三題噺
「爺や、あれは何かしら」
学校の送り迎えの途中、お嬢様の指さす方向を見ると、何やら長蛇の列ができておりました。はて、ここ最近あのような列ができるようなイベントでもありましたかな。
「何でしょうな、あの行列は」
適当にいなしますが、あまりにも長い列を見て興味が湧いてきたようで、
「わたくしも並んでみたいですわ!」
「しかし……」
「お願い爺や! お父様だってたまの寄り道くらい許していただけます」
どこの誰に似たのか、思いつきで行動するのは悪い癖です。その爛々と輝く瞳に根負けし、
「仕方ありません。今回だけです」
と、近くの駐車場に停め、列の最後尾を探しました。
ひとまず声を掛けてみましょうか。
「お嬢様、身分を振りがさすのはよくありません。けして列の割り込みなどをしないように」
「いちいちうるさいですわね。分かっております」
一言だけ文句を垂れると、列の最後尾に並んでいる、本を小脇に抱えた男性に向かい、声を掛けました。
「ねぇ、そこのあなた。あなたたちはどうして並んでいるのかしら」
「シン……カン……」
「新刊?」
「そう、シンカン……」
要領を得ませんね。何の新刊なのでしょうか。
「あの、この先ではどなたか作家の方が新刊の販売をしているのでしょうか」
「まあ、もしかしたら著名な方のサイン会かも知れません!」
どなたのサイン会なのかも分からないのに、やたら元気ですね。
「早速並びましょう、爺や!」
「爺や、お腹が空きましたわ……」
どれくらいの時間が経ったのでしょうか。お嬢様が空腹を訴えるほど、随分と長い間こうしています。
「ですが大丈夫ですわ、爺や。きっとこの先にはシンカンが待っておられます」
あまりにも長時間立ちっぱなしで待っていたためか、当初の元気もなくなりつつあります。私はすでに喋る元気もなくなり、ただ黙ってお嬢様を見守っていました。
「あ、あの〜」
そこに、仕事帰りらしき女性が声を掛けてこられました。
「皆さんはどうしてここに並んでいるのてすか?」
随分前にお嬢様が問いかけた質問をそっくり投げてこられました。
「シンカンが待っているのよ」
「シンカン……? 神主様のことでしょうか」
勝手な解釈をし始めました。ですが訂正する元気もありません。
「こんな身分のいいお嬢様が並んでいるのなら、とても良い方に違いありません!私も失礼しますね。楽しみです」