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雑談三昧  作者: カトーSOS


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政権は“勝ち続けると弱くなる”──自民党は下野したほうが強いという逆説

政治の話を書くとき、私はいつも慎重になる。

好き嫌いで語りたくないし、個人攻撃にも興味がない。

それより、どんな人物が、どんな状況に立たされているか のほうが気になる。


今回のエッセイで名前を出していない「高市早苗総理(仮)」(笑)は、

良くも悪くも人々の感情を揺さぶりやすい政治家だ。

だが私は、その好き嫌いには関心がない。

ただ一つ、

「このタイミングで総理に立つのは、あまりにも気の毒だ」

という感覚が拭えなかった。


人物ではなく、構造。

評価ではなく、状況。

政治思想ではなく、現実の力学。


それらを踏まえたとき、

この国の今の政権は──

「勝っても負け戦」だと私は感じている。


本稿は、そんな視点から書いた“構造エッセイ”だ。


政治を語るとき、多くの人が「誰が総理になるか」に注目する。

だが、私が気になるのはそこではない。

人物よりも、その人が置かれる“状況”がどうか だ。


今回の政権は、とにかく状況が悪すぎる。

少数与党。法案一本通すにも野党の協力が必要。

本来なら動かせる政策も、今は指一本触れられない。

まるでブレーキを踏みながら、アクセル全開で山道を登るようなものだ。


この局面で、優秀な人物を総理に据えるのは「もったいない」。

政治家の能力とは関係なく、成果が出ない構造だからだ。

成果が出なければ「無能」と言われる。だがそれは本人のせいではない。

私は、ここにいつも違和感を覚える。


前回の総裁選では、私は特定の候補を応援していた。

その人の考え方や政策に期待していたし、何より“状況が悪くなかった”。

だが今回は違う。

どれほど優れた政治家でも、詰んでいる局面では勝てない。

それどころか、評価だけが不当に下がる。


政治家は成果で判断される。

ならば、敗戦が確定している試合にエースを送り出すのは酷というものだ。


むしろ私はこう思っている。


「自民党は一度下野したほうが強くなる」 と。


政党には、勝っている時より、負けたときに改革が進む瞬間がある。

1993年の下野のあと、自民党は派閥を整理し、体質を入れ替え、

小選挙区制度を経て近代政党へと進化を遂げた。


組織とは、負けることで膿が出る。

政権を持つと、官僚との綱引き、支持団体との調整、

さまざまな「しがらみ」で自由に動けない。

言い換えれば、勝っている政党は一番身動きが取れない。


だから、こんな最悪の局面で政権を握り続ける必要はない。

自民党が本気で再生するのは、むしろ野党になってからだろう。

野党なら、大胆な政策を打ち出せる。

官僚の制約もない。

支持団体に遠慮しない。

そもそも法案を通す責任すらない。

自由に“次の勝ち筋”を組み立てられる。


政権は、勝っているときに弱くなり、負けているときに強くなる

という、逆説的な性質を持っている。


だから私は、今回の政権に“優秀な人物”を投入するのは違うと思うのだ。

その人の持ち味が発揮される舞台は、ここではない。

政治家を評価するなら、状況を見ずに個人だけを叩くのは不公平だ。


どの政治家を好きか嫌いかは人それぞれだが、

私はここでも個人に興味はない。

興味があるのは、

その人が何をできる構造に置かれているか

という一点だけだ。


そして今、その構造はあまりにも悪すぎる。


むしろ「ダメでした」でいい。

一度負けたほうが、次の勝ちにつながる。

政治とはそういうものだ。


政治はスポーツではないが、

勝ち・負けや、采配の巧拙が語られやすい世界だ。

だが本当の勝ち負けは、個人の能力だけでは決まらない。

その人がどんな“盤面”で戦っているのかで、ほとんど決まる。


私は前回の総裁選では、高市氏をかなり応援していた。

しかし今回は違う。

状況が悪すぎる。

どれだけ優秀でも、成果が出せない局面というものがある。

そこに無理やり投入するのは、

政治家本人にとっても、国にとっても、

もったいない の一言に尽きる。


私は個人の批判に興味がない。

むしろ、どんな個人であっても「構造が悪ければ動けない」という

冷静な現実を見ておきたいだけだ。


高市早苗総理──

その名が象徴するのは、

特定の政治思想ではなく、

“どんな優秀な人物であっても状況が悪ければ動けない”

という政治の宿命そのものなのだと思う。


この国の政治が、

人物の好き嫌いではなく、状況と制度を中心に語られる日が来れば、

もう少し落ち着いた議論ができるのではないか。


そんな願いを込めて、このエッセイを書いた。

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