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こんばんは!暑い日が続きますね。チームの基盤作りを整える大輔。彼のモットーは間違えないような事を積み重ねること。お楽しみくだされば幸いです。
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《事件概要》
○○年5月10日推定時間午前3時頃海坂市鍛冶町4丁目7-13グランデ鍛冶町駐車場にて、海坂市立第3中学校3年4組葛城琴葉14歳が倒れているところを新聞配達員が午前4時10分に発見。緊急搬送し県総合医療センターにて投身による脳挫傷にて死亡が確認される。また司法解剖の結果、妊娠3ヶ月と判明した。両親は被疑者不明のまま海坂警察署に強姦罪容疑で告訴状を提出した。
胎児のDNA鑑定の結果、交際していた同学年同組佐藤眞15歳の遺児であることが判明。
発見された被害者本人の遺書、携帯電話に残されたメールや交信記録、日記、また佐藤眞本人の自供により同時期に交際していた同学年同組、西薗聖香14歳との別れ話によるもつれと、西薗聖香と友人関係にあった清良瀬菜15歳、黒井ひかり15歳、庵遥寺菜美14歳、沢田泰助15歳、花山秀一14歳、棚田二郎15歳による誹謗中傷行為、無視や被害生徒が使用していた文房具、机等を落書、破損行為を行っていたことが、判明した。
当初は海坂警察署生活安全課が初動に当たったが事件の重大性を鑑み、県警生活安全課少年事件係へ事件発生翌日に指揮権が移動した。告訴状については着手する代わりに取り下げるよう被害者遺族に要請したため取り下げられた。
捜査の結果、佐藤眞を県青少年育成保護条例違反、不作為による名誉棄損罪、侮辱罪。西薗聖香、田沢翔をいじめ行為の主犯として名誉棄損、侮辱罪。共犯として清良瀬菜、黒井ひかり、庵遥寺菜美、花山秀吾、棚田二郎を名誉棄損、侮辱罪。計8人を西州地方検察庁海坂支部は、西州地方裁判所海坂支部に起訴した。今年5月に判決が下され、佐藤眞に長期保護観察、他7名も有期保護観察処分とされた。
被害生徒遺族は地裁判決後、加害者家族、市、担任教諭坪田政晃に対して損害賠償を告訴し現在係争中である。
なおも被害生徒遺族は同学年同組担任教諭と同組生徒25人を名誉棄損、侮辱罪の不作為で西州地方検察庁海坂支部に告訴した。同年10月に担任教諭、同組生徒25人は起訴猶予、不起訴処分とした。
被害生徒遺族は起訴猶予、不起訴処分になった担任教諭坪田政晃と生徒に対し刑事民事訴訟を起こすことを考えていたが、当時の弁護団が生徒に対する公判維持が不可能であると説得し、担任教諭坪田政晃、同組生徒25人に対して今年7月、西州検察審査会に当該事案を不服を申し立てた。
昨日、朝倉義憲に依頼した件が、午前中に出来ていたとは思わなかった。3時限終了後に朝倉に電話を入れた。
【先輩、喜久美が市教委で詳細について報告すると言ってますので時間取れないですか?】
確か昼からは空いてる。授業のコマは午前中で終わりだ。
「わかった。昼イチなら行けるよ」
【じゃあ、それでいきますね。本当にごめんなさい】
電話を切った。何故、朝倉は妙に謝るのか理解出来なかった。
私は、昼休みにさとみが作ったお弁当を食べると弁当箱を洗い、歯を磨くと職員室にある行き先掲示板に自分の名前と行き先に『海坂市教委15:00』と記入した。
職員室を出た。玄関にある職員用下駄箱に向かった。
「小林先生ぇー!」
後ろから声をかけられ、振り向くと中田恵理ともう一人、3年生だと思うが175cm以上ある日本人離れした容姿の女生徒が私の元へ駆け寄ってきた。
「中田、どうした?」
「先生、ちょっと聞いてくれますか?」
「小林先生、お願いがあります!弟に野球をさせてあげたいのです!助けて下さい!」
3年生らしき女生徒はヘイゼルの瞳に涙をためて両手を合わせて祈るように訴えてきた。髪はウェーブがかかった綺麗な茶色のセミロングでBS放送のラテン系愛憎劇ドラマに出てくるヒロインそっくりの娘だ。それにウチの学校の女子の制服がちょっとおしゃれなセーラー服だから妙なアンバランス感があった。
もし、この子と二人で会話しているところを妻に発見されたらと思うと恐ろしくなった。昔、綺麗な生徒と他意なく親しげにしゃべっただけで、彼女は自分と話す時に比べて優しく話してたなどなだめるのにかなりの時間を費やした記憶が甦ったのだった。
な、なんだ?私はいつから新興宗教のエセ教祖になったんだ?
だが、時間がない。放課後、進路指導室で彼女の話を聞いてからにしょう。
「落ち着いて。君の名前は?」
「た、田中アマリアと言います」
「先生は、今から海坂市の教育委員会に1時に約束している。3時に帰ってくる予定だ。放課後、進路指導室に来れるかい?」
「はい、大丈夫です」
まあ、それまでには落ち着いて、話せるだろう。私は、次に恵理に視線を向けた。
「中田、練習時間に遅れるかもしれない。並川には先に練習をはじめるように伝えてくれ。それから、今日は日誌の回収日だったな?」
「はい」
「練習前に回収して職員室の私の机に置いてくれ。未提出者がいたらメモを私の机に貼って置くように。出来るか?」
「はい、大丈夫です」
「田中さん、それまでに気持ちを落ち着かせることは出来るかな?」
アマリアはアッとした顔になり、恥ずかしげな表情になった。
「だ、大丈夫です」
「なら、宜しい。放課後、待っているからね」
私は、アマリアの頭をポンポンと撫でると靴を履き替えて玄関を出た。
恵理がアマリアに『先輩、大丈夫ですよ!』と励ます声が聞こえた。
海坂市教育委員会は市役所の近くにある。市立図書館の3階にあった。図書館は市財政軽減策によって、書籍を自力で購入しているのは、新聞各紙と週刊誌(写真系などは除く)や月刊誌くらいであとは寄付を募っていた。当初、プライドからか反対意見が多かったが、何人かの司書がホームページ制作に工夫を凝らして募集したところ全国から沢山の本が届き、年間購入費の軽減に成功していた。その結果、利用率と回収率も高水準を保ち、県内でも利用しやすいと評判なのだった。私もよく利用していて、妻とよく来ていた。
階段で3階に上がり、受付に応対した職員に『井上喜久美先生をお願いします。名前は、海坂商業高校の小林です』と名乗った。
井上は喜久美姐さんの旧姓だった。
3分位してから受付に応対した女性職員が戻ってきた。
「井上先生から、第3研修室を開けてらっしゃるそうなので案内します。ついてきて頂けますか?」
私は頷くと職員は奥にある第3研修室に案内した。
室内は10人位が座れる長机とパイプ椅子が置かれていた。移動式のホワイトボードに壁に時計が置かれていた。時間は丁度5分前だった。座って待っているとドアからノックが聞こえた。
喜久美姐さんだった。長身にストレートのロングヘアー、切れ長で少し吊り上がった眼、シルバーチタンフレームの眼鏡にシルバーのパンツスーツと白いブラウス、首からIDカードホルダーを下げて現れた。
正直、いつも彼女に会うと話すまではすごく威圧感のあるオーラを発して圧迫してくるのだ。すごく苦手だ。
「大輔くん、久しぶりね♪」
ニッコリとした表情にまるで甘々なお姉さんが大好きな弟に話しかけるような声。彼女にとって私はアイドル雑誌のような高校野球誌に出てくる選手なのだ。
(頭が痛くなってきた…)
彼女には高校野球観戦と言う高尚な趣味があった。彼女の中で私はいつまでも『初出場で爽やかな旋風を起こした掬星台高の3番打者』なのだ。
朝倉が妙に謝ってたのが理解出来た。普通あんな事件の報告書が、欲しいなんて言ったらこういうところで働く職員は、出来るだけ遅滞行動をした挙句、『当方にそのような事案に対して情報公開は行っておりません』となるのは目に見えている。
何かの意図が感じられた。
「井上先生・・・」
「喜久ちゃんでしょッ!」
挨拶をしょうとしたら、いきなり遮られた。私を柔らかく睨んだ。いつもこの調子なのだ。このヒトは…。
「嫌です。普通にして下さい」
私はわざとつれない態度をとった。そうしないと後々、大変なことになる。
「んもぅ!しょうがないわねぇ!今日は事情が事情だけだから引き下がるけど、近々会う時は、『小林大輔監督、就任後初独占インタビュー』をさせてもらいますからね!」と嬉しそうに言った。
喜久美姐さんは、高校野球雑誌に投稿するのも大好きな人なのだ。義憲からは『色々と妄想してますから』と聞いていた。
(私を頭痛持ちにしたいのか?このヒトは…)
喜久美姐さんは、本命の書類を机の上に出した。
「大輔くん、これが事件概要を簡単にまとめたもの、それと彼らの公判を傍聴してメモを取った物よ。私に今残されているのは、これだけしかないの。被告側が高裁に控訴していて、刑が確定して入るわけじゃあないからね」
私は、素早く書類に目を通した。報道機関が伝えているのは一部に過ぎず、実際の事件概要と被告側の証言に目を疑った。
久しぶりに怒りが氷点下に達した。
「…く、くだらない、くだらな過ぎる。こんなしょうもない人間どもに三浦達は、翻弄されているのですか?」
「ええ、そうよ。あなたの言う通りよ。罪を犯した生徒達は、他人との距離感や常識は通用しないわ。無責任、自己保身、快楽に走った身勝手さ、その癖、妙に小細工を弄して他人を陥れることに長けたモノは持っている。まさしく、発達心理学なんかすっ飛ばせだわ」
喜久美姐さんが吐き捨てるように言った。
「彼らが裁かれるのは勝手だが残された子達はレッテルという名の十字架を背負わされてしまう。公害と等しいですね。ただ、気になるのは違憲の可能性のある県青少年保護条例違反で起訴とは尋常じゃないですね」
私は正直、気分が悪くなった。
この事件の被害者と佐藤眞という男子生徒が付き合うきっかけは西薗聖香が話すきっかけを作ったからだ。聖香は佐藤眞に好意を寄せているのに関わらず、まだ好きにもなっていない、ただ第一印象がいい程度にしか思っていない二人をカップルにしょうとした。
だが、二人が付き合うという現実味を帯びて来ることに焦り、仲間を焚き付けた。元々、今まで当時のクラスメイト何人かをいじめてきた仲間達はターゲットを被害者生徒に絞った。聖香は眞に色々と吹き込んだ。丁度、被害者生徒から妊娠したことを知らされた佐藤眞は彼女を遠ざけ、告白してきた聖香と付き合う。これが被害者生徒が自殺する4日前だった。被害者生徒は自殺する前日、眞に事の次第を両親、学校に報告する事を伝えたが眞は無視。絶望した被害者生徒は自宅マンションから投身自殺した。
この経緯が明らかになったのは被害者生徒が遺書や日記に細かく書いていたことと一部加害生徒がメールでいじめを認めざるえない内容のものが複数見つかったからだ。あとは県警に指揮権が移ったことも見逃せない。普通なら警察署(所轄)で済ますべき事案で起訴猶予で民事訴訟に移行が関の山なはずだ。何かの意志が働いているように感じた。
一方で担任教諭は、自己保身に走った。何度も被害者生徒の机を見ていた証言があるのに関わらず、知らぬ存ぜぬを通した。学校側に出勤不能になったと心療内科医の診断書と休職届を代理人を通じて提出した。結局、年度末に退職した。
誰も責任を取ろうとしない無責任、不作為な事件だったのだ。
「これでは、義憲が苦労する訳ですね。しかしよく海坂三中はここまで持ちこたえましたね」
「市教委勤務だった義憲や何人かの教員指導担当を投入して、県教委からも応援を頼んだわ。 知事にも就任直後で支援してもらって、改善案が目に見える形ということで、以前、私が提案して却下されたオープンスペース化(教室、廊下の間仕切り撤廃など)と教科センター方式の採用を耐震化工事のついでに行ったわ。今では、海坂市立第3中学校(あの学校)は県のモデル事業の優等生よ」
私は思わず苦笑した。
この時、学校、市教委側は、詳細が明らかになるまでは調査中であるとしていた。担任教諭が複数の目撃証言があるのに否定するなど後手に回らざる得ない状況があったが、なぜか被害者生徒の遺書のコピーを入手した為、市教委のリーダーシップの元、学校側と市教委が会見を開きいじめの事実を認め謝罪した。市教委内でも議論があったが、民事訴訟は免れない事、早期に和解に応じる事で解決を速める方針を決めたからだ。
そして担任教諭が出勤不能になった事実を公表し自宅に訪問して本人が否定していることを認めた。これは担任を学校として庇わないことを間接的に宣言するに等しかった。一方で市教委側は学校にベテランの指導教官、その力を持つ教諭を複数派遣し動揺する学校、生徒、保護者に対してこまめに説明し鎮めた。孤独になりがちな校長に対して手厚いフォローをするなどのバックアップ体制を敷いた。
さらに保護者の協力を取り付け地域協議会を発足させ問題を逆手にとり海坂3中を開かれたコミュニティースクールに衣替えさせた。
筋書を書いた人間は私の目の前にいた。
喜久美姐さんには恐ろしい前歴がある。伝説の『クラス替え作戦』だ。海坂市内のある小学校で全校規模で学級崩壊が起こったところがあり、教師数人で秘密裡に計画して腰の重い校長を以前のセクハラネタで脅して2学期始業式にいきなり全学年規模クラス替えという劇薬で学級崩壊を消滅させたというのがある。通称『鉄血先生』と呼ばれる所以だ。
「遺族側の弁護士はわかりましたか?」
「今、遺族側の弁護団が揉めているの。遺族側は、娘がろくでなしの子どもを身籠っていた現実に耐えられなくなってきているわ。検察審査会はこれまでの経緯から『不起訴相当』に可能性が高いわ。民事訴訟に持ち込んで残りのクラスメイトの親達からの慰謝料を当て込んできた彼らにとってはかなりの痛手よ。大部分の弁護士は諦めているけどこの人は違うわ。やっていることはヨシくんから聞いてると思うけど」
喜久美姐さんは、弁護士の名刺のコピーを私に渡した。
『エバーグリーン弁護士事務所 所長兼弁護士 板野鋼』と書かれていた。
「最近、弁護団に加わったみたい。何人かの元クラスメイトの自宅に来たらしいのよ。知ってる?」
私は板野鋼という弁護士の名前を見てある可能性を見いだした。もし事実なら…。
「井上先生、さっき言った元クラスメイトの連絡先は把握されてますか?」
「大丈夫よ。どうしたの?」
「家族には、こちらも代理人を立てるからとか理由を付けて用件は聞きつつ交渉しないように言って下さい」
「どういうこと?」
「今から、この弁護士が何者か確認します。予想通りならかなりの金額をふんだくられますよ」
まだ生きてのか?奴は…。