理解
「スキルを試してみようよ」と田中が中野さんに言う。
この野郎、言いにくい事を。
全ては『嘘つき』って會澤さんのもらったスキルが良くない。
僕だって本当は真っ先にもらったスキルを試してみたかった。
でも、それを『嘘つき』ってたスキルを押し付けられた女の子の前で態度に出せる?
會澤さんは笑顔で「いいよ」と答えた。
會澤さんが嘘をついて騙しているのは『自分自身の心』なのかも知れない、と僕はなんとなく思った。
思っただけで確証はなかったけど。
僕は何度も『1UP』のスキルを使おうと試みた。
発動はしている。
上手くは言えないが、スキルが発動する『特別な感覚』はあるのだ。
この感覚は日本では感じた事がない。
『1UP』が発動した瞬間に頭の中で2つのアナウンスが流れる。
『まだ1UPしていない』
『まだ1UPを使う必要がない』
「よくわかんないけど、今は『1UP』を使うタイミングじゃないみたいだ」と僕。
「本当か?
何か隠してるんじゃないか?」と田中。
そんなに深くは考えてないわ!
つーか、お前はもう少し深く物事を考えろ!
「會澤さんのスキルはどんな感じ?」と田中。
だからもう少し深く考えて口を開けと!
「私のスキルは念じて発動するタイプじゃないみたい」と會澤さん。
「どういう事?」
「私もよくわかんないんだけど、私のスキルは常に発動してるみたい。
私のスキルは『パッシブ』なんだって。
『アクティブ』じゃなく。
何の事やら全くわからないけど」
ゲームをやったことがある僕は意味がわかっている。
田中もおそらく理解出来ているはず。
『パッシブスキル』とは『常に発動しているスキル』だ。
つまり會澤さんは常に『嘘つき』なのだ。
しかしコレは本人には伝えられないぞ。
『お前は天性の嘘つきだ』こんなん年頃の女の子に言える?
しかし、気になってるみたいだし何にも言わない訳にはいかんよね?
ちょっと卑怯かも知れないけど『僕もよくわかんないや』って言うしかないかな?
「『パッシブスキル』っていうのはね・・・」と田中が會澤さんに説明しようとする。
「ちょっと待て!」
僕が瞬間的に止めに入る。
田中、お前アレだろ?
『空気読めない事、嵐の如し』だろ?
「『パッシブスキル』っていうのは念じなくても使える『スキル』だと思うなぁ。
おそらく・・・」
僕が『パッシブスキル』を出来るだけオブラートに包んで説明する。
「何だよ?
結局俺が言おうとした事を『言葉足らず』で伝えただけじゃねーか!」と田中が不満気に言う。
『言葉足らず』で良いんだよ!
『嘘つき』のパッシブスキルと付き合っていったら嫌でもその正体を思い知る時が来るんだろうから。
理解はその時でも良いだろうが!
残るは中野さんのスキル『食玩』だけだ。
他のスキルと違って、『こういうスキルだろうな』という予想すら全く出来ない。
「中野さんにとって『食玩』とは?」と僕。
「わかんないよ。
今までの人生で『食玩』ってモノと全く関わった事なんてないもん」と中野さん。
だわな。
それは僕もだ。
「俺は『食玩』知ってるぜ!」と田中。
「・・・『食玩』ってどんなモノなんだよ?」
僕は『余計な事は言うなよ?』と思いながらも田中に話を振った。
全く知らない話だったので、知ってる田中に話を振るしかなかったのだ。
「『食玩』っていうのはガムが一粒入ってるんだ」
「へぇ、それで?」
「それだけだよ」と田中。
僕はズッコケる。
「それだけな訳ないだろ!」
「いや『食玩』の『食』の部分は本当にそれだけなんだって!
あ、『玩』の部分は色々だよ?
フィギュアだったり、プラモデルだったり、ミニカーだったり・・・」田中が慌てて言う。
「それって『一粒のガム』必要か?」
「何言ってるんだよ、必要に決まってるだろ?
ガム入ってなきゃ、食品コーナーに置けないだろうが!
玩具コーナーとか、おもちゃ屋にしか置けないならコンビニなんかに置きにくいんだぞ?
ガムが入ってるからどこでも売れるんだよ」
「・・・つまり『ガムが入ってれば』中身は何でも良いんだな?」
「『何でも』は言い過ぎだけど『ガムが入ってる事』で『食玩』を置いてる店は増えるよね?
だから本屋でもコンビニでも『食玩』を見る」
田中は胸を張って説明する。
知ってる事で偉そうな態度を取る事、若干早口になる事は『ヲタクの欠点』だぞ・・・とは今回は言わなかった。
結局『食玩』を知ってたのは田中だけだし。
「『食玩』がどんなモノかは大体わかった。
でも中野さんの『食玩』ってスキルがどんなモノなのかはわからない」
「それは俺もだ」と田中。
結局、わからんのかい!
「使ってみるしかなさそうね。
『食玩』ってモノの性格上、危険も少なそうだし」と中野さん。
中野さんが目を瞑る。
頭の中て『食玩』のスキルを使おうと念じたようだ。
細長いボール紙で作られた箱が空中に現れて、空中で中野さんがキャッチする。
ボール紙で作られた箱を中野さんが開ける。
中には、やはりと言うべきか白い個包装されたガムが出てくる。
それ以外は四本の歯ブラシが出てきた。
「歯ブラシ?
何コレ?」と僕。
「あ、コレ、私が『どうしても欲しい』と思ってたモノよ。
『寝る前に歯を磨かないなんて有り得ない!
せめて歯ブラシが欲しい!』って」と中野さん。
そういえば宿屋には歯ブラシが置かれていない。
まるで『この世界には虫歯がない』と言わんばかりに。
やっぱり、ここはゲームの中の世界なんだろうか?
所々、リアリティがない。
世界観がチープな訳じゃない。
『ゲームにそのリアリティはいらないだろ』と思う部分がバッサリないのだ。
その代表的な部分が『歯磨き』と『トイレ』だ。
リアルではその2つは重要な要素のはずだ。
なのにこの中世のような世界で重要な問題だろう『衛生』『排泄』『伝染病』が全く問題にされていないのはおかしい。
いや、長くこの世界にいたら問題になってくるのかも知れないから断定は出来ないが。
言葉の問題だって、一番最初に直面するはずのハードルのはずだ。
『言葉が通じる』以上のリアリティの無さがあるだろうか?
この世界に虫歯がなくて、『口腔ケア』が必要ないとしても中野さんは習慣として歯磨きがしたいのだ。
きっと中野さんは『歯ブラシがどうしても欲しい!』と強く思った結果『歯ブラシ』がこの世界に現れたんだろう。
現れた歯ブラシが四本だった理由は、他の人の分も歯ブラシが欲しい、と強く念じた結果だろう。
それに『中野さんの思い遣り』が現れている。
「歯ブラシだけ?
私、沢山念じたはずなのに。
歯みがき粉とか・・・」
どうやら現時点の中野さんでは『歯ブラシ』を出すのが限界のようだ。
このスキルが成長するのか、中野さん本人が成長するのか、それともこのスキルはこれ以上のモノは望めないのか?
「私は『歯みがき粉も欲しい』と念じたのよ。
でも歯ブラシしか出てこなかった。
これが限界なのかも。
でも時間を置けばまた歯ブラシぐらいのモノは出せると思う。
口では上手く言えないけど、身体の中で何か『スキル』を使うために『体力』みたいなモノを使った感じなのよ。
ソレが空っぽになって『これ以上スキルは使えない』って実感なのよ。
体力回復と同じで、多分、時間が経てばもう一度スキルは使えるよ!」
なるほど中野さんは実感として『MP消費』みたいなモノが自分の身体の中であったと感じてるのか。
僕はそこまでハッキリとは身体の中の『スキルを使うための力』を感じてはいない。
だって、僕はまだスキルが使えてはいないから。
でも、『スキルを使おうとした』実感はあったし『スキルを使うための力』が身体の中にあるのはなんとなく感じた。
体力が少なくなった時に『疲れた~』って思うじゃん?
何となく体力が減った事は数値で見えなくてもわかるじゃん?
あんな感じ、上手く言えないけど。
取り敢えず四人全員分のスキルを確認した。
スキルを確認出来たのは田中と中野さんの二人だ。
僕と會澤さんはすぐにはスキルの存在を確認出来なかった。
でも今日はここまでにしよう。
何泊も出来るだけの路銀もない。
明日は何かをして金銭を得なくちゃいけない。
だから、今晩徹夜という訳にはいかないのだ。
「取り敢えず、今夜は寝よう。
眠くならないかも知れないけど、長丁場になるかも知れない事を考えたら体力は温存させるべきだと思う」と僕。
「そうね」と中野さん。
部屋の入り口についているボタンを押すと、明るい天井が暗くなる。
ボタンをもう一度押すと天井が明るくなる。
いっぺんに暗くならないように、天井は徐々に暗くなる。
なるほど、これならベッドに辿り着く前に真っ暗になる事もないな。
・・・てこの世界不自由が無さすぎるんよ。
まるで『痒いところにまで手が届くゲーム』みたいだ。
「この世界はゲームの中なんじゃないか?」とはまだ言わない。
そんな事を言ったら『ゲームだから一度死んでも大丈夫』という油断を生む可能性が高い。
もしそうじゃなかったとして、僕の発言のせいで誰かが死んだとしたらもう取り返しがつかない。
それにゲームの世界だって『生き返り』のない世界だっていくらでも存在する。
『生き返り』の条件がすごいシビアなゲームの世界だって存在する。
『この世界は現実じゃない』という話はここにいる人達にとって救いに感じる話だろう。
だからこそここにいる人達には聞かせられない話なのだ。
「・・・なあ」二段ベッドの二階から田中が話し掛けてくる。
「何だよ?
早く寝ろよ」と僕。
「眠れないんだよ。
お前は眠れるのかよ?」
「僕が眠れているように見えるか?
『無理矢理にでも寝ようとしろ』って話だよ。
徹夜で肉体労働が出来るのか?
下手したら命がけの仕事かも知れないんだぞ?
『生き残るために寝ろ』と自分に言い聞かせてるんだから、お前も寝る努力をしろよ」
「・・・わかったよ。
でも、一つだけ聞かせてくれ。
岡本はこの世界が現実世界だと思うか?」
やっぱり田中も『この世界はゲームの中なんじゃないか?』と考えてるのか。
「わからん」僕は答えた。
本当にわからないのだ。
「わかってる。
確証もないのに『これはゲームの中の話だ』なんて騒ぐなんて愚かな事はしない。
『ゲームの中の話だ』という事が確定したとしても、この世界にいる人々には関係のない話だし、言ってもしょうがない」
「どういう事だ?」
「日本にいる時から時々、考えてたんだよ。
『もしかしたらこの世はゲームの中なんじゃないかな?』って。
もしそうだとしても日本で暮らしている人々には関係のない話だ。
『ゲームの中で色々考えて生きている』
それだけの話だ」
そんな事考えた事もなかった。
大体『ゲームの中の人間を自分らと同じ人間だ』なんて考えた事もなかった。
考える必要もなかった、と言うのが正しいか?
田中はどんな切欠で『本当は日本がゲームの中の世界なんじゃないか?』って考えたんだろう?
「ゲームの中だったとしても何も変わらないよな?
俺達に出来る事は『精一杯生きていく事』だけだよな」と田中。
「・・・あぁ」僕は敢えてどうとでも取れる返事をした。
果たして僕は『この世界がゲームの中だ』とわかった時、この世界の人間を人間として捉えられるんだろうか?
『どうせプログラムだ。
コイツらは人間じゃない。
記号と同じだ』と思わないだろうか?
「考えてもしょうがない話だよな。
俺も寝る努力をしてみるよ」と田中。
「あぁ、お休み」
きっと會澤さんにも中野さんにも僕達の会話は聞こえていたはずだ。
彼女達はこの話をどう受け止めただろうか?