第一章 艶やかな影
十六のときから踊り子として生きてきた。
薄暗い照明、酒と煙草と汗の混じった空気、安っぽい楽の音。舞台に上がれば、男たちの視線が一斉に肌をなぞる。踊りの熱に浮かされたように笑えば、ほんの一瞬だけ自分がこの場を支配している気がした。
でも、照明が落ちるとすべては消える。拍手の残響は冷たく、楽屋に戻れば鏡の前の私は疲れ切った目をしていた。
あの店は踊り子の場所であり、同時に売春宿だった。
ママは「客が望めば断れない」と言った。舞台と寝床は同じ値段で売られる。最初はただ踊りだけをと思っていたが、すぐに「踊りも売りも同じだよ」と突きつけられた。
客の笑い声の裏で、私の心は少しずつ削られていった。
ある夜、衣装部屋でママに声をかけられた。
「三番テーブル。客が待ってる」
背中に冷たいものが走った。踊り疲れた体をもう一度さらせというのか。視線を逸らし、思わず言葉が漏れた。
「……私、踊り子でしょ」
自分でも驚くほど小さな声だった。それでも、胸に溜めてきた不満が一気に口を突いて出た。十六からずっと飲み込み、堪えてきたもの。
ママは目を細め、鼻で笑った。
「はぁ? 何言ってんの。ここじゃ踊りも売りも同じだよ。今さら何を言い出すの? 嫌なら出てきな。行く場所なんて、あんたにあるの?」
その声音には呆れと苛立ちが混じっていた。――今さら純粋な踊り子を名乗るなんて滑稽だ、そう言いたげだった。
私は言葉を失い、胸の奥に再び重たい沈黙を押し込めるしかなかった。
それから七年。二十三になっても私は同じ場所にいた。
夜ごと舞台に立ち、日が昇るころには酔客の残した吐瀉物の匂いを避けながら帰路についた。生活は乱れ、孤独を嫌うのに孤独に戻る夜が続いた。
孤独は私にまとわりつき、皮膚の下に染み込んで、抜けなくなっていた。
ある晩、鏡の前でふと腹に違和感を覚えた。硬く張ったような感触。筋肉質な体に隠れていた膨らみは、二度の検査で現実を突きつけてきた。
妊娠。
舞台の余熱がまだ肌に残っているのに、足取りは鉛のように重かった。
病院へ足を運ぶ夜、街は酔いに沈み、看板の明かりがやけに滲んで見えた。待合室で呼吸を整えようとしたが、胸の内側で何かがぎしぎしと音を立てていた。
窓の外を救急車が通り過ぎ、赤い光が壁をなぞるように流れた。白い壁が血で染まったように見え、次の瞬間には何もなかったかのように元の色に戻る。その繰り返しが、胸をじわじわ押し潰してくる。
さっきまで聞こえていた毛糸針のリズムは途切れ、病棟は急に深い井戸の底みたいに静まり返った。続いて「カタン」と小さな扉の閉まる音が響く。わずかな音なのに、全身に跳ね返り、心臓の奥に沈んでいく。
数を数えて逃れようとしたが、三で止まった。四が出てこない。喉の奥に言葉が詰まり、数を吐き出そうとするたびに胸が狭くなる。
腹の上に置いた掌は汗でじっとり湿っているのに、指先は冷たく、まるで別の体の一部みたいだった。
――この体で子どもを抱けるのか。母になれるのか。
息をするたびに、不安と恐怖が、胸を内側から押し広げていった。