(4)
おはようございます!投稿が遅れてごめんなさい。今回は多めで入れました。 新キャラを入れてます。結構重要キャラです。名前の付け方は・・・。深く追及しないで下さい。
今回は、純也→大輔→恵理→良子と順番でそれぞれの側から書きました。
読まれましたら、感想、評価、ポイントを入れて下さいますよう宜しくお願いします!
最悪だった。一塁に駆け込んだ瞬間、完全にやったと思った。ベースに駆け込む直前になぜか足がもつれ、『プチッ』と右ふくらはぎから妙な音がした。それだけでなく、ベースを踏んだ後に変な倒れ方をして膝を痛めた。立ち上がれず担架で運ばれ、救急車で病院へいった。右足内転筋挫傷及び右膝前十字靱帯損傷。これが俺の診断結果だ。
どちらも、厄介極まりない。前者は例え、完治したと思っていても実戦をこなさないとわからない。後者は、俺のような足を武器にしている選手には致命的に近い。
現在の治療方法として間接鏡を用いてハムストリングの一部を移植する術式が使われる。この手術のメリットとして手術時間が短時間しかかからない。傷口が普通の外科手術よりかなり小さく済む。体への負担が少ない。リハビリへ早期に移行できる。最低2〜3ヶ月で日常生活には復帰できる。などがある。
結局、手術に踏み切り、今シーズン棒に振った。
その間に若手が台頭し、レギュラーの当落線上にいる俺は年齢的に弾かれる。俺が監督だとしても若い奴を使う。ましてやリハビリしても元々の能力が保証されるわけじゃない。
渚には一度だけ、『今回はヤバイな』とポツンと呟いてしまった。
「ジュンくん、ありがと。初めてわたしに愚痴を言ってくれたね」
泣き笑いで言われてしまった。胸が締め付けられる思いだった。本当は、早くプロ入りしてあいつには苦労をかけた分、贅沢をさせてやりたかった。
同い年の怜には差をつけられてしまった。アイツは今年の契約更改の会見で良子さんと結婚を発表するだろう。アイツ、ベタ惚れだったからな。恋愛事には疎い俺だけど、良子さんは大輔先輩が好きだったはずだ。でも、先輩は退職するまではぐらかし続けた。怜を応援してたからだ。
そう言えば今日、先輩が、高校野球部の監督就任の挨拶で会社に来ることになっていた。先輩の監督はアリだと思う。あの人は、監督に一番向いているからだ。一年しか一緒にやってないが、あの人は、後輩はもちろん、先輩やはたまたコーチに対して容赦しない。例えば練習メニューで納得がいかない物は、コーチと納得のいく説明があるまで議論する。もしコーチが説明出来なければコーチは二度と練習メニューに関与出来ない。それが元でコーチを辞任して社業に戻らざる得なかったコーチが何人かいる。鉄拳制裁しようもんなら、部長や監督と仲のいい先輩に対しての愚行は、どうなるかその末路はあまり語りたくない。とにかく、実戦に即した。シートノックやシートバッティングを重視、練習試合を多くこなすよう要求する。試合中良くメモを取り試合後はノートで整理していた。試合中は、勝敗を分けるポイントでは味方の士気を高め、自ら先頭に立って攻守に貢献する。自分の成績よりチームの勝利にこだわり、味方の好プレーはめちゃくちゃ褒めてくれる。そして、無類の勝負強さ、引退した年の都市対抗と日本選手権の二冠を取ったときは決勝戦では二回共、先輩のバットからの決勝打だった。
みんなはキューバの事を言うけど、今もメジャーリーグで安定した活躍をするヒットメーカー氏と関係者のつてで食事に行った際、相手が、あまりに蘊蓄ばかり言うもんだから『あなたは、記録とチャンピオンリングどっちが大事?と問われたら記録でしょ』と言って掴み合いになったことの方がすごいと思う。先輩は彼とは高校時代、練習試合で投手だった彼から4打数4安打と打った。
本人は『忘れた』としか言わない。
先輩は、裏方さんには、めちゃくちゃ気を遣う。マネージャーやグランド管理人さん達の誕生日には、選手会からプレゼントを送ったり、年二回、裏方さん達との食事会は必ず開催する。選手は必ず参加する。過去に後輩二人が、彼女とのデートで欠席したことがあった。翌日、二人共、裏方さんに泣きながら土下座謝罪して回った。
誰が、やったかはみんな口をつぐんいる。
味方にしても難儀だが敵に対しては、容赦しない。 俺は先輩のことを『日本一性格の悪い野球選手』と思う。以前に良子さんにこの話をしたら、大爆笑しながら同意してくれた。
「おーい、岡崎!今、監督室にこいって内線が入ったぞ」
誰かの声がトレーニングルーム中に響いた。
「はーい」
戦力外通告は、日本選手権前で終わっていたはずだった。クソッ!クリスマスイブを前にお払い箱か。俺は厳しい顔つきのままに監督室に入った。
「失礼します」
ドアを開けた。監督の席にあの人が座っていた。ちょっと知的そうなふちなしチタンフレームのメガネをかけてスーツを着ている。一見、文系の教師のような格好だが目は自信満々のあの挑戦的な目付き、『日本一性格の悪い野球選手』だった男が足を組んで座っていた。
「だ、大輔先輩?」
「ジュン、久しぶりだな」
「こんちわッス!」
「何、つっ立ってんだ?ま、座れよ」
監督の席で、何、偉そうにしてんだ、この人?
取り敢えず、近くの席に座った。
「これ、土産だ。『びんごやの海坂練乳プリン』だ。渚ちゃんには、言ってあるから黙って食うなよ。お前、渚ちゃんに黙ってバカな事するの得意だからな」
大輔先輩がおもむろに土産を俺に渡した。
最後の一言が俺の過去の瑕疵に塩を塗り込む。…相変わらずだ、この人。
「土産だけを渡しに呼んだんスか?」
不機嫌そのままに突っ掛かるように言った。
「今から、お前に色々と話す。二度は言わんからよく聞け」
「はい」
「引退しろ」
「はい?」
「これ以上、監督の手を煩わせるな。渚ちゃんにも迷惑をかけ過ぎだぞ。お前自身もわかっているはずだ」
いきなり、内角にえぐるシュートを投げてきた。図星を突かれ言葉が出ない。
「お前、ケガし過ぎだ。スペ〇ン〇ーなんだよ。それにお前は、クソ真面目過ぎるから手を抜くことを知らん。これ以上やったら日常生活にも支障をきたす。諦めろ。これからは渚ちゃんと二人で歩く道を考えるんだ」
「…だ、大輔先輩?何、言ってるのかわかっているんスかーッ!」
思わず、立ち上がって、先輩相手に怒鳴ってしまった。認めたら壊れそうな気がしたからだ。でも先輩は、容赦しない。
「俺を殴っても、泣き叫んでも現実は変わらん。わかっているんだろ。自分の事ぐらいは」
先輩は諭すように言った。俺はうなだれるように座った。他の人間よりこの人に言われた方が、俺にとってよかったのかもしれない。
「ようし、そこでだ。今から、お前の第二の人生だが、既に考えてあるんだ」
また、いきなりだ。人が頭が回らないところを一気に畳み掛ける。こういう人だった。
「お前、来年夏、ウチの県の教員採用試験を受けろ。出来るだろ」
「…えっ」
俺はぼんやりとした目で先輩を見た。目が笑っている。先輩のこの目が一番ヤバイ。とんでもないことを考えているとしか思えないからだ。
「出来ないなんて言わないよな?去年、都市対抗の予選を負けたことをいいことに渚ちゃんに黙ってここの県の採用試験受けて、合格したけど辞退しただろ」
どっから聞いたんですかその話ぃ〜ッ!生殺与奪を握ってんだぞと言わんばかりの態度。やっぱ、あなたは『日本一性格の悪い野球選手』だった・・・。
「…はい、わかりました」
先輩は俺の返事に満足そうな笑みを浮かべた。
「俺が勤務先の高校の監督を引き受けたのを知っているな」
「はい」
「お前にはコーチをやってもらう」
先輩は、野球部の就任に至る経緯から今考えている構想まで説明してくれた。
やっぱりこの人、野球を忘れてなかったんだ。さとみちゃんと結婚した時、野球とは無縁でいようとしていた。
さとみちゃんは、渚や良子さんとは全く違う女の子。俺が言うのもなんだけど魔性というか、間違いを起こして一緒に夜逃げしたくなるような、怖さすら覚える子。先輩にベタ惚れで、尋常じゃないくらいだ。先輩もこっちが、はぁ?と思うくらい嫁スキーだから、このまま野球から離れていくだろうと思った。
やはり公務員というものは先輩であろうとも『すさまじきものは宮仕え』から逃れさせられなかった。
「済まん、ちょっと電話していいか?」
先輩が席を立つと外へ出た。
なんかすっきりした気分になった。先輩は、何だかんだ言いながら面倒見のいい人だった。もう、選手に未練はなくなった。どこかで誰かが背中を押してくれるのを待っていたのかもしれない。
「ジュン、こっち来い」
ドアから、先輩が手招きした。外に出ると速水監督と渚が待っていた。
俺は、監督の元へ歩み寄った。
「か、監督…。オ、俺…」
声を出そうとするが、言葉が出ない。監督の顔が見えない。何でだ…。俺、泣いているのか…。
「岡崎、お疲れさん。よく頑張ったな」
監督が俺の右手をしっかり握ってくれた。涙が止まらない。ちくしょう、何でだよ。
「い、今まで…お世話に…なりました」
監督が俺の肩を抱き締めてくれた。
「終わりじゃないんだぞ。これからは、中原さんと一緒に歩くんだぞ!」
「ジュンくんッ!」
横を向くと渚が泣き笑いで俺を見ていた。付き合ってしばらく敬語だったのに、最近は普通に話してくれている。迷惑ばかりかけてきたな。
「お疲れ様でした」
思わず渚を抱き締めた。ありがとう。感謝してるよ。
「ジュン、俺らはまだ話があるからな。渚ちゃんには一応、『全部話してあるから』安心しろ。じゃ、また電話するわ」
先輩が俺の肩を叩くと監督と先輩が監督室へ入って行った。
「ジュンくーん、人前で抱き締めるなんて恥ずかしいよぅ」
渚が照れくさそうに言った。俺もつい、恥ずかしくなり、離した。
「ジュンくん、海坂に一緒に行けるね。わたし、楽しみなんだ」
渚が、ハンドバッグからパンフレットらしき物を出した。
「海坂はね、毎年、秋に大きな演劇祭があって、有名な劇団が一杯来るんだよ」
渚は嬉しそうにパンフレットを見せた。多分、先輩が先に送ったんだろう。
「それからね。私の仕事は心配しないでね。大輔さんの話では、県総合医療センターって、大きな病院もあるし、あそこにはさとみちゃんのお兄さんが勤めているから。お兄さんは整形外科に精通した看護師がほしいから是非ともって言ってたそうだよ」
俺もさとみちゃんのお兄さんのことは知っている。
在原実之。新進気鋭のスポーツ整形外科医。アスリートの最後の砦と言われている。関節鏡の使い手である。著作も多くあり、少年スポーツにおける指導者に対して、教育を受けずにコーチをする事は虐待と同じことをしていると批判している。スポーツ界でトレーナーや理学療法士達の間では知らない人はいない。
「ところで、ジュンくん。わたしに、ウソついてないよね?」
「…うん。な、ないよ」
渚のアホ毛が少し逆立ちはじめた。俺の体内信号の赤ランプが危険、危険と点滅してきた。
「大輔さんがさぁ、来年、教員採用試験受けさせるって言ってたけどぉ。わたしが大丈夫なんですか?って聞いたら、アイツ去年、ここの県の試験受かってるから心配ないよって言ってたけど、どゆこと?」
「ええと…」
冬なのに背中から汗が滝のように流れてきた。心拍数が急上昇してる…
マズイ、笑顔を浮かべているが、渚の目がすわっているぅ…。
「去年の夏、練習が休みなのに、会社で研修があるって言ってたけど、どこに行ってたの?」
「…」
言葉が出ない…。
渚が、研修室のドアの前に止まった。
「さっき、監督と大輔さんが、この部屋使っていいって言ってたから、たっぷりとお話しようねッ!」
渚は、体が細いように見えるが、実は力が強い。でないと手術室の看護師なんかやっていられない。
俺の耳を思いっきり摘むとそのまま研修室に俺を引っ張り込んでいった。
そう言えば、先輩は渚に全部話したと言ってたな。
やっぱ、あの人は『日本一性格の悪い野球選手』だった…。
榊原さんが、コンダと小林先生の絆について語って頂いた。
「あの当時、わたし達コンダは、二冠を達成した前年、野球部自体が廃部の危機だったの。前年度から営業収支が悪化して赤字になった。環境対策からハイブリッド等のエコカーを推進するに当たり、技術者達の誇りだったF1をはじめモータースポーツ界からの撤退。サッカー部のJリーグ断念などスポーツ部門の縮小化が叫ばれていて、野球部も例外じゃなかったの。小林さんも毎年、プロ野球の上位指名の確約があっても教師志望と都市対抗優勝を理由に断ってた。でも、この年、千葉シーガルスのスカウトさんの誠意の尽くした言葉でプロ入りしかけていたわ。そして、これは後から聞いた話だけど会社の反企業スポーツ派の漏洩で撤退確実とニュースに出てしまった。普通なら入団するところだったけど、会社に義理を果たしていないとドラフト数日前にシーガルスの関係者に指名断りの土下座をした。あのプライドの塊のような人がしたものだからびっくりしたわ。それから、野球部は変わった。結果はあなたも知っての通りよ。それで優勝インタビューのたびに『会社を信じて頑張りました』とフレーズを使ったり、二冠をとった後、会社への報告会で経営陣を前に野球部や他の部の存続を切々と訴えたの。結局、経営陣が小林さん達の気持ちに応える形で反企業スポーツ派を押さえて部の存続を決めたのよ。さっき言った反企業スポーツ派は、実は外資系ヘッジファンドと組んで経営陣の追い落としを図ってたことが露見してそれを追及されて結局出ていったわ。あの時、小林さんが会社に残留してくれなかったら、今頃、会社は外資系ファンドに切り刻まれて、ムチャクチャになったところだったの。コンダにとって小林さんは忘れてはいけない人、創業者の次に大事な恩人なのよ」
榊原さんの話にわたしは黙って聞いていた。
以前、先生に監督になって欲しいと頼んだ時、無関心そうに断った小林先生には、正直ムカついた。
でも、今考えたらそうよね。与坂先生が動かない限りは、小林先生もどうしようもなかったもんね。
ちょうどその時、内線の呼び出し音が鳴った。榊原さんが電話に出た。わたしの携帯にもメールの着信を告げるバイブがふるえた。
【テスト合格した\(^O^)/】
大樹からだった。わたしは思わず頬を弛めた。
榊原さんが内線の応対を終えたようだった。こっちに歩み寄ってきた。
「向こうも終わったみたいだからそろそろ迎えに行きましょう。この段ボール、総務部に持って行くから手伝ってくれる?」
「あ、あのう、合否の結果はいつなんですか?」
榊原さんは、『あっ』と驚かれ、それから申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい!先に言うべきだったわね。内々定決定よ。おめでとう!ようこそ『技術のコンダ』へ!」
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「大輔、止めなくていいのか?」
速見監督が苦笑いを浮かべていた。
「いいんですよ!夫婦喧嘩なんとかも云々ってね。ジュンは、変に小細工が過ぎるんですよ。あれくらいがちょうどいいんです」
私は、笑いながら気にしなくていいという意味で言った。
「お前は、虫の知らせというか、タイミングのいい時に来るな」
「そうかも知れません」
監督は私の言葉を聞いて頷いた。
「いけるか?」
「ま、できないわけじゃないですからね。はなっから、人や道具立てがそろってたら、面白くないですから、精々、過程から楽しませてもらいますよ」
「どうもお前には面倒が回ってくるようだな」
監督は、片眉を上げながら言った。
「それ実家でも言われました」
私は乾いた笑みを浮かべた。
「大輔、何かあったらいつでも言え。谷本にはお前から連絡があったら動くようには言ってある」
「はい」
「いいか、コンダはどんなことがあってもお前を忘れない。それだけは忘れるな!」
監督は私の肩を叩いた。
「はい」
ちょうど内線が鳴った。監督が応対した。電話を切り、私の方に向き直った。
「総務から連絡があった。中田さんに内々定を出した。車をこっちへ回すそうだ。並川くんは着替えが終わったみたいだからそろそろ行こうか」
監督と私は監督室を一緒に出た。
外で並川が待っていた。
「並川、おめでとう!一応、正式発表は来年秋になるがそれまでは口外しないように」
「はい、ありがとうございます!」
私は、並川と握手した。
「さっき、恵理からもメールが来て『受かりました』と連絡が入りました」
私は、その言葉に頷いた。監督室を出た時に気付いたのだが、外が妙に騒がしかったのでエントランスの方向を見た。今日は日曜日で稼働中のラインがある棟から野球部のグランドは離れていていつもは閑散としているはずだった。
「何か、人が集まっているんスけど何かあるんスかね?」並川も首をひねっていた。
私達はエントランスの方へ歩き始めた。段々と人の話声が聞こえてきた。
エントランスから玄関を抜けて外に出ると大きな歓声が上がった。眩しげに見回すと沢山の人垣が出来ていて歓声と拍手に包まれた。社員やその家族の方々が大勢来られいた。中には同じ課だった人や同期入社の人も何人か来ていた。クラブハウスの玄関の向かいにある5階建ての工場棟の屋上から垂れ幕が二本音をたてながら降りてきた。
[祝 〇〇県立海坂商業高等学校 小林大輔監督就任おめでとう!]
[目指せ!甲子園初出場!]
垂れ幕が降り切ると更に歓声が上がり大きな拍手に包まれた。
工場棟のあちこちの窓が開け放たれ、人の顔や手が沢山出てきた。
私は呆気にとられていると榊原良子が中田恵理を従えて迎えの車から降りて花束を持って現れた。
「何のつもりだ。これじゃ、生徒が偶像崇拝に陥りそうになるじゃないか」
私は、花束を受け取ると小声で良子に戸惑いを伝えた。良子は私に復讐するように笑顔で言った。
「誰も動員をかけていませんよ。誰かから伝え聞いて集まって来られたみたいです。手の一つくらい上げないとみんな怒りますよ」
「…みんな馬鹿だ。馬鹿ばっかりだ」
私は、口を大きくねじ曲げながら貰った花束を高々と揚げた。
歓声と拍手のボルテージが更に上がった。誰かがドラムを持って来たのだろう。現役の時、打つたびに受けて来たコールが自然発生的に広がった。
『コバヤシーッダイスケッ!ドン!ドン!ドドン!コバヤシーッダイスケッ!ドン!ドン!ドドン!』
私はもう一度花束を掲げると更に一際、大きな歓声と拍手に包まれた。
最初は呆気にとられていた中田恵理が私の後ろ姿を見ながら、上気した表情で榊原良子に話し掛けた。
「私、榊原さんの言った意味がやっとわかりました。どうして『コンダは、小林大輔を忘れてはならない』って言った意味が」
「そうよ。小林大輔は、コンダ(わたし達)にとって英雄なのよ」
良子は自慢の彼氏を女友達に見せびらかしたような顔をしていた。
頼む、早くこの場所から立ち去らしてくれー!
私は手を揚げながらこの光景をやり過ごすしかなかった。
並川達にとってエンドレスに続いてほしかった光景だったらしく、恵理なんかは後であの時、先生の後ろ姿が甲子園球場の中央にある、選手や監督が出入りするゲートに入って行く姿とタブったと言っていた。
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大勢のコンダ松浜工場の社員達に見送られて、車は松浜駅へと向かっていた。
「やれやれ、静かに来て、静かに立ち去るつもりが…」
帰りの車内で、小林さんはくたびれたような物の言い方をしていた。わたしも5年の間、みんな彼の事をあんなに覚えているとは思わなかった。
「中田さんには、マネージャーの話を少ししました。後、必要と思いましたので、小林さんが引退した年の事も話しましたから」
「良子、あれは、永井部長やきみを含め本社総務部と財務部の手柄だろ。大体、ケイン・マクドガルていう世界的グリーンメーラーが影で糸引いてたなんて小説まがいの話があるとは俺たち野球バカなんか思いもよらなかったんだから。私は、野球部の社員の気持ちを代弁したに過ぎないよ」
「でも、撤退という漏洩情報が流れた時、部長やわたしに『なんかきな臭い匂いがするから調べた方がいい』って電話してくれたじゃないですか。あれがなければ、今ごろわたし達はこうやって話出来ないですよ」
小林さんは生徒達にこういった話に触れてほしくない様子だった。実際、あの当時の財務担当の取締役は現在の社長であったし、水面下では相当の暗闘劇が繰り広げられてました。
「そんなことよりも、きみの婚約者の話の方が、生徒達には馴染みやすい話じゃないか?」
「え〜ッ、榊原さん結婚されるのですか?」
小林さんの言葉に、中田さんが食い付いてきた。並川くんも興味津々な様子だ。
「まだ、正式じゃないのにそんなこと言わないで下さい」
わたしは、思わず俯いた。今日は、そんなこと話す気分じゃない。期待していなかった。でも、本当は・・・。
「アイツの契約更改って明日だろ?今日、この子達に言っても都市伝説の域にしか出ないだろうし。明後日のスポーツ紙の朝刊記事にどうせ出るのだから、今言っても変わらないよ」
「あのッ、もしかして、コンダ出身のプロ野球選手といえば、お相手は東京読買ジャビッツの中村怜選手ですか?」
中田さんがテンション高めで質問してきた。私は頷いた。
「え〜ッ、マジッスか?」
並川くんが面食らった顔をした。
その後、駅に着くまでは、中田さんや並川くんから質問攻めに逢った。
駅前ロータリーに着いた。後部のスライドドアから3人が降り立った。わたしも運転席から降りて、小林さん達を見送った。
「小林先生、お二人の入社に関する連絡は、松浜工場総務部総務課長の納富が、改めて連絡を入れますので宜しくお願いします」
「榊原さん、今日は、色々とお気遣い頂きありがとうございました」
「ありがとうございました!」
小林さんに続いて生徒達が礼を言った。
「では、わたくしは、ここで失礼します」
小林さんは、優しげな顔で右手を小さく上げた。照れくさかったり、わたしを弄ったあとにフォローする時にする仕草だった。駅へと向かう。彼と生徒達の後ろ姿が何故か霞んで見えた。
わたしは、一つ息を吐いた。今日は小春日和だったけど日が陰るとさすがに肌寒かった。車に戻り、忘れ物がないか後部座席を見る。大きめの封筒が置かれていた。忘れ物と思い、確認する。
『良子へ』と達筆な字、小林さんの字で書かれていた。中を見るとのし袋と手紙用の封筒が入っていた。のし袋は結婚祝いだった。わたしは運転席に戻り、封筒を開け手紙を読んだ。
『良子へ
結婚おめでとう!面と向かって言う時間がないだろうから、手紙で失礼するよ。きみもこれでプロ野球選手の奥さんになるんだね。妹が嫁ぐ兄の心境だよ。きみにとっちゃあ、私はバカ兄貴だろうけとな。結婚式へ招待したいと怜から言われたけど、公の場所に私達夫婦が出向くことできみ達に迷惑をかけると考え申し訳ないが控えさせてもらうよ。怜は、ああ見えて繊細な奴だ。きみ達が付き合いはじめた当初、アイツは私を相談相手と言いつつ顔色を伺っていたところがあった。今後はそんなことはないけど、怜の事だけを考えて上げてくれ。
最後に末長くお幸せに。
小林大輔』
手紙を読んだ後、涙がこみあげて来て、止まらなくなった。悔しさと後悔ばがりが頭によぎる。
「ホント!ホントにバカ兄貴なんだからぁ!ホントにわたしの気持ちにずっと知らない振りばかりして!」
思わず言葉に出してしまった。わかっていたのに…。待ってばかりいるから。振られたくないばっかりに飛び込む勇気がなかったからこうなることになるのよ…。
10分くらいずっと車の中で泣き続けた。
携帯の着信音が鳴った。怜からだった。慌ててハンカチで涙を拭いて電話に出た。
【もしもし、良子?】
「怜?わたしよ」
【…終わった?】
「…うん」
【じゃ、家で待ってるから】
「…うん。ありがと」
わたしは携帯を切ると少しだけぼんやりと少しだけ眺めた。泣いた分、すっきりした。もう、振り返らない。明日、彼が読買の本社で契約更改の会見する。その日を境にわたしは、榊原良子から中村良子になる。
わたしは鏡を取出し化粧をし直した。ロータリーから会社へ向かって車を走らせた。
わたしにとって小林大輔は『日本一性格の悪い選手』だけど『日本で2番目にカッコいい選手』です。日本一はもちろん、中村怜です!今はそう胸を張って言えます。小林さんには、『今ごろ何言ってるの?』と突っ込まれそうだけど。
わたしはいい気分で家に帰った。最後にさようなら。そしてありがとうと呟きながら…。
読んで頂きありがとうございます!次回、第3章以降については、今週、作者が、多忙で手が回らない為、来週より再開します。
申し訳ありませんが宜しくお願いします。