7 竹と、出会い
「竹だ!」
砂漠でオアシスを見つけたかのように凄い興奮して、いまにも駆け出しそうになってしまう。
「落ち着け」
あきれた様子のアプロアに、肩をつかんで止められる。
「う、うん」
一応、アプロアに返事をするけど、どうしても生返事になってしまう。
視線と意識は竹に集中している。
より正確に言うなら、地中に埋まって見えないタケノコに期待してしまう。
まだ、魔境に生えている竹にタケノコがあるのかわからない。
それに、もしかしたら、タケノコがあったとしても、毒があったり、毒がなくても単純に不味い可能性もある。
けど、そんな冷静な思考を追いやるように、心はまだ見ぬタケノコを求めてしまう。
「大丈夫か、ファイス」
なぜだろう、アプロアの言葉には「頭」が大丈夫かと言われている気がする。
「もちろん、大丈夫」
安心させるようにうなずてい見せるけど、応じるアプロアの表情には安心の色が見えない。
「そうか? まったく、黒竹なんて珍しくもないと思うんだけどな」
しきりにアプロアは不思議そうに首をかしげている。
私が黒竹という魔境の竹に興奮しているのが、理解できないようだ。
それはシャードやエピティスも同じで、黒竹に対して私よりもアプロアの反応に共感している。
むしろ、シャードとエピティスの2人は私を心配しているような気がする。
「この竹は、黒竹というんだね」
視線を巡らせると、黒竹と呼ばれているらしい竹が一面に生えている。
それは視界を埋め尽くすように、竹林と呼んでいいレベルで竹が生えている。
でも、母や父に連れられて魔境にきたときに、一度も黒竹を見かけたことがない。
けど、その理由は簡単だ。
周囲に視線をやれば黒竹の竹林。
黒竹だらけで、いつも採取している薬草が1種類も生えていない。
もしかしたら、少しは薬草が生えているかもしれないけど、わざわざここの竹林で探さなくても、他の薬草の群生地を探す方が効率的だ。
知識としてここに黒竹が生えていることを知っているかもしれないけど、両親は薬草を採取するときに、わざわざ薬草が採取できないここにはこなかったんだと思う。
「でも、使い道ないぞ、この黒竹」
「…………」
タケノコだけじゃなくても、竹細工、竹炭、笹茶などが脳裏に浮かんで、アプロアに対して反論の言葉を口にしそうになるけど、思い止まる。
村の常識として、アプロアの言葉は正しい。
それに反論するなら、タケノコだけじゃなくて、黒竹に実用性があると証拠を見せる必要がある。
なので、タケノコ掘りを3人に提案するけど、感触はよくない。
3人としては珍しい物じゃない黒竹の密集している竹林地帯を抜けて、他の場所で珍しい物の探索をしたいんだろう。
それは合理的な判断だけど、ここは私も粘る。
その結果なんとか、3人は少しの時間だけ私のタケノコ掘りを認めてくれた。
とはいうものの、タケノコ掘りも楽じゃない。
なにしろ、私をふくめて、この場にいる全員が鍬やシャベルとかの地面を掘るのに適した道具を持っていない。
私なんて、持っている道具はナイフと斧だけだ。
ナイフを地面に突き刺して、柔らかくして素手で掘るしかない。
かなり時間がかかりそうだ。
そうなると、闇雲に掘って時間を浪費して、何度もトライアンドエラーを繰り返すわけにはいかない。
私がタケノコ掘りに使える時間は、3人の小休止している間だけで、休憩が終わったら竹林を抜けて探索を再開することを約束したから。
だから、一刻も早くタケノコを発見するために、よく地面を観察する。
それこそ、さっきまでの珍しい物の探索よりも、意識を地面へと集中していく。
「なあ、シャード。ファイスはなにを探してるんだ?」
「わからん」
「……そうか」
周囲の言葉を気にしないで、地面を注意深く探す。
……まあ、それでも周囲の言葉は気になるけどね。
口調が興味深そうだったらいいんだけど、私を心配しているようなのだ。
早くタケノコを見つけなくてはと、気持ちがどうしようもなく焦れる。
一度、深呼吸をして、気持ちを外気と共に入れ替えることで、切り替わると思い込む。
鼻腔から広がる懐かしい竹の香りが、焦れる気持ちを少しだけ沈静化させてくれた気がした。
幸いなことに前世のことだけど、タケノコ掘りの経験がある。
祖父母の持っていた山で山菜取りの手伝いの一環で、タケノコ掘りを経験していた。
まあ、それでも素人だから、プロなら知っているタケノコ掘りの深い知識はないけど、闇雲に地面を探すよりはいい。
探すのは地面に走る小さなひびというか、割れ目だ。
すでに地面からタケノコの先が出ているとあまり美味しくない。
だから、まだ地面から顔を出していないタケノコを優先で探すけど、場合によっては少し顔を出しているタケノコで妥協してもいい。
味は落ちるかもしれないけど、この場はとにかくタケノコの実在を確認したい。
ナイフ、ときどき素手で、地面を掘っていると、背中から突き刺さる視線が痛い。
心へとダイレクトに突き刺さり、静まった焦りを刺激する。
「……ダメか」
5回目の空振りだから、不安と焦りが混ざって膨張して心を圧迫してくる。
ドクドクと鼓動がうるさい。
3人から心配というよりも、もはや憐れむような視線を向けられている気がするけど、意識の外へと強引に追いやる。
そうやってグルグル、ユラユラと不安定な心で、タケノコ探しに集中しているんだって、自分に言い聞かせて地面を掘っていると、念願のものが見つかった。
黒い。
本当に黒いけど、形状は間違いなくタケノコ。
あとはこれを採取するだけだ。
「クソっ」
ナイフでタケノコの採取をためしてみるけど、硬くて切れない。
仕方ないので、タケノコの周囲にある土を手でどけて、斧で狙えるようにする。
一応、斧をタケノコの根元まで振り下ろせるだけのスペースは確保したけど、どうにも感覚的に狙いにくい。
まあ、いつも斧で割っていた薪と違って、このタケノコの狙う場所は地面よりも低い位置だし、なによりも斧を振るうモーションも上から下にじゃなくて、どちらかといえばゴルフクラブを振るうようなモーションだからしょうがない。
深呼吸。
様々な不安や焦燥は心の奥底に沈めて、意識と視野をタケノコに斧を振るうことへと集中させていく。
ゆっくりと斧を頭上に振り上げ、一度静止させるといくつものパターンで斧を振るう軌道を幻視して、選別して厳選していく。
その中でも、一番有用そうな軌道をなぞるように斧を振るう。
「クソっ」
結局、タケノコを採取するまでに3回も斧を振るう必要があった。
それでも、魔境の植物としては柔らかい方なのだと思う。
斧はタケノコに命中したけど、そのモーションは雑で不満だった。
軌道が終始安定していない。
重心移動はチグハグで、力の伝達もつたない。
タケノコに対して的確な角度で斧の刃が当たらない。
昨日までの斧を振るう努力をしてきたから、あれがダメなものだとわかってしまう。
もう少し的確に斧を振るうことができれば、3回も振るう必要はなく1回で十分だった。
確かに、タケノコへ振った斧のモーションは初めてのものだけど、斧を振るうときの軌道が薪割りから少し変わっただけで、修正できなかった。
そのことが少しだけ情けない。
まあ、それでも念願のタケノコが手に入った。
黒いタケノコ。
見た目は黒こげのタケノコにも見えるので、美味しそうには見えない。
毒がありそうにも見える。
でも、実際に食べてみたらどうかわからない。
希望はある。
「それが、タケノコか?」
「うん」
「美味しいのか?」
「……わからない」
「そうなのか? なら、食べてみたらいいんじゃないのか」
「いや、タケノコは生で食べられないから」
アプロアの冗談だとわかるけど、安易に魔境の植物を食べることをすすめないでもらいたい。
うっかりと味見したくなる衝動に負けそうになるから。
「うん? 食べたことないのに、食べ方がわかるのか?」
「……まあ、ね」
前世の記憶があるから、とは言えない。
3人を信用していないわけじゃないけど、前世の記憶なんて辺境の村ではトラブルの元だろう。
なので、心苦しいけど、曖昧な笑みでやりすごす。
肺を圧迫するような重い沈黙があたりに響き、場の空気が張り詰める。
その空気を破ったのは聞き慣れない足音。
4人がいっせいに音の方へと視線を向ける。
獣がいた。
見知った獣だ。
ある意味で、私はこの獣をこよなく愛している。
もっとも、愛しているのは食材としてだ。
生きたままで対面したいとは思わない。
なにしろ、視線の先にいるのは、ゴブリンの間引きに参加した父が褒美として村長からもらう美味しい肉の正体、フォレストウルフ。




