岡田斗司夫さんのすごさ!
YouTubeは危険だ。
ちょっと検索しただけのつもりが、気づけば深夜になっている。
その原因の9割は、岡田斗司夫さんである。
あの人の動画は、ひとつ見ると次が始まり、
それがまた次につながっていく。
まるで「知的ビュッフェ」のように、
気づけば自分の頭のなかが満腹になっているのに、
なぜか“もう少し”と手が伸びてしまう。
今回は、そんな岡田斗司夫さんの“すごさ”を、
私なりに雑談として書いてみた。
評論でも研究でもなく、
「いや、この人ほんとすごいわ」という率直な驚きを
そのまま言葉にしただけのエッセイである。
YouTubeを開くつもりなんて、最初はまったくなかった。
ただ、ちょっと検索しただけのはずなのに──気づけば深夜。
画面には「おすすめ:岡田斗司夫さん」がずらりと並んでいた。
なぜこんなことになるのか。
理由はとてもシンプルだ。
岡田斗司夫さんは、“一度見始めたら止まらない人”だからだ。
世間では「オタク評論家」と雑に括られがちだけれど、あれはもう完全に看板違いだ。
実際の彼は、オタクで、評論家で、分析者で、解説者で、そして未来予測までやってしまう。
まとめて言うなら、知識と構造を自在に扱うマルチツールみたいな人だ。
何よりすごいのは、あの人の“構造化”のうまさだ。
普通の評論家なら「この作品はこう」「この社会現象はこう」で終わるところを、岡田さんはまるで分解図を描くように整理してくる。
感情、認知、歴史、文化的背景、価値観の流れ、社会の地層、クリエイターの心理。
それらを一枚の紙にスッと落とし込んで見せてくる。
話を聞いているだけで、
「ああ、構造ってこう見えるんだ」
と脳が勝手に気持ちよくなる。
これはもう趣味とか好みとかを超えた、“思考の快感”に近い。
そして何より特徴的なのは、彼が“微分で終わらない”ことだ。
分析でバラして終わりではなく、必ず未来へつなげてくる。言うならば、最後にちゃんと“積分”するのだ。
過去や現象を語る人はたくさんいる。
でもそこから自然に、
「じゃあこれから社会はどう動く?」
と未来まで提示してくれる人は、本当に少ない。
たとえば評価経済、就職しなくても成り立つ未来、個人の小商いが強くなる流れ、ネット社会の拡張、消費の価値観の変化──あれらはすべて10年以上前に岡田さんが語っていたことだ。
そして今、私たちはそのど真ん中で普通に生活している。
YouTube、メルカリ、Uber、せどり、SNS、個人事業。
全部“予測の答え合わせ”みたいになっている。
だから岡田さんのYouTubeは止まらないのだ。
一本見ると、必ず次の扉が開く。
恋愛の話をしていると思ったら、いつの間にか社会構造や歴史につながる。
サブカルの話をしていると思ったら、最終的に経済や教育の問題に着地する。
どんな話題でも、必ず別ジャンルへつながるように設計されている。
しかも情報密度が高すぎる。十数分で本一冊分くらいの理解が手に入ってしまう。
この“効率の良さ”が、脳にとって危険なほど快感なんだ。
さらに、話の型が完全に整理されている。
現象 → 原因 → 構造 → 未来
この流れさえ押さえておけば、どんなテーマでも語れてしまう。
見ているうちに、自分の思考までその型に引きずられていく。
そりゃ止まらないわけだ。
YouTubeでただ雑談しているように見えて、実はずっと“未来の地図”を描き続けている。
オタク文化で語り、恋愛で語り、経済で語り、歴史で語り、日常で語る。
どんなテーマでも視界が開け、思考が深まってしまう。
だから私は今日もまた、すすめられるがままに再生ボタンを押してしまう。
止められないのは当然だ。
あの人は、止まらなくなるようにできているのだから。
書き終えてみると、改めて思う。
岡田斗司夫さんは、単なる有名人でも評論家でもなく、
“構造を語るプロ”なんだと。
説明がうまいとか、話が面白いとか、
そういうレベルではない。
頭の中の世界地図を、そのまま外に見せてくれるような人だ。
そして、こうやって毎度動画を見ては感心し、
ついにはエッセイまで書いている自分を見ると、
「私は完全に岡田さんにハマっているな」と苦笑する。
でも、これでいい。
人の知性や視点に触れて、
自分の思考が少しだけアップデートされる。
それこそが“学ぶ”ということだと思う。
また面白いネタが出てきたら、
雑談三昧として書き留めていきたい。
■個人的な話
私はときどき思う。
「いつか“斗司夫さん”と自然に呼べるようになりたい」と勝手な妄想。
自分の思想を持ち
ものごとを構造で説明し
創作し
発明し
作品を残し
読者に影響を与える
そんな位置に近づいていきたい。
少なくとも、そう思わせるくらい、
岡田斗司夫さんは“思想で魅せる人”だ。




