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第五話 【泉の伝承】

 茂みを抜けると、小さな泉が現れた。




「これが……『思人(シビト)(モリ)ノ泉』……?」



 日が暮れ始めた薄暗い森の中でも、はっきりと分かる。まるでおとぎ話にでも出てくるような……その泉の澄んだ水は、淡く光って己の存在を主張しているようだった。


 僕は疲れなど最初からなかったかのように、吸い込まれるように泉に近づく。


「思人ノ杜ノ泉……本当にあったんだ……」


 そう呟いた時、『ハッ!』と我に返る。

 僕は慌てて泉の前に(ひざまず)き、半ば祈るように両手を合わせる。


 資料にはこう書いてあった。



()ノ泉、淡ク輝ク(トキ)(ケガ)レナキ者ノ願イ二、死者ハ現ル』



 正直に言えば、ここに辿り着くまで半信半疑だった。

 だが目の前の泉を目にした今、僕は心から願いを込める。



 ――――もう一度、もう一度だけでいい……。



「お願いします……どうか……どうか、もう一度だけ――――」






 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁






 どのくらい僕は、泉に向けて願い続けていただろうか。

 思人ノ杜ノ泉は、僕の願いを聞き入れてくれたのか分からない。だが泉のその輝きが、徐々に失われはじめたのを感じた。


 泉の輝きが完全に失われた頃には、真っ暗な森に一人だった。

 僕は握り合わせていた手を(ほど)く。その力は僕が思っていたよりも硬く握られており、解いたと同時に完全に力が抜けた。


「ははっ……コレで何も起きなかったら、無駄足だな……」


 星の見える真っ暗な森の空を見上げながら、この後どうしたものかと考える。


「電車はもうないし、そもそも野宿するつもりも考えもなかったからな……」


 携帯は相変わらず圏外だし、そもそも姉さんには行き先も告げずに来てしまった。


「心配……してるだろうな……」


 人里……はもう既にないとは分かってはいるが、運良く元村人か誰が現れてくれたらすごく助かる。


「最初に来た駅か……建物が残っていれば廃墟(はいきょ)で……」


 ――――お化けとかでたらどうしよう……。


 そこまで考えて、背中がゾワッとする。

 無我夢中でここまで来たが、よく考えれば()()()()()()に会ってもおかしくない状況なのだ。


「いやいやいや……お化けなんて、非現実的なモノ……存在するわけないじゃないか……」


 自分が何をしに来たのかを完全に棚に上げて、僕はそう呟く。


「とにかく! 今できることを考え……」



 ――――パキッ……――――



「ひっ……!?」


 どこからか枝を踏む音が聞こえ、思わず小さな悲鳴をあげる。僕は両手で口を塞ぎ、近くの木の後ろに隠れた。


 ――――……人? いやいや、ここは廃村の山の中だぞ!? 獣? それとも……。


「まさか、幽霊……?」


 そう自分で口にした瞬間、心臓がバクバクと脈打つ。

 静寂な森の中で、僕の心臓だけが鳴り響いてるようだった。


 ――――落ち着け、そんな非現実的なモノはこの世に存在しない。きっと野生の……。



 ――――パキッ、パキッ……――――



 ――――完全にこっちに向かってきている……!


 僕はどうしようかと一生懸命頭を働かせるが、何一ついい案が浮かばない。

 それでも枝を踏む音の主は、僕の方へと確実に……迷いなく近づいてきている。


 ――――どうしよう、このままじゃ……っ!


 考えている内に、音の主が木を挟んですぐ後ろまで来た。

 僕は為す術なく、諦めてギュッと目を(つむ)る。


 そして走馬灯のように真っ先に浮かぶのは、姉と……。


 そうこうしてるうちに、肩に触れられる。


 ――――ゴメン……っ!


「名倉……?」

「へっ……?」


 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには端末の光をかざす……。


「やま……だ……?」


 そう呟いた僕は、緊張の糸が切れたのか全身の力が抜ける。


「なん……」

「お、おい! 名倉! しっかりせぇ!!」




 薄れゆく意識の中で確かに分かったのは、焦った顔のクラスメイトの姿だった。

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