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よろしくお願いします。
「野球部員の諸君、父兄の皆様、本日は忙しい中、お集まり頂き、誠にありがとうございます。以前にお手紙にて遅らせて頂きました。アスリートの食育について、部員みんなの日常の生活も今後とも指導してきたい。なぜ、今回、このような場を作ったかわかる者はいるか?」
私は12月に入ってから事前に練習開始初めとして正月休み明けに食事の摂り方を生徒自身、家族にも協力を仰ぐため講習会を開くことを通知した。
高校野球において私立の強豪高と普通の公立高の違いで体格差がある。何も背の高さだけでない。体重差が大きい。彼らは小学生、中学生の段階からリトル、シニアの指導者たちから父兄を含めて食べることを指導される。白米をタッパーで一日3kg食べることを覚えさせられる。近年、甲子園での暑さ対策も水分補給の適切な摂取を言われているが基本的に普段の食事量で体重減を防ぎさらにランニング、体幹トレーニングを主とした筋力アップがなければ連戦を戦えないのだ。打つ、走る、守ることは大切であるがそれを磨く土台がなければ戦えない。さらに必要に感じたのが日誌に書かれた生徒の食事内容があまりにも貧粗で個人差があり、対策が必要であったからだ。
今回講師にコンダの谷本さんの伝手でジュニアアスリートフードマイスターを講師に呼んでいる。配布した手紙にも明記し母親達の歓心を買うようにもしているのもあるが餅は餅屋にしてもらうほうが一番である。4月になれば新入生対象にもする予定だ。
今日の講座には全部員は当然参加しているが部員の母親も全員参加してもらっている。母子家庭の部員も5人ほどいる。12月1日付で配布して勤務シフトも調整しやすいように配慮もしている。忙しく息子の食生活まで関与しにくい環境にあってもこれだけは配慮してもらわなければならない。
「食べることが大事なのはわかりますがどれだけ食べればいいんですか?」
並川から質問が来た。
「理想で言うなら1日3kg白米を食べるのがいいのだがいきなりは難しい。今から理想的な摂り方を説明してもらうからよく聴いてほしい。ちなみに中田はやってもいいが補償はしないぞ」
席のほうから笑いが起きた。
「先生、わたしをネタに笑いをとらないでください!」
「済まない。では早速始めようか。今回講師に来ていただきました。株式会社 タイショー 健康食育事業部 高梨 真理子さんに引継ぎ説明していただきます」
淡いベージュのパンツスーツにグラマラスボブの30歳手前の女性が壇上に上がりパワーポイントを交えながら眠くならないようよく通る声で話術巧みに笑いを交えて説明していく。特に部員の母親たちは熱心にメモを取りながら聞き入っていた。
すでに取り入れている全国レベルの強豪高の例を挙げて自分たちにできるように等身大に落とし込むように説明していく。一日5食や運動後の炭水化物摂取、プロテインよりきな粉を使うほうがコスト的に有効であること等細かく説明をしてもらった。またいきなり実施するのでなく月単位で移行するような計画を示すようにするなどスケジュールが書かれたレジュメを配布するなど配慮をした。時折、私に視線を交えながら説明をするのは気にはなったが概ね全体的には好評であった。講義が終わってからも母親たちからの質問にもテキパキと答えていただいた。
「高橋先生、ありがとうございました」
生徒、父兄達が帰り、一段落がついた後、私は高橋さんに声をかけた。
「こちらこそありがとうございますッ。小林<選手>の助けになってとってもうれしいですッ」
急に両手を胸に合わせながらさっきの相手を引き込むような話術の声でなくまるで喜久美姐さんの同類のアレと似たような口調でペコっとお辞儀をした。嫌な予感がする。
「どう言う事でしょうか?」
「実は、今日、お会いすると思うと昨日は眠れないくらい楽しみにしていたんですッ。小林選手は私の青春そのものなんですらッ」
この後、一時間程彼女の熱弁を聴く羽目になった。彼女には高校野球観戦という高尚な趣味があった。きっかけが掬星台高をテレビで観てからだそうだ。所謂、喜久美姐さんと同じ趣味だ。実際にL学との準決勝を再試合含めて甲子園に観に行った。それ以来高校野球関係の雑誌から春、夏の甲子園観戦は欠かさないそうだ。しかも私の汚点である雑誌の写真の切り抜きまで持参してきた。今の仕事も管理栄養士の仕事をもともとしていたが近年、高校野球でも食育が重視され、自分も得意分野と趣味を生かそうと今の仕事をしているとの事だった。今では複数の全国の強豪高から依頼されてメニュー作成のアドバイザーもしている。今回、谷本さんからの依頼でもあったが私の名前を聞いてすぐに飛びついたとのことだった。
「小林先生のためなら、もう仕事そっちのけでお手伝いしますのでお任せ下さい!」
ひどく疲れた気分になったのは気のせいだろうか。
翌日より練習後、試合後などの炭水化物補給(おにぎり等)はすでに桜木会を通じていくつかの仕出し屋、弁当屋などに交代制で依頼をした。また、4月から投手陣の身体のメンテナンスもコンダが専属で契約している理学療法士の紹介で派遣してもらう予定だ。また臨時に春までの間にコンディショニングコーチを桜木会を仲介し週3回来てもらうようにした。
何とか戦える体制は整えることができた。春には新入生も入る。校長からは3年以内と言われているがまったく目指さないわけではない。やるからには来夏から目指すつもりだ。まずは春季大会でシードを取るつもりで行かないとな。