第二話 魔女の警告
夜明け前の月面コロニー〈ルナ・レイヤーズ〉。
リュカは密かに脱出していた。
研究所が襲撃された直後、AIクロノライズが指定した“逃走ルート”は、かつて彼の母が所属していた反管理者派の秘密回廊。そこは今、ハッカーたちのシェルターとなっていた。
その中心にいるのが、彼女だった。
「こいつが、あの“リュカ・アルヴェイン”?嘘でしょ、十五歳?」
金髪をツインテールに束ね、目元には光学UIがちらついている。
名は──アメリア・レイヴン。
「君が“魔女”……?」
「“ダークネットの魔女”ね。ネットに触れるだけで相手の情報が見える女。それより、アンタのデバイス──〈ユニソフト・レイヤー〉、それって……」
アメリアの目が鋭くなる。
「……母親の記憶、持ってるんでしょ?“管理者”との交信ログも」
リュカは一瞬、息を呑んだ。
アメリアは続けた。
「やっぱり……アンタも、“選ばれた”んだ。ORIGINは今、本気で動いてる。あいつら、次の火星侵攻を視野に入れてる」
「火星……?」
「火星にはまだ、“禁忌の鍵”が残ってる。アンタの母親と管理者が初めて交信した場所──オルガノス拠点。その座標データが、アンタの中にある」
「それを知ってる君は、なぜ僕を助ける?」
アメリアはふっと笑った。
「……あいつらに、家族を焼き払われたの。父も、弟も。私はただ──許さない。それだけ」
その言葉に、リュカの中の何かが反応した。
憎しみも、哀しみも、彼は知っている。
「僕も、抗う。母の記憶が残した未来を、僕の意思で選びたい」
アメリアの目が真っすぐにリュカを捉えた。
「いいわ、付き合ってあげる。どうせこの世界、どこにいても地獄だし」
ふたりの逃走劇が、ここから始まった。
その夜、リュカの〈ユニソフト・レイヤー〉が微かに点滅する。
《管理者干渉波検出:レイヤー7階梯の揺らぎ》
──それは、新たなる“選択”の兆しだった。