(3)
よろしくお願いします。
「あれ、川谷くん投げ方変わったね」
投球練習をし始めた時、父兄の席から声がかかった。わたしは見ていたからわかっている。諒は小林先生が監督になってからすごく練習していた。未だに裕子先生やバドミントン部の子達は戻って来いとうるさいけど。紅白戦でもあまり打たれていない。今年から来てくれたコーチから教えてもらい手ごたえを掴んだって言ってた。
(たぶん大丈夫)
思わず両手を合わせた。秋の大会ではそんなことはなかったのに手に汗が出ている。
(神様いてたらお願いします。打たれないように!)
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走ってマウンドに上がり足元をならして踏み固める。投げるとき左足を前に着地させるところを軽く慣らす。プレートに足を置きノーワインドアップからややサイド気味に腕を振り真っ直ぐを投げた。真ん中に並川がミットを動かさずにキャッチする。
岡崎コーチから言われた事
ランナーがいない時はテンポよく投げる。キャッチャーからすぐにボールを受け取るとすぐにサインを出しすぐに動作に入る。これは相手のペースで打席に入らせないこと。
インコースを投げる勇気。デッドボールになっても割り切る。(みんな肘にシンガードをつけているから少々当たっても大丈夫)
回転のいい真っ直ぐでなく左バッターにはカット気味に、右バッターにはツーシーム気味に速い球を投げる。
シンカーは投げすぎない。(相手も慣れてくるのでここ一番に投げたいときに投げれなくなる)
コーチ、小林先生は防具を着けて投球練習時いつも打席に立って構えてくれた。今日は自分の力がどこまで通用するか試すんだ。
1番バッターが左打席に入ってきた。落ちついている感じで素振りをしている。甲子園にも行っただけはある。何も考えていないヤツではない。
「プレイボール!」
アンパイアの右手が上がった。
並川から『インコース速い球』のサインが出た。ノーワインドアップから投げる。いきなり振ってきたが振り遅れ気味に一塁ダグアウトヘファウル。
アンパイアから並川がボールを受け取るとすぐにこっちへボールを投げ受け取る。
(さあ、始めよう)
サインを受け取りすぐにノーワインドアップに構えた。
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1回裏は三者凡退に終えることができた。テンポもこちらの思惑通りで構え遅らせている。まあ一回りしたら相手は考えてくれるだろうがな。
今のところ選手への指示は変わらない。ファーストストライクを振る。ツーストライク後は粘る。3人で終わらない。
「並川、相手バッターはどんな様子だ」
並川に声をかけ様子を聞く。
「インコースはやっぱり詰まっている感じですね。3つともどん詰まりの内野ゴロでしたし、純粋な真っ直ぐにはしていないですから、気づいてもそんな連打されることはないと思います」
「相手の狙いが変わったら次のことを考えていくが今はそのままで行こう」
そうこうしている内に2回のウチの攻撃が三者凡退に終わった。内二者三振でしかもミットにボールが届いてから振っている所謂『着払い』ときた。まるで『ドカ○○』の土○だな。成瀬は。
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もう三回が終わった。成瀬に関してはこれ以上相手に点を取られる心配はないがこちらもランナーが出ない。なにか対策をしないいけないな。
「時田、傾向はどんな感じに出ている」
記録員の時田に声をかけた。以前は女子マネに記録員をしてもらったが一昨年から男子部員で分析担当というものを作った。きっかけは肩を痛めて野球を断念せざる得なくなった部員がいて何でもしたいと訴えてきたのがきっかけだった。ゲーム中の相手チームの分析や県内外のライバルのスカウティングを行い傾向と対策を私に助言するようにしていた。去年夏はおかげで甲子園に出ることができた。彼は肘を痛め昨秋から担当をしてもらっている。バッターボックスに立った選手にチャートを時間の合間に書かせ彼に提出させていた。
「インコース中心の組み立てですね。しかもみんなの話では普通の真っ直ぐじゃないみたいです。時々真ん中近くにきて投げミスがあるのですが来たと思って振ったら意外に詰まってたとかですね。たぶん握りを変えて動かすようにしている可能性が高いですね」
大輔め、たしかに普通のあの子レベルの球速くらいなら対処しようがあるがやっかいな事を…。
「沢村!」
一回りもしたので先頭の1番バッターに声をかけた。
「何としても塁に出ろよ」
「はい!」
連打は期待薄だが点の取り方はいくらでもある。それには塁に出てないと何も起こらない。
一球目はセフティーバントを仕掛けたがファウルだった。
二球目はもう一度バントの構えから引いたが、引いたところに右腕のシンガードに当たった。
アンパイアが死球の指示を出し一塁に走った。
沢村はチーム一の俊足で旧チームと比べて然程打てないウチが機動力を駆使して勝ち進めたのは彼がいたからだ。彼には盗塁自由を許している。
ここは無死三塁のシュチュエーションがほしい。
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やはり二周りからは簡単にいかなかった。ダグアウトの小林先生を見る。盗塁が絶対来る。3点差では犠牲バントの可能性は低い。しても無死2塁だ。
マウンドへ走り川谷に口をミットで覆いながら声をかけた。
「刺してやるから、あまりランナーに気に取られるな」
「わかった」
グラブで口を覆いながら川谷が頷いた。
川谷はフォームを若干変えてからクイックとけん制はそんなに上手くない。
(自信を持て!ホワイトタイガースの仙堂さんも褒めてくれたじゃないか)
自分に言い聞かせながらホームベースを被りブロックサインで盗塁注意のサインを出す。
座ってからサインを出す。まだインコースは芯に当てられてないがランナーがいるので外に構える。最後は内角で勝負する。川谷は一度、二度、セットで長く持ちながらけん制をする。これは想定内だ。
一球目を投げる。外角への速い球だがボール気味だ。ランナーがスタートした。一塁からコーチングがとぶ。
バッターが援護の空振りをする。すばやく二塁へ狙い通り、ショートがタッチしやすいようにベース少し手前でボールをキャッチした。しかもランナーがスライディングする直前だったので余裕でアウトになった。
「ヨッシ!」
右手を小さく拳を握った。
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沢村が余裕で盗塁を刺された。私もそうだがダグアウトの選手達も声が出ない。
「時田、測ってたか?」
私はキャッチャーが捕球してから2塁へ投げる間のタイムを聞いた。
「はい、い…1.76です」
その数字を聞いて唖然とした。その数字はめったにお目にかからないものだった。さすがにコンダが狙うだけはある。だが手をこまねくわけには行かない。盗塁するだけが走塁ではない。ランナーを出してプレッシャーをかけないと何も始まらん。
2番バッターがこちらを見ているボディーランゲージで的を絞って打つように指示を出した。
2番バッターは二球目をサード側へ流し打った。ラッキーなことに3塁ベースに当たり外野ファウルグランドへ転々と転がる。
打者走者は2塁へ進塁し。レフトがもたつき送球ミスしている間に一気に三塁へ到達した。1ヒット1エラーが記録された。
相手ダグアウトから伝令が出た。スクイズなんか出しはしないよ。今はブロックはできないからゴロGOでいい。次の打者、走者にサインを出した。
結局この回は3番バッターのセカンドゴロの間に1点が入り1対3とした。これからはあとは球数を投げさせてかつ常にランナーを出してジリジリとプレッシャーをかけて相手のスタミナを消耗させることにした。
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4回はなんとか後続を抑えて終わった。この回から球数が増えてきたようだ。1点ずつ返してプレッシャーをかけて行くんだろう。
攻撃は5回は上位へ回ってきたが調子が出てきた成瀬投手の前にランナーがでない。三浦はタイミングが合っていたがセカンドのファインプレーでセカンドライナーに終わった。
5回も先頭をサードの悪送球で二塁まで行かれバントとダブルプレー崩れの間に1点が入り3対2とされてしまった。なるべく攻撃のときに時間をかけたいが本格派を解禁日明けで打つのは厳しい。かなり練習したとはいえもともと1回戦勝てるかの実力からここまでやってきたのだから欲をかきすぎてはいけない。せめて川谷が6回まで持ってほしい。
5回終了時、グランド整備をしている間、そう考えていた。
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