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 少し間が空きまして済みません。お読みになられたら、感想、評価、ポイントを宜しくお願いします!

 北摂。この地域も南河内同様、少年野球の盛んなところである。最近、北日本や北海道などの高校が活躍しているのは、この地域や南河内の出身者がチームの中核をなしている。


 私は、特Aランクと周囲から評価されている選手のスカウティングに来ていた。オフシーズンの為、全力とはいかないが彼のプレーぶりを見に来ていた。


 場所は硬式も使用可能な公営のグランドだった。


 「大輔、久しぶりだな」


 「河原さん、お久しぶりです」



 私は、武庫シニアの代表を務めている。河原賢治さんと挨拶をかわした。河原さんは社会人の日本電話イースト野球部の選手だった人で、ついこの間まで、現役の選手をやっていた。全日本の同僚でもある。本当なら、会社に残っていれば監督になれたような人だった。確か、会社も確かそのように動いていたはずだった。


 「河原さんがシニアの代表だなんて、なんか信じられませんね」


 私は肩をすくめながら言った。私と河原さんはグランドのベンチに座って、お目当ての彼のアップを見ていた。身体が柔らかくいかにも俊敏そうな仕草を見せていた。身体能力に自信があった。


 「親父と兄貴がまさか、東南アジアで亡くなるなんて思いもよらなかったからな」


 「…それは」


 「気にしないでくれ。選手を引退してコーチになってすぐだったからな。実家の家業も落ち着いてからこのチームの代表兼監督になったのはつい最近なんだよ」


 河原さんの実家は中小企業で自動車の工作機械を扱っていた。世界的なトップシェアを誇っていた。


 ところが私が引退した後、東南アジアに出張中に社長の父親と専務の兄が航空機事故に遭い二人共、亡くなった。河原さんは急遽、会社を退職して実家に戻った。元々、工業高校出身で大学も理系を出ていて、異色の経歴で少し有名だった。だが、引継ぎなく家業を継いだ為、かなり苦労されたようだった。2年前にやっと落ち着いたそうだ。そんな矢先、武庫シニアの代表兼監督の話が来た。


 ここのOBでもあったが疎遠になっていた。


 その当時、武庫シニアは前代表と父兄の間で対立が起きていた。体調不良で休む連絡をした前代表が選手に対して無理矢理呼び出して練習させたのだ。生徒は風邪をこじらせて肺炎をおこして一時重体になった。幸い快方に向かったが、運営に不満を持っていた一部コーチと父兄が、前代表と対立して活動出来なくなった。


 そこで前代表が自分が退く代わりに河原さんに代表を立てた。父兄側も渋々、了承した。河原さんは、就任の条件として前代表とコーチ全員が運営から手を引くこと。チームに規則を作りそれを守ること。監督の選手起用や采配に父兄側が口を挟まない。等の条件を付けた。


 双方共、OBの中で河原さんが、実績と人望を兼ね備えていたので了承した。その後、度々、全国大会にも出場してかなり実績を上げたのだった。このところ、さすがに代表と監督の兼業は厳しいらしく、来年からは後輩に監督を譲るとのことだった。


 「日野くんは、いい選手ですね。本当にどこまで伸びるか、何も言わずでもある程度いけますよ」


 彼のウォーミングアップを見て私は目を細めた。


 「谷本さんから話が来た時、びっくりしたよ。あの子の進学は諦めかけてたのに。」


 「彼の母親が故郷へUターンすると聞きましたから」


 ここに来る前に日野彩人の母親に彼の祖父母から仕事を探してきたからと市社協の仕事を紹介し、市社協側と母親との直接の話が出来ていたのだった。母親には因果を含めていて彩人に今日のセレクションを受けるように動いていたのだった。よって武庫シニア側には母親の話の詳細は伝えないようにしていた。母親の雇用についてはこちらは関与していない形だからだ。








 「彩人、聞いて。母さんね田舎に帰ろうかと思うの。海坂市の市役所みたいなところで仕事がほぼ決まったんだ。だから彩人も高校を受けていいんだよ。海坂の近くの公立高校にでも受けて野球続けていいよ」



 先週、母さんから嬉しそうにそう告げられた。


 以前に受けた六ッ木の模擬試験の偏差値を海坂の周辺の高校の偏差値を見比べた。海坂高校は偏差値が高すぎる。あそこは学区一の高校と同じだった。海坂西高校、海坂商業、海坂工業私立の洋海学園が偏差値の範囲内だ。私立の洋海はまず除外、海坂工業は母さんやおじいさん達は『そこだけは…』と言われた。


 おそらく、『〇ローズ』みたいな高校だと思った。海坂西か海坂商のどちらかだと思った。


 一昨日、武庫シニアの河原監督から電話があった。母親とまず話してから俺に替わった。


「海坂商業の小林先生が、お前を観たいって言ってんやけど明後日、練習に出てくれ」と言われた。


 河原監督とは全日本で一緒にプレーをしたことがあると仰ってた。


 小林大輔。ドラフトに背を向け、社会人でプレーし続けた人。


 昨日、河原監督から呼ばれ、自宅で小林先生のビデオを見た。キューバ戦と都市対抗野球の試合だった。


 『すごい』の一言だった。


 「アイツがその気になっていたら、今頃、プロの首位打者争いとゴールデングラブ賞の常連だよ」


 ことなげに監督が言った。一番引き付けられたのはこんな話だった。


 「昔から考えて練習してた。極端な話、キャッチボールやアップから理に適った動きを常に考えてたなぁ。それに人に教えるのは上手かった。ジャビッツの中村怜はアイツの弟子みたいなもんやった」


 海坂に戻れるきっかけが出来た。母さんと父親あのひとは多分合わないと思っていた。それに関西は甲子園以外、いやな思い出しかない。家から父親あのひとが出て行った日、進路を心配してくれたじいちゃんとばあちゃんに就職を捜すと電話で告げた日。


 野球だけが楽しみだったが諦めかけていた。これで野球が続けられるし、アイツにも会えるかも知れない・・・。


 母さんも年明けから、海坂で仕事を始める事になった。今日は小林先生に会う予定で来ていた。


 小林先生の第一印象は、『先生、野球選手?』だった。ビデオで見た現役の頃は細身だが、スタイリッシュで無駄な物を削ぎ落とした様な感じで何よりも挑戦的な眼が強く残っていた。


 今、会って見て、女の子に囲まれてそうな文系の先生という印象だ。眼鏡にジャケットという姿に野球をしたことがあるのか?と思った。


 「はじめまして、日野彩人です。宜しくお願いします!」


 「小林大輔です。宜しく。ちょっといいかな?」 


 先生は肩や腕、大腿やふくらはぎを触っていた。


 「いつも、1日何食、食べてべているかな?」


 「朝はトースト一枚位で後は昼、夕食は食べています」


 「ご飯茶碗にしたら何杯?」


 「1杯から2杯くらいは」


 先生は厳しい顔になった。今まで優しげだったのに眉間に皺を寄せた。


 「日野くん、持久走とかは得意か?」


 「苦手です。短い距離を走るのは得意なんですが、途中でスタミナ切れというか…」


 「お母さんを呼んで来てくれるかな」


 「は、はい。わかりました」


 俺は言われるままに母さんを先生の前に連れてきた。先生は母さんに挨拶と自己紹介するとすぐ、質問をし始めた。


 「彩人くんは少食なのですか?本人に聞いてみたら、スポーツをする中学生が通常、食べる量が少ないのですが・・・」


「は、はい。わたしが忙しい手前、この子任せにしてしまって…」


 母さんが恐縮して答えた。母さんは頑張っているのになんか迷惑をかけた気がした。


 「お母さん、彩人くんよく聞いて欲しいのですが、彩人くんがこのままの生活習慣、特に食生活を続けた場合、選手として高校野球では通用しなくなります。例えば、朝、パン食にするなら、サラダとチーズや牛乳、フルーツを追加して下さい。昼はもし、お金だけ持たせているのなら弁当を作るように。夕食も必ずとること。もし、彩人くんが母さんに負担をかけていると思うなら、朝、少し早く起きれば、弁当箱に詰めるくらいできるはずだ」


 「どうして…」


 思わず、先生を睨み付けてしまった。だが、先生はお構い無しだった。


 「彩人くん、今の環境を言い訳にしてはいけない。きみを守るのはきみ自身だ。私はきっかけに過ぎない」


 先生は、母さんに視線を向けた。


 「出来ますか?」


 「はい」


 「彩人くん、きみは?」


 はじめてだった。父さんは俺が物心がつく前に亡くなったから覚えていない。継父あのひとは、腫れ物に触るように接してきたので上辺だけだった。大人を少し信じて見るのも悪くない。


 「はい」


 俺は先生の顔を見て返事をした。


 「ありがとう。失礼を承知で話をさせてもらいました。ところで体重は?」


 「ろ、60kgですっ!」


 思わず噛みそうになった。何で聞くのだろう?


 「そうだね。来年の今頃は10kgは増やすようにしょう。取り敢えず入学する前に1日3食の内、1食に付き、ご飯をどんぶり1杯以上は確実に食べれるように」


 「えっ?太っちゃいますよ」


 俺は首をかしげた。スピードが落ちてしまう。


 「今のままでは練習をするスタミナさえないよ。さらに言えば夏の予選では通用しない。技術はある。走力もある。だが、体力がないでは同時期に入部した選手に抜かれてしまうよ。特に夏場は食欲が落ちるから顕著に出る。脂肪よりも筋肉が落ちる。太るよりもそちらが心配だよ」


 先生は、そのように見ていたのには驚いた。


 「食べることは、練習と同じ以上とも言える。お母さんを交えて話したのはそういうことなんだよ。きみ一人じゃ解決出来ないからね」


 俺は今より、海坂商に入学する決意をした。年が明けて、3学期の始業式には海坂市立第1中学校に転校した。







 私は、日野彩人と母親に入学までの予定を説明した。母親は既に海坂市社会福祉協議会の面接が来週の日曜に予定されていた。

 

 河原さんが私に呆れた様な口調で話かけてきた。


 「さすがと言うか大輔らしいと言うか。いきなりまだ入るって決まっていない本人と親に説教とは…」


 「入る前から何もかも約束された気分で来て貰っては困ります。課題を持って貰わないと伸び悩んでしまう。ああいう子は特にね。硬球に馴染んでいる子は入学して最初はいいが、目的意識の差で明暗が別れる。軟球の子は硬球に対応できると伸びしろがすごい。高校2年の段階で差が出る。ウサギと亀からある日ウサギに変わる時があります。だから目的意識を持つことが必要なのです」


 「大輔、日野はどこまで伸びるかな?」


 私は、眼鏡を外して瞼を少し揉んでからもう一度かけ直した。


 「そうですね。希望的観測付きで言えば、さとしくらいはやって貰わないといけませんね」


 私は矛盾する言い方をしたが河原さんは、私の答えにまんざらでなさそうな笑みを浮かべ私の肩を叩いた。


 「期待以上の答えを貰えて嬉しいよ。彼が何年かしたらドラフトの遡上にのぼることを楽しみにするわ。後は頼むよ」


 そういうと河原さんは立ち去っていった。


 日野彩人は海坂商に入学することとなったが、私は選手としては心配はあまりしなかったが違う事で悩むとは思わなかった。







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