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(5)

よろしくお願いします。

 丸川をセンターに入れていて正解だった。ジュンが丸川をスタメンに推したのは彼とある約束を交わしたからだ。


 『ブルペンキャッチャーをさせてやるから』


 この口説き文句で外野を守ることを承諾させた。彼のキャッチャーの致命的な短所は二つある。バッターの空振りの際のボールが取れない。ショートバウンドが止めれない。練習しても改善できない。普通、練習するしかなくて本人もわかっていて練習するが駄目である。コンテストの際、立候補は誰でも受け付けることが原則だったから止めることはできなかった。彼の人格もキャッチャーへのこだわり以外は申し分ない。誰とでも隔てなく初対面でもすぐに打ち解けることができる。問題を抱えていた三浦に対しても唯一何事もなかったように話しかけていたのは彼だけだった。並川が引退した後次期主将は満場一致で彼ではあるがあのこだわりさえなかったからと但し書きつきがついてしまう。


 ただこれで三浦以外で戦力になる選手が出てきたのは大きい。まあ、こだわりに関しては自覚が出てきたらまた話し合えばいい。


 逆転されたが1点差で止まった。かといって完璧に抑えられている下位打線からで7回表も案の定三者凡退に抑えられた。


 攻守交替の際、川谷がマウンドに上がる並川の代わりにアンパイアにシートの交替を告げた。アンパイアから交替を告げられて中田がアナウンスする。


 『海坂商業のシートの交替をお知らせします。ピッチャーの川谷君がサードに替わり、5番サード川谷君。サードの神林君がキャッチャーに替わり、6番キャッチャー神林君。キャッチャーの並川君がピッチャーに替わり、4番ピッチャー並川君。以上に替わります』

 

 スタンドの父兄席からどよめきが起こった。今までしていない選手がピッチャーになったのだから驚きだろう。


 さあ、相手も驚いてもらおうか彼の球を見て。




~~~~~~~~~~~~~~~


 「大丈夫か?」


 7回表攻撃中、神林に声をかけた。


 「愚問だな」


 (テメエそんなキャラじやねぇだろ)


 「一回、言ってみたかったんだ。ゴメン」


 一瞬間をおいてから照れたように神林は答えた。


 「オマエなあ」


 「心配しなくていいよ。それよりオマエ?」


 「みんな頑張ってんだ。簡単には終わらせない」


 「ヨシッやってやろうぜ」


 「ああ」


 そんな話をしている間に攻撃は終わった。川谷がアンパイアへ向かってシートの交替を告げている。俺はマウンドに上がり投球練習を始めた。1球目に真っ直ぐ、2球目にカットを投げる。指の掛かりも大丈夫。しっくり言っている。アンパイアから声がかかった。バッターが打席に入ってきた。神林からサインが出た。真っ直ぐのサイン。俺は神林のミットを目掛けて投げ込んだ。





~~~~~~~~~~~~~~~





「ジュン、並川くんがピッチャーだがどうなんだ?」


 「真っ直ぐは一冬越えて常時140km は超えて投げれるようになりましたね。それよりもカットがいいです。一回りだけでアジャストは余程じゃないと厳しいですよ」


 ジュンはカットボールのことを強調して話した。


 たしか彼が松浜に来たときに仙堂から色々と教えてもらっていたようだがそんなものまで教えていたのか。


 「掬星台さんの選手達のバッティングからして取れても1点でしょう。でもウチは今のところ成瀬君を打つ想像が思いつかないんでこれで終わりかも知れませんね」


 「ジュン、それは身も蓋もないぞ、それは」


 あまりに客観的過ぎたのでつい言ってしまった。


 「たしかにウチの子たちは成長しました。県内の公立校相手に負けはしないと思います。1回戦勝てば上出来だった子達が甲子園出場した学校でしかも相手投手がドラフトにかかる可能性が高い子相手にここまでやるんですよ。これ以上望んだら選手が勘違いしていまいますよ」


 ジュンは肩をすくめながらいった。


 「まあ、可能性がないわけではないがな。大輔もおそらく気づいていると思う」


 それまで私たちのやり取りを聞いていた峰岸先生がポツンとつぶやいた。


 その言葉が現実になったときその後の事は後から考えれば誰も想像していなかった。




~~~~~~~~~~~~~~~




 並川先輩にピッチャーが替わってから7回、8回と三者凡退で抑えた。こっちも相手投手から7,8回と三者凡退だ。最終回。全員で円陣を組んだあと打席に入る前に先生に呼ばれた。


 「三浦、相手ピッチャーはお前と勝負をしたがっているぞ」


 「わかりました」


 たしかにさっきの回よりなんか気合が入っている気がする。


 「やり方は任せる。一発でしとめろ」


 「はい!」


 ゆっくりと打席に向かう。いつもの儀式ルーティーンで打席に入り相手ピッチャーに正対する。気合が入っているのがすぐわかった。三振で打ち取りたい。そんな感じがありありだ。


 1球目は真っ直ぐ内角を見送る。ボールのコールをアンパイアがした。


 さっきよりもギアを上げてきた。オマエを潰すって言っている気がした。


 2球目も真っ直ぐ外よりに来た。バットを出すが三塁方向へファウル。始動が遅れた。


 一度打席をはずし落ち着かせる。ピッチャーを見た。早く投げたそうにイラついている。


 気にしたそぶりも見せずゆっくりと打席に入る。相手ピッチャーがサインに一度首を振った。確信した。


 (どうしても真っ直ぐしか投げないつもりだな)


 さっきより始動を早めて左中間からセンター方向を意識する。相手の真っ直ぐの力を利用するイメージで。以前、先生が国際試合で速い球を投げる外国人投手を打ったDVDを見たとき先生に聞いた。相手の力を利用して最短距離でバットを出して芯に当てて振る。構えのトップさえ決まっていればできること。最初、聞いた時わからなかったが今なら感覚でわかる。


 ピッチャーが3球目を投げた。来た。しかも真ん中。イメージ通りに始動する。バットに当たる瞬間に感覚がなかった。しっかり振りぬく。いい角度でセンターから左中間方向に打球が飛ぶ。全力で走る。一塁を回り2塁に向かおうとしたら打球の方向を見たらどこかわからなくなった。センターとレフトが同じ方向を見ている。2塁塁審が手を回した。ホームランだった。



2塁を回って走る。ダグアウトを見るとみんな喜んでくれている。高校で初めて打ったホームラン。しかもイメージ通りで打った。同点にすることができた。3塁を回ってホームを踏んだ。ダグアウトに戻るとみんなが大喜びで身体や頭をたたいた。痛いけどいい気分だ。


 「三浦!ナイスバッティング!」


 「オマエ!すげえわ!」


 「よくやった!」


 これで自信がついた。打った感触があまりなかったけど打つコツが今日でつかめた気がした。





~~~~~~~~~~~~~~~



 油断はしていなかっただろうが首振った真っ直ぐをあそこまで持っていかれるとは。


 もしこれが公式戦だったら勝利を優先しないと。成瀬と品谷にはいい勉強になった。しかし、3番バッターのあの打ち方はどこかで見たような気がする。それは後で考えよう。


 内野陣とキャッチャーがマウンドに集まっていた。


 成瀬はキャッチャーの品谷に尻をたたかれていた。すまなそうにしていた。選手達はこちらを見ていた。


 (気持ちを切り替えて確実に3つアウトを取ってこっちに帰って来い)


 指を三本出して指示をだした。選手達は元気に守備位置に散った。


 (これで大丈夫。いい試合になった)






~~~~~~~~~~~~~~~



 結局、この後、三人で終わり、一方の裏の守備も三人で終わった。事前の申し合わせ通り9回終了4対4の引き分けで終わった。結果として引き分けに終わったが課題と収穫の両方が浮き彫りとなった。


 終了後、両チームが挨拶した際、三浦と相手投手が何か話していた。


 選手達が戻ってきた。 スタンドに陣取っていた父母席へお礼の挨拶をしてダグアウトに戻ってきた。控えの選手達がグランド整備に降りてきた。川谷と並川に控え部員達がアイシングの準備をする。反省会はグランドの外へするつもりだった。何せウチは現在部員は20人くらいしかいない。せめて一学年13~14人はほしいところだ。試合にでた選手もみんなで整備をする。


 ダグアウトでミーティングを終えた橘がこちらに向かってきた。


 「今日はありがとう。色々と勉強になったよ」


 「いや、こちらこそ勉強させてもらった」


 お互い笑顔で握手をした。表面的にだけ。


 「しかし、1回の時、いきなり『ブルドッグ』を仕掛けてきたときは1回戦何とか勝てるかどうかの相手に何するんだと思ったよ」


 「うるさいわ。読んで逆にバスターで返したくせに」


 互いに言い合いをした後、フフッと吹き出した。


 「大輔、悪いがウチの選手に言ってあげてほしい。練習試合の時、いつも相手の監督にいい所、悪い所言ってもらっているんだ」


 たしか九州の交流試合会で監督同士が練習試合後、第三者の目で客観的にチームを見直せるようにアドバイスをもらっていると聞いた。他人に自分のチームのことをとやかく言われるのは誰もが好きではないが九州を初め西日本のチームはそうやって交流、強化をしていると聞いた。


 「前にも言ったように大輔の事は久川や同期達以外は知らないから自己紹介くらいはしろよ」


 「ああ、わかったよ」


 並川に相手のダグアウトに行く旨を伝えると走って向かった。向こうでは選手達がそろってこちらへ向かった。


 「ますは紹介します。あなたたちの先輩でもある。海坂商の小林大輔先生です」


 久川が紹介をしてくれたが選手達からどよめきが起こった。卒業してから峰岸先生が転勤後はそっちに行ったことがないからな。


 「ただいま松本先生から紹介して頂きました。海坂商の小林です。君たちからなにか聞きたいことはあるかい。もしあるなら挙手をして名前とポジションともし今日の試合に出ていたら打順を言ってほしい」


 本当は色々あるけどそういうのは人に言われるより自分で『気づく』ことが大事だからね。今回はそれを促せるように徹しよう。変に御託を並べて弱小校の監督なんかの聞く耳なんか持てないからな。


 するとショートを守っていた子が手を上げた。


 「2年の1番ショートの沢村です.自分としては今日、1回盗塁をして失敗していまいました。スタートも悪くはなかったですが余裕でアウトになりました。原因はわからないのでアドバイスをいただきたいです」


 確かに失敗したがそれはキミのミスではないだろう。


 「ヒットが出ていない時、沢村君としてはあの時ランナーに出て得点することがキミの役割なんだよね。キミは失敗した後、試合が終わるまで消極的になったかい?」


 「いえ、それはないです」


 「それでいいんだよ」


 私の答えに沢村君を初めみんなビックリした顔をした。


 「今回、キミたちは4点を取って一時逆転までしたわけだよね。そんなにヒットが出ていない状態で点を取るのが上手いと思いました。沢村君の盗塁ミスはたしかに失敗してしまった。ゲームですべて100%上手くできることなんてお目にかかれるもんじゃない。でもその後に仲間がリカバーして点が入ったでしょ。盗塁だけが走塁ではない。それをキミ達は実践したじゃないか。大事なのは失敗しても切り替えて積極的にいくことが大事だよ」


 私が次の質問を促すとキャッチャーの子が手を揚げた。たぶん敗因だろう。


 「8番キャッチャーの品谷です。9回にホームランで同点に追いつかれてしまいました。ストレートで押すリードをして打たれてしまいました。こういうときどうすればよかったか教えてください」


 「待ってそれは俺が悪いだろ」


 いきなり、ピッチャーの成瀬君が質問をさえぎるように間に入ってきた。黙ってたらキャッチャーが悪いなんてなってしまうわな。


 「成瀬君かな。キミはどう思っている」


 「それは自分がサインに首を振ってストレートで勝負を急いだのが悪いと思います」


 二人ともカワイイもんだね。原因はそれ以前に伏線があったんだよ。


 「実は成瀬君。9回のキミの配球についてはある程度。私も3番バッターも予測はついていたんだよ。もっともホームランは予想以上だったけどね」


 「そうなんですか」


 「これについては橘先生からまた話があると思うからこの場では答えないけど。ただここで言えることは『みんなは一人の為に。一人はみんなの為に』この気持ちを忘れないようにしていれこんなことは起こらなかったんだからね」


 その後、2,3質問に答え。できるだけ自分たちで気づけるように促し。ミーティングを終えた。


 


 「すまんかったな」


 「いや、こっちこそ。また、6月だな」


 「ああ」


 私と橘はその場を離れそれぞれの選手のもとへ戻っていった。今日は引き分けたがいい気分で終わることができた。


 


 


 


 


 


 


 

 


 


 

 


 

 


 





 


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