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雑談三昧  作者: カトーSOS


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僕らは今日もドアノブと戦っている

外のトイレを使ったあと、手を洗って、

さあ帰ろうと思った瞬間に訪れるあの違和感。

清潔になったはずの手で、

なぜかもう一度、誰が触ったかわからないドアノブを掴まされる。


ずっと気になっていた。

別に誰に言うほどの話でもないけれど、

黙っているとずっと胸に引っかかったままになる種類の違和感だ。


これは、そんな「小さな不条理」に向き合った話である。


外のトイレ問題で、ずっと引っかかっていることがある。

手を洗ったあとに、結局ドアの取っ手を触らないと出られないという、あの理不尽だ。


肘で開ける。膝で押す。肩でいく日もある。

もう完全に格闘技だ。

しかも誰も褒めてくれないのに、勝手に勝敗がつくタイプの戦い。


どうしても触りたくないときは、奥義に頼る。

ドアを足でスッと開けて、その隙に手を洗って、戻ってくるドアをかわしながら脱出する。

あの動きは、もはや日常生活に潜んだリアルタイムアタックだと思う。

成功した日は、ちょっと誇らしい。

誰も見てないのに。


でも、ふと思うのだ。

なぜこんなことをしなきゃいけないんだろう、と。

文明の発達とは、もっと静かで合理的な方向に進むものじゃなかったのか。


理想を言えば、手洗い場はドアの外にあってほしい。

外にあるなら、洗ったあとにドアノブを触る必要なんてない。

動線も自然だし、混雑も減るし、清潔だし、メリットしかない。


だけど現実には、防犯とか、いたずらとか、建物の決まりとか、そういう理由で実現しない。

仕方ないのはわかる。

でも、それでも思うのだ。


「これ、みんな心のどこかで不満に思ってるよね?」って。


あの、手が濡れた状態でドアノブに近づくときの、

なんとも言えない敗北感。

洗った意味がふわっと消えていく感じ。


あれをゼロにできるなら、世界は少し優しくなるのになと思う。

たった一つの配置換えで、毎日のストレスがひとつ消える。


外のトイレは、今日も変わらずそこにある。

僕らはこれからも肘や膝や足技で乗り越えていくのかもしれない。

でも、もしどこかの設計者が

「洗面台、外に置いちゃえばよくない?」

と一度でも思ってくれたなら、それだけで未来は少し変わる。


ほんの小さな場所だけど、

ああいうところに、人間と文明のズレが出る。


だからこそ僕は、外に洗面台があるトイレを見ると、

その建物をちょっとだけ好きになるのだ。

書いてみて思ったけれど、

僕らは案外、小さな不便をそのまま飲み込んで暮らしている。

肘で開けるとか、膝で押すとか、

工夫しながら適応して、なんとなくやり過ごす。


でも、本当はどこかで誰かが、

「これ、構造変えたほうが早くない?」

と言ってしまえば済む話なのかもしれない。


大ごとじゃないけれど、

毎日の積み重ねで意外とストレスになる部分。


そんな場所に、

ほんの少しだけ正解の光が差す日が来ればいい。

僕はただ、洗った手を守りたいだけなのだ。


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