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第一話:守りたいものがある

「おにいちゃん!おきて!」

シークィラが小さな手で俺を起こそうとゆらゆらゆすってくる。

次第にゆする速度は速くなっていくけど起きるのが嫌いな俺は全然起きようとしなくて。

「……水でもかけたらおきるかな」

それはやめてくれと俺が起きるとふわふわと笑って「おはよう」というお前が愛おしかった。

お前との日々が幸せだった。お前がいてくれればそれでよかったんだ。






「そこにはごみと死体しかない」と言ったのはどこかの国のお偉いさん。

“フツウ”に生きてるやつらの目には見えないらしい貧民街と呼ばれるここで、俺は今日も内臓を売る必要がないくらいにはそこそこに生きてる。

今日の空は雲一つない晴天。目の前の大通りには街の連中が楽しそうにしゃべりながら歩いている。今のところ怒号も聞こえてこない。

珍しく平和な一時だ。平和なのは嬉しいけど客がいないのは困る。暇で暇で退屈だ。

ちらりと隣で牛汁を作ってるおばちゃんを見る。いつも通りむっすりとした顔で肉を切ってる。

こういう時に話しかけるとよくしゃべる口だなって怒るんだよな……。

それでも暇だとつい話しかけたくなってしまうけどそうすると牛汁を腹一杯になっても食わせられるから我慢しよう。

そうして何もやることのない俺は空を見上げながら足をぶらぶらとさせて気を紛らわせていた。

シークィラと一緒にこれたら一緒に遊べたのになー。そう思いながら人の流れを眺めていると見知った顔がこっちに来るのを見つけた。クピエとボンシェだ。

「ラヴァ!二人分頼むよ」

クピエが指で2を作って教えてくる。

「ラヴァ~!俺がいなくて寂しかったかぁ?」

ボンシェが駆け寄ってきて頭をなで繰り回してくるのもいつものことだ。

雑に頭を撫でるから頭がすごい揺れる。

「ボンシェやめろよ!手ぬぐい外れるだろ」

「へぇへぇ悪かったな」

ボンシェは笑いながら頭をポンと叩いて撫でるのを止めた。

撫でられるのは好きだけど髪の毛がぐしゃぐしゃになるまで撫でてくるのはやめてほしい。

俺はお代を受け取ると髪の毛を手櫛で直して手ぬぐいを頭に巻きなおし、踏み台に乗って牛汁を器に盛った。

器がべこべこと音を立てて歪んでるからそろそろ使えなくなるな。替えを用意しないとな。

そう思いながら踏み台からおりて二人に器を渡した。

「どーぞ」

「わーい!」

ボンシェは落とさないように両手でそっと受け取ったけどクピエは器をしっかり見ずに片手で受け取った。

「あっち!」

そのせいでクピエはうっかり器を落としそうになって指を汁の中に突っ込んでた。

目をしょぼしょぼさせて赤くなった指を咥えて痛そうだった。

「あっはははは!」

それを見てボンシェは爆笑した。

「クピエ、それやるの何回目だよ……」

「考え事してたんだよっしょうがねーだろ……!」

クピエは親指をもう片方の手で抑えながら悔しそうにこっちを見た。

「なんだ、まだ仕事入ってこねーのか」

この前来たときクピエは仕事がないと嘆いていた。

しょぼしょぼになっていたクピエをボンシェがめちゃくちゃ笑っててちょっとかわいそうだったな。

だからてっきりまだ仕事がなくて困っているのかと思ったけどどうやら違うらしい。

クピエはとたんにドヤ顔をしだした。

「それはとっくに解決済みだ。教会から荷物運んでくれって仕事が来た」

「おかげですっからかんだった懐もあったけーよ。まぁまたすっからかんになっちまったけど」

「は?何したんだよ」

俺がそういうとまたクピエはしょぼしょぼしだした。

好きな女でもできて貢いじまったかな。こいつそういうことしそうだしな。

と思ったけどしょぼしょぼというには雰囲気がもっと暗い気がする。唇を噛んで拳をぎゅっと握りしめていた。

俺が戸惑っていると

「ちょっとこっちこい」

とボンシェが声をひそめて言った。

ボンシェはいいことがあっても嫌なことがあってもニコニコしてるからどんな話なのか全く読めない。

俺はボンシェとクピエに連れられて店の奥の方に入った。

いつも賑やかな二人だから静かなのが少し居心地悪かった。

ボンシェは俺をしゃがませると自分の上着に手を突っ込んで布で包まれた何かを取り出した。

そしてその布を外してこう言った。

「じゃーん!じゅ~う~」

じゅーうー?じゅう?

突拍子もない事で理解が遅れた。

いやまさか、これは

「……銃?」

俺は自分の顔が真っ青になっていくのを感じた。

こいつはやっぱり危機感という言葉が頭に入ってないんだなとどこか冷静だったのはこの一瞬だけだった。

「そうだよ~クピエがな、酔っぱらってこれ買っちまって、それですっからかんになっちまったんだよ」

ボンシェは調子を変えずニコニコとしながらコソコソ話す。

バッとクピエを見るとクピエは目をそらして

「いや、だってなんか安く売ってくれるっていうからさぁ……」

とボソボソ言った。

俺は大きく動きそうになる喉を必死に押さえた。

これは誰にも知られてはいけないことだ。

だから大きな声を出してはいけない。

でも、怒らずにはいられなかった。

「安く売ってくれるからって買うもんじゃねーだろ!侵恢(シンカイ)のやつらにバレたらただじゃ済まねぇぞ!」

声は抑えたがその分クピエの肩を怒りを込めて掴んだ。

「だいじょーぶ、ちゃんと誰も見てないとこで買ったし!あとその売ってきたやつ侵恢(シンカイ)を殺してたから口止め料的な感じで売ってきたんだろーしさ」

「もっとやべーことになってるし説明になってない!」

これ、バレたら殺されるだけじゃすまないだろ……!

全く危機感を覚えようとしないボンシェにさらに腹が立ってきた。

でも誰かに聞かれてはいけないから大声は出せない。

そう思って俺は声を抑えようとしたけどどうしても語気が強くなってしまう。

クピエはそんな俺をなだめようと背中をなでてきた。そのほっぺ思いっきり引っ張ってやりたい。

そう思ってクピエを睨みつけてやるとクピエはぎゅっとまた唇を噛んでそらしていた目を合わせて口を開いた。

「あーそれでだな、これをおまえにやりたくて」

声色はどこか落ち着かない様子だったけど目は真っ直ぐ俺のことを見ていた。

「……なんでだ?」

「お前はさ、いろんな奴に好かれてるよな」

じっと目を合わせられて落ち着かない。いつもだったらありがとう、とか言うけど急に褒められて意味が分からない。

「なんだよ急に」

同じようにじっと目を合わせるけどクピエは目を逸らしたりしなかった。

「この牛汁を喰いに来る奴らはだいだいお前のことを気にかけてやってる」

クピエは一つ息をついた。

「でもそれだけだろ。なにかあったときにお前を命かけて守ってくれる奴はお前の傍には居ねぇ」

右手を刃で貫かれたような心地がした。

誰と話しても、誰に好かれてもいつも心のどこかには寂しさがあった。

俺はみんなとは違う。それでも誰かと喋るのは好きだ。みんなと一緒にいたい。だからずっとその気持ちが消えることを祈っていた。

別に誰かより下でもいいだろ。

愛したら愛が返ってくるだけで十分だろ、って思いたかった。

でもいつまでたっても寂しさは消えなくていつの間にかそれは不安に変わっていた。

俺のことを守ってくれる人はいないんじゃないかって。

でも

「別に、おばちゃんは守ってくれてるし」

おばちゃんはちゃんと仕事してたら守ってくれる。

必要だから守ってくれる。分かりやすくてむしろいい。

「あの人、侵恢(シンカイ)とつながりがあるからその庇護下にあるお前にやすやすと手は出せねぇよな」

でもその守りが足りない。

「あの人は侵恢(シンカイ)の一員じゃねぇ。あいつらは身内以外はどうでもいい。だからことが起こってしまったら助けてなんてくれねぇぞ。あの人も女だからぶん殴られたら勝てねぇ」

守ってくれようとするだけで十分だと思いたかった。

助けが足りないです、なんて言いたくなかった。

おばちゃんの助けを踏みにじるような真似はしたくなかった。

何も起こらずに大人になれればあとはもう大丈夫になるから。

でも人生に何も起こらないなんてことはありえない。

だから俺は

「お前妹いるっていってたよな。そいつを守るためにもお前には力が必要だ」

シークィラ、あいつも俺と同じだ。みんなと違うから。あいつを守れるのは俺だけ。あいつと一生生きてく俺だけ。

自分を守るためにも。みんなからの愛を踏みにじらないためにも。シークィラを守るためにも。

例えそれで誰かを殺しても俺の大切なものを守れるのなら。

俺は手首をぎゅっとつかんで深呼吸をした。

「……受け取れ」

クピエが布に包み直した銃を俺は受け取った。

始めて手にした銃は思ったより重かった。

「……お前らはいいのかよ」

安く売ってもらったって言っても銃だ。高かっただろう。

返すつもりはないが渡してしまって大丈夫なのか心配になる。

ちらりと二人の顔をうかがった。

「俺は「ラヴァ~!ガキが大人の心配してんじゃねーよ!ちゃんと三つ買ったって!」

よっぽど安く売ってもらったらしい。

それならよかったけどガキと言われるのはちょっと嫌だ。

「お前らまだ17って言ってなかったか」

この国の成人年齢は20らしいけど。言外にそう言うと

「ここじゃ立派な大人だろ。そ・れ・に」

「7つ下がごちゃごちゃいうな!」

そう笑いながら言ったボンシェは俺の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。


「話は終わったか?」

おばちゃんの声が聞こえて全員の肩が飛び跳ねた。

二人はバッとおばちゃんがいる入り口のほうを見たけど俺は顔を上げられなかった。

これは絶対銃の話を聞かれていた。

いやでもおばちゃんは俺のこと守ってくれるって言ってたし……。

恐る恐るおばちゃんの方を見上げるとおばちゃんは呆れたようにため息をついて

「あたしもお前がいなくなったら困る。侵恢(シンカイ)に言ったりしねぇよ」

と言った。

俺は安心して緊張で溜まっていた唾を飲み込んだ。

おばちゃんの後ろに太陽があって眩しくて目が上手く開けなかった。

おばちゃんは俺の腕を引っ張って立たせると背中をバン!と叩いて

「あそこに上等な白い服着たやつがいるだろ。あいつのせいでみんなピリピリしてる。教会のやつだろうから確かめてこい」

と言って外に出した。

「はーい」

俺が返事をするとおばちゃんはくるりと振り返って

「お前ら二人には聞きたいことがたっぷりあるから正直に答えろよ」

と低い声で言った。

「「うっす……」」

二人ともおばちゃんの圧に押されてすっかり縮こまっていた。

クピエがああなってるのはたまに見るけどボンシェが縮こまってるのは初めて見たな。

「ふふ」

何とか殺そうとしたけど面白くて笑いが漏れてしまった。






「最近、何も起こってなさすぎるんだ。お前らも感じてるだろ?平和すぎるって」

「なにやら侵恢の一部がこそこそ動き回ってやがる」

「この街の住人じゃねぇやつが何人も紛れ込んでる」

「何かがおかしいんだ。でもそれが何なのか全くつかめやしねぇんだよ」

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