新しい力
俺もすぐにその場を去ろうしたが、妖使はそれを許さなかった。
妖使は、俺の目の前で腕を組み仁王立ちして新しいおもちゃを見つけたような悪い笑顔を浮かべていた。
「今更逃げられないわよ。私の本当の姿を見たからには暗黒の世界に入ったのと同じ。覚悟してね。」
暗黒の世界って厨二病かよ。
「私の名前は妖使 麗子。あなたの名前は?」
まぁ転入したばかりだからクラスメイトの名前を知らなくても当然か。
「俺の名前は、合目幸助お、同じ2年C組のクラスメイトだよ 」
妖使の目が俺を睨む。
すると胸が熱くなる。妖使に背を向けたい、顔が見れない。恋とは違う(したことないが)。すぐに、体が冷え冷静になった。
「良かった、成功したようね。これで合目くん、貴方は私の下僕よ。」
下僕?そんな言葉を軽々と言えるなんて、よっぽどの厨二病なんだな。
「よ、妖使さんって、けっこうユーモアなんだね。そ、そ、そんなに脅さなくても大丈夫だよ。さっき見たことは誰にも言わないから。それじゃ、俺、この後は用事あるから。」
妖使に背を向けてその場を去ろうとした。
「下僕、勝手に帰るな。」
胸から鉛のように重いものが溢れ出して体を固める。
動けない。振り返れと戻れと心が叫ぶ。
「妖使さんって本当に超能力者だったりする?」
俺は振り返り、我ながら馬鹿げた質問をしたものだと思った。でも、この現象、それしか説明がつかない。
妖使さんは、ニヤニヤと笑いながら答えてくれた。
「残念ハズレ、でも惜しいね。あたしは超能力者じゃなくて魔法使いよ。といっても、まだ見習いだけど。立ち話もなんだし、そこで座ってお話聞いてくれるかしら。」
直ぐにこの場を去りたいが、心が座れと命令する。抗うことは出来そうにない。俺は頷いて、手摺に寄りかかりながら座り込んだ。後の校庭から野球部の練習音が響いている。
俺の横に妖使さんが座り込んだ。こんな美女が俺の横に座るなんて人生初の体験だ。手足が強張る。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。合目くんって悪い人じゃなさそうね、安心したわ。ちょっと長話になるけど聞いててね。」
妖使さんが笑い掛けてくれた。妖使さんも案外悪い人じゃないのかもしれない。
「こ、この後用事があるんだ。だ、だから手短にお願いするよ。」
「貴方に拒否権は無いわ。」
前言撤回。やっぱり悪女だ。
「実はあたしね、この高校には魔法使いの試験で転入してきたの。この瓶に人の思いを詰め込むのが合格条件。」
妖使さんは、親指くらいの小瓶を見せてきた。小瓶は、見る角度によって色が変わり、蓋は赤い石でできていた。
「凄い綺麗で、不思議な瓶だね。何か...」
「魔法使いとして認められるための試験で、知らない土地でこの瓶いっぱいに人の思いを詰め込むのが合格条件。」
俺の言葉を遮り、妖使さんは、話を続けた。
「思いの種類は何でもいいの。幸せな気持ちとか、絶望とか、対象の人がその時強く思っている気持ちから貰うの。」
妖使さんが重要な話をしている気がするが、ただ聞くだけの話は眠くなる。
「合目くん、これから重要な話をするからちゃんと聞いてね。」
急に目が覚める。体がこわばり、体が妖使さんの方へ向く。
「合目くんに私の手伝いをして欲しいの。あたしの力を少しだけ貴方に渡すから、貴方は困っている人の悩みを解決して。」
俺の目を見て言われた。目に強い光があって、その言葉に嘘が無いことが分かる。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。人の気持が欲しいなら、悩みを解決する必要ないんじゃない?寧ろ、その悩んでいる気持ちを貰えば、その人も悩まなくなって良いじゃないか。そもそもなんで俺が...。」
まぁ、偶然とはいえあんな姿を見てしまったのは申し訳ないと思うけど。でも、それが妖使さんを手伝う理由にはならないと。
「強い気持ちじゃないと貰うのは難しいの。調節が難しくてね。強い気持ちや思いがない状態で瓶に入れようとするとその人の気持を全て奪って無気力になって、最悪は一生廃人になってしまうの。私はそんな人を見たことがあるわ。だから、悩みを解決して不安だった気持が幸せな気持ちに変換される時、よりいっそう強いも思いが胸を満たすでしょ。そこを狙う。それに、悩んでいる気持ちを貰うだけじゃ根本的な解決にはならないでしょ。不安や困難に向き合って挑む勇気を無下にしたくないし、その人の成長する機会を奪うことになる。そんな方法、十全十美で完璧なレディのあたしに相応しくないでしょ。」
妖使さんは俺に決め顔をした。ウィンクまで添えて。
「妖使さんの考えは凄いカッコいいと思うよ、素敵だ。だけど俺には妖使さんの試験を手伝う理由がない」
それにメリットも。こんな厨二病全開の作り話に付き合っている暇はない。俺にはこの後照人たちと遊ぶ約束がある。直ぐに学校を出てゲーセンに行かなくてはならない。
「理由は、さっき言ったでしょ。合目くんがあたしの下僕だからよ。あたしと貴方は契約したの。さっきね。あたしが名乗って、貴方も名乗ったでしょ。これでお互いがお互いを認識した。その状態で一方的に契約したのあたしが貴方と。まぁ他にも条件はあるけど。だ・か・ら、貴方はあたしに逆らえない。さっきから何回か命令しているけど違和感を感じなかった?」
思い返すと確かに妖使さんの命令されると体がそれに従うと訴えかける。逆らおうとすると全身に力が入り動けなくなる。流石に信じるしかなさそうだ。
「驚いたな、妖使さんって本当に魔法使いなんだね。」
いつもの苦笑いを浮かべる。いや、そうするしかないだろう。他にどんな表情をしろと。某、人造人間の陰キャな操縦者も言っていた、笑えばいいと思うよって。自分の体が証明し、純粋な綺麗な目で俺に訴えかけてくる姿はとても嘘を言っている様には見えない。
「良かった、信じてくれたみたいね。それにメリットもあるわよ。さっきも言ったでしょ、貴方に、あたしの力を少しだけ渡すって。」
厨二病の発言として流していたが、そんなことも行っていたな。力って何だろ、手を使わずに物でも動かせるのか、それとも使い魔とかを召喚できるのだろうか。
「そんなに凄い力じゃないんだけど。まずは使い方から教えるわね。自分の名前を名乗って、その後相手に名前を名乗ってもらう、そうする事でお互いがお互いを認識するの。それが重要で、相手とのバイパスを通すことができるようになるの。自分と相手を繋げるイメージをして、そしたらバイパスが繋がるから、そこに力を流し込む。まずはあたしに向かってやってみて、相手とバイパスが通ったら感覚で分かるはずよ。恋愛漫画の主人公みたいに鈍感が過ぎなければね。」
言われた通りやってみるか、ここまで来たらヤケだ。
「俺の名前は、合目 幸助。貴方の名前は?」
さっきの妖使さんと同じ様に言葉を並べる。
「あたしの名前は妖使 麗子。これからよろしくね。」
妖使さんがいつもの作り笑いを俺に向けた。
俺は細い紐のような物で自分の胸から妖使さんの胸を繋げるイメージをした。すると心が熱くなる。それと同時に何か冷たいものに触れている感触がある。でも、どこか遠くに離れている気もする。その場所が妖使の胸の辺りであることが感じとれた。なるほど、バイパスが通るとはこのことか。後は力を流せばよいのだが、いったい…。
「そのまま、貴方の胸に溢れる気持ちを流し込むイメージをしてみて。」
俺は言われた通りに自分の中の熱いモノを妖使さんに流し込んだ。妖使さんは、少し苦しそうに頬を赤らめる。
「も、もう大丈夫よ。一旦やめて。」
俺は言う通りにした。というか、せざるおえないのだが。すると感覚で分かる、これが俺の力だ。
俺は、妖使さんのおっぱいを触った。制服の上からではない、直接だ。正確には、俺の手の感覚を妖使さんに飛ばして触れている。
緩やかな膨らみを撫でると浅く沈む。思っていたよりも柔らかいな、シルクの低反発枕を触っているようで、触り心地がいい。小さくても素敵だ。指を滑らせると突起物に当たる。なるほどこれが例のアレか。
俺は、自分の胸にこみ上げる鼓動に身を任せ、次は妖使さんの足に意識を飛ばした。
指が滑る滑る。程よく締まっていて、体系に気をつけていることが分かる。しかし、個人的には少しポッチャリしていた方が触り心地が良くて好きだな。いや、触ったたことは無いが。
指を上に滑らせ、そのまま股の付け根辺りに指が向かったその瞬間…。
腹に硬い物がめり込み、胃液が喉を駆け上がる。
俺は嗚咽を吐き、スカートの中から見える手入れのされた綺麗な足が視界に入る。我に返って妖使さんの方を見た。
酷く肩を震わせ、こちらを睨みつけている。いや、よく見ると肩だけじゃない、強く握っている拳や唇も、今にも吐き出しそうな何かを必死に堪えているようだった。
「今直ぐ辞めろ。」
俺は命令と同時に力を解いた。
俺は死の危機を感じ、直ぐさま妖使さんを背にして屋上を後にした。
自分の手に入れた力に新しい刺激を感じ、高揚感が溢れてくる。明日、妖使さんと学校で会うことになる事など忘れ、この力を別の誰かに試したくて仕方が無い。子供が新しいおもちゃを買ってもらった様なワクワクを思い出し、鼓動が速くなる。走らずにはいられなかった。