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第八章 終わりの影

 朝が来ても、部屋の光は変わらない。厚いカーテンの隙間から、わずかな青白さが染み込むだけだった。

 体の奥から這い上がってくる痛みは、もはや鈍さではなく鋭い刃物のようで、吐息ひとつにも震えが走った。

 椅子に腰を下ろした彼を、霞む視界で見やる。


 「……生かしておく理由はまだある」

 声は低く、冷たい石のようだった。

 「お前には利用価値がある。俺の側に置く」


 言葉だけを聞けば、支配の宣告に過ぎない。

 けれど、その眼差しの奥に、揺れるものを私は見た。

 利用価値――そう言い張ることでしか、自分を保てないような影。


 私の唇からは笑いとも嗚咽ともつかない息がこぼれた。

 「……そんなに欲しい? 壊れかけの私なんかを」


 彼は答えず、ただ黙って水の入ったコップを差し出す。

 指先が震えていたのは、私ではなく、彼の方だった。


 膵臓がんは急速に体を奪っていく。

 歩けば足元がすぐに崩れ、息を吸えば血の味が喉に広がる。

 生きる日数を数えることさえ、もう馬鹿げて思えた。


 「……死ぬのが怖いか」

 彼の問いは不意に落ちてきた。


 私は首を振る。

 怖いのは死ではなく、誰にも見取られず、ただ消えていくこと。

 その恐怖を知っているのは、他ならぬこの男なのかもしれなかった。


 「だったら最後まで、俺が見てやる」

 その言葉は建前に過ぎない――利用という冷酷な響きで包まれながらも、底に潜んでいるのは別の感情だった。


 私は目を閉じる。

 重たい痛みの中で、確かに安堵のようなものが滲んでいた。

 それが赦しなのか、錯覚なのか、もう区別がつかなかった。

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