第二話:しんと声
銃を腹と服の間に隠して、ボンシェにぐじゃぐじゃにされた髪を直し、手ぬぐいを頭に巻きつけた。
大通りの方を見るとおばちゃんが言ってたような男が周りをキョロキョロしながら歩いていた。
汚れひとつない真っ白な服を着ているし、靴も革靴。綺麗に編まれた籠まで持ってる。
どう見ても、この貧民街にいるような奴じゃなかった。
街の人間は一見いつも通りに見えるけど、みんなあの男のことを気にしていた。
大通りにいる奴らはこっそり、奥の方に引っ込んでいる奴らはじっと見て監視していた。
襲っちまえば結構な金になりそうだけどまあ、侵恢の客だったら命はないからな。手出しはできない。
最近、制裁されたやつもいた。
だからみんなこんなにピリピリしてんだ。
あんな目立つような格好で気抜いて、キョロキョロしてる。
他の侵恢のやつとかだったら絶対あんなことはしない。
だから教会から来たやつだろう。
教会から来たやつだってわかればみんな警戒をとく。
さっさと終わらせよう。
俺は大きく足音を立てながら ゆっくり男に近づいた。
「なぁあんた、 見られない顔だな。どこから来たんだ?」
男の顔を見上げると話しかけられて、少しびっくりしているようだった。 ポカンと口を開けてたけど 次には微笑んで、
「僕の名前はクルトロ。教会から来た声託官だ」
と俺の視線に合わせて体を下げて名乗った。
声託官は確か教会の役職の名前だって言ってた。
全く、わざわざ怖がらせるようなことしやがって。
「なんだ、教会の人か。 俺の名前はラヴァ。 あんたたちがいつも食べ物を配ってくれていつも助かってんだ。ありがとな」
俺は大げさに声を出して言った。
それを聞いた町の奴らは教会の人間だと聞いて安心したみたいで、だんだんまた動き始めた。
俺が名乗るとクルトロは
「僕たちは神のお声に従っているだけさ。君たちの救いとなっているならよかった」
と、右手を胸に当てながら目を緩ませて笑った。
「教会から来たんなら案内役がいるはずだろ?そいつはどうしたんだ?」
「あーっと……」
クルトロは誤魔化すみたいにうめきながら目を逸らした。 なんだこいつ、急に怪しくなったな。 俺はクルトロと目を合わせるようと動くとクルトロはまたえぇと、とうめいて
「この街を自分の目で見ておきたくて、置いてきた」と消えそうな声で言った。
「ばっ馬鹿!危ねえだろ!」
今までこの街にやってきた教会の奴らは、ちゃんと安全に気を使っていた。
案内役だから離れるなんてバカなことをしでかす奴らは一人もいなかった。
お人好しな奴らだけど、ちゃんとこの街の危険性を分かっていた奴らだ。
だからまさかこんなことをしでかす奴がいるなんて思わなかった。
「その、この街がどんなところなのか知っておきたくて」
こいつ、ずっと斜め下の地面ばっか見てやがる。
危ないって分かってて、一人歩いてたんだ。
おばちゃんは教会のやつだとなんとなく分かっていたから、おそらく侵恢のほうに連絡して、そのうち案内役がこっちに来るだろう。
それまでこんな危機感のないやつをほおっておけない。
ああ、もうしょうがねえな、そう思いながら俺は
「案内役と合流するまで、俺がついててやる。こっちに来い」
クルトロの手を引っ張って店の方にに連れて行く。 クルトロは手を引っ張られて戸惑っていたけど、椅子を出して 無理やり座らしてやると、
「いいのかい」と、しおらしいけど嬉しそうに聞いてきた。
さっきまで震えていた手は、もうだらんと力が抜けていた。
こいつ、怖かったんだな。
それなら最初から一人になるなよな。
「いいぞ、俺がそばにいてやる」
もっと安心させてやろうと、俺はにっこりと笑ってやった。
その時クルトルの腹の音がなった。
クルトロは顔を真っ赤にさせた。
「何だ、腹減ってんのか。牛汁食べるか?」
俺は踏み台に乗って牛汁の鍋をかき混ぜる。
クルトロは恥ずかしさをごまかすようになんかうごめいていたが
「いただこうかな」
と顔を赤くして言った。
クルトロは丁寧に両手を出して器を受け取った。
でも中身を見ると顔は引きつり、
「これって何が入ってるんだい」と聞いてきた。
「牛肉を煮込んだ汁だぞ」
と言うと何故か器をぎょっとした目で見つめて
「ハエ、すごいな。いつもこうなのかい?」
と聞いてきた。
なんだかよくわからないがクルトロがいるところとここの違いが何か気にかかっているらしい。
しかし俺がにはクルトロとの気に触っているのがよくわからないから質問に答えることしかできない。
「食べ物にはだいたいハエ買ってるもんだろ」
と言うとまたさらに顔色悪くなって
「みんなをお腹壊したりしないのかい。胃が丈夫なのか?」
と言った。
「腹が痛いのなんて普通だろ」
俺がそう返すとクルトロはぎゅっと唇を噛んだ。
話を聞くにハエがたかったり、腹が痛くなる料理はダメらしい。
「外の人間にこれはだめか?やめとくか」
と聞くと パッと 顔上げて
「いや これは食べたいな お代金はいくら?」
と聞いてきた。
無理しているように見えなくもないがじっと見つめられて多分これは折れないのだろうなと思った。
「俺の奢りだ」
そう言うと驚いて
「お金なら持ってるから大丈夫だぞ」
と言った。
俺がここまで連れてきたのだから俺はクルトロのことを俺の客だと思っている。
「俺が奢ってやりたいと思ったんだ。受け取れ」
そう言うと渋々と言った様子で
「わかった。じゃあ僕からお礼をしたい。これを受け取ってくれ」
とそう言ってクルトロは地べたに置いていた籠から瓶を一つ取り出した。
その瓶はここでよく見る酒とかが入ってる瓶より一回りは小さかった。
俺はこの瓶の中身を知っていた。
「シュワシュワのリンゴだ!」
俺が思わず大きな声を出すと
「そうだ、リンゴの炭酸水だ。飲んだことあるのかい?」
と優しく聞いてきた。
「昔母さんが飲ませてくれたんだ」
食い気味に言うとクルトロはさらに微笑み
「そうなのかい。お母さんは」
と聞いてきた。
「どっか行っちゃった!なあ、これ本当にもらっていいのか?高いんだろ?」
俺がそう言うとクルトロは少しだけ曇っていた顔を 晴れやかにさせ
「僕は君にお礼がしたいんだ。是非もらってくれ」と俺の手に瓶を持たせた。
「嬉しい。これ美味しくて好きなんだ」
俺が礼を言うとクルトロはじっと俺を見つめて嬉しそうに微笑んだ。
瓶を上に持ち上げると光が透けて綺麗だった
クルトロはこの街らしい薄汚れた格好をした男と薄暗い路地を歩いていた。
「炭酸水ってやつ?高級品なんだろ?なら俺にもくれよぉ」
そういった案内役の男にクルトロは
「……あの子には最後に食事になるかもしれないならばせめて最後くらいは幸せな食事をしてもらいたいんだ」
と男を一切見ずに言った。
案内役は
「俺死ぬ気ないしそういうならいーや」
と興味を失ったようだった。