかっていたことだ。気にしなくていい」
「わかりました」
頭では理解できているようだが感情がついてこない様子だ。
「並川、今日の肩、肘の状態はどうだ」
彼は初めて試合に投げていたので気にはなっていた。
「大丈夫です。重たいとかはないですから」
「今日はキャッチボールくらいにしておくように。川谷にも伝えてほしい。夏に向けてまだ負荷をかける時期ではないからね」
「わかりました」
どうやら肩、肘の負荷はそれほどではないようだ。だが、これからは試合のたびに確認しないといけない。トレーナーは夕方来る予定にはなっている。そこで確認してもらおう。
「今日のところは昨日の試合を含めて部員全員の出場試合のデータを取ることにある。昨日の試合の目的は強いチームともやり方次第で戦うころができることをみんなができるという自信をもってもらうことだ。まあ我々は目的は達成できたんだよ」
その言葉を聴いて並川と中田は安どの表情を浮かべた。そう、今はそれでいいんだ。
「それから、明後日の安住川高校の練習試合はバッテリー以外は控え中心で行く」
「ええーっ何でですか?」
確かにベストメンバーを組んで勝ち癖をつけたい気持ちもわからないわけじゃあないんだけどなあ。でも新入生が来る前に全員にチャンスを与えないとね。新入生が来てから春季大会までの間ではそんなことはやってられないからね。
「一冬越えて成果がわかるようにしたいからだよ。みんなにチャンスを今の間に与えてあげたい」
「そういうことならわかりました」
並川と中田には納得した様子だった。二人が午後から始まる練習のため、退出すると私とジュンだけが残った。
「大輔先輩。言ってあげなくていいんですか?」
「今はまだいい。今、言ってしまうと彼らの中で消化できなくなってしまうからな」
私は昨日の試合の統計のプリントを見ながら言った。以後の練習試合の結果次第ではあるがある程度、私たちの中では決まっているからだ。
「後、4月から部長が来る『予定』になった」
「先輩、予定ってどんな人かわからないのですか?」
「ん…。女性くらいしかわからん。面接できるわけでないしこればかりはな」
ジュンが私の答えを聞いて肩をすくめた。
「もし、こちらの方針通りにできない場合は校長に『後始末』は頼んである」
私はプリントを机に置くと窓からグランドを眺めた。走りながら部員たちが部室へ集まろうとしていた。
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