第一章 国際会議の惨劇
イングリッド王国の中心にそびえるセントラルホール。
二年に一度、世界各国の首脳が一堂に会し、環境と資源について議論を交わす国際会議――その年の舞台はイングリッド王国であった。
空港には各国の首脳を乗せた専用機が次々と降り立ち、会場周辺は物々しい雰囲気に包まれていた。すでにセントラルホール内部では、主催国の王女レベッカ・イングリッドが控えている。
「警備の状況はどう?」
壇上袖に立つレベッカが、隣のクレア・バンホーテンへと小声で尋ねた。
「今のところ異常はありません。ただ…嫌な予感がします」
「そうね。これだけ各国の首脳が集まっている。狙うとしたら――」
クレアはうなずき、すでに警備を強化していることを告げた。だが、果たして十分なのか。
外ではイングリッド王国軍の装甲車が次々と到着し、TPBの部隊とともに厳重な守備体制を整えていた。だが、過剰ともいえるその光景に、到着した各国首脳は互いに不安げな視線を交わしていた。
「女王の登壇は把握しているか?」
軍部の将校が部下に問いかける。
「はいっ!あと三十分ほどで登壇される予定です!」
「よろしい。わかっているな」
にやりと口角を吊り上げた将校の顔に、一瞬、ノイズのような歪みが走った。
「ん?あの輪っかはなんだ?」
兵士の一人が、壁際に立てかけられた奇妙な装置に気づいた。輪のような形をしたそれは、ただの装飾品にも見える。だが、周囲の空気がじわじわと歪み始めていた。
厳かな音楽が流れ、場内が暗転する。壇上へと歩み出るのは、イングリッド王国の若き女王、レベッカ・イングリッド――。
その瞬間、兵士が叫んだ。
「危険だ!排除しろ!」
彼が駆け寄ろうとした刹那、輪の装置がふわりと宙へと浮かび上がり、ジェットのような光を噴き出した。
「ぐあっ!」
兵士は隣にいた将校に突き刺され、崩れ落ちる。手にしたのは軍刀ではなく、眩い刃を放つクロノソード。
「なに…!?」
直後、浮遊する装置――トリックスター・コイルからミサイルが射出された。轟音と爆炎がホールを揺らし、観衆の悲鳴が木霊する。
「女王を守れ!」
兵士たちがレベッカを取り囲み、必死に守備陣形を敷く。だがトリックスター・コイルの機関銃が唸りを上げ、兵士たちを次々と薙ぎ倒していく。
そして――。
将校の顔が、ぐるりと回転した。ノイズの奥から現れたのは、血の気を失った白い肌、歪んだ紅い口元。ピエロの仮面のような顔が、場内の光に浮かび上がる。
「うひゃひゃひゃひゃ!死ねい、女王!」
ゼファー・リングが叫び、クロノソードを振り下ろす。
レベッカの身体は縦に裂かれ、無残に崩れ落ちた――。
だが、それは人の肉体ではなかった。崩れたのは精巧な人型機械の残骸であり、纏っていたのはレベッカのホログラム。
「なにいっ!? デコイだと…!?」
ゼファー・リングは血走った目を剥き、激昂した。
「クソ!クソッ!くっそおぉぉぉ!!」
トリックスター・コイルが煙幕を放つ。白煙に包まれる中、ゼファー・リングは倒れた兵士を突き刺し、服をはぎ取り、顔を変え、銃を構えて兵士たちの列に紛れ込む。
煙幕に紛れて車へ乗り込み、トリックスター・コイルもまた従うように滑り込んでいった。
混乱の渦巻く会場に、ただ一つの真実だけが残った――
ゼファー・リングは、忽然と姿を消したのである。