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更新をなるべくやっていきたいと考えてます。是非とも感想、評価もどしどしお願いします。

「ふふ、はじめっからそう言っとけばよかったのよ」


 翌日、わたしは校長にいくつかの条件と引き換えに野球部監督就任の返事をした。


「あなたの条件は?」


「来年度、担任を1年間外して下さい。スカウティング活動は出張扱いにして下さい」


「わかったわ。かかった経費は、取り敢えず出してちょうだい。処理は、こちらでするからあなたは、絶対自腹は切らないでね」


 校長の言葉に頷いた。


「それから、プロジェクトチームを作って下さい。私一人では、限界がありますから。素案はこちらに作ってあります」


 私は、朝早めに出勤して作ったペーパーを出した。


 校長は、眼鏡をかけてそれを見た。


「ふーん、メンバーは、私と沢木さん(PTA会長)と狩野さん(桜木会会長)に事務局の元田先生、海坂市助役の香坂さんまでって、えらく広げてるわね」


「香坂さんは、たしか海坂商うちのOBでしたね。私の監督任期中、関西からスカウトした生徒を毎年2人までは、来てもらおうと思います。特待のない私達には、香坂さんは切り札です」


 スカウトにおいての条件提示については、ペーパーに記してした。


「わかったわ。話はつけて置くわ。後、海坂市内の中学の件も手を打ちます。えーと、どうしても県外の子、しかも関西からの子が必要?」


 校長は眼鏡を外して私を見た。


「はい。プロ出身者でも関西出身は殆んど主力を担ってます。3年という年月を区切っている以上、彼らの力が必要です。それにレギュラーを全員揃えるわけじゃありません。1学年2名、センターラインを固めてくれるだけでいいのです」


「特待制度がない地方の公立に来てくれるのかしら?しかも、関西の球界にはびこるブローカーの縁故なしに?そんな裏金、用意出来ないわよ」


校長は、不安を口にした。


「大丈夫ですよ。そんなのには頼りません。だからこそ香坂さんと桜木会の力が必要なんですから。それに私の球歴もフルに使いますし」


「そう、わかったわ。あなたが、そこまで言うのなら」


 校長は、安心したように笑った。ああでも言わないと納得出来んだろうね、この御仁は。


「後、今の二年生をどうするつもり?並川くんや川谷くん、中田さんは、ともかく、後のサボり癖部員や幽霊部員ばかり。この子達の待遇次第では来秋まで動きは、取れないわよ」


「新1年生が入るまでは、公式戦はありませんし、私から何もしません。並川達に任せます。もちろん、新1年生が入学してきたら、容赦はしません。チャンスは、あげますがね。その時は、PTAにも抑止力として働いてもらいます」


 私は、校長に少々荒事を用いることを伝えた。何せ、学校の生き残りが掛かっているのだ。教育者としてどうかと思うが、生徒達の心の葛藤に付き合う都合は、持ち合わせてはいない。


「わかりました。それしかないわね」


校長は、ため息をつきながら言った。


「それから、来週から一周間、私を『出張』させて下さい」


「どこに行くの?」


「私が、高校野球という世界に入ることで、やらなくてはいけないところ、避けては、通れないところに行き、準備を整えます」


「宜しい。それは、あなたに任せるわ。他には、ないの?」


 私は、校長の眼をしっかり見据えた。これだけは、守ってもらわないと。もし、理解されなければ、断るつもりだ。


「私の妻のことです。学校、PTAをはじめとする保護者、桜木会は、どんなことをしても、表に出すようなことは、一切しないと約束して下さい」


 高校野球の監督の奥さんは、父兄、後援会に対して心身共に協力するのが、当たり前と見なされている。私は、妻にそのような重責を追わせることは、したくなかった。確約は、なんとしても取らなければならない。


「そう言うと思ったわ。それはなんとしても守ります。あなたを見ていると『ハムラ先生』っていいたくなるわねぇ。ホント、青海川駅のラストシーンが思い浮かぶわ」


 私は、校長が、ドラマや映画好きであることを思い出した。好きな脚本家が野島伸司、岩井俊二、ユン・ソクホだったはずだ。そのシーンだけは言ってほしくなかった。私とさとみが、羽村と繭みたいじゃないか・・・。


 私は、校長に対して殺意すら芽生えた。


「あなたの奥さん、ホントに綺麗な子ね。あなたが、そう思う気持ち、わかるわ。でも、私以外に言うべき人がいなくて?あなたのお義父様に」


 校長は、妻の父親のことを言った。つまり、あらぬ腹を探れるなということだ。義父の力を借りなくていいのかと言う意味を指していた。現在、飛ぶ鳥を落す勢いのある現知事が、喧嘩をするのに憚られる相手、噂では、県内最大手地方銀行の頭取と言われている。それが、さとみの父親だからだ。現在、妻は、私とのことが原因で父親と冷戦中である。義母の話によると3年程まともに口もきいてないそうだ。妻との関係が父親にバレ、妻の自宅へ筋を通しに来た私をしたたか殴りつけたことが、未だに許せないのだ。妻にとっての敵は、私をひどい目にあわせた人間なのだ。私自身は現在、義父とは和解している。時々、妻の目を盗んで飲みに行っている。


 私は、心配無用と笑顔を見せた。


 校長室を辞した。私は、与坂先生とすれ違った。


「小林先生、ちょっといいですか?」


「はい」


 私は、校舎の屋上にいる。晴れてはいるが、晩秋の屋上は、身体に凍みる。


「あんた、校長に何、吹き込んだ。一昨日、校長室に呼ばれていきなり野球部の顧問を退任しろと言われた。代わりにあんたに監督をやらせるって、どういうつもりだ」


 このうだつの上がらない中年の男について、調べていた。実績は夏の県予選ベスト8。前任者の急病に伴い予選前に就任。当時、2年生左腕エースを擁してあれよあれよという間に勝ち進んだ。前任者がしっかりとしたチームを作っていたおかげだった。


 だが、本人は気付いていながら自分自身の力と過信した。それを覆い隠すように焦り、目先の勝利に拘り、翌年夏、エースの子は肩を壊してしまい初戦敗退。挙げ句の果てに、エースの子の両親とトラブルを起こし、当時の校長の取り成しで納まったが、それ以来、今日まで失敗り続けている。


「先生、私は何もしていません。校長から今日、言われたばかりですよ」


「高校野球、甘く見るなよ!あんたの思う通りになんかならないぞ!」


 与坂先生は、逆恨みもいいところで、特撮ヒーローのやられ役のような言葉を吐いた。


 私は、彼に背中を向け、塔屋の階段へと歩いた。


「おい、まだ話は終わってないぞ!」


 与坂先生は叫んでいた。可哀想だが、仕方がないんだよ。あなたのせいで私が巻き込まれたんだから。あなたがまじめに部活動のマネジメントをしていたらこんなことにはならなかったんだから。


「先生、寒いですから中に入りましょう。先生だってわかっているでしょう!先生がこのまま監督続けていたら、海坂市民から山下くんの親御さんの比じゃないことを言われてしまいますよ!」


 私は、非礼を承知で与坂先生の口を封印すべく、当時のエースの子の名前を言った。案の定、与坂先生は、立ち尽くしてしまった。触れられたくない過去のトラウマをえぐりだされたのだから。


 翌日、与坂先生は、今年度中、休みたいと休職届を出した。虚栄心だけで監督を務めてきた先生には、気の毒なことをしたと思ったが、邪魔されるよりはましだと思った。妻との生活を守る為、私の邪魔をする者は許さない。







「失礼します」


 翌日の放課後、進路指導室に主将の並川大樹とマネージャーの中田恵理を呼んだ。


 並川大樹、2年 商業科ポジションは捕手、右投左打、球歴は小学4年から野球を始める。地元選手としては珍しくボーイズリーグ出身。中学時代は私立から誘いがあり、洋海学園(私立四天王の一つ)に入学が決まっていたが両親の離婚が原因で断念。二次募集があった本校に合格する。与坂のネグレスト(指導放棄)ぶりに呆れ、孤軍奮闘している。選手として遠投120m、本塁から二塁までの投球タイムは1.78。これだけでもプロテスト一発合格は、間違いない。


中田恵理、2年、国際経済科、マネージャー。実は、2ヶ月前に彼女から監督になるよう懇願された。学年トップの成績を持ち、教師間の評価も高い。歌唱力は抜群で文化祭は彼女なしではなりたたない。後から聞いた話だが、与坂先生を監督から外すよう校長に直訴していた。校長の判断材料に一つの根拠を与えた。付き合っている並川の母親から絶大な信頼を得ている。川谷諒の彼女も彼女の紹介らしい。マネージャー業は天職である。



 私は、二人に席に座るよう促した。二人は不安げに着席した。


「与坂先生が、今年度中、休まれることになった。代わりに私が、顧問を引き受けることになった」


 すると、中田恵理は、急に泣き出した。そして絞り出すように言った。


「先生ぇ、おそいよ!もっと早く来てほしかったッ!でも、嬉しいッ!」


 彼女は、感極まっていた。並川大樹は、そんな彼女の背中を擦ってあげていた。


「並川、きみは、キャプテンとしてどうなんだ」


「嬉しくないわけないッスよ!」彼の目は、笑っていた。


 私は、ここからが本番とばかりに話を始めることにした。


「きみ達も噂では聞いていると思うが、今回の私の顧問になる理由は、噂とは無縁ではない」


「先生、このままじゃ海坂工コーギョーと統合されてしまうのですか?」


 恵理が、暗い顔して聞いてきた。大樹も聞きたげな様子だ。


「まだ、決まっていないが、座視するわけにはいかない。だからこそ、私が就任することになった。最終的には、甲子園出場を目指してやる。きみ達にも頑張ってもらう」


 甲子園という言葉を聞いて二人は、目の色が変わった。しかし、二人は、顔を見合せ心配を口にした。代表して恵理が言った。


「先生、私たちの部の状況を知ってるでしょ。ホントに大丈夫なんですか?」


 私は、二人の中にある不安材料について、言いたいことはわかっていた。部活を無断に休む部員や幽霊部員の処遇についてだろう。


「来年度の部員数は、間違いなく増える。いや、増やす。それは、そうすべく準備を進めつつある。その点は心配はしなくていい。むしろ、きみ達にやって欲しいことがある。川谷や西はともかく、川崎達を毎日部活にやる気をだした上で参加するように何とかして欲しい。出来なければ、彼らには、3月一杯で退部して貰う」


「えっ!でも・・・」


 大樹は、言い淀んだ。彼にとっても頭が痛いのだろう。


「別に無理に参加させろとは、言ってない。早い内に態度を明らかにして欲しいと言っているんだ。私からは、彼らとこの事について話し合うつもりはない。やめるか、やる気を出して続けるかどちらかだ」


「わかりました。近い内に答えを出します」


 覚悟が決まったのか大樹は、返事をしてくれた。


「わかった。ただ、無理はするなよ。何か些細な変化でもあったらすぐにでも報告は、してくれ」


 私は、二人に私のメールアドレスを書いた紙を渡した。


「それから、ここは、進路指導室だよね。きみ達、進路は、どうするんだい」


 二人の進路については担任から話は聞いていたが、改めて、本人の口から聞こうと思った。


「俺は、就職です。母さんにこれ以上、面倒は掛けたくないですから」


「私も就職です。上で勉強するよりは、仕事をする方が性にあってますから」


 二人については、本人次第ではあるが、当たりはつけていた。


「きみ達次第だが、来るつもりなら、今週の日曜日、挨拶がてら私が、所属していた社会人野球の東海地方のコンダの松浜工場に行く。並川は野球道具と筆記道具一式、中田は筆記道具を持参する事。推薦状は、校長先生が書いてくれる。明後日、親御さんと相談の上で返事が欲しい」


「えーッ、先生、いいんですか?俺、そんな力ないっスよ!」


「私、世界のコンダを受験出来るのですか?」


 二人は、びっくりした様子だった。


「ああ、テストを受けるんだ。並川については、正捕手が、来秋ドラフトにかかるから今の内に補強の目星をつけたいそうだ。中田は、きみの話を総務部長、まあ、私の元上司にしたら是非にと言ってくれてね。ただ、この事は、きみ達の親御さん含めてだけど秘密厳守でお願いする。漏れるとたとえ合格しても公になると内定取消になるから気を付けて下さい」


「はいッ!」 


 二人は声を揃えて返事をした。

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