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大変久しぶりです。お願いします

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します」


 互いに頭を下げ、新年の挨拶を済ませるとお屠蘇とおせちに舌鼓を打ちながら話をしていた。

 正月休みを利用して、私の実家に夫婦で帰省していた。両親と兄夫婦とで初詣に出かけていた。私は途中まで一緒にいたが初詣を済ませると別れて恩師である峰岸幸夫の自宅へお邪魔していた。

 峰岸先生には以前に実家に戻ってから挨拶に伺う予定だったが『忙しいから正月休みに来い』と言われていたからだ。妻が海坂の地酒をお土産に持たせてくれた。私が一升瓶をさげて訪れた際、峰岸先生は人懐っこい笑顔で迎え入れてくれた。


「大輔、楽しんでいるようだな」


 峰岸先生はにんまりとした笑顔で言った。この人にはかなわない。


「きっかけが突然ですが、どうも、私には面倒が寄ってくるようです」


 私は、少し困ったような笑みを浮かべた。


「お前のそんな顔を見たのはあの夏の準決勝の時、槙村君が一本目のホームランを打ったとき以来だな。本当はワクワクしているクセに困った顔をしている。思い出したよ」


 図星を突かれた。峰岸先生は嬉しそうに言った。


「お前んとこの県は、実績があまりない割りには気位は変に高すぎる。『私学四天王』と旧制中からの伝統高の2高。適当に分け合い、変化がない。若い指導者も育てず、年功序列でしか監督になれない公立高。お前が監督になれたのも橋村知事様々だな」


 峰岸先生は私が最初の赴任校が女子高になってしまったのも理由を知っていた。現知事就任前に行われていた悪しき慣習のせいだった。

 私には妻に出会えたのでどちらでも構わなかったが、故郷で教師になるのだけは避けたかった。枕言葉に掬星台高とか峰岸先生の教え子と言われるのが好きではなかったからだ。


「橘から聞いていると思いますが、来年の春休みに掬星台高ホシコーと練習試合を組みます。これからは毎年6月に定期戦も組むことにしました。また時間と場所が決まれば来ていただけますか?」


「かまわんが、大輔、今の掬星台はあと一歩のところで来年の選抜は難しいが、秋の県1位高だぞ。大丈夫か?」


 峰岸先生は部員達が萎縮しないか心配な眼を見せた。せっかく一冬越して体力や技術的に自信を付けているのに春季大会前にチームを壊さないか?という事だった。


「大丈夫です。自分達を知るのに基準となる物差しが必要です。何かを得る為には実際に当たらないとわからないですから」


 峰岸先生は期待通りの返答した私に笑顔でお銚子を出した。私も笑顔でお猪口を差し出した。

 このあと私は車で迎えに来た妻に抱えられて実家に戻って行った。







 年明けの練習始めの日、私は、コンダ時代の後輩、岡崎純也を伴って来た。部員達に紹介と現状の戦力分析と新加入する部員や年間の強化計画を話合う為だった。部員達には不定期であるが時々、コーチとして指導に当たること話した。


 一通り、練習を終えると私とジュンは視聴覚室に入り、打ち合わせと新加入予定者の映像を見せた。


「大輔先輩、来年の今頃なら何とか出来そうですが、今の部員の力だったら2回戦突破できるかなというレベルですね。並川くんらの2年生と1年の三浦くん以外の子達との差が大きいですね。厳し過ぎはしないですか?」


「今やれることは、現有戦力の底上げをするしかないな」


 私は自嘲気味に言った。今の2、1年生を最初から見ていたらまだある程度できたかもしれないが覚悟の上だった。普通にやれば新1年生が最終学年の時にはじめて勝負できるが、それでは遅すぎるくらいだった。今の1年生の時に何らかの成果を出させてあげたかった。


「ジュン、その為にもお前を呼んだ。今さら出来ないなんて言うんじゃないだろうな?」


 私は声を低くした。


「わ、わかりましたよ。それより、丸川くんでしたっけ?この子、外野へ回せないんですか?この子は三浦くんの次くらい上手くやればできるのになんでキャッチャーなんですか?」


 ジュンはやれやれとした顔をした。一通り文句は垂れるヤツだがこちらの期待以上の答えを出せる人間であるからそれくらいの軽口は許している。丸川至のコンバートについては以前から考えていた。だが、本人がキャッチャーへの執着がある以上、しばらくは動かせない。ジュンにはここまでの経緯を話した。


「なるほど、俺もわかります。ピッチャーから野手にコンバートされた時、俺も未練がありましたからね。でも、大輔先輩はきっかけさえあればなし崩しに有無を言わさずはめ込むんでしょ?」


 私は苦笑いしながら頷いた。


「まあ、それは最悪、6月以降、彼以上に伸びた選手がいなければの話だ」


「4月以降、新1年生は何人くらい入部して来るのですか?」


 ジュンが興味深げな表情をした。


「毎年、10人以上は確実に来る。一応、スカウトして来た選手のDVDがあるけど見るか?」


 私はパソコンにDVDをセットしながらジュンに言うと彼は頷いた。


 まずはリカルドの映像を見せた。守備範囲の広さと肩の強さにジュンは驚いていた。


「大輔先輩、日本人離れしてますね。彼は日本人ですか?」


「日系ブラジル人だ。父親が失業して危うくブラジルへ帰るところで見つけた。父親には職を学校のOB伝手で斡旋した。先祖には黒人や白人の血も入っている。運動能力はメジャーのヒスパニック系のショートストップと遜色ない」


「先輩、なんか誰かに似ていますね・・・。えーと・・・まさか?」


ジュンは私の方を振り向き、思い出したようだ。全日本時代に対戦相手として彼を見ていたはずだった。私はジュンに笑顔で頷いて見せた。


「まあ、先輩はホアキン・ゴイコエチア(あの怪物)の事をベタ褒めでしたからね。あの子を見たら日本にもいてほしいと思いますよ」


「彼には野球がしたい。親や姉の為に楽をさせたいという気持ちが強い。だから日本人と同じ教え方を全部押し付けてしまっては未来に水を差してしまう。少なくとも・・・わかるな?」


「わかってますよ。守備とバッティングは彼に合ったもので教えます。他の高校に行ってたら小さく型に嵌められて潰されますからね。でもフィジカルをつけながら試合に出すって、相変わらずドSですね先輩は」


 ジュンは私のリカルドの3年間の青写真を読んで苦笑を浮かべた。それから椚や日野、小池の画像を見せた。


「まあ、椚くんと小池くんは秋以降として、今夏はバッテリーと西くんをサードにして三浦くんをセカンドでセンター日野くん、ショートをリカルドくんで中心を固めていくのでいいですか?」


「そうだ。3年生については神林を並川がリリーフ投手で出たときはキャッチャーとして使うが、他の子は今年の5月までに伸びなければ今夏のベンチに入れる訳にはいかない」


 私は目を細めて言った。温情も教師として必要かもしれないが、3年間としての期限が区切られている以上、割り切るしかない。


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