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 こんばんは!9月なのに暑さがこたえますね。

 今回は、この章の主役、三浦拓馬側からと主人公側とでいきます。そしてスカウティング活動の他に新たな方法で新戦力を発掘します。

 見終わられましたら、感想、評価、ポイントを是非とも宜しくお願いします!

 最近、野球が楽しくなってきた。なんとなしにやっていた練習が無駄なく合理的になった。まず練習の準備が下級生が準備をしていたがみんなでする方針に変わった。備品管理、洗濯はマネージャーの指示で1年生がすることになった。


 1日の練習が変わった。まず放課後、部室内に張られた体重表に毎朝、計った自分の体重を記入する。部室前に張り出された今日の練習メニューを確認する。


 練習用ユニホームに着替えたら1年は練習メニューに即した備品の準備、2年生はグラウンドの清掃と終われば1年の手伝いをする。キャプテンとマネージャーが準備をチェックする。


 練習開始前にグループに分かれてミーティングする。グループは1ヶ月交代、メンバーはシャッフルされる。今日の練習目標を個人がグループメンバーに発表する。5分から10分間で行う。最初はみんな戸惑ったが小林先生が寝る前に日誌に付けて書いて置き、翌日に発表すればいいとアドバイスされた。狙いは口にすることで実現性を高める事。意味なく練習を消化することを防ぎ集中力を高める事と教えられた。


 先生は無駄な事を嫌う。練習時、意味のない声だしを止めさせた。理由は説明出来ないことはしないからだ。


 練習と練習の間はきびきびと動くように言われる。練習メニューを張り出しているから頭に入れていると動けるよう意識する。


 俺たちの学校は19時には規則により完全に下校しなければいけないという環境的な理由はもちろんある。


 先生は、理由を説明してくれた。高校野球ではよく大差で負ける試合がある。理由は2つある。一つは実力差。もう一つは実力差がないのに相手に時間を支配されてしまうこと。


 甲子園で初出場のチームがよくやられるパターンとして1回に先頭打者が出る。1球でバントを決められる。ヒットでランナーが生還する。その後に盗塁かヒットエンドランと機動力でかき回され、あわてて、フォアボールやエラーが絡み点数を重ねられる。やっとチェンジで攻撃に戻っても相手のリズム良い投球に打たされ気づいたら大量点差がついていた。


 こうなる理由は相手チームが一度ペースを握ると隙なく最後まで時間を支配できるからだ。甲子園で勝てるチームは日頃の生活習慣からそのように意識し、訓練している。時間や約束事を守らなければ隙が生まれる。試合ではエラーやフォアボール、暴投になって現れ、主導権を相手に渡し、相手に時間を支配される。


 一度握られた主導権を取り返すにはかなりのエネルギーを使う。選手交代などでリズムを自分達で引き戻す方法などがあるがあくまでオプションに過ぎない。日頃から自分達で時間を作る練習としてきびきびと動き、集中して練習を消化する。自分達のリズムを覚えることにつながると教えられた。


 体力トレーニングとして体幹強化やチューブを使った練習。ダンベルや砂を入れたペットボトルを使った筋力強化、体育館の綱渡りなどを週間でローテーションして行い、ミーティングメンバーグループに別れて行う。インターバル走やタイム走はグループ事に競いタイムを計測する。この時期は体力強化に主眼を置いている。チューブはインナーマッスルの強化をしてケガ防止と遠投の距離や投球の球速アップに努めている。リズムよくセット数をこなし飽きがこないように工夫している。


 あとは守備確実に緩いゴロを確実に取る練習をする。グループで練習をする。一人20本確実に取る。出来なければやり直し。


 そして練習の最後に校歌を全員で大きな声で歌う。練習でも試合でも全力で集中して最後に勝つイメージトレーニングも兼ねて行っている。


 練習終了の片付けは急いで行う。だらだらやって片付けをしては練習の疲れが倍増する。今までは下級生がしていたが全員でする。


 ただし、言葉使いは上級生、下級生の区別はつけるように言われた。社会に出たら、通用しない。野球だけしてればいいではなく、人として必要最低限の言葉はちゃんとやろうという話だった。


 並川さん達は元々、与坂先生には批判的だった。試合ではやたら、自分が指揮している態度を出すのに練習は適当にやってお茶を濁すからだ。


 川崎さん達はそれをいい事にサボっていた。というか自分を含めたみんなそうだった。俺もあの事が頭に浮かび練習に集中していなかった。入部当初から腫れ物に触るような態度にみんなから出ているのも嫌だった。


 先月に小林先生が監督に変わったのには驚いた。最初は野球したことあるのかと思った。だけど中田先輩が教えてくれた。凄い人だった。しかも朝倉先生の高校の先輩。みんな変わった。練習態度がまるで違う。あの川崎さん達が坊主になって真面目に練習している。俺もいつまでも引きずりたくない。母さんが言ってくれた。『拓馬は何もしていないんだから『審査会』の人達はちゃんと見てくれてるはずだ』と。でも…。


 野球がしたい。野球を続けたい…。



 最近、素振りをする日課が出来た。いや、復活したと言った方が良かった。


 夕食を済ませた後、バットを振る。100回、数は少ないが集中して振る。バットより長くした竹竿で100回、バットで100回振る。いつも、家のガレージで素振りはする使われなくなった姿見を見ながら確実に振る。毎日、グローブの手入れと日誌をつける。ルーティングワークになっている。バットで100回振った頃には汗だくになる。丁度、この日、素振りが終わった時だった。


「こんばんは」


 「アマリア…先輩」


 「先輩はやめてって言ったでしょ」



 アマリアがバイトを終えてやってきた。俺と彼女は付き合っているかどうか微妙な関係た。中学、高校と同じだった。彼女の弟の事で話しているうちに何となくという感じだ。


 「最近、頑張っているね」


 俺は、黙って頷いた。


 「わたしね、リカルドの事で理恵ちゃんに相談したの。そしたら、小林先生に思い切って相談してみたらって言われた」


 小林先生が、リカルドを見たら海坂商ウチに来て欲しいって言うだろうか?少し疑問だった。以前に私学のスカウトが来て、サイズや骨格的に日本人とは違うのに正面で捕れだの型にはめてしまいがちな欠点ばかりあげつらって帰っていったからだ


 「そしたらその日に会いに行ってくれて。是非ともウチの入試を受けるように言ってくれた。そしてパパの就職まで世話してくれたの。明日から、カノウ・クリーンで働くことになったんだ」


 カノウ・クリーンって国道バイパス沿いにある大きいクリーニング工場の会社じゃないか。先生、そんなこと出来るの?


 「それにそれだけじゃないんだ。わたし、今度の土曜日にスカーレットプロダクションの田野社長に会いに行って面接することになったんだよ。先生と田野社長は大学の先輩、後輩なんだそうだよ」


 スカーレットの田野社長?TVで見たことあるけど目付きの怖い厳しそうな人だった。タレントさんを自分の娘のように大事する人だ。いったい、先生って何者?


 「じゃアマリア先輩の進路指導までしたの?」


 「先生は進路指導担当補佐になったそうだよ。タクマ、間違いはダメだよ。ア・マ・リ・アでしょッ!」


 アマリアは口を尖らせながら言った。彼女は容姿はラテン系だが仕草とかは日本人の女の子より女の子らしい。


 「タクマ、それから、もう自分から先生に近づいたらどうなの?タクマが話したからって何も変わる事はないかも知れないけど、小林先生は他の先生とは違うと思う。信じる信じないは別として話して損はないよ」


 俺はアマリアを見た。背中を押してくれた。


 「…俺も変わらなくちゃ」


 アマリアは大きく頷いた。






 翌日、いい天気だった。俺は、昼休み暖かい日は屋上で弁当を食べる。日直が持ってきた熱いお茶をプラスチック製のカップに注ぐとそのまま屋上に上がった。ベンチに座ると弁当を食べ始めた。ここに入学してから仲間が野球部以外いない。みんなあの事件を気にして、近づかない。多分、言葉を選ばざる得ないのが嫌だからだろう。この間、中3の頃のクラスメイトに会った。みんな似たり寄ったりらしい。みんな俺と同じだった。


 「三浦」


 呼ばれて見上げると小林先生だった。俺は慌てて立ち上がろうとしたら座るように言われた。


 先生は俺の隣に座った。そして名刺のコピーを渡された。


 「三浦、名刺の名前にある弁護士が尋ねてきたら、すぐに私に電話するように。きみのお母さんにもくれぐれも話し合いに乗らないよう絶対に伝えてくれ」


 「どうしてですか?」



 「三浦、残念ながら、大人にはきみ達の手本になれない輩が徒党を組んで善良な市民から金を巻き上げようとしているのがいる。その名刺の弁護士は葛城さんの弁護団の一人だ。しかも、彼はその輩だ」


 俺は、先生を思わず見ていた。いつもの先生とは違っていた。先生は立ち上がった。


 「三浦、どんなことがあろうが野球部を辞めるな。今回の事は辞める理由に値しない。私はきみが野球がしたい意志がある限り全力で支援する。何故ならきみが海坂商業高校野球部、三浦拓馬だからだ。いいな」


 先生はそのまま帰って行った。


 何でだろう。身体の中から熱いのが込み上げてきた。はじめて聞いた。はじめて感じた。野球を続けていいと。全力で支援すると…。俺の事見てくれいる人がいる。次の瞬間、俺自身が信じられないくらい立ち上がって大声で叫んでいた。


 「先生!ありがとうございます!」


 深々と頭を下げた。頭を上げた時、小林先生の後ろ姿が霞んで見えた。







 『求む!第二の川谷、並川!ピッチャー、キャッチャーコンテスト!』


 「さあ、練習開始前までが申し込み期限だよ!他にいない?」


 今日の練習前、部室にデカデカと張り出されていた。中田恵理が胸を張ってスピードガンを片手に腰に手を当てていた。


 「大樹、これは?」


 川谷諒が並川大樹に聞いて来た。


 「2番手のピッチャー、キャッチャーを育てたいということさ。俺も一度ピッチャーをやってみたいし」



 「俺はいいよ。1年はどうするんだろう?」


 「三浦がピッチャーをするらしいよ。あと与坂先生がどんなに頼んでも認めなかった丸川がキャッチャーしたいと意気込んでたし、全員それぞれ申し込んでいたよ」


 「そうか。お前、肩が強いのは認めるけど変化球投げれるのか?」


 川谷の疑問に並川はニヤリとしたまま何も言わなかった自信ありげだった。






 「中田、希望者はどうなっている」


 私は、理恵に希望状況を聞いた。


 「はい。1年生に関しては全員どちらかで希望しています。2年生は川谷くん、西くん以外は全員ですね」



 抜き打ちに近い形でコンテストを開いたのには理由がある。素質重視で行きたいからだ。来夏は、川谷、そして、新1年生から2人と今回の今いる部員から1人を投手、キャッチャーも来年は新1年生から1人、そしてコンテストを通じて1人を考えている。狙いは新たな発見と部員間の活性化だ。チャンスは平等に与えるが、1年生には私の予想では難しいと思っている。強いて上げれば三浦だが、彼には違う役割がある。せめて意欲とダイヤの原石を見つけたいと願っている。


 2年生では川谷と西以外がどちらかで立候補している。並川は地肩の強さと球質の重そうな球が見込めるが変化球が投げれるか不安がある。前に遊びでカーブやスライダーを投げていたがボールの回転だけで曲がりも落ちもしなかった。


 捕手は以前丸川がやりたいと言ったことを聞いたことがあったが未知数だった。キャッチングや肩が素質的な部分で出来るとは見いだせなかった。最悪はユーティリティープレーヤーの西に頼むしかなかった。


 前半の1時間半は通常の体力強化メニューをこなした。こころなしかみんな意欲的だった。


 テストが始まった。ピッチャーはマウンドに上がって1人10球、変化球は2球以上交えること。MAX125km以上が最低条件だ。私はコンダにスピードガンを貸してくれと頼んだら、最新型が送られてきた。


『寄付として贈ります。新古車みたいな物だから気にしないで下さい』


 手紙を添えて谷本さんから送られてきた。


 私はすぐにお礼の連絡を入れた。


 まず1年生から投手テストを始めた。恵理にスピードガンを持たせた。説明書も渡していたので使い方は理解しているようだ。


 希望者全員が受けたが、スピード、コントロールとも基準には達しなかった。


 唯一よかったのは三浦だった。センスのなせる技なのだろう。野手投げながら130km以上投げ、コントロールも基準の範囲内だった。サイドに投げ方を変えれば制球力もつくだろう。そして変化球はスライダーと沈む球を投げた。これだけ見れば川谷に匹敵するようにみえるが、川谷には初速と終速があまり変わらないという得難い素質があった。三浦はどちらかと球がお辞儀する。川谷は球速以上に速さを感じる。手元で伸びているのだ。どちらが打ちやすいかは明確だった。三浦には内野手の要として果たして欲しいので明言は避けた。


 次に2年生だ。だが、これも決め手を欠いた。並川の順番が来た。振りかぶらずセットポジションから投げた。テイクバックを小さくして投げてきた。球質の重い速球だった。右打者から見れば外角低めに制球された球だった。受けていて久しぶりに重たい球だった。


 「変化球、行きます。カッター投げます」


 並川が先程と同じフォームで投げ込んできた。ストレートと同じ軌道から一瞬消えた。


 「えっ?」


 構えたミットをすり抜け右手首を直撃した。


 「痛たたたーッ!」


 なんだ?今のは、高校生が投げる球?


 「先生ーッ!大丈夫ですか?」恵理や1年生達が寄ってきた。


 右手首にコールドスプレーがかけられた。


 「・・・先生、スミマセン」


 並川が済まなそうに寄ってきた。


 「何を言ってるんだ。魔球だよ。魔球!」


 「えっ?」


 全員が私の言葉に呆気にとられていた。


 「今度は集中して捕る。プロテクターとレガースを用意してくれ。西、バットを持って打席に立つように」


 「はい」


 私は手首の痛みが和らぐと並川にもう一度マウンドに立つように言った。打席に西が構えた。


 「並川、今の調子で来てくれ」


 「はい!行きまーす!」


 並川はセットポジションから投げてきた。投球動作がストレートと何ら変わらない。軌道も同じだ。私の推測が正しければ・・・。 キャッチャーミットから心地いい音が響いた。今度はなんとか取れた。高校時代、橘から教えて貰ったキャッチングが生きた。


 「どうだ、西」


 「並川に真っ直ぐを投げて貰っていいですか?」


 私は並川にストレートを投げるように言った。


 並川はセットポジションから同じフォームで投げた。


 「先生、わかりません」


 「どうした?」


 「あんな落ち方するのにストレートと同じフォームでしかも途中までわからなかった。こうやって意識したらわかるけど、打てないですよ。ストレートがある程度、球速があるから意識してしまう。それに合わせて打ちいってバットに当たっても芯には当たらないですね」


 西の言葉に私はニヤリとした。これなら来年夏、戦えると確信した。短いイニングなら十分通用する。


 「中田、今の2球の球速は?」


 「133kmと138kmです」


 「ヨシッ!合格だ!では次にキャッチャーテストをする。希望者はこっちへ来るように。並川、マウンドから投げてくれ」


 「はい!」


 「先生、僕は?」


 西がキャッチャーをしたそうにしていた。


 「わかった。ただし他の奴が出来そうだったら彼にやって貰う。誰も出来なかったらきみがやる事になるけどいいか?」


 「先生、僕だって今の球捕れるかわかんないですよ。急に落ちる感じだし。」


  西が大真面目に答えた。普段、飄々としているのに珍しかった。


 「そうか、チャレンジはするんだな」


 「はい!」


 「頑張れよ」


 まず1年生から順番に始めた。5球ずつ速球とカットボールを交互に投げさせたが、三浦以外、まともに取れなかった。丸川はなんとか食らい付くように捕っていたがお世辞にもキャッチングは上手くなかった。 今度は2年生だ。西はやはりと言うかセンスの為せる技だろう、難なく捕っていた。今度は神林晃太が準備していた。いつもの川崎の取り巻きの神林ではない何か期するような目をしていた。レガースやプロテクターを付ける手付きも馴れている。


 「川谷、キャッチボールをして肩を作るように」


 私は川谷を呼んだ。


 「え、どうしたんですか?」


 「いいから、ピッチングの準備をしてくれ」


 「わ、わかりました」


 半信半疑で川谷は手が空いた1年生を呼んで準備を始めた。


 並川が速球を投げ込んだ。ミットに心地よい音を響かせた。


 「次、カッター行きまーす」


 次に並川がカットボールを投げ込んだ。これも事なげに捕った。


 「並川、カッターをもう一度投げてくれ!」


  並川は頷くとカットボールをもう一度投げた。簡単にキャッチした。


 「川谷、いけるか?軽くでいいから投げろ」


 「わかりました」


 「並川、ピッチャー交代だ。川谷と替わってくれ」


 「はい!」


 私は並川を手招きした。彼が私の側に走ってきた。


 「どうだ?」


 私は並川に神林についての感想を求めた。


 「投げやすいです。前からボールを捕るのは巧いと思ってましたけど。昔アイツ、西州中央リトルに1年だけいましたから」


 西州中央リトル、県内のリトルリーグでも名門と言われるところだ。入部テストが厳しく毎年、このチームに憧れて受ける子ども達が絶えない。


 川谷がウォーミングアップを終えると速球、スライダーと投げた。神林は心地よい音を響かせてキャッチしていた。


 「川谷!OKだ。並川と交代だ。神林、交代だこっちへ来てくれ」


 「先生、終わりです。希望者全員終わりました」


 恵理から終了を告げられた。私は川谷を呼んだ。


 「川谷、神林に受けて貰ってどうだった」


 「投げやすいですね。きっちりとボールは捕ってくれますから、捕るだけなら並川と変わらないです」


 川谷の言葉に私はテストの成果があったことを確信した。


 「では、全員集まって下さい!」


 部員全員が集合した。


 「では、コンテストの結果を発表します。その前にコンテストのをなぜ事前に言わなかったかと不満があるだろうが、理由は素のところから見たいと思ったからだ。事前にわかって練習しても所詮、付け焼き刃に過ぎない。ピッチャー、キャッチャーはそれだけ難しいポジションだからだ。今回、意欲を持って希望した者には敬意を表したい。では、発表します。ピッチャーテストの合格は1人だ。キャプテンの並川。キャッチャーは神林だ」


 すると全員から拍手が起った。


 「それから、キャッチャーは補欠合格だがもう一人いる」


 全員が顔を見合わした。


 「丸川、きみだ」


 全員が意外そうな声が出ていた。当の本人も信じられない顔をしていた。


 「丸川、正直言ってきみは下手だ。中学生のキャッチャーよりもだ」


 その言葉に全員が騒ついていた。


 「だが、きみにはやりたいという意欲が強くある。私はそこを買いたい。並川達が卒業したらそのまま横滑りにポジションが来ると思うなら辞退してほしい。それくらいハンデがある。それでもきみはやりたいか?」



 私は彼の眼を見た。来週、関西へスカウティングに行く予定だった。谷本さんにスピードガンお礼の連絡を入れた際、キャッチャーに関して確実な情報が入っていた。彼には再来年夏まで試合に出る確率が低いかも知れない。彼の気持ちを知りたくて敢えて厳しい事を言った。


 「はい!やります!」


 「わかった。頑張れよ!」


 「はい!」


 中田や並川を始め部員全員から自然発生的に拍手が起った。


 私は丸川至まるかわいたるの返事を聞いてある種の期待をしていた。後は彼がこれから歩く道の歩き方にかかっていた。


「それから、投手も、もう一人、三浦を補欠合格にした。ただし、川谷か並川どちらかがこの冬、全治1ヶ月以上の怪我をした場合に限ることにする。普段通りの練習をするように。今日はいつもより早いが終わります。後はマネージャー、キャプテンから連絡事項を通達して下さい」


 引き続きマネージャーから明日の練習予定などの連絡事項が伝達され練習終了し部員全員がグランド整備や用具の片付けへと急いだ。


 コンテストは大成功だった。並川のカットボールは、MLBヤンキースのクローザー、マリアーノ・リベラのカットボールに匹敵するものだった。速球と同じフォームと腕の振り、同じ軌道から沈むのは大きな魅力だった。相手にとって区別がつきにくいので打ちづらいはずだ。投げ方については今月中に出張扱いで岡崎が学校にコーチとして挨拶にくる予定だった。その時にでも見てもらうつもりだ。


 「三浦、こっちに来てくれ」


 「はい」


 「投げてみて行けそうと思ったか?正直に言って欲しい」


「・・・自信は少しありました」


 三浦は少し躊躇したが私を見て答えてくれた。


 「川谷や並川がいなかったらそうしていた。でも、きみにはやるべき事がある。わかるかな?」


 「今やっている事を頑張れって事ですか?」


 「そうだ。投手はやろうと思えばいつでもできる。わかっているならそれで十分だ」


 私は彼の肩を叩いた。


 「先生」


 「明日、時間を頂けますか?」


 「わかった。練習が終わってからでいいか?」


  私は笑顔で聞いた。


 「はい!」


 三浦は笑顔で返事をした。私は彼が笑った顔を初めて見た。何か憑き物が取れたような、心からの笑顔だった。


 彼は振り返るとグランド整備をする仲間へと戻っていった。

《解説》


 話中に出てきましたカッター、カットボールは同じ意味です。本来、この球種は速球に近い速さで打ちにきた相手バッターのバットの芯を外す為に投げる球です。手元で変化します。右投手が投げると左打者に対して食い込む効果があります。

 ヤンキースのマリアーノ・リベラの場合はそれに落ちる感じになります。落差が8インチ(約20cm)になるそうです。彼は速球とカッターだけでMLBで成功している数少ないクローザーです。

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