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 こんばんは!暑いですね。読み終わりましたら、感想、評価、ポイントを是非ともお願いします!

 「ご苦労様。結局、相手側は三浦くん側から手を引くことになったのね」


 「はい、元々、法的根拠のない話です。『場所代払え』のチンピラ以下ですね。最初に見せた被害者遺族の粘着質ぶりと弁護士が怖いというイメージを彼らは利用したに過ぎません」


 私は翌日、校長に事の次第を報告した。


 校長に限らず、上には報告するに越したことはない。一番怖いのは不意討ちでいきなり、表舞台に立たされることだからだ。


 それから、スカウティング活動で田中アマリアの家族と本人の件と海坂と波崎の中学関係者とのライン構築が出来つつある事も報告した。


「田中さんねぇ。たしかに家族思いの綺麗な子ね。まさか、あなたが芸能界とつながりがあるとは意外だけど・・・。狩野さんからも連絡があったわ。真面目な人だから採用したと仰ってたわ。あなたの狙いがうまく行きつつあるようね」


「はい、偶然が重なっているのもありますから」


 私は事実を伝えた。三浦の件で朝倉が辞職した教諭の後任だったことやどうやって手に入れたかは知らないが、喜久美姐さんら市教委が遺書の件など、ある程度、事件の核心を掴んでいたことが大きかったのだ。


「後は議決待ちね。近々とはいえ、いつ出て来るかはわからないわね」


 校長はため息をつきながら言った。


「はい」


「後、コンダの谷本課長代理にお礼状を送りましたから。また、何かあったら伝えてちょうだい。ところで、あなた大丈夫?目の下にクマがあるけど?」


「はい、大丈夫です。では失礼します」


 私は何食わぬ顔をしていた。昨日は、確かに帰宅してからが疲れたのも事実だった。でも、嫁スキーの私にとってそういう疲れは幸せを感じるものなので肉体的には別だが、精神的には心地よいものがあった。


 私は日曜日の出張届(関西への視察にしているが、実際はスカウティング活動に行く)に印鑑を貰うと校長室から出た。


 職員室に戻ると市役所から電話が入ってた。


「はい、お電話変わりました。小林です」


【香坂です。お久しぶりです】


「こちらこそご無沙汰しております」


【お昼休み、時間が取れますか?】


「昼イチの授業コマが空いてますので大丈夫です」


【それでは12:30頃に喫茶ポンテ・ヴェッキオでお待ちしております。宜しいでしょうか?」


 『ポンテ・ヴェッキオ』は図書館裏の喫茶店だ。あそこは人目にあまりつかないところだった。


「大丈夫です」


 私は返事をした。


 香坂馨こうさかかおる現海坂市役所、副市長を勤めている。海坂市役所は海坂高校(通称ウミコー)OBが多く、香坂副市長はマイノリティの叩き上げで日の当たる事が少ない部署を転々と勤めた。


 副市長になったのは一昨年、現知事が当選後、建設業界の癒着がらみで逮捕された元県議会議長の資料などから発覚し収賄で逮捕された前任の副市長の後任だった。


 彼を指名した市長は元県議会議長や前副市長が海坂高OBであった為、海坂商OBで苦労人である香坂副市長に白羽の矢を立てたのだ。


 昼休み、食事を済ませた私は行き先、帰校時間を市役所13:30と書き『ポンテ・ヴェッキオ』に向かった。


 店の名は、多分近くにある橋とフィレンツェにある名所からつけたのだろう。 店の入り口を開けるとインテリアがイタリア風のアンティークな物をちりばめた雰囲気でオーナーの趣味の良さが際立つ店だった。 私は香坂副市長の姿を見つけるとその席へ行った。


「こんにちは」


「こんにちは、小林先生。わざわざ済みませんね」


 きれいに整えられたパリッとした白のシャツに黒のパンツのシックな制服を来た女性がグラスに注がれた水をトレイに乗せて現れた。


「ブレンドを」


 私はメニューを見ずに注文した。女性は水を私の手元に置きそのままカウンターへ向かった。私達は近況など取り留めのない話をしていた。


「小林先生、実は市長の後援者から相談があって、知り合いが孫に野球を続けさせたいと後援者の方に訴えておられてまして…」


 事情を要約すると孫が小学5年まで娘と住んでいたが再婚を機に関西に転居した。


 一見、幸せになったと思われたが、再婚相手が一時期蒸発した。後に残されたのは訳のわからないグレーゾーン金利のノンバンク借金やヤミ金融の借金が合わせて数百万円残された。たまたま様子を見にきた両親の冷静な対応で弁護士を雇って借金の整理をした。依頼していた興信所が夫を発見した為、債務を理由に離婚が成立した。


 借金はないが貯蓄もない為、帰るに帰れない状況らしい。昨年、娘が介護支援専門員の資格を取得したが生活するのが精一杯の状況が続いている。


 孫は男の子で小学5年までは野球と剣道を掛け持ちしていた。関西へ移ってからは野球に専念。シニアリーグで活躍していた。娘は切り詰めて月謝などを捻出した。私学からのスカウトがきたらしいが孫が娘の事を思って断った。先日、孫から電話があり、高校進学を諦めて就職すると伝えてきた。孫が不憫で仕方がないから娘親子をUターンさせたいとのことだった。


「何故、私に?」


 コネのスカウトなら断るつもりだった。変に勘違いされて入部するより、普通に入学して入部するの方がいいからだ。


 乗り気でない私に香坂副市長は察したのか、取り敢えず見て上げて欲しいと言われた。


 「で、名前は何と言う子なんです?」


 「えーと、確か日野彩人ひのさいとくんって名前だったな」



 日野彩人って、谷本さんのリストにある特Aランクの子じゃないか。武庫シニアの4番で走攻守揃った外野手として活躍していた。


 特Aは端っからリストから外していたが願ったり叶ったりだ。


 「香坂さん、日野くんは今年の中3で優良株の1人ですよ。どうして?」


 「武庫シニアって私でも知ってるくらい入団すら難しいチーム入っていると聞いていたからね。そんなにすごいの?日野さんのお孫さんって?」


 偶然とは恐ろしい。孫が可愛い祖父母の贔屓目を真に受けて話を持ってくるとは…。


 でもこの話はバスフィッシングで鰹を釣るような話なのだ。幸い受ける話にするが二匹目のどじょうはない事を伝えて置かなければ。


 「香坂さん、今回の日野くんの件は良い話で有難いのですが、今後はこういう選手がいるからというお話は極力避けて欲しいのです」


 「先生、どうしてですか?」


 香坂副市長はあまりいい顔をしなかった。だが、こういう亀裂から水が漏れ、やがてどんなに強固な器でも自壊してしまうのだ。


 「失礼を承知で言いますが、高校野球で失敗するケースとして後援者やOBが采配やチーム運営に口出してチームが成り立たないケースがあるのです。選手を紹介して入部させた場合、選手が調子が悪い、実力が他の選手が上回っている等で試合に起用しなかったら何故ということで采配に口出す事が少なくないのです。そうなれば私達は目的を果たせなくなります。幸い選手集めは順調に推移しています。今回の日野くんのケースはこちらのルートを使う形でコンタクトが取れますが、今後はその辺を察して頂ければ幸いです」


 「…わかりました。今後は気をつけるよ。監督が小林先生に変わって甲子園は間違いないと浮かれていたようだ」


 この人もそれなりに考えてくれてたようだ。有難いことだった。でもどう思われようが釘は刺す必要はあった。




 「日野くんのお母さんの仕事はどうされるのです?」


 「丁度、海坂市社会福祉協議会(市社協)の正職員で採用をしようと思っている。前から介護支援専門員の増員要望があったからね」


 福祉系の仕事は低賃金だが社協職員などは給与が公務員と同じ待遇になるから、彼は今より改善された環境で野球ができる。


 「わかりました。武庫シニアにはコンタクトを取ります。お母さんの件はそちらで話を進めて下さい。そっち方面は疎いのでお任せするしかないのです。宜しくお願いします」


 「わかった。こちらの話は任せて下さい」


 私達は来年、一度校長らと会合を持つ予定をしていたので、今後の話をして別れた。


 私は谷本さんに電話をした。日野彩人について武庫シニアとの繋ぎは谷本さんに頼らざる得ないからだ。


 【なるほど、だから彼についてスカウトやブローカー達があまり動きがなかった訳だ。まあ、特待生になったとしても金はかかるのは事実だからな】


 「武庫シニアには私も顔を出していいんですね?」


 【ああ、顔は出した方がいいぞ。それにこっちは試験を受けてもらわなきゃならないしな。向こうにしたら手塩にかけて育てた選手が親の理由で進学を諦めた対策としてのレアケースになるから悪くないはずだ。ブローカー達にはわからないよう向こうの代表者と接触する。来週の日曜日には視察できるようにするよ。それから捕手の件は2人を見て決めてくれ。段取りはこっちでやって置く】


 「ありがとうございます」


 私は電話を切ると自転車で学校へ帰った。


 スカウティングは順調に行きつつあった。今年中にはスカウティングが何とかなれば、来年以降は海坂市と波崎などの周辺市町で選手集めの安定供給を図れる。私学四天王に流れた選手をこちらに引き込めると考えていた。

 

 学校に戻った時、丁度午後イチの授業が終わりかけていた。今日は何もないことに越したことはなかった。







 放課後の部活は体力メニューが中心だった。私は、川谷と並川を連れてバドミントン部の顧問、伊吹裕子先生のところへ来ていた。


 「この二人にスマッシュを教えるってですか?」


 「ええ、肩の筋肉を鍛えるのにバドミントンのスマッシュがぴったりなんです。いかがでしょうか?」


 伊吹裕子 今年新任で入ってきた体育科教諭。以前は実業団の五洋電機に所属していた。オリンピック候補までになったほどだが怪我が多く、教師になりたい希望もあり、今年から海坂商に赴任してきた。


 最初は引退した3年生の反発もあり、問題を抱えていたがインターハイに20年ぶりにダブルスで出場させるなど、体育会系スポーツが低迷していた我が校に明るい兆しを見せていた。


 美人でナレーションのような爽やかな声を持っているが、たまに空回りする熱血指導が玉に傷で女子の間では『女シュウシュウ』というあだ名がついていた。


 川谷と並川や中田までが当初は反対していた。伊吹先生は嫌いじゃないが指導内容から脱線しそうだからと懸念したからだ。そこまではならないと思っていたので気軽に思っていた。


 「わかりました。ただし条件があります」


 伊吹先生が改まってお願いしてきた。


 「なんでしょう?」


 「来年2月に新人戦があるので2人を選手として出して欲しいのですが?」


 まあ二人共、気分転換にはいいかも知れないな。それに二人同時に練習に出ささせる訳にはいかないから条件はつけさせてもらおう。


 「週2回、平日で交互にして下されば、有難いです。試合直前でも詰められないので、そこのところを考慮して下されば支障はありません」


 「わかりました。他の生徒の刺激になりますし、こちらこそよろしくお願いします」


 伊吹先生は妙に嬉しそうにしていた。週2回、交互に川谷と並川がバドミントン部練習に行くことになった。バドミントン部は女子しかいない為、伊吹先生は男子を一度指導したかったらしく、楽しんで教えてくれたらしい。川谷らは肩だけでなく、身体の体幹や柔軟性も鍛えられたと言っていた。


 ただし、並川が練習に行く日は中田の機嫌がすこぶる悪かった。並川の話ではバドミントン部員の誰と話したかいちいち言わなければならないらしい。そして2月に色々あったとは想像もつかなかった。






 練習が終わり、私は進路指導室で三浦と話すことになった。私はユニフォームを脱ぎスーツに着替えると三浦を待った。


 「失礼します」


 三浦が着替えて入ってきた。


 「お疲れさん。昨日はちゃんと寝れたか」


 俺は寝るまでは大変だったけど…。


 「ええ。今日、父が帰って来ます」


 確かに夜遅くに弁護士が来るような事態だから単身赴任先から帰ってくるよな。


 「弁護士の西院先生が来られますからね」


 「そうか」


 三浦は少し話辛らそうにしていた。新事実なんて言うなよ。


 「先生、俺は…俺らは彼女を助けられなかったのです…」


 三浦、それは違う。お前や心あるクラスメイト達はやることはやった。しかし・・・。


 「だけど、担任の先生は何もしてくれなかった…」


 そうだ。お前達は保身に走った担任の不作為によって、未だこのくびきは終わっいない。


 三浦は抱えた物を吐き出すように話してくれた。


 佐藤眞と葛城琴葉が別れ、それと共にいじめが始まった見るに見兼ねた三浦達が担任に度々訴えたが、その場ではわかったと返事をするが担任は葛城琴葉と接触するのを避けた。


 彼女が死亡する当日、三浦達が担任に訴えた事が西薗聖香達に知られ、三浦達は校長らに訴えようとした矢先に葛城琴葉が自殺した。


 直後は異様な混乱ぶりだったらしい。担任は次の日から来なくなり、佐藤や西薗らも出席しなくなった。副担任は右往左往するばかりだった。警察が葛城琴葉の机や備品関係を押収するなど半月くらい授業どころではなかった。


 その間に朝倉や複数のベテラン教師やカウンセラーが入ってきて落ち着きを取り戻した。




 ところが三浦達が証人として出廷してから、担任は自分は何も知らないと三浦達の証言を潰しにかかったり、西薗聖香が三浦達もいじめに関与したと発言するなど三浦達クラスメイトを閉口させるような事態になった。判決は三浦達には咎めなく佐藤眞や西薗聖香らに有罪判決が下された。だが、被害家族が納得せず不起訴とした担任と三浦達を審査会に訴えた。


 担任と西薗聖香の巻き添えを食らったのだ。それが今日にまで至った。彼らには人間不振が残り、女子生徒の何人かは未だにPTSDの治療で心療内科に受診している。


 三浦は話終えるとホッとしたような顔をしていた。


 「三浦、やるべきことをきみたちはやったのだ。気に病むことはない」


 「…それは、そうですが」



 「三浦、野球好きか?」


 彼はハッとした顔をして私の真っ直ぐ見た。


 「はい、大好きです!」


 「今はそれだけでいい」


 私は頷いて彼の肩を叩いた。何か、気の効いた言葉があったのかもしれない。一緒に甲子園に行こうとかどこかの青春野球マンガのような台詞が出て来なかった。『野球好きか?』なんて私は己の言葉の貧困さに呆れていた。 


 「明日、またな」


 「はい、では、失礼します!」


 三浦は、屈託のない笑みを浮かべると帰っていった。


 私は進路指導室の電気を消して職員室に鍵を返すと残っていた。他の先生に声をかけて帰った。



 職員用の下足室で履き替え、外に出た。満月が冷たい光を照らしていた。私は空を見上げた。


 世の中にはあの当時の三浦の担任や板野のような人間がいるのは必然悪でないが必ずいる。いなくなればいいなどと綺麗事を言える程、私は出来ていない。


 三浦はおそらく、もっと自分たちが他に何かが出来れば自殺せずに済んだのにと自責を心の片隅に一生、持ち続けるかもしれない。


 だが、気に病むことは何一つないのだ。為すべきことをきみやクラスメイト達はしたのだ。為すべきことをしなかったのは、担任と加害生徒達だ。己、可愛さの身勝手で未だに人を傷つけているのだ。


 打ち拉がれず前を向こうする者が野球部にいたのなら、三浦に伝えたように全力で支援する。それだけの事だ。


 私は空をもう一度見上げた。月は頼りなげではあるが優しい光を照らしていた。冷たいが誰に対しても同じように…。



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