第5章 始動(1)
宜しくお願いします
~2ヵ月後 3月23日~
―――――――――うわぁー目覚ましより1時間早く起きてしまった。
今日は今年初めての試合。相手はあの掬星台。今まで毎年1回戦勝てるかだった俺たちだけど、小林先生が監督になったことで劇的に変わった。12月から体力強化、基本反復のハードな練習と並川と二人でバドミントン部の練習に参加したりて守備に対する意識と筋力、とりわけ肘、肩の力が上がった。
また岡崎コーチからのアドバイスでスリークオーターにしてコントロールと変化球の精度が上がった。何より力まなくても球速が135km前後は出るようになった。食べる量も増え体重も5kg増えた。
いいことづくめだけど、2月にバドミントンの新人戦に出て俺も並川もベスト8進出したことで裕子先生から(あの先生部活では暑苦しいから)半ば脅しのような引止めに遭ったり、女子部員達から手作りチョコを貰って亜佐美からめちゃくちゃ怒られるわ(マジ怖かった)碌もんじゃなかった。まあ並川が中田にやられたような(アイツよく生きていたと思う)ところまではなかったけど…。
先生、岡崎コーチからは今日の課題としてインコースを大胆に攻める勇気を持つ事、テンポを早くすることを言われた。普通の公立が強豪校に勝つ基本の前提として投手次第と言われた。覚えたシンカーとシュートは自信を持っていい。でも一番大事なのは挑戦する気持ちを強く持つことだ。並川のミットをめがけて投げるだけだ。せっかく早く起きたから用意して学校へ行こう。
先生からはこれから他校に練習試合に行ったり、公式戦の時はバスをチャーターしてくれるって聞いた。本当は海坂市民球場を使いたかったそうだが海坂高が招待試合で使うから波崎町立球場を手配したそうだ。まあ何でも向こうが優先だからなあ。今後、4月から県内の高校とは練習試合はしないって言ってた。情報を渡すわけにいかないのが理由だった。
なんか今日は早く試合がしたい。やりたいことがいっぱいあってワクワクするんだ。なんでだろう。
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今回、海坂商と練習試合をするに当たって、選手には何も情報を伝えていない。私たちの同期や朝倉、西院、松本、久川くらいしか相手の監督が大輔だとは知らないし父兄、OBにも言っていない。大輔にもそれは言っている。こちらにも目的があるからだ。それには大輔がその目的に合致するチームを作っているかになる。正直、そこは心配はしていない。学校、地域、ましてやあのコンダからの支援を受けて、かつそうなるようにアイツはマネジメントをしているからだ。
去年のチームと比べて今年は成瀬、品谷のバッテリー以外、ひ弱い。変に明治神宮大会優勝校の東帝大真美ヶ丘と接戦に持ち込んだから変な自信を持ってしまった。
何も強い相手に鼻っ柱をへし折ってもらっても何の効果もない。自分たちより明らかに弱い普通の高校にしてやられることに意義がある。
まあ、アイツにはタダでは負けてやる義理はないけどな。
色々と考えている内にバスは波崎町立球場に着いた。バスが正面玄関前に到着すると部員達にマネジャーがすぐに荷物を降ろすように指示をだす。
「橘先生ですね。マネジャーの2年の中田です。本日はよろしくお願いします。本来ならスタンド後方に部員の皆さんの荷物を置く所があるのですが本日はスタンドに観客が沢山くることが予想されるのでクラブハウスを借りていますのでそちらへ案内します」
彼女はしっかりとした受け答えで挨拶した。峰岸先生が以前、女子マネ一つとってもそのチームがわかると言っていたことを思い出していた。彼女は挨拶を済ませると1年生部員にてきぱきと指示を出していた。
私は部長とマネジャーに場所の確認に行かせると大輔がこちらに向かって歩いてきた。私も歩み寄るとがっちりと握手した。
「ようこそ、来てくれてありがとう」
「いや、こちらこそよろしく。今日はどうだ?」
私は大輔に一言聞くとニヤッと笑みを浮かべ何も語らなかった。準備は出来ているってことだ。そしてお互いの目的が一致したと確信した。
その後、グランドに赴くと海坂商の選手がシートノックを受けようとしていた。ダグアウトから選手が一斉に守備位置へと全力疾走で走りだした。選手は笑顔は見られるが無駄口を叩くことなくキビキビと動いていた。道具類もきっちりとそろえ、無駄な時間を過ごさないようにしていた。こちらに選手の何人かが気づいた様子で一斉に挨拶をしてきた。しかも省略することなくちゃんと『こんにちわ、よろしくお願いします』としてきた。
やはりアイツは油断のならない男だ。
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高校野球おけるスタンダードな大物食いの条件(普通の高校が優勝候補に勝つ場合)
[守備での前提条件]
自分のチームのエースが県内屈指の左右本格派(MAX140km以上のストレートでインコース中心の組み立てで攻める。)もしくは変則的なフォームを持ち、なおかつ相手にとって邪魔になる変化球(遅い、落ちるなど得意球があること)を持っている。
[攻撃での前提条件]
先制点をビッグイニングで取ること。もしくは序盤で3~4点リードする。その後は点が取れなくても3人で終わらず攻撃時間を多く持つ。
これをやれば特に選手権予選では試合終盤に焦りを誘い自滅にもっていくことが出来る。
だが練習試合ではそれは難しい。相手も余裕があり練習試合ということで平常心で戦えるからだ。
今年の掬星台高は戦力的に見て選抜出場校と遜色ないチームだ。運の悪いことに地区大会2回戦で昨秋の明治神宮覇者東帝大真美ヶ丘高に0対1(スミ1)で負けてしまった。せめてベスト4でも入ってたら明治神宮優勝枠で出場できたはずだ。戦力的に言えば投手、守備がAで打力、走力がB。例年、掬星台は打力のチームだが昨夏の中軸がこぞって卒業し、葉川達曰くバッテリー以外は一冬越さないと期待はできないと言っていた。だがこと投手に至っては橘が自信を持っているのはわかる。
成瀬亮太 右の本格派191cm MAX145km 角度のある投げ下ろしのストレートは普通の高校生レベルで打つのは苦労する。球種はスライダーとチェンジアップ。入学してから丸1年成長痛でまともに練習が出来ず、二年になって練習ができるようになり、昨夏、背番号10で活躍して甲子園出場の原動力となった。今秋ドラフトで志望届をだせば指名は確実だと言われてはいるが、本人、橘ともに大学に入ってからと考えている。理由はちゃんと練習が出来るようになったのはここ1年間だけだからだ。プロ(ウエ)でやろうと思えば出来ないわけではないが下位指名で入った場合は早いうちに結果を求められる。身体が出来ていない状態で行ったら怪我が元での引退となる可能性が高い。そこは球団編成サイドがどう見ているかによる。
守備に関して言えば打つ事は夏までに整えればいい事で守れる子を優先したらしい。失策数で言えば選抜出場校と比べても上位である。
こちらは成瀬を打てる可能性がある選手としたら三浦、並川の二人くらい。さすがにみんな成長したとはいえ春先でドラフト候補の投手を打つのは厳しい。川谷、並川には最小失点で頑張ってもらうしかない。ここを頑張ればみんな自信を持ってこの夏を戦うきっかけを持てるのだからこの試合での収穫を持つことが出来れば大成功だ。
それにしても橘のヤツ、前からそうだけど対抗意識丸出しだな。高校野球の実績ではアイツの方が上なのに…。よろしい、こちらも仕掛けを用意はしている。幸い先行を取らせてもらった。目的を果たした上でお前にも楽しんでもらうことにしよう。
私はそんなことを考えながらグランド整備を終え、試合開始を待っていた。
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