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第4章  スカウティングレポートNo.1 (1)

 お待たせしました。だいぶ涼しくなりましたね。

 感想、評価、ポイントを是非とも宜しくお願いします!

 関西には二つの中学野球の盛んな地域がある。北摂と南河内である。シニア、ボーイズなどの選手が多く、関西出身の選手は大体この地域から全国の私立の強豪校へと散らばり、甲子園を目指す。


 関西出身の選手が何故多いのかは野球を理解し、実行できる選手が多いだからだ。


 ただ、打つ、走る、投げるだけなら他の地域の選手とさほど変わらない。彼らはフォース・ボークなどの高度なプレーから基本的なプレーまでをそつなくこなす。時間をコントロールできる能力も備わっている。


 甲子園で1年生で活躍できる選手が多いのも特長だ。硬球に親しんでいるからすぐに順応できる。


 ただし短所も存在する。成長曲線や選手としての伸びしろは軟式出身の選手の方が大きい。伸び悩む度合いはボーイズ、シニア出身者の中にも少なくない。身体能力や精神的なもの、環境によって伸び悩むか成長するかは左右される。


 私は、関西へ来ていた。まず、捕手2人を見てどちらかに決めるのと日野彩人と家族に会う為である。


 昨日は田中アマリアと母親、姉の3人と私は西州市にあるイベント会場に行った。スカーレット・プロダクションの面接を受ける為だ。田野社長は旧知のカメラマンやスタイリスト達を連れて来ていた。ある女性ファッション雑誌と専属契約するかとかの話になった。田野さんからは彼女には飯の種の匂いがするから大丈夫と言われた。日本語の読み書きに不安な母親の為に同行していた姉と3人が話し合った上で専属契約する予定となった。


 私は断りを入れた上で途中退席した。


 もう、ここから先は、アマリアと田野社長の事務所が話し合うことなので私の仕事は終わった。


 予め、待ち合わせてた妻を迎えに行き、久しぶりにデートと食事を楽しんだ。


 新幹線で関西に着くと谷本さんの車で南河内に向かっていた。南河内は、この地に疎い私でもある高校の名前のおかげで知っている。


 リヴァティー学園高等学校。通称『L学』、『プロ野球選手製造工場』である。


 高校野球史上、数々の伝説を生み、数多くのプロ野球選手やメジャーリーガーを育て上げた学校である。 個々の選手の技術を突き詰め、プレッシャーのかかる場面になればなる程、期待以上の答えを必ず出す選手、チームだった。しかも超高校級と呼ばれる選手がいる時はさらに強さを発揮する。


 私達が相対したのは、槙村慶彦だった。今でも思い出すのは再試合を挟んで延長15回に2アウトからの彼のサヨナラホームランだった。前日は2本塁打を浴びたがこの日、葉村と橘のバッテリーは、インコースのシュートを中心の配球でノーヒットに押さえていた。状況としては2ストライク1ボール、そして最後はカーブをアウトコース低めに投げた。ところが槙村は読んでいたかのように踏み込んで少しだけ中に甘く入ったが決して悪くない球を掬い上げるように逆方向へ打ち、左中間最深部へ浜風に乗せてホームランにした。


 セカンドから見ていた私は唖然とするしかなった。シチュエーション的に次打者にこの日3安打されていてノーヒットの彼との勝負は必然だった。しかも葉村と橘はこの日槙村に見せていない。昨日の打席でも打たれていない球だった。


 後日、全日本高校選抜で一緒になった時に彼から聞いた。


『前日に二打席連続で本塁打した後、ガラッと配球を変えられてその後は打てなかった。再試合になった時打てないだろうと思っていた。ただ一つあそこだけを狙っていた。ただバッテリーの狙い通りをひたすら待っていた』と言われた。


 私は彼のことを天才だと思った。確かに葉村はこの回を含めて15イニングは投げていた。疲れもかなりあったと思うがあの時は最高のピッチングだったし、橘もベストな配球だった。二人共、槙村の話を後日したところ勝てないと脱帽した。


 読みと裏打ちされた技術と恵まれた体躯、そしてここ一番で発揮する精神力。彼にはリヴァティー学園のプロで活躍できる選手でも抜きん出た一人たる力があった。


 南河内という場所はそんな彼らを身近に見てきた地域なのだ。L学だけでなく有力な私学がひしめき、卒業した彼らのなかに大学、社会人を経て地元に帰り、選手を育成していた。よい循環が回っていた。


 私と谷本さんが見る生徒は海坂にゆかりのある者が条件だった。親がUターン、もしくはIターンを希望しているか、または親の郷里が海坂周辺であることが条件だった。


 住む所、つまり下宿や寮の世話は出来なかった。高校野球の監督はおろか、運動部の指導者はこういった世話をすることが多く、指導者の奥さんに料理を作ってもらうなど寝食を共にして選手を育てるのだが、私は監督を引き受けるにあたって家庭を犠牲にしたくなかった。さとみを巻き込まないのが引き受ける条件だった。自分の恩師も断っていた。転勤が多いのが理由だが、普通の家庭でも選手を育てられるをポリシーにしていたからだ。



 私達は南河内の倭国やまと川の河川敷にあるボーイズリーグのグランドに来ていた。


 ここに来る前に1人見て来た。バランスのいい選手だったがパッとしない様子で元気さがなかった。そういう選手なのかも知れないが、私は並川達が引退した後、1年の中から元気のいい溌剌とした選手が欲しかった。彼には少しだらけた印象があった。それにミットやスパイクに手入れの行き届かない汚れが目立っていた。


 結局、丁重かつ正直にこちらの評価をシニアの指導者達に伝えた。図星だったようでバツの悪そうな表情をしていた。


 二人目の選手は並川と遜色ない選手だった。野球が大好きで根っからの野球小僧だった。ただし、条件があった。


『入試に手心を加えろ』とボーイズリーグの指導者が言ってきた。


 私は即座に断った。


「何故です。あなたにはできると思っていたのに」指導者が当たり前と言わんばかりの顔をした。


 谷本さんもさすがに成績のことは聞いていなかったらしくかなり怒った。


「あなた方は何考えている。成績は心配ないと言ってたじゃないか!公立高校の教諭にそんなこと出来るわけないだろ!」


「でも○〇県の×高校はやってくれましたよ」


 私は未だにはびこる現実に情けなくなった。


 「勉強くらいあなた方でも面倒を見て上げるべきでしょ。私共は普通に高校生活を送れない場合は野球部に入れません。考査の赤点は部活動の参加停止にしています。クリア出来ないのであれば、申し訳ありませんがこの話はなかったことにして下さい」


 私は改めて出来ない旨を伝えた。


 指導者達は驚きを隠せないでいた。大概は高校関係者は折れていたが、私が頑として撥ね付けたのにはびっくりしていた。


 合格だと思った生徒が私達の反応をコーチ達から聞いてこっちに走ってきた。


「なんでですか!俺のどこが気に入らんかったんですか!」


 余程、自信があったのだろう。関西弁で早口でまくしたてた。関西弁でも河内弁や泉州弁は気性が荒いことで知られる。


 指導者連中は彼を抑えにかかった。彼はコーチ二人がかりで引き揚げされた。


 私は直感的に成績が悪いのが理由じゃないと思った。代表者のところに歩み寄った。


 「支障がなければ、理由をお聞かせ頂きませんか?」


 代表者はかなり逡巡されていたが観念したように謝罪した。


 「谷本さん、小林先生、ホンマすんまへん!騙すつもりはなかったんです」


 私と谷本さんは顔を見合わせた。やはり訳ありだった。


 私達は場所を変えて事情を聞くことにした。国道沿いのファミリーレストランに来た。


 彼の名前は、小池敦士。両親は共働き、父親が海坂出身。一時期、7歳の時、妹が生まれた際に1年、父方の祖父母に引き取られて海坂に住んでいたことがあった。


 野球は小学3年から始めいた。野球一辺倒でなく水泳もやっていた。ボーイズリーグでは力を付け、全日本選抜にも選ばれていた。


 順風満帆だと思われていたが今年の2学期の中間試験で兼ねてより問題行動があった体育教諭がクラスメイトにカンニングの疑いをかけた。


 落ちた消しゴムを拾おうとした時、隣の答案を見たと言うのだ。疑いをかけられた生徒は成績も良く、見られたとされた生徒はどちらかと言えば成績が低い生徒だった。しかし、問題を複雑にさせたのは体育科教諭の一言だった。


 「なんでこんな奴のを見たんや?」


 これでクラス中が猛反発し、父兄、校長らを巻き込んだ大騒動となった。その時、日頃から部活でのセクハラ疑惑や言動に不満を持っていた生徒たちが彼に詰め寄り、小池が彼の胸倉を掴んだ。


 他の教諭がその場をなんとか収めたが、翌日のPTAの役員会からも槍玉に上げられた。


 結局、体育科教諭は教育委員会付けで指導教育センター送りとなった。


 だが、この体育科教諭は、小池が口頭注意というのみで自分は処分されて、主張も通らなかった事を逆恨みし、あろうことか、推薦が決まっていた私学や主だった有力校に小池が教師に暴力を振るったとデマのFAXを送り付けた。後で嘘だとわかり教諭は警察に逮捕されたがトラブルを嫌った各校から推薦出来ない旨を伝えて来たのだ。


 ボーイズの指導者達はそんな彼の進路に憂慮した。幸い、彼自身地元を離れ、兼ねてより父方の祖父母と暮らしかつ野球が出来る学校を探していた。洋海学園は野球部が全寮制を取っていて、トラブルが付きまといやすい寮生活はリスクが大きい為、断念した。


 そこに海坂商が捕手を捜していると聞いた。祖父母宅から通えるのも魅力だった。ただトラブルが引っ掛かっていたので親心から取引を持ちかけたという事だった。


「皆さんのお気持ちは、解らないではないですが、あまり、いいやり方とは思えません。それでは余計に彼を傷つけるリスクがありますよ。ちょっと血の気があるくらいが丁度いいじゃないですか?彼と彼のご両親に会わせて頂けませんか?」


 私が提案すると代表者達は、ホッとした表情になった。私が田中リカルドと直接、話をしなかったのは、高校の練習に中学生を参加したり、極端な話、中学校のグランドで中学生と話をしているだけで憲章に抵触する疑われる。だが、このような場所とかは支障がなかった。


 「ただ、今後はこのような駆け引きは止めてください」



 私は厳しい表情で伝えた。私なりの流儀を伝えなければならなかった。彼らは『小林大輔』がどんな人間か値踏みしてきているのだ。金銭が飛びかう業界に対して毅然とした態度と『小林大輔』に選手を託せば間違いない事を示す。そうすれば降りかかる火の粉を祓う以上に飛んで来ることを防ぐことができるのだ。


「小林先生に憧れる若いコーチ達の気持ちがようわかりました。今後は気ぃつけますんで宜しゅう頼んます」


 代表者である成橋清二なるはしせいじさんは頭を下げた。彼は地元で自動車部品の金型を製作する中小企業の社長だった。コンダの部品メーカーにも納入している縁で谷本さんとは知り合いだった。このチームの立ち上げたのも彼が中心となっていた。


「私の息子も甲子園目指してたんやが、L学さんが槙村選手を擁してた時代やったよって関西ではどこも歯が立たんかった。あの年で唯一倒せる可能性があったのは掬星台さんだけやった。小林先生は三拍子そろったええ選手やった。あの当日の指導者達は、槙村選手よりも小林先生の方が欲しいとよう言うてました。チームにスイッチを入れてくれて、いざと言うときなんとかする選手でしたからな」


「ははぁ…」


 私はつい俯き加減になった。あんまり慣れない気持ちだった。


 丁度、その時小池敦士が母親と一緒にやって来た。


 席に座ると二人共、頭を下げた。


「先程は息子が取り乱して大変申し訳ございませんでした。それにも係わらず息子に声をかけて頂き感謝しております」


 私は小池敦士の様子を見た。何かよそよそしい感じがした。


 あんまり言いたくはないが、親御さん達の協力は欠かせない。


 「小池くん、最近、お母さんやお父さんと話をしているか?」


 「最近、私達、仕事の都合で…」


 「お言葉ですが、敦士くんに聞いていますので」


 私は母親の言葉を遮り、本人から話すよう促した。


 「正直、あんまり話していません。なんか、理由があるんですか?」


 彼は私の質問に戸惑っていた。そしてちゃんと理由を聞くところに私は価値を見いだしていた。頭がいい証拠だ。


 「なら聞こう。君は海坂商に来たいか?」


 「はい」


 彼は私の眼を見て頷いた。思わず私の顔が綻んだ。そして表情を元に戻した。


 「きみはご両親に対して引っ掛かる思いとかあるの?」


 「な、ないです」


 彼は少し視線を背けた。


 確かに思春期特有の照れかもしれない。さらに家庭内にわだかまりがあったなら口出すつもりはない。だが、それが入学してから影響が出るのなら消すべく背中を押してやる。ベクトルは一定方向に向けて置くに越したことはない。


 「何があるか、関知はしない。ただ一つ言って置くと相手にはちゃんと意志は伝えよう。キャッチャーならピッチャーにこうして欲しいとかはっきり伝えるのは当然だろう?曖昧にすると野球は決して見逃してはくれない」


 「は、はい」


 小池はうなだれるように返事をした。後は時が解決してくれるだろう。


 さて、母親だな。この人は我慢するとか見守るとかは苦手そうだな。ただ、息子と離れて暮らせば気付くだろう。だが種は蒔かせてもらう。



 「小池くんのお母さん、少々余計なお世話かも知れませんが、聞き上手になれませんか?根気強くなればあなたが望んでいたことが少なくとも今より楽になれると思います」


 「す、済みません・・・」


 母親は顔を赤くして頭を下げて謝った。多分自覚が少しあるのだろう。でも大抵は止められないのだ。これをきっかけにして貰えたら幸いだ。



 「済みません、生意気いいまして、ここから本題に入らせて貰います。今後の事ですが、3学期に転校する事をお薦めします。入学前の転居はあらぬ疑いがかかります。入学後は月1回以上は必ずお父さんかどちらかで息子さんに会いに来て下さい。お祖父さんお祖母さんにご負担をかけないように願います。3者面談等は必ず出席をして頂けるなら有難いのですが、大丈夫ですか?」


「はい。約束します」


「それから、小池くん。きみのプレーぶりは評価しています。それときみはさっき、理由を聞いたよね?グランドでも、ここでもキャッチャーとしての資質が十分あると見ています。だから声をかけさせて貰いました。ただ1年目は打撃を生かして一塁か外野もやって貰いたい。練習は怠らないように。海坂商ウチは赤点を取った場合、部活動は停止になる。入試を突破しても学力は向上出来るようにして欲しい。どこの学科に行きたいかはちゃんと絞って下さい」


 私は質問の意図と共に二人に評価と要望を伝えた。


 二人は大きく頷いた。


 「先生はどんな野球を目指しているのですか?」


 小池から質問してきた。彼らしい、いやキャッチャーらしい質問だった。


 「そうだね。きみは経験しているかはわからないが、大一番の試合でここのピンチを凌げば行けるとか、ここで打てば勝てる試合があるとき、バッテリー、守っている野手とベンチの考えが一致して守り切る。攻撃でも打者とベンチが一致して打つ。実際にチームが強い時はそうなる。優勝するチームはそうやって勝っている。そういうチームを目指しています」


 私の答えに全員が注目して見ていた。はっきり言って恥ずかしい。他の人間にはこんなことは言わないが、彼の質問に対してはぐらかす訳にはいかなかった。


 「先生、ありがとうございます。必ず海坂商ウミショーを受験しますので宜しくお願いします」


 彼の言葉に私は笑って頷いた。周囲も安堵の空気が流れた。





 谷本さんと私は北摂へ向かう為に席を離れた。車に乗り、インターチェンジから高速道路に入った。


 「大輔、やっぱり『野球』を忘れてなかったんだな?」


 谷本さんが私に笑いながら、尋ねた。


 「何がですか?」


 私は谷本さんを見ず、助手席の車窓を見ながらぶっきらぼうに言った。


 「お前が、高校野球の監督をさとみちゃんとの生活を守る為の道具ツールとしか見なしていないなら一言言ってやろうと思ってたんだけどな」


 「それは、変わりませんよ。…ただ、野球はその次ぐらいには思っていますよ」


 「まあ、そういうことにしてやるよ」


 谷本さんは私の肩を叩きながら言った。






 次回も新しいキャラか・・・。名前がねぇ・・・気にしないで下さい。

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