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第七章 監視の中で

 鉄の扉が閉まる音が背骨にまで響いた。

 病院の白い壁も、薬の匂いも、もう手の届かないところに遠ざかってしまった。

 私の居場所は、ヤクザの組事務所の一室。窓は厚いカーテンで塞がれ、鍵の音が朝と夜の境目を告げる。


 膵臓がんは静かに進んでいた。

 起き上がるだけで脇腹の奥が鋭く疼き、吐き気は波のように押し寄せる。

 体は確かに弱っていくのに、監視の目は一瞬たりとも揺らがない。


 扉の外で聞こえる靴音。

 食事を運ぶ下っ端の無言の顔。

 すべてが、この部屋が牢獄であることを突きつけてきた。


 それでも、時折彼は現れた。

 組のトップ――父親の可能性がある男。

 背広を着崩さず、冷たい眼差しで部屋に立つ。


 「薬は足りているか」

 その声には情も温もりもない。ただ事務的な確認の響き。

 それなのに、差し出される水の入ったグラスの角度や、タオルの置き方に、かすかな配慮が滲んでいた。


 私は言葉を返せず、ただ視線を伏せた。

 「ありがとう」と言えば終わりだと思った。

 感謝してしまえば、彼の支配を受け入れてしまうような気がした。


 夜、痛みで眠れない時、彼の背中を思い出すことがあった。

 屋上で見た黒い影の中に、確かに揺らいだ何か。

 利用したいのか、守りたいのか。

 彼自身にもわかっていないのかもしれない。


 私は壁に背を預け、乾いた唇を舐める。

 「……私、踊り子でしょ」

 誰もいない部屋でつぶやいた声は、薄い空気に消えていった。

 舞台で踊るはずだった足は、今、檻の中で重く沈んでいる。


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