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お待たせしました。話の展開ですが、主人公→拓馬の形でいきます。久しぶりにさとみも出ます。読み終わりましたら、感想、評価、ポイントを是非ともお願いします。
練習が早めに終わってから私は家族宛てに手紙を作っていた。年明けに父兄を学校に呼び、栄養士を招いて講習会を開くことにした。校長の許可は得ていた。
何故、栄養士かは、部員全員の食生活を日誌からわかったことだか4割以上が朝食量が少ないもしくは食べないで学校に来ていたからだ。あと朝、昼、夕の全体の食事量が不足し、かつ片寄りが目立っていた。この冬に1人当たり3〜5kg以上の増加がなければ夏場は戦えない。食事も練習の一つなのだ。明日の練習前にもちろん伝えるが、詳しい内容は家庭の協力が不可欠だ。
栄養士はコンダのつててアスリート専門の食事の専門家を招くことにしていた。通常はこういう講師を招くとかなりのギャランティーが必要だが特別に安くしてもらい学校側から予算が出ることとなった。おかげで稟議書を上げなければいけない羽目になったがやむを得なかった。
「先生、お疲れ様です」
顔を上げると生田目雪路先生だった。帰り支度をされていた。
「お疲れ様です」
「最近、野球部の子達が寝ないで真面目に授業を受けてますが何かされたのですか?」
「定期考査で赤点の場合、部活動の参加停止というペナルティを部則に加えたからですかね。それにテスト一週間前は練習時間の2時間分を合同勉強会に替えるなどにしました」
「そ、そうなんですか?」
生田目先生は驚いた様子だった。
『野球部員である前に高校生であることを忘れるな』
私の恩師である峰岸先生がそうしてきたのもあった。実際、私の学年で大学に進学した野球部員が半数以上いた。就職も早く内定を貰っていた。朝倉の学年では弁護士になった者がいたくらいだった。
野球部にいたからと言って卒業したら一般の人と何ら変わらない。プロに行けるのはほんの一握り、野球だけやっていたら社会に適応出来ないと教えられてきたからだ。
それに野球部は何やっても許されるような意識が、校内で軋轢を生み出してきたり、過去に数々の不祥事を起こしてきたのだ。
「要は気持ちです。みんな変わろうとしているのではないでしょうか」
私は淡々とした口調で話した。
「先生は、すごいですね。与坂先生は部活ではある意味仕方ないとか仰ってましたけど、先生はどうやってされたのですか?」
「私は背中を押しただけです。さっきも言ったように彼らの気持ちが変わろうとしているのです。じゃないと、どんなにいい事言ったりしてもやる気がなければ馬の耳に念仏になります」
「へーえ、そうですかねぇ」
彼女は納得しかねる様子だが、部員達が監督が変わることをきっかけにしたに過ぎなかったのだ。後は私がどう拡げるかだ。
丁度、電話がかかってきた。生田目先生は失礼しますと私に声をかけて帰っていった。
私は電話に出た。朝倉からだった。
【先輩、波崎の椚くんの件ですが来週月曜日の午後イチは行けますか?】
「月曜日は、午後より授業がないから大丈夫だ」
【わかりました。波崎西中の石神井先生が是非にと喜んでましたよ。後、波崎の中学の顧問の皆さんも来られますので挨拶がてらお会いするのもいいですよ】
「ありがとう、感謝するよ。それから今日、三浦が話したいと言ってきた」
【ほ、本当ですか?よかったです】
受話器の向こうから朝倉が喜んでいる様子が伺えた。
【多分、彼は公判中、加害者からの嘘の証言の話を言うと思います。私にも話さなかったことを話して向き合いたいと考えているはずです。すいませんが聞いてやって下さい】
「わかった。ありがとう」
私は電話を切った。パソコンのワードの校正チェックをすると一枚プリントアウトした。用紙を見て確認してからクリアファイルに入れた。ウィンドウズのシャットダウンをクリックしてパソコンの電源を落とした。
「失礼します!」
並川が部室の鍵を返しにきた。
「お疲れさま。戸締まりは?」
「OKです」
「並川、カッターの握りって誰に教わったんだ?」
「コンダの円谷コーチが仙堂さんのカッター握り方を教えて貰いました。それを参考に自分なりに遊びで投げたら予想外に沈みました」
私は感心した。彼は自分なりに工夫して自分のものにしたからだ。
「そうか。ただこれ以上は球種を覚えなくてもいいよ」
「どうしてですか?」彼はえっ?とした顔をした。
「きみは最大の武器である速球を磨いた方がいいからだ。変化球ばかりでは逃げの投球になってしまう。トレーニングをつんで故障しない投げ方を確立しよう」
「はい」
彼は納得した様子だった。
「後、試合では川谷ときみの継投で行くつもりだ。きみには1〜2イニングは投げてもらう」
「じゃあ、今日のコンテストはそういう理由だったんですか?」
彼は私の狙いの一部を理解した。
「色々、理由はあるがその内の一つだ。まあ神林は予想外だかな。彼がリトルを辞めた理由ってなんだ?」
私は神林について知ることが少ないこともあり、並川に聞いてみた。
並川は躊躇っていたが、話してくれた。
「アイツ、6年には正捕手になれるはずだったんですが右の人差し指を骨折して、すぐに当時の監督やコーチに言ったそうです。だけどそれくらいでと言われてアイツの両親と監督達が喧嘩してやめざる得なかったんです。それ以来、川崎と中学2年で同じクラスになるまで野球を忘れようとしていたらしいです。川崎達とうちの野球部に入部してもキャッチャーには見向きもしなかったですからね」
「そうか、ありがとう」
私は並川に礼を言った。彼は『失礼しましました』と職員室で一礼すると帰宅していった。
野球に携わる人間の中には、目の前の勝敗に拘るあまり、勇気と狂気を履き違えた人間が徒党を組んで理不尽を選手に強要するケースが後を絶たない。
野球はサッカーと違い、指導者資格、つまりライセンスが存在しない。サッカーではS級というプロの監督資格をとる為にかなりのハードルがあり年数も少しかかるが野球はど素人でも監督になれる。
近年ではリトル、シニア、ボーイズなどのリーグでは投手の球数制限と連投禁止条項があるが、どこかが痛いとか勇気を持って告白できる土壌にはまだまだない。
死亡事故や半身不随事故で民事裁判になるのを怖れて考えるようになったが、軟式の少年野球では野球経験のない指導者が炎天下で100球以上投げ込みを強要したり、集中力を欠かせるような意味のない練習メニューを組んで『声が出ていない!』などと理不尽極まりない怒鳴り声を上げる人間が多いのが現実だ。
サッカーのような日本サッカー協会を頂点にピラミッド型の組織と比べ、野球は少年野球すら組織がバラバラで高野連、大学、社会人、NPBとそれぞれの組織が独立していて連携もスムーズではない。
コーチング研修も高野連が甲子園常連校の監督らによって細々とやっているだけだった。
私はホンダで選手として続けながら練習メニューや指導方法などコーチ達と意見を交わしたりしていたのは将来、指導者になることを念頭に置いていたからだ。3年間で甲子園出場はとんでもない目標ではあるが、自分が培ってきた指導者に為に蓄積したものを生かせる機会に喜びを感じているのも事実だった。
「三浦、お前ピッチャーやりたかったのか?」
練習を終えて着替えているとき丸川至が声をかけてきた。
「ああ、ちょっとな。でも別に拘っていたわけじゃない」
「そっか」
丸川の顔をみると嬉しそうにしていた。身長も169cm(本人が言っていた)と大きくないが練習は人一倍やる。キャッチャーにはすごい拘りがあり、事あるごとに言っていた。
「丸川、先生にあんだけ言われてもよくやりたいって言えたな。オレだったらとても無理だったよ」
俺は感心したように言った。
「三浦、オレは与坂先生や中学、小学とキャッチャーやりたいと言っても、向いてないだの、肩が普通だの、外野がいいだの誰もやらせてくれるチャンスすらくれなかった。でも小林先生はチャンスをくれた。並川さんも教えてやると言ってくれたし、やりたいとみんなに宣言したけどむしろ好都合さ」
「そっか」
「後、お前最近変わったな?」
俺はその言葉にどっきりした。
「別に変わらないと思うけど」
「前は寄せ付けない雰囲気だったけど、今は自然にって感じかな。イケメンがさらにイケメンになったのはちょっとムカつくけどな。じゃあ、オレ先帰るわ。お疲れーッ!」
丸川は言いたいことだけ言うとバッグを肩に掛け帰って行った。
丸川は分け隔てしないヤツだ。誰にでも気さくに話しかけれるタイプでクラスに1人は必要なヤツだ。
ああやって見てくれている人間がいることにうれしさを感じた。ようやく普通の人間に戻れた気がした。
俺は通学に自転車を使っている。今日は自転車で久しぶりに気分よく家に帰ることが出来た。
自宅に着くと母親は帰っていなかった。今日は遅出の日だ。そういう時はご飯は炊飯器で炊かれていて、おかずはテーブルの上にラップして置いてあった。
母親はでスーパーでパートとして働いていた。父親はサラリーマンをしている。現在、単身赴任中であと3年は帰って来ない。去年、単身赴任前に家族で行く話になったが逃げているような気がして断った。
夕食を食べてから素振りをした。今日は心なしか集中して出来た。寒いのに汗が滴り落ち身体中から湯気が上がっていた。丁度、母が帰って来た。
「ただいま。拓っくん素振りしてたの?」
母が自転車から降り買い物バッグを籠から降ろそうした。
「うん。ああ、持つよ」
俺はバッグを代わりに持った。
「ごめんね。寒いのに汗がたくさんかいて。早くお風呂に入りなさいよ」
「ああ、わかった」
母と俺は家の中に入った。バッグをキッチンまで持って行った。
「母さん、野球部の先生からなんだけど…」
俺は、テーブルに置いていた小林先生から貰った名刺のコピーを母に見せた。
母は持っていたバッグを床に落とした。顔色が変わっていた。昨日、母親はパートが休みだった。
「…母さん、葛城の弁護士が家に来たんだね!そうなんだね!」
「…拓っくんごめんね…ごめんね」
俺の声に母は謝るばかりだった。
「さとみ、ご馳走様」
「はい。よく食べました!」
我が家の今日の夕食は、青椒肉絲、焼売、春雨とキクラゲの中華サラダ、卵とじの中華スープ、ご飯だった。食べおわると私はキッチンに洗い物を置いた。
最近の旦那は洗い物をするらしいが我が家ではさとみがする。私が家でするのはゴミ出しくらいで後は彼女がする。理由は管理責任は私だからと一言。家のものは妻が管理しないと気が済まないのだ。
私はノートパソコンを妻が拭いてくれたテーブルの上に置き、コンセントを差し込んで電源を入れた。妻が私の様子を見ながら洗い物をする。鞄から教科書や資料、ルーズリーフを取出し、私は期末試験のテストを作り始めた。大枠は出来ていたので後は問題をパソコンに打ち込むだけだった。表を虫食いにしたり、文章を作ったり打ち込んでいった。やり始めたら早いので素案が出来上がった。
妻が温かいお茶を出してくれた。私の様子をジッと見つめている。私は一息つくため、お茶を飲んだ。
「終わったの?」
私は頷いた。さとみは、にっこりと微笑んだ。
「どうした?」
「昔ね、あなたがテストを自宅で作っている時は家に行けなかった事を思い出したの。あの頃はわかっていても淋しかった。だって学校以外逢えなかったんだよ」
私たちは自業自得と言われたらそれまでだが、あの当時、お互い我慢することが多かった。
人によっては彼女のこういうところをどう思うかはわからない。あの頃の抱えた想いと上目遣いで見つめながら言われるとつい後から抱き締めたくなる。
私はパソコンをシャットダウンさせると椅子を下げて自分の膝をポンポンと叩いた。彼女は照れたような笑みを見せながら、嬉しそうに私の膝の上に座った。
私はギュッと後から強く抱き締めた。
「でも、今は幸せだよ。あなたの奥さんになったから、気兼ねなくあなたの傍にいることができるからね」
妻は私の頬に自分の頬を寄せた。
その時、丁度私の携帯電話が鳴った。ディスプレイを見ると三浦だった。
「はい、もしもし小林です。…うん、…そうか。今晩、来るわけだな。…うん。…うん。きみのお父さんには事実を伝えてほしい。…ああ、そうだ。今からそっちへ向かうからな。相手には待たせてくれ。いいな、状況が変わったら連絡してくれ。ありがとう」
板野鋼弁護士が昨日、三浦の母親と接触した。息子の野球部退部か慰謝料かの要求を被害者遺族の委任状を片手にしてきた。私からすれば委任状すら怪しいところだが法的措置を講ずると来たらしい。返事は即答しなかったが翌日、朝から頻繁に電話をかけていたらしい。今晩、返事をするよう半ば強引に話を進めて来た。
「さとみ、出かける」
「何かあったの?」
さとみが心配そうな顔をした。
「大丈夫だ。すぐに戻ってくる」
こういうときはさとみにはいらない事は伝えない。私は笑顔で言った。
「うん、わかった。待っている。出かける用意するね」
さとみは私に着替えの用意をした。
私はその間にノートパソコンと資料を片付けた。
私は妻が用意した着替えを済ませると自宅を出た。車に乗り込みエンジンをかける。カーナビに携帯電話に登録していた三浦の住所を入力し、電話をした。
【もしもし】
「遼太郎か?」
【先輩、どうしました】
【板野がウチの生徒に手を出してきた。今夜迄に返事するように言ってきたらしい。自宅に来て念書を書かせるつもりだ】
【わかりました。丁度、僕も海坂市に来てますので住所を教えて下さい】
「わかった。海坂市東酒屋町3丁目○番○号だ。先に行くぞ」
私は携帯から住所を教えると先に三浦の自宅へ行くことを告げた。
【わかりました。先輩、くれぐれも言葉責めはやめて下さいね】
彼は面白がるように言った。
「うるさい。遅れるなよ」
「はいはい」
私は電話を切るとガレージから車を出して三浦の自宅へ向かった。
母は事情を話してくれた。
俺は父に連絡した。父には母を責めないでほしいと伝えた。父はさっきまでビールを飲んだらしく自動車の運転が出来なくなっていた。時間的にもう新幹線もないので日にちをずらすように話をしろと言った。
母はさっそく弁護士に連絡を入れたが父さんの携帯を教えるように言ってきた。ああ言えばこういう人間らしく結局、会う羽目になり日にちををずらせなかった。
30分後、予鈴がなり行くと例の弁護士だった。第一印象は昆虫の種類のような人間味のない顔立ちだった。
弁護士はどうぞとも言う前に勝手に上がり込んで来てリビングのソファーに座り込んだ。念書のコピーを用意してきた。母さんが断ると色々と理屈を並べてきた。
「奥さん、私としてもこのような事はしたくないのですが、葛城さんが納得されないんですよ。たとえ、三浦さんが勝ったとしても、息子さんに対しての風当たりがきつくなりますし、穏便にされた方が賢明だと思うんですよ」
「何もしていないのにどうしてそんな手段をとるのか理解出来ない」
母さんが無実なのにと言うものの、弁護士はたかるハエのような鬱陶しさのようなしつこさで迫ってきた。
「お気持ちはわかりますが、私共としては最高裁まで行っても構わないと思っています。場合によっては息子さんの部活動停止の仮処分の申請も考慮しています」
先生が輩と言った理由がわかる気がした。
思わずキリギリスのような頭をスリッパでぶん殴りたい衝動に駆られた。
丁度、その時予鈴が鳴った。母さんが失礼しますと席を離れた。玄関を開けると先生がいた。
「こんばんは。三浦くんのお母さんでいらっしゃいますか?私、野球部で監督を任されている小林と申します。三浦、待たせたな」
俺と母さんは根拠がないが安堵感に包まれた。
《説明》
敵対的TOB
TOB(Take Over BidまたはTender Offer Bid)は株式公開買付け。株式公開買付けとは株式会社を買いたい時、不特定多数の買いたい会社の株主に対して買いたい金額、買う期間、買いたい株の数を新聞等(日本では日経新聞が多い)で公告する。期間内に買付けられると買収が成立する。
ただし、買収先の経営陣が望んだ場合は友好的TOBとなるが望まない場合は敵対的TOBとなる。
M&A
(Mergers and Aquisitions)企業の合併と買収の総称。
ひまわりバッチ
弁護士バッチの通称
《おまけ》
弁護士には、裁判で被告人を弁護するだけでなく、それぞれ専門があります。民事訴訟や離婚調停。破産などの財産を管財する者や企業買収などの経済に強い人や刑事訴訟を専門に扱う人もいます。ただし地方は弁護士の数が少ないので何でも屋が多い。
弁護士に用事がある場合は、インターネットや広告、直接問い合わせで何を得意にしているか確認しましょう。
〔並川大樹のピッチングフォーム〕
阪神タイガースの久保田智行投手をイメージして下さい。