バドミントン
ベッドにの寝転んでみて、寝ようと言っても寝れるモノじゃない。
僕も膝の痛みが消えているし、會澤さんの火傷の跡も消えていたし、中野さんの近眼も治っていた。
一つの可能性に辿り着く。
『今の肉体は生身の肉体じゃない』
だってそうだろう?
高校に入学した。
私立のバドミントンの強豪高だ。
特にバドミントンに興味があった訳じゃない。
ただ高校一年の時、たまたま席が前後ろだった『加藤』ってヤツに誘われてバドミントン部に入っただけだ。
『岡本』『加藤』、出席番号が『あいうえお順』でたまたま僕と続き番号だったヤツが『やっぱりこの高校に入ったらバドミントン部だよなー!オリンピック選手もここのバドミントン部からは排出されてるんだぜ!?
もしかしたらメダリストと仲良くなれるかも知れないんだぜ!?』と言って無理矢理、僕を連れてバドミントン部に入部した。
でもソイツは仮入部でサッサとバレーボール部に移った。
何でも『バレーボール部のマネージャー志望の女の子に一目惚れした』との事だった。
推薦でバドミントン部に入って来たようなヤツは小学生の頃からバドミントンをやっているようなヤツだ。
高校から始めたヤツがレギュラーに食い込めるほど甘い世界じゃない。
『甘い夢は見るな』
そう自分に言い聞かせていた。
でも僕はゲームをする時でも思っていた。
『本気でやらなきゃ何でも面白くない』
『本気でやってないヤツには悔しいと思う事すら許されない』と。
僕はせめて負けた時に『悔しい』と思いたかった。
『そりゃそうだよね』と納得して、気持ちが動かないぐらいならバドミントンなんてやらない方がマシだ、と考えていた。
だから初心者でありながら死ぬ気で練習に食らいついた。
一般入部の僕は基本『シャトル拾い』だったけど。
とにかく僕は走り込んだ。
素振りをした。
誰に言われずとも朝練をした。
「おい、岡本。
お前、一軍の練習に加われ」ある日、コーチに言われた。
一般入部でも中学時代バドミントン部だったヤツだっている。
僕より上手なヤツは少なくない。
何より三軍、四軍には上級生もいる。
初心者の新入生が一軍に加わるなんて異例なんじゃないか!?
僕の努力をコーチは見てくれてたんだ!
・・・で『コイツは見込みがある』と。
でも僕の経験不足は一軍の練習に加わる事で、更に明らかになった。
『もっと・・・もっと上達しないと!』
僕は必死になった。
今考えればおかしな話だ。
明らかなオーバーワークだ。
僕を『有能だ』『将来有望だ』と考えるなら誰かがオーバーワークを止めたはずだ。
なのに、誰も僕のオーバーワークを止めなかった。
案の定、僕は左膝の靭帯を伸ばす。
でも僕はテーピングをしてサポーターを巻いて、それでハードワークした。
ようやく僕のバドミントンも形になってきた。
経験者相手でも勝てないまでも、良い勝負出来るようになったと思う。
よし、この調子でもっともっと上達しよう!
大会の前、一軍、二軍、三軍、四軍のチーム分けがあった。
まぁ、一軍入りは厳しいだろう。
僕をレギュラーにするのはコーチとしても有り得ない判断だろう。
二軍、いや三軍かも知れない。
でもそれは当たり前の事だ。
実力が足りないんだから。
それで腐ったりしない。
もう一度、今度こそ実力で一軍に定着してやる!
何度も掲示板に貼り出されたチーム分けの紙を見る。
何度も見直す。
何度見ても僕は四軍だ。
そんな訳はない。
実力的にも三軍の実力はあるはずだ。
おかしい!そんな訳がない!
掲示板を見上げる僕を見た、 三軍の先輩が言う。
「毎年の事なんだよ。
一般入部のやる気のあるヤツを大会の前まで一軍に上げるのさ。
『努力すれば誰だって一軍に上がれる!』『気を抜いたら才能があっても下に落とされる!』
一般入部のヤツは春から夏にかけての部に喝を入れるために利用されるのさ」
「そんなはずはありません!
何故、そんな知ったような事を言うんですか!?」
「去年一般入部から一軍に上げられて、利用されて、勘違いした男は俺だったからだよ」三軍の先輩は疲れたように笑いながら言った。
「オーバーワークで身体はボロボロさ。
足首の脱臼癖は手術しても元に戻る可能性は低いらしい。
コーチも誰も俺のオーバーワークをわかりながら止めなかった。
俺なんてこのバドミントン部にとっては『使い捨てのゴミ』なんだろうな。
お前だってオーバーワークで身体に故障を抱えているんじゃないか?
なのに誰かがお前に『それ以上は止めておけ』と言ったか?」
僕はテーピングをグルグルに巻かれた左膝に目を落とす。
痛めた左足を庇って、最近じゃ右膝もおかしい。
医者には『これ以上無理すると手遅れになるぞ!』と言われている。
僕は『せめて結果が出るまで』と左膝の故障を隠し、騙し騙し練習をしていた。
よく考えたら騙せていた訳がないのだ。
故障しているのはテーピングを見ても、サポーターを見てもすぐにわかる。
動きを見たら故障している事なんて気付かない人間がいる訳がない。
ましてやバドミントンのコーチをしている人間が『動きがおかしい』と気付かない、なんて有り得ない。
詐欺に引っ掛かる人に『何故、そんなのに騙されたのか?』と言う人がいる。
今ならわかる。
『信じたいから騙される』のだ。
『目の前の人間を疑いたくないから、見えている地雷を踏みにいく』のだ。
本音を言ったら『実はおかしいんじゃないか?』と頭の中に浮かび上がってくる疑問を必死で打ち消していた。
僕は四軍落ちと同時に、ようやく左膝の故障と向き合う。
しばらく医者からは『バドミントン禁止』が言い渡される。
なのにコーチどころか誰も練習に参加出来ない僕に声すらかけない。
この時に僕は嫌でも気付く。
『あぁ、僕はこのバドミントン部ではもう用なしなんだ』と。
なのに僕は『マネージャーの真似事』みたいな事をしてまで、まだバドミントン部にしがみついている。
『自分の努力は無駄だ』と認めたくない。
認めてたまるか!・・・という意地が僕を支えている動力源だ。
『今、部活をやめてしまえば何も残らない。
僕がこの部活で何を出来るか、わからない。
でも僕はこのバドミントン部で必ず何かしら爪痕を残してやる!
やめてたまるか!』と気持ちを無理矢理奮い起こして、放課後部活に出ようと教室を出た・・・ら異世界だった。
バドミントン部で痛めた左膝の痛みが綺麗に消えている。
左膝を庇って、痛めた右膝の痛みも何も感じない。
『痛み』なんて生半可なモノではなかった。
『痛み』に耐えるために痛み止め、俗に言う『頭痛薬』を過剰接種していた。
痛み止め2錠じゃ効かなくなってきていて、本当は良くないとわかりつつ4錠、場合によっては6錠飲んでいた。
薬の過剰接種で胃は荒れて、食欲もなかった。
「そう言えば痛みがないな」なんてそんな能天気な事を思う訳がない。
この数ヶ月ぶりに『何の痛みもない』身体の感覚を感じた時に僕が感じたのは『あぁ、これは僕の生身じゃないな』という感情だった。
寝ている時にだって何度痛みで目を醒ましたかなんてわからない。
『夢だから痛くない』なんて嘘だ。
何度、夢見ている最中に激痛で目を醒ましたかなんてわからない。
今の肉体の感覚は寝ている時のそれじゃない。
この感覚を何と言えば良いのか、それは田中の一言だけが納得出来た。
『ゲームの中の世界』
いくら僕の生身がボロボロだろうと、僕が痛みで眠れずに痛み止めが効いてくるまで、気を紛らわすためにやっていた『ゲームの中の僕の分身』は痛みを感じておらず、跳んだり跳ねたり自由そのものだった。
今の僕の身体は『まるでゲームの中の自分の分身と身体が入れ替わったみたい』だ。
田中は『ゲームの中の世界みたいに』個人のステータスを見れるらしい。
僕には確信に近い感情がある。
『これはゲームだ』と。
でも一つわからない事がある。
僕らのこの身体は間違いなく生身じゃない。
だったらこの身体は何なんだろう?
生身の中の精神体?
生身の精神体のコピー?
生身の精神体の一部?
『生身の精神体の全てが異世界に飛ばされたモノがこの身体だ』
その可能性はきわめて低い。
何故なら『會澤さん』本人の存在があるからだ。
何かしらの理由で僕らは色んな時代から召還されている。
それは『間違った自分達の認識』なのかも知れない。
でもその『認識』が間違いと断じる要素は今のところない。
會澤さんが『相原量子』を騙る『そっくりさん』という可能性は捨てきれない。
しかし『仲間を信じる』というのが暗黙の了解である以上『會澤さんが2004年から来た』というのは信じるべきだろう。
・・・だとすると、僕らがテレビなどのメディアで見た『2004年以降の相原量子』は何者なのか?
精神体の全てが異世界に2004年から飛ばされたのなら、2004年に残されたのは『相原量子の脱け殻』のはずだ。
なのに2004年以降も『相原量子』は精力的に活動している。
2004年以前の『相原量子』はほぼ無名であり、2004年以降の方が精力的だ。
つまり精神体の全てが異世界に飛ばされた訳ではない、という事だ。
待てよ?
『相原量子が異世界に飛ばされた未来』と『相原量子が異世界に飛ばされていない未来』が分岐して、僕らは『相原量子が異世界に飛ばされていない未来』から召還された可能性もある。
頭が混乱してきた。
大体『異世界』『未来線分岐』『タイムトラベル』ここまで可能性を拡げる、っていうのが『ほぼ何でもアリ』って事で、あらゆる可能性を全て肯定するなら『考えるだけムダ』になってしまう。
寝よう、折角久々に痛み止めを服用しなくても寝れる身体なんだ。