(3)
みなさんお体には気を付けて下さいね。読まれましたら、感想、評価、ポイントを是非お願い致します!
「よぉーし!今度はセカンド行こうか!」
「はぁいッ!」
コーチの方がボールを転がす。
「セカンッ!」
素早く素手で捕るとそのまま二塁へ投げた。
セカンド役のコーチが、グローブから心地良い音を響かせて捕球した。
「オーケイ!ナイスボール!」
「ハイ!もう一丁いってみよーッ!」コーチが俺に気合いを入れる。
「ハイ!」
その後、キャッチャーフライの捕球をいくつかこなした。さっきまで小林先生は、コンダの首脳陣を話されてたが、いつの間にかいなくなっていた。でも、俺のやることは変わらない。
そう言えばさっき監督らしき人が両手でコーチの人に○を作っていた。まあ、いいや。集中しよう。
次はキャッチングを見るとのことだった。
「へーぇ、あの子かい、小林先輩の教え子は?さっき室内からチラッと見てたけど、なにあの『鬼肩』は?」
「仙堂!お前行けるのか?」
「全力はきついッスけど、カッコは付けれますから」
仙堂と呼ばれた人は、ゆっくりとマウンドへ上がってきた。
せ、仙堂?まさか、関西ホワイトタイガースの今年のドラフト1位、仙堂龍也ぁ…?
今年、コンダは小林先生が引退した年以来、2回目の都市対抗野球大会優勝を飾った。仙堂投手は橋戸賞(MVPに相当)受賞。確か小林先生以来の快挙。
右本格派 MAX153km 持ち球は、ストレート、ハードスライダー、カッター、サークルチェンジ、スプリット。
対左打者には抜群の強さがあり、奪三振率より、グラウンドアウト率(内野ゴロ率)を重視する珍しいタイプ。三振はここ一番の時以外は狙いにいかない。
「葛西さん、全力のストレートは無理だけど、あの子に持ち球は全部見せて上げていい?」
「お前、えらく気前がいいな。キャッチング見たいからってサービスはいらないぞ」
「コーチ、俺らは『小林大輔を忘れない』でしょ?」
「わかったよ。あの子に投げる前にちゃんと球種教えろ。無理すんなよ」
コーチがやれやれとした顔をした。
「宜しくお願いします!」
「きみ、くれぐれも俺に質問するなよ!『協定』に抵触する可能性があるからな!じゃ、ストレート3球いくよ!」
俺は、ベースの後ろに座った。仙堂投手はゆっくりとワインドアップを起こしてゆったりしたフォームから回転の効いたフォーシームを投げた。
今日は小春日和だから投げてくれたと思うが、オフシーズンでこれだけの球を投げられないはず。140km以上軽くは出てたと思う。
ボールを返した。仙堂投手は、球種以外何も言わない。『協定』は解釈次第で拡大表現され、高校の中には、出場自粛や警告処分の対象にされたことがあった。何もしてないのに『心ない通報』や『意図的な通報』によって大会出場自粛に追い込まれるケースが後をたたない。
仙堂投手は、一通りの持ち球を投げて下さった。
中でも、カッターの印象が強かった。普通は左打者の手元で内側に食い込み、バットの芯を外す球だが、仙堂投手のは違う。少し沈むのだ。
「柔らかいキャッチングだね。初めて受ける球なのにキャッチャーミットの真ん中でちゃんと取れる。いいね。ラスト、スプリットいくよ!」
ゆったりしたフォームから投げた。
スプリットは、フォークボールの握りを浅くして投げる。フォーク程、落ちないが、球速が落ちないので打つタイミングがズレやすい。フォークよりは肘への負担は少ないという利点を持つ。
「えっ!」
スプリットがホームベース手前でワンバウンドした。この場合、キャッチャーは体をボールの正面で体ごと止めなければならない。キャッチャーミットは下からすくい上げるように構える。ミットを上からボールを被せるように捕りに行くと大概は後ろに逸らす。
キャッチャーはこの場合後ろに絶対に逸らしてはならない。塁上に走者がいれば進塁を許し、3塁に走者がいればホームに還って相手に得点が入る。投手との信頼関係もある。フォークやスプリットは短所として後ろに逸らしやすい球なのだ。ピンチの時、止めて貰わないと思い切って投げて貰えない。
何とか飛び込むようにして止める。ボールは上手くミットの中に納まった。
「ナイスキャッチ!」
周囲から掛け声と拍手が起こった。
「仙堂!お前なぁーッ!」
コーチが苦り切った顔で叫んだ。
「葛西さん、見たかったでしょ。すごいよこの子。2球見ただけで完璧な反応だよ」
仙堂投手が舌をペロッと出しながら言った。わざと投げたみたいだ。
仙堂投手が褒めてくれた。いつも練習した甲斐があった。仙堂投手が笑顔で俺に指をさした。最近、メジャーリーガーが相手を褒めるときによくやる仕草だ。
「並川くんだっけ。さっき監督が合格って言ってたよ。バッティングもせっかくだからやって帰る?なんなら10球くらいなら投げてあげるから」
仙堂投手がサムアップの仕草をしながら言ってくれた。
「ハイ!お願いします!」
「あとは、こいつだな」
谷本さんは、十数人の名前と職業、彼らが差し出した名刺の肩書き、前歴、紹介した選手のトラブル例などが記入されていた。
「これは、闇ブローカーのリストだ。まあ、今はお前については業界は知られてないが、すぐ噂は広まる。そうなればマスコミがお前のネームバリューからいって記事にするのは確実だ。この時にこいつらは、金になるか嗅ぎ付けに来る。まあ、ゴキブリや蚊みたいにしつこいから、一度、追い払ったって手を替え品を替え取り付こうする。通常、私立の学校なら、事務方、野球部なら野球部長がトラブルシューターとして対応するが、公立で甲子園未出場となると余程気を付けていかないと取りつかれる。それから、特に私立の高校でよくあることだが監督として契約更新前や何年も甲子園に出てない時が危ない。焦りを見透かしてくる。墜ちたら最後、骨の髄までしゃぶり尽くされる。勧誘する中学生とその家族にも気をつけろ。素行に問題がある場合、指導に厳しく出れない。この子にしてこの親ありじゃないが、親がフロント系関係者だったりする傾向も多い。彼らはマスコミ、高野連への通報をダシにして金品もしくはレギュラーの保証をしてくる。断れば因縁をつけての脅し、了承したら地獄だ。対応は、毅然と断ることだ。このリスト以外の人物が来たら連絡してくれ。それからスポーツ業者は値段が高過ぎない限り、なるべく地元を使え。吹っかけ来たら、ネットで大概は金額が出るし、場合によっては、ウチの業者の担当に言えば金額の落としどころがわかるから下がる。地元関係は、適当に立ち回らんと嫉妬からいらぬ誤解を招く。県外の業者が営業に来たら、絶対に断れ。紐付きでブローカーを呼び寄せるからな。まあ、奴らが忍び寄る手口はこんなところだ」
「ありがとうございます」
私は、谷本さんに礼を言った。
「それから、俺からはこれだ」
速見監督からは、懇意にしている全国の強豪校の監督や部長の連絡先が書かれたリストだった。
「俺の名前を使えば練習試合の日程をどこか開けてくれる。場合によっては定期戦を組んでくれる。強くなったら、向こうから申し込まれるぞ。こいつが早く不要になるように頑張れよ」
「はい、ありがとうございます」
私は、最後にある男のことが気になっていた。今年の都市対抗野球は優勝したが、準決勝で一塁に駆け込んだ際に右足内転筋を痛めて途中退場した。その結果今シーズンを棒に振った。
彼は、私より6歳下で、プロも一時期注目していたが、怪我が多くスカウト連中から敬遠されてしまった。大学卒で私と同じように教員免許を取得していたはずだ。
「監督、岡崎は今日いますか?」
「岡崎?いるよ。何か用事か?」
「来季、あいつを戦力として考えてますか?」
速見監督の顔に陰が差した。あまり良くないのか…。
「実は、内転筋だけじゃないんだ。膝の十字靱帯も損傷した。頑張ってリハビリしてるが、治ってもレギュラーはおろかDH(指名打者)も厳しいな」
「後で二人で話させてもらえませんか?」
「わかった。あいつはお前に憧れてウチに入ったからな」
監督も谷本さんも対応に苦慮していたのだろう。私の話に乗ってくれた。
社会人にとって戦力外通告は、プロ同様厳しい。社業に戻ったとしても、同期社員と比べ今まで仕事に集中してこなかった為、部署に馴染むのは難しく、退職を余儀なくされるケースが多い。いくら野球部に貢献してきたからといってコーチなどのスタッフに残れるのはほんの一握りに過ぎない。
谷本さんが内線で連絡を入れていた。
「大輔、アイツのこと何か考えているのか?」
「岡崎次第ですけど、コーチになってもらいたいと考えてますが、選手に未練があるなら諦めます」
「お前、県教委にコネでもあるのか?」
速見監督は大丈夫か?と私に視線を送ってきた。
「当然、試験は自力でやってもらいますよ。こっちは採用試験に合格したあとの人事くらいしか無理ですからね」
私は、校長の顔を思い浮かべながら言った。来年度の部長の人選があるから、この件は強く言うつもりだった。
「そうか」
「監督、もう5分でこっち来れるそうです」
谷本さんが岡崎を呼び出すことができたようだ。
「話が終わったら呼んでくれ。正直、彼の居場所を見つけてやれなくなっている。お前が今日、来てくれたのは何かの縁だな。頼んだぞ」
「はい」
速見監督と谷本さんは部屋から出て行った。
岡崎純也。27歳、俊足巧打の外野手、顔はちょっと不良ぽい目付きと突っ張ったような仕草が特徴。しかし、私からしたらヘタレを隠す為のフェイクだと思っている。コンダは、大学卒が少なく比較的、高卒の方が多い。私と岡崎は数少ない大学卒組、同じ大学出身だ。入社1年目に都市対抗優勝に貢献した。谷本さんが引退した翌年に入り、穴を埋めてなおかつお釣りがくるくらい活躍した。
彼はジャビッツに入団した中村怜より素質だけなら上だった。ただ、身体の強さ、つまり、練習や試合に耐えうる身体の強靭さは怜の方が上だ。
優勝した翌年、コンダが不振に陥った理由として私の引退や怜のプロ入りがクローズアップされがちだが、シーズン前に岡崎を始め怪我人続出が原因だった。
私は、彼がコーチになることを望んでいた。高校野球には、監督と共に部長という存在がクローズアップされる。渉外的な仕事をする者、コーチ兼任、監督の参謀役など様々だ。私の構想では渉外的な仕事、つまり調達、兵站将校役を部長で請け負って欲しいと思った。参謀役はいらなかった。プロ野球ならヘッドコーチだが、高校野球では不要な物と考えている。生徒の力で頑張る、監督はグランドで力を出せるように助ける為に存在するからだ。
参謀は将と同じ意見でなく違う見方を提供する為に存在する。ベンチで異になる意見が二つ存在するのは選手を惑わす。参謀役的部長は監督との信頼関係がないと成立しない。実際、成功例はあるが、私には向かない。
訓練将校役のコーチが欲しかった。岡崎は適役だった。怪我に弱いところを何かでカバーしようとトレーナーや理学療法士達とアドバイスをもらったり、勉強して彼らに質問をするなど、その分野に精通していたのだ。
彼は、高校時代に投手で甲子園に出ているので経験者でもある。この分野は専門的なので、私が守備、打撃。岡崎がコンディショニングと走塁、投手とコーチングの分業が望めるのだ。
来年夏の教員採用試験勉強を兼ねてコンダでコーチ業を勉強してもらえればありがたかった。
岡崎には、彼女がいる。名前は中原渚、看護師をしていて、岡崎が怪我で渚の勤務先に入院したのがきっかけだ。
童顔、性格は天然が入っている。髪の毛に2本のアホ毛がちょっとばかし目立つのが特長的、中学からの部活がきっかけ以来、演劇好きの子。よく見に行ったりする。(岡崎は絶対に行かない)約束を破られるのが嫌いで、以前に二人で預金していた金を岡崎が嘘をついて使い込んだ。その時の渚の様子は尋常でなかった。それ以来、彼は頭が上がらない。私は渚とは仲が良く、彼が準決勝で怪我をした際、岡崎が選手を続けるか悩んでいることを彼女から聞いた。
私は、監督室にある。速見監督の机に座った。足を組み、岡崎を待った。
ドアからノックが聞こえた。
「失礼します」
岡崎純也が入ってきた。速見監督達に、この時期呼ばれることは、戦力外通告を意味していた。表情を険しくして入ってきた。そして、顔を上げて私の顔を見た時、びっくりした表情になっていた。
「…だ、大輔先輩?」
ジュン、何、惚けてる?今から、俺プロデュース『純也と渚のI(愛)ターン計画』を披露してやる。 この話、渚ちゃんには、話しちゃったからお前には拒否権はな〜い!久しぶりに俺の無茶振りとくと味わえよ!
用語集
ハードスライダー
高速スライダーとも言います。球速が落ちないスライダーです。松坂大輔がよく使う変化球。
カッター
カットファーストボール、いわゆる。カットボール、真っスラとも言います。スライダーに近い球で手元で変化してバットの芯を外します。
サークルチェンジ
チェンジアップとも言いますが、ボールの握り方がOKを手で表現した握りなのでOKボールともいいます。球速が遅く、シュートしながら沈むのが特徴的です。スピードを抜くという表現を使う時もあります。肘、肩への負担が少ないことから、メジャーではよくお薦めされる球。使い手として引退したメジャーリーガー、グレッグ・マダックスが有名。
鬼肩
鬼のような肩の強い。強肩キャッチャーをさらに強い表現を使う場合に出て来ます。
心ない通報、意図的通報。
高校野球を見学、通りすがりに見た時、当人同士や野球を知っている人ならどうってことない事を過剰に捉え、善意を装い、都道府県高野連やマスコミ、学校に事実を膨らませて通報すること、また他校関係者が意図的に行う場合もあります。
フロント関係者
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