幕間 (1) 人々は集まるⅠ
宜しくお願い致します。
~2ヵ月後 3月23日~
【松本本部長、移動中済みません】
移動中に部下から電話がかかって来た。少し待つように伝え、新幹線の車内からデッキへと移動する。
【すまない。どうした?今日は掬星台の解禁日で波崎町立球場に行ったのでじゃないのか?】
今日、彼は、今秋のドラフト候補である掬星台高の成瀬亮太投手を視察予定だ。成瀬自身は進学希望で橘監督も出さないのは専らの見方であるが秋までに何があるかわからない。ウチ以外も視察に来る予定のはずだが解禁日の相手が私も知らない高校なので少し引っかかっていた。
【ええ、そうなんですが、今まで相手が隣県の1回戦負けばかりの高校にわざわざ相手の地元近くまできて練習試合をするのか理解できなかったんですが理由が判ったんです。なんでも相手の監督が橘さんの同級生だそうで頼み込まれたそうなんです】
掬星台の同級生?たしか高校の監督には橘さん以外は誰もなっていないはずだが…。
【たしか…名前がコバヤシとかなんとかっていう人らしいです。今、球場についたところだったのですがコンダの谷本さんが来られてて聞いたんです】
私は部下の間抜けた言葉に頭が痛くなった。急遽地区担当配置の変更を考慮せざる得なくなった。
【私もそっちへ行く。成瀬君以外で相手の選手でめぼしい子を見ろ】
【何でですか?そんな1回戦勝てるかの高校を見なけりゃならないんですか?】
そうか、コイツは『あの事』や橘監督の高校時代の頃はまだスカウト(この仕事)をしていなかったからな。だが知らないことでもこの事は致命的だ。我々の仕事は選手(素材)に対しての観察眼、将来性だけでないのだ。人脈と情報を知っておくことだ。
【小林大輔(ミスター社会人)が作ってくるチームだぞ。お前には色々と教えてきたつもりだがもう一回基礎から教えなきゃならないようだからな。せめてさっき言ったことだけは忘れるなよ!いいな!】
彼の返事を聞かずに電話を切った。すぐに私は師と仰ぐ人物に電話を入れた。小林大輔(彼)が野球界に戻ってくることを予言をしていた人物で『あの事』の当事者でもあるのだ。私には知らせる義務があった。
【もしもし、松本です。ええ、いいお知らせです。小林大輔が高校野球の監督として戻ってきたようです。本日、掬星台高と練習試合をするようです。ええ、私もそちらへ向かう予定です…。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「アマリアセンパイ、おはようございます」
私は葉崎町立球場に停まるバスに乗り座席に座ったとき前からウチの制服にツインテール、ニーソが似合う大きなな瞳の可愛い女の子に声を掛けられた。たしか名前は恵理ちゃんと同じクラスで真田亜佐美ちゃんだったはず…。
「たしか真田さんよね。ひょっとしてあなたも野球部の試合を観に行くの?」
「当然です!野球部の試合はいつも欠かさず観に行っていますから!」
両手を腰に当てて胸を張りながらさも当然のように答えた。確かこの娘エースの子と付き合っていたはず。
「でも、今日はちょっと心配です。相手の掬星台高って去年、甲子園に出た学校だし、小林先生の母校でもあるから強いじゃないですか。諒がメッタ打ちされないかと心配で…。でも諒は『去年までの俺たちでないから心配すんな』なんて言っているけど、どうだか…」
細い眉を八の字にしながら困った顔をしている。表情がコロコロ変わる娘ね。
「ところでセンパイも試合、観に行くんですかぁ?」
「そうよ。海坂(地元)にいるのも今日が最後で明日から東京だから。小林先生や恵理ちゃんには色々とお世話になったのもあるからね」
本当はタクマの試合を観るのが今日で最後になるからだけど…。
あれからタクマは議決が出てから練習に打ち込み身体も大きくなった。『筋肉だけで4kgは増えた』って言ってた。家で素振りしている音も大きくなってたし、先生の現役の頃のブルーレイを何度も観てた。恵理ちゃん曰く『先生の現役時代のバッティングフォームにそっくり』らしい。先生と同じ二塁手だもんね。
弟のリカルドも無事、海坂商受かり、先に球場へ同級生と一緒に行った。
「ところでセンパイは確か二年の三浦クンと近所って聞いたんですが本当ですかぁ?」
いきなり何言い出すの?この娘!
「うん、そうだけど…」
「今、二年と一年の女子の間では校内で一番人気みたいですよ。私は諒一筋だから関係ないですけどぉ。バレンタインのチョコなんか野球部で一番もらってたみたいですよ。諒もバトミントン部の娘達からもらってやがったんでお仕置きしときましたけどぉ。まあ、恵理が大樹クンみたいにあそこまでしてないですけどね」
そういえば私が渡しに行った時に義理で一杯もらったって言ってたけど実はそうだったんだ。後で聞いとこ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「彩人…よね」
俺は自転車を止め、振り向いた。ちょっと小柄で勝気そうな瞳、肩まで伸ばしたダークブラウンの髪の綺麗な女の子に呼ばれた。そんな知り合いいないけど…。
「ごめん、誰だったっけ…」
「アンタ!わたしの事忘れるなんていい度胸しているわねェ!5年もどこに行ってたのよー!」
いきなりビシッと指を刺され腰に手を当てて気が強い性格そのまんまの声で怒鳴りつけられた。こんなこと言うヤツは小学校時代一人しかいない。今、思い出した。
「お前…。確か高宮?」
高宮理恵。俺が母が再婚して関西に行く前、小1から小4まで同じクラスだった女の子。いつも何かと突っかかってくるヤツだった。小4の時、関西に行く前日、高宮が上級生の男子達にいじめられたのを当時習っていた剣道の竹刀を振り回して助けた事があった。そう言えばすぐ引っ越したからそれ以来会ってなかったな。
「今頃気づくなんて遅いのよ!あの時の次の日、アンタ転校なんてするから…」
高宮の顔を見ると涙目になっていた。
「落ち着けって。あん時、俺の家の事情もあるんだから…」
俺は高宮を落ち着かせてからここまでの事情を話した。関西で両親が離婚した事。なんとか海坂に戻れた事。海坂商に進学し、今から野球部の試合に行く事を伝えた。高宮からは小4のクラスメイトはみんな元気である事や自分は純心女子高に進学した事(お姉さん二人も純心である)今日はなどを話した。
ふと気がつくと時計を見ると30分以上経っていた。もう行かないと試合が始まる。
「ごめん。試合が始まるから行くわ!」
「ちょっと!アンタ待ちなさいよ!」
俺は自転車に飛び乗る急いで走らせた。後から気づいたけどアイツの電話、アドレスを聞くのを忘れてた。だからアイツは待てって言ったのか…。まあ、こっちに帰って来たんだからまた会えるだろう。早く行かないと倭国川ボーイズの小池が待ってるから急がないと。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「これは峰岸先生と葉川君ではないですか?」
「谷本さんお久しぶりです」
波崎町立球場のバックネット裏後方席に顔見知りの二人が座っていたので挨拶がてら移動した。さっきはシーガルズのスカウトの村田さんが来ていて色々聞かれたが彼が大輔のことを知らない事にびっくりした。松本本部長、真庭さんの弟子失格だな。『あの事』を知らないプロの編成スタッフがいることに大輔も昔人間扱いになってしまったもかもしれん。
「となりいいですか?」
「いいですよ。どうぞ」
私は葉川君の隣に座った。現役時代何度も対戦はしたこともあるがいいサウスポーだった記憶がある。
「峰岸先生、今日は二人の教え子対決ですね。どうですか?」
「普通に考えれば掬星台の成瀬君がどういうピッチングをすることに見る側は興味が行くだろうがね。問題は海坂がどんなふうに一冬越してきたのかってところだね。ところで谷本さん、海坂商でめぼしい子はいるのかい?」
「一応、キャッチャーとセカンドの子ですね。後はどれだけ大輔が鍛えたかによります」
「なるほど。私としてはワンサイドにならんように祈っているよ」
まあ、順当だな。どれだけ一冬越えようとも昨秋県一位と1回戦負けのチームの差はそれだけ大きい。岡崎の話では『夏前に対戦した方がウチも戦力が整っているんですがねぇ。まあ、試合にはなるとは思いますよ。じゃないと大輔先輩に何言われるかわかったもんじゃないですから』とは聞いているがどうなることやら。
「峰岸先生、葉川さん、お久しぶりです。朝倉の家内です」
「谷本課長、先日はありがとうございました」
二人の女性が声をかけてきた。一人はたしか大輔の後輩の奥さん。もう一人は大輔に紹介したアスリートフードマイスターの高梨さんなんの組み合わせだがどういう知り合いなんだ?高梨さん課長は4月からなんだから今言ってくれるなよ。
『たぶん同じ趣味(高校野球オタク)の付き合いだと思いますよ。朝倉から奥さんが友人と二人観に来るって言ってましたから』
こそっと葉川君が教えてくれた。そう言えば大輔が高梨さんが講義が終わってからなかなか帰ってくれなかったから困ったって言ってたわ。
それにスタンドを見ると日野君に小池君も来ている。あと地元の中三の子も勧誘したと聞いた。それらしき子たちも集まってきている。大輔、せめて試合らしい物は見せてくれよ。
評価、感想を宜しくお願い致します。