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箱庭の勇気  作者: 海星
8/33

冒険者ギルド

 久しぶりに熟睡した。

 仮の身体のはずなのに睡眠は必要とするんだろうか?

 するんだろうな。

 よくRPGなんかで宿屋に泊まって体力を全快したりする。

 ゲームの方が現実より『睡眠の重要性』が高い気がする。

 ゲームの中の世界と決めつけるのはまだ早いかも知れないが。

 それはともかく、朝だ。

 時計がないから今が何時かわからない。

 そもそも、この世界が『1日24時間』なのかもわからない。

 何故そんな事を思ったかというと、寝る前にふと窓の外の夜空を見上げた。

 どうやらこの世界にも窓ガラスというモノがあるみたいだし。

 その時に気付いた。

 月が3つある。

 赤い月、青白い月、黄色い月・・・。

 『これがゲームだとしたら、このゲームの舞台は地球じゃない。

 月みたいな衛星が3つあるどこかの星が舞台だ。

 だとしたら地球の常識が通用するなんて思うべきじゃない。

 俺達がすぐに宿屋を見つけれて、安全に夜を明かせたのも、もしかしたら運が良いのかも知れない』

 後で考えてみたら『ゲームだったら最初からそんなにハードモードの展開になるわけがない。

 最初の展開はヌルいぐらいで丁度良い』と思うべきなのだが。


 とにかく朝だ。

 今が何時なのかもわからない。

 この世界ではいつ起きるべきなのかも。

 ただ宿屋から追い出されていないのだから『大幅に寝過ごした』という事はないのだろう。

 「金は払ってあるんだから朝飯を食おう」と田中を叩き起こす。

 僕は朝練をしていたんで、早起きが身体に染み込んでいる。

 僕が田中を叩き起こしているドタバタで、中野さんと會澤さんを起こしたようだ。

 シーツの向こうからモゾモゾと動く音が聞こえる。

 これだけバタバタしてたら普通は起きるよな。

 叩き起こされても起きない田中が異常なんだ。

 ゲームの中でも疲労や睡眠があるのは珍しくはないか。

 だいたいRPGじゃ宿屋で減った体力を回復させるのが定番だもんな。

 しかしゲームの中で『朝に弱い』なんてリアルさは再現しないで欲しかったよ。

 叩き起こした田中の第一声が「寝間着が欲しい。熟睡出来ない」だった。

 『熟睡出来なかったんならこれだけ大幅に寝坊すんな!』と僕は言おうとしたんだが、どうやら女性陣もそれには同意見だったみたいだ。

 痛みが消えて『やけに安眠出来るな』なんて思ったのは僕だけみたいだ。

 「金を稼いだら寝間着も揃えよう。

 だから金を稼ぐためにも起きろ!」そこまで言われて、田中はムクリと起き上がった。

 「こんな規則正しく起きるなんて久しぶりだよ」と田中。

 大袈裟な。

 田中は『しまった』というような顔をしている。

 なんか失言でもしたんだろうか?

 よくわからん。


 食事の前に田中が皆に言う。

 「この世界がゲームの中だとして、俺らの役割がこの世界、この世界の人間を救う事だとして・・・『ゲームの中の世界の人間のために命がけで闘えるか?』という事がこれからの最大の問題になってくると思うんだ」と。

 「この世界がゲームの中の世界だとは言い切れない。

 同様に日本がゲームの中の世界じゃない、なんて確実には言い切れない。

 僕らは生身の人間だ、と思い込んでるだけかも知れない。

 『だったら僕らには生きる価値がないのか?』

 ナンセンスだ。

 この世界がゲーム中かどうかはわからない。

 でもその世界で生きてる人間にはそれは関係ないんだよ。

 ゲームの中だろうと、そうじゃなかろうと生きる価値のない人間なんて存在しない!

 誰だって自分の人生を一生懸命生きてるんだ!」と僕は途中から熱っぽく宣言していた。

 それは『お前なんて捨て石だ』と陰口を叩かれた自分とこの世界の人間を重ね合わせたに過ぎない。

 「『この世界のために頑張れない』って気持ちはわからなくもない。

 だったら『自分のために頑張ってみよう』て考えてみない?」と會澤さん。

 「あ、うん。

 わかった」と田中。

 なんだよ、會澤さんには随分素直じゃんか。

 「取り敢えず、朝ごはん食べに食堂へ行かない?

 『腹が減ったらなんとやら』って言うでしょ?」と中野さん。

 結構こういった時に女性の方が肝が座っているのかも知れない。

 「助かったよ」と小声で會澤さんに言う。

 正直、田中の言った事は僕も考えていた事だった。

 「現実じゃないかも知れない世界のために、そこまで頑張れるか?」と。

 でもこの世界で当面は生き抜いていかなくちゃいけない。

 しかも、結構必死で現金を稼がないと。

 今日、明日の生活資金すらないのだ。

 バドミントン部のコーチに騙されて、必死になって馬鹿をみた僕としたら心のどこかで『必死になってこれ以上嫌な想いをしたくない』という拒絶反応もある。

 田中に偉そうな事を言ったが、田中の言った事を『その通りだな』と思う自分もいる。


 「気にしないで。

 グラビアを始めた時に私自身がマネージャーに言われた事だから」と會澤さん。

 「え?

 どういうこと?」と僕。

 「私、悩んでたのよ。

 『ファンに笑いかけれない』って。

 そんな時にマネージャーに言われたのよ。

 『ファンのためじゃなく、取り敢えず自分のために頑張ってみよう』って。

 別に『この世界の人達のために頑張らなくても良い』と思わない?

 『私達が日本に帰るために頑張る』のよ。

 それが結果的に『この世界の人達のためになる』のだって、何の問題もないじゃない?

 『私の頑張りの結果をファンが喜ぶ』っていうのと同じで」

 會澤さんの言う事はきっとその通りなんだろうけど・・・しかし、それはきっと、グラビアアイドルの口からアイドルヲタクは聞きたくないぞ。

 「別にお前らのために頑張ってる訳じゃないし」って。

 田中には言わないでやって欲しい。


 食堂に向かう。

 食堂は混雑している。

 少し出遅れたか。

 何で多くの人達がドタバタ歩いているのか、すぐに理由がわかった。

 モーニングビュッフェ形式なんだ。

 食堂の入り口で木の皿を受け取って、そこに並んでいる料理をのせて席に戻るんだ。

 その皿に全てを乗せなくちゃいけない訳じゃない。

 スープ皿は別に使っても良いし、サラダも別の皿を使っても良い。

 飲み物もマグカップを使う。

 皿は『入場証』みたいなモノだ。

 皿を渡されていないモノは食堂の席には座れない、という事らしい。


 食事は『荒くれ者の早い者勝ち』らしい。

 出遅れた僕らは『肉っ気のない食事』になってしまった。

 これからはもう少し早くに食堂に行くようにしよう。

 これからも宿屋に泊まれるなら、の話だが。


 食事は結構美味しかった。

 食い飽きてないから、目新しさがあるのかも知れない。

 どうやら食事が終わった人達から食堂の席をあけるのが『マナー』らしい。

 でも食堂に来たのが遅かったせいかも知れないが、空いた席に新たに冒険者達が座る事はなかった。

 食堂はガランとした。

 どうやら急いで席をあける必要はないらしい。

 「これからどうしよう?」と田中。

 「『どう』とは?」と僕。

 「これから『冒険者』として仕事をこなすのは確定してるんだよな?

 ・・・でも具体的にどうやって『仕事する』んだよ?

 どこで『仕事を探す』んだよ?」と田中。

 そうだった。

 迂闊だった。

 ゲームでよくあるみたいに『冒険者登録』するのか?

 ギルドに加盟するのか?

 酒場で仕事を受けるのか?


 そういえば昨日、『宿屋のおばちゃん』が「昔はもっと冒険者が多かった」とか言ってたよな?

 つまり冒険者の仕事が多かった、って事だ。

 減ったとは言え、今朝これだけの食堂に来ていた冒険者がこの後仕事をこなすためにどこかへ行く、って訳だ。

 「後をつけるか」と僕。

 「『後をつける』って誰の?」と中野さん。

 「この宿屋から冒険者達がどこへ向かうか、探るんだよ!

 そうと決まったら早く行かなきゃ!」

 「ちょっと待ってよ!

 食事の後は歯を磨かないと!」

 「今日は急がないと!」

 「お願い!

 うがいだけでもさせて!」

 そうも言ってられないだろ!

 中野さんの言いたい事はわかるけど、今日の仕事を逃したら、今夜は屋根があるところじゃ寝れないんだよ?

 歯磨きどころじゃなく不潔な想いをしなきゃいけないんだよ?


 女性陣がうがいをしている間にほとんどの冒険者が宿屋を後にしている。

 イライラしながらも女の子達に文句は言えない。

 慌てて冒険者達の後を追う。

 後からゆっくり宿屋を出た冒険者達はどこかベテラン風だ。

 『ゆっくりしていた』というか『焦る必要がない』といった感じだ。

 この人達と同じ行動をしていて良いんだろうか?


 冒険者達が目抜通りから一本中に入った通りにある建物に次々と吸い込まれるように入っていく。

 立派な建物と言えなくもないが、少し古びていて年代を感じさせる。

 この世界は不思議と全く汚れを感じさせない。

 しかし古い物の日に焼けた色褪せた感じはこの世界にもある。

 ゲームでもよく古い建物が出てくる。

 特に『古代遺跡』が出てくるRPGでは。

 『古い』という概念なしでゲームは有り得ないのかも知れない。

 建物の入り口にある看板を見る。

 「読めない・・・」

 ゲームのクセに看板は日本語じゃない。

 いや、ゲームと決めつけるのは違うかも知れないが。

 でも王様や宰相は日本語を話してたよな?

 どういうことだ?


 実情は何語にでも翻訳される機能があり、誰でも使う母国語に翻訳されるゲームという話なだけだ。

 話し言葉は翻訳されるが、文字は設定した緑球の国の言葉だけに変換される。

 しかも僕らは地球から正規の手続きではなく無理矢理召還されたので、オプションで文字の設定などしていない。

 正規の手続きでゲームを始めたとしても、設定出来る文字の中に日本語はない。


 小難しい話は抜きにして、とにかく『書いてある看板は読めない』という事だけは確かだ。

 つまり僕らには建物が何の建物なのかは看板からはわからない。

 「どうする?」と田中。

 「取り敢えず建物の中に入ってみようよ」と僕。

 「この柄の悪そうな人達が入って行く建物に入って行くの?」と中野さんは乗り気じゃないみたいだ。

 「でもどこで仕事が手に入るかわかんないんだから入って行って確かめないと」と會澤さんは結構乗り気みたいだ。

 後で會澤さんから聞いた話だが、芸能人というのは基本的に『駆け出しは薄給』らしい。

 給料が安い事よりも『仕事がない』事に危機感を感じて『何でもやるんで仕事を下さい!』という姿勢のハングリーさが生き残る秘訣らしい。

 「薄給って言ったって『最低給』以上でしょ?」と僕が聞いたら「『最低給』なんてモノが設定されているのは『正社員』だけだ。芸能人みたいな『契約社員』に労働規約はほとんどない」との事。

 そんなバカな、と思ったけど契約社員はそういうモノらしい。

 でも契約社員にそんな悲壮感はないらしい。

 野球選手やスポーツ選手もみんな契約社員で芸能人の多くも契約社員らしい。

 銀行で頭取より年俸が高いディーラーも契約社員らしい。

 無茶苦茶給料が貰える可能性はあるけど、基本給なんでないしほとんど給料が貰えない可能性もある。

 いつ自由契約になってクビになるかわからないのが契約社員だ。

 「結局『契約社員』は自分次第なのよ。

 言ってみれば『個人事業主』みたいな感じね」會澤さんに聞かされた僕はピンとは来なかったけど。


 建物に僕らが入って行くと一斉に視線がこちらに集まる。

 え、やっぱり建物に入ったらダメだった?


 「ごめんなさいね。

 新顔が入ってくるのは久しぶりなのよ。

 ようこそ『冒険者ギルド』へ!」

 受付の女の子がビビる僕らに笑いながら声をかける。

 どうやらここは冒険者ギルドみたいだ。

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