ゲーム
「おい、素泊まり銅貨五枚だぞ!?
食事付けたら銅貨二十枚って二泊分しかねーぞ?」と田中。
「無茶苦茶ケチくさいわね。
取り敢えず日銭稼がないと私達はこの街にいられないわね。
朝ごはん代だって、昼ごはん代だって必要なんだから、銅貨二十枚って『節約した一日分の生活費』って感じかしら?
明日仕事を探さないと私達はホームレスよ」と中野さん。
「ここで勇者としての『自分』を受け入れるの?
私はイヤなんだけど」と會澤さん。
「僕だってイヤだよ。
でもホームレスはもっとイヤだ。
帰る方法を見つけながら、ここで何とか生きていかないと」と僕。
「そういう事」と中野さん。
「しかしどうやって仕事を探すんだ?
やっぱりこういったゲームの定番、ギルドを探すのか?」と田中。
それも一つの方法か。
あと田中が言った『ゲーム』って言葉がずっと気になってる。
「この世界はゲームの世界なんだろうか?」と僕はボソッと呟く。
田中も同じ事を考えていたようだ。
でも肯定する材料も否定する材料も持っていない。
田中は「さあな、そうかもな」とだけ応えた。
その話に食いついたのは意外にも中野さんだった。
「私はこの世界は間違いなくゲームの中の世界だと思う」と。
「何か根拠はあるの?」と僕。
「私達、この世界に来てから不自由を感じた?」
「どういう事?」と會澤さん。
「携帯電話が普及する前、街中にはそこらじゅう公衆電話があって、人々は全然不便を感じなかったんだって。
『不便な暮らし』でも、それが普通なら不便とは思わないって訳。
それを知らないんだから。
でも私達は文明社会の便利さを知っている。
この世界の不便さが気になるはずなのよ。
なのにこの世界で不便を感じた?」
確かにこの世界に来てからほとんど不便を感じていない。
電気がなくてもスイッチを押せば天井全体が光る。
下水道は完備している。
火も水も魔道具で使いたい時に使える。
トイレは当然のように水洗だ。
不便と言えばスマホがない事なんだろうが、今は四人でかたまって動いているのでまだ遠く離れた誰かに連絡が取りたい事もない。
「そのうちスマホがない事を不便に感じるかも知れないけど今のところ特に不便は感じてないな、そう言えば・・・」と田中。
「それが変なのよ。
普通、文明社会から離れたら不便はすぐに感じるモノでしょ?
キャンプなんて不便さを楽しむモノでしょう?
この世界自体が不自然なのよ!
何より私が感じた『不自然さ』は街中の清潔さよ!
普通、中世社会は不潔さが社会問題になってるはずなのよ。
その不潔さがコレラや赤痢やペストみたいな伝染病を度々、発生させる訳。
なのにそういった不潔さが全くない。
不快さがないのよ。
まるでディズニーランドみたいなホスピタリティー。
悪い言い方をすれば『人工的』なのよ。
そんなのは現実社会でも存在する訳がない!」
「不自然さは私も感じたわ。
私の左肘の付け根部分には子供の時についた『火傷の跡』があるはずなのよ。
それが綺麗サッパリ消えている」と會澤さん。
「そう言えば、僕がバドミントン部で痛めた左膝、ここに来てから全く痛まなくなったよ」と僕。
「私の近眼がこの世界に来てから改善されたわ。
私だけが感じていた訳じゃないみたいね?
『この世界は不自然だ』『現実的じゃない』」と中野さん。
「この世界がゲームの中だとして、何か元の世界に戻る方法はあるの?」と田中。
「それが全くわからないのよ。
ゲームの中の世界だとして『ゲームの中で死んだら終わり』という可能性はある。
というかその可能性が高いわ」と中野さん。
「とにかくしばらくはこの世界を探るしかないね」と僕。
一行が頷く。
一人だけ頷かなかった者がいた。
會澤さんだ。
「何か今後の方針に不満でもあるのかしら?
遠慮なく言ってみて」中野さんが會澤さんに聞く。
會澤さんが言う。
「『スマホ』って何?」
意外だった。
會澤は『今時の娘』だと思っていた。
しかし、スマホを持つ事が許されない箱入り娘だとしても『スマホ』の存在を知らないなどという事が有り得るんだろうか?
「日本でスマホが普及したのは2008年、iPhone3Gの時だったのよね?
それより後にスマホを知らない人なんてほとんどいないと思ってたけど」と中野。
中野って結構博識だな。
「『2008年』って何の冗談?
今は2004年でしょ?」と會澤。
どういう事だ?
會澤は勘違いしてるだけだろうか?
時々西暦とか間違えて記憶してるヤツいるよな?
でも二十年勘違いしてるヤツなんて見た事ないけど。
まあ、芸能人は浮世離れしてるんだ。
とんでもない勘違いをしているのかも。
「會澤さん、寝ぼけてるの?
今は2004年じゃないでしょ」と田中。
その通り。
「今は2014年でしょ」
田中、お前もか!
2014年は十年前だろう!?
「何を言ってるの?
今は2020年でしょ?」と中野。
「・・・・・」
僕は黙り込む。
どういう事だ?
僕らは同じ17歳だ。
僕らは同じ『ゆうき』という名前だ。
でも元いた時代が全員違う、というのか?
『女神』は確かに17歳の『ゆうき』という名前の男女を召還した。
しかし、召還には『太陽フレア』の影響のラグが。
つまり、2004年~2024年から男女四人が同じゲーム内に召還されたのだ。
しかし、そんな事は集められた男女には知る由がない。
誰もが嘘をついている様子はない。
僕が周りの人達を信用出来ていないように『2024年から来た』という僕の話に周りのみんなは疑いを持っているようだ。
どういう事だ?
異世界に呼び出される事が既にファンタジーだ。
『違う時代から集められた』なんて話、今更疑うべきだろうか?
「ねぇ、2004年って何があった?」と會澤さんに聞いて「2004年はアテネオリンピックがあって、日本選手の金メダルラッシュだったのよ」と言われても、こっちが本当か嘘か知らなきゃ『へー、そうなんだ』としか答えられない。
だって2004年に僕、生まれてないんだから。
そうだ、死んだ母さんが言っていた。
「この『相原量子』ってのはねえ、今じゃ『恋多き女』『悪女』ってイメージが定着してるけど。
携帯電話のCMで男女関係なく、大人気になったのよ?」
「『相原量子』さんと言えば、携帯電話のCMでブレイクしたんだよね?」と僕。
會澤さんが驚きながら言う。
「何で私に携帯電話会社からCMの依頼が来ている事を知ってるの!?
大体、私はブレイクしてないわよ。
誰かと勘違いしてるんじゃないの?」
「『相原量子』と言えば『清純派』ってイメージだったのに、あんなスキャンダルが出るなんてねぇ」と田中。
田中がいた、という2014年といえば『相原量子』がまだ清純派で売ろうとしていた頃、最初のスキャンダルが発覚した年ぐらいだ。
その後、『相原量子』はスキャンダルまみれになる。
「私、スキャンダルなんて抱えてないわよ!?
大体、私ぐらいのタレント知名度だと相手が超大物じゃないと話題にすらならないはずだもん」と慌てて會澤さんが言う。
「色々あったけど『相原量子』は音楽プロデューサーと結婚したのよね?
『恋多き女も遂に年貢の納め時』って話題になってるわ。
芸能ニュースにあんまり興味がない私でも知ってるぐらいだから相当騒がれてる話よ」と中野さん。
「意味がわからないわ!
何で私が結婚しなきゃいけないのよ!?
付き合ってる相手すらいないのに!
大体、私が結婚してそんなに大ニュースになるわけないじゃないの!」と會澤さんが怒りながら言う。
そうか、中野さんが来た2020年というのは、『相原量子』が二度目の結婚をした頃だ。
『相原量子』は数ヶ月で音楽プロデューサーと別居し、半年で離婚している。
・・・で結局『相原量子』は結婚、離婚を繰り返し『バツ3』となっている。
「わかった事が一つある」と僕。
「誰も嘘はついていないんだ。
僕は2024年から来たし、田中は2014年から来たし、會澤さんは2004年から来たし、中野さんは2020年から来た。
召還は色んな年代から『17歳』の男女を集めたんだ。
僕は母さんから『相原量子は携帯電話のCMでブレイクした』と聞かされてる。
つまり、會澤さんが召還された2004年は『相原量子』がまだ芸能人としてブレイクしてないんだ。
田中は『相原量子が清純派として売っていて、初めての大スキャンダルが出る』2014年の日本から召還されたんだ。
中野さんは『"恋多き女"として浮き名を流した相原量子』が二度目の結婚をする2020年から召還されたんだ。
・・・で、僕は『相原量子はバツ3』の2024年から召還されたんだ!」
それなりにその場にいた人間は衝撃を受けた。
だが、レベルが違う衝撃を受けた者がいる。
それは會澤さんだった。
「嘘よ、嘘だと言って・・・。
私はこれから男を『取っ替え引っ替え』。
付き合いまくりの別れまくり。
結婚と離婚を繰り返すっていうの?」
「でも女優としては大成功するって事だし・・・」と中野さんが慰めを言う。
「女優としては成功しても、人間としては大失敗じゃない・・・」と會澤さんは項垂れる。
「わからない事だらけだ。
ここがどこだかもわからない。
ゲームの世界かも知れない。
どういう仕組みで違う年代の17歳の男女が集められたのかもわからない。
でも僕は『日本に帰る事』を諦めない。
みんなも力を貸してくれないか?」
僕が言うと残りの三人が首を縦に振る。
「帰りたいのは同感で『力を貸す』のは吝かじゃないけど、先ずは何をすれば良いんだ?」と田中。
そう言われると困ってしまう。
「取り敢えずは生活基盤を固めましょう」と中野さん。
「と、言うと?」と僕。
「元の世界に帰還する方法を見つけるのは『先ず普通に生活出来るようになってから』だと思うのよね。
それに今のところ『元の世界に帰還出来る一番高い可能性』って『魔王を倒す事』だと思うのよ。
それに『魔王を倒したんだから帰還させてくれ!』って交渉材料になると思わない?」
「確かに。
でも、その『交渉』って誰とするのよ?
『召還の祭壇』を作ったのは皇国って話だけど、実際に召還したのは『女神』って事だったわよね?
あの女神と交渉なんて出来るかしら?
何か機械音声っぽかったわよね?」と會澤さん。
會澤さんがそう感じるって事は相当だろう。
だって會澤さんはSiriとかGoogleとかの自動音声を知らないんだから。
「今度、玉座の間に行った時に『魔王を討伐すれば元の世界に帰れるか?』女神に聞いて見よう」と僕。
「でも、俺ら魔王倒せるの?
自慢じゃないけど俺、喧嘩した事すらないよ?」と田中。
「・・・それは、女神にもらった『スキル』の力で・・・」と僕は苦し紛れを言う。
「『覗き見』で『嘘つき』で『食玩』で魔王を倒すの?」と田中。
「・・・・・」僕は何にも言い返せない。
結局僕が一行のリーダーという事になった。
『1UP』ってスキルが何か、一行がもらった中で一番それっぽいスキルってだけの理由で。
「じゃあ手に入れた『スキル』とやらを使おうか?」と僕。
三人は『えー、やるの?』という顔をしている。
あんまり乗り気ではないようだ。
まぁ、わからんでもない。
もらったモノを取り敢えず食ってみる事に抵抗があるように、もらったスキルを『取り敢えず使う事』に抵抗はあるもんだ。
『デメリット』どころか『メリット』もわかんないんだから。
気持ちはわかるけど、このスキルを頼りにして何とかこの世界で生き抜こうとしてるんだよ?
使わない訳にいかないじゃん。
生身で、普通の人間として『魔王』に勝てると思ってるの?
無理だよね?
「『言い出しっぺの法則』って知ってるか?」と田中。
つまり『お前が言い出したんだからお前がスキルを先に使えよ!』って言いたいワケだ。