4-15 竜卵丼
巨大な赤いサケのようなレッサーバハムートの大粒のイクラのような見た目の竜卵が手に入った。
そして、村には米もある。
なので、村に帰還してから、イクラ丼のような見た目の竜卵丼にしてみた。
……うん、美味しい。
美味しいんだけど、これはイクラ丼じゃないっていうか、元からイクラじゃない。
まあ、レッサーバハムートの竜卵なんだけど。
レッサーバハムートがサケに似ていたから、竜卵もサケの魚卵であるイクラに似ているだろうと勝手に期待していた。
でも、違った。
レッサーバハムートの竜卵、味はイクラというよりも明太子に近い。
タラコじゃなくて、味付けをしていないのに竜卵は明太子みたいなスパイシーな味がする。
それも、クセや臭味がなくて、上質で複雑な香りがして、食感はかなりドロっとしていて半熟の卵黄という感じだ。
イクラじゃないけど、別物と考えればレッサーバハムートの竜卵は美味しい。
けど、丼にすると微妙。
マズいわけじゃないけど、口内で米と一緒に食べて味覚的に相乗効果があまりない。
味がケンカしているわけじゃないけど、一体感がないのだ。
要するに、わざわざ竜卵丼にする必要がない。
でも、それは改善の余地があるということだ。
竜卵丼の味の改善なんてやっているヒマがあるかといえば、なくもない。
というか、私の集中力が欠如していて、戦闘する精神状態じゃないのだ。
どうして集中力が欠如しているのか?
それは……楽しみだからだ。
竜血鋼の大斧を作るのに必要な竜心鉄の鉱石をそろえたから、村に招いた鍛冶師たちに私が使う大斧を作っている。
ふわふわと気持ちが浮ついて色々と集中できない。
ただ、かなり時間がかかりそうだ。
通常、竜心鉄の鉱石を製錬して、さらに精錬して高純度の竜心鉄を作り、そこに必要な素材を加えて竜血鋼という合金ができる。
けど、これだと追加効果がないから、トレントイーターの角を完成した竜血鋼に混ぜようとウィトルイが、喜々として言ってきたのだ。
そうすることで、竜血鋼に防御力低下のような効果を付与できるかもしれない。
一見すると、悪くない提案だ。
問題があるとするなら、実際に試した者がいないということだろう。
ウィトルイとしては、強い大斧を私に用意しようということじゃなくて、色々と実験したいのだとわかる。
私としては反対する理由がなかった。
しかし、鍛冶師たちが反対したのだ。
鍛冶師たちとしては、まだまだ供給の危ういフレイムトレントの炭や竜心鉄の鉱石を使うのに、わざわざ失敗する可能性のある実験なんてしたくないのだろう。
なにしろ、そんなことをしなくても及第点の竜血鋼の大斧はできるのだ。
失敗のリスクを取る必要が鍛冶師たちにはない。
とはいえ、彼らもユグドラシルの魔境のなかにある村にわざわざ来る変わり者だ。
未知への好奇心はある。
ただ、村長である私の大斧作りを失敗して、村から追放される可能性を恐れているのだろう。
私はそんなことをしないけど、付き合いの短い彼らには私が追放する可能性があると思っているのだ。
だから、私は竜血鋼にトレントイーターの角を混ぜる実験を許可した。
そして、鍛冶師たちにウィトルイも加わって色々と実験して、最善を探求していることだろう。
気にはなるけど、門外漢の私にできることはない。
なので、暇つぶしとして、竜卵丼の味の完成度を上げるための時間はある。
そこで、料理系のスキルを習得している村人たちと試行錯誤をしているところだ。
まあ、料理に関しても私は門外漢だけど、メインは味の向上じゃなくてヒマつぶしだから気にしない。
とりあえず、獣人たちが使うスパイスやハーブを、厳選して使ってみたけど微妙だ。
味の変化にはなるかもしれないけど、向上しているようには思えない。
そうして、村長としての業務の合間に、趣味で竜卵丼の味の向上に挑み続けて、悪くないのができた。
豚骨スープのようなトレントイーターの骨の出汁を竜卵丼にかけると、竜卵と米に一体感が出てくる。
でも、物足りない。
食材のポテンシャルを考えると、もっと美味しくなるような気がするのだ。
足りないのはコクというか、ジャンクな感じだろうか?
……焦がし油はどうだろう。
ニンニクやネギも存在するけど、実験的な意味で試しにニラのような味、食感はピーマン、後味はシソのラーラの焦がし油を作ってみた。
これが、なかなか美味しい。
それも予想していたような不健康になりそうなジャンクな美味しさじゃなくて、しっかりとしたコクのある味なのに風味と後味がすっきりしているから、上品な美味しさに感じるから不思議だ。
このラーラの焦がし油を竜卵丼にかけることで、一気に味のグレードが上がった。
豚骨っぽいトレントイーターの出汁に、ラーラの焦がし油もかかっているから、前世のイクラ丼のような雰囲気や味じゃないけど、美味しくはある。
でも、どうせなら、海鮮丼のように、複数の食材を乗せるのもありかもしれない。
ということで、竜卵丼としては満足できるものになったけど、海鮮丼モドキに挑戦することにした。
まあ、竜血鋼の大斧に完成が遅れているから仕方がない。
料理人たちと話し合いながら、完成した竜卵丼に色々な食材を足していく。
獣人たちも好きな干し肉茶漬けに使われる干し肉や、シックルドラゴンの肉なども合わせてみた。
そうやって試行錯誤を繰り返して、一つの解が目の前にある。
大きめのイクラのような竜卵、炙って独特の臭みを消したトレントイーターの肉、程よく成長させたクルールアの燻製の切り身、この三つを米の上に乗せて、豚骨のようなトレントイーターの出汁とラーラの焦がし油をかければ完成。
三つの食材はそれぞれ調和していて、順番に食べていると飽きないどころか、自然と次の一口を求めてしまう。
マグロの赤身に似ているトレントイーターの肉はわかるけど、クルールアの燻製の切り身が竜卵との食べ合わせがいいのは少し以外だった。
このクルールアの燻製は、トレントの枝をエサにすることで良質な味を維持したまま成長させたクルールアを燻製にすることで、日持ちするようにした物だ。
燻製にしたことでスモーキーな風味が加わったけど、それ以上に溶けたチーズのようだった食感が同じチーズでもモッツァレラチーズのようになって驚いた。
スモーキーで濃厚なクルールアの味に食感という刺激が加わることで、別方向に美味しくなったのは間違いない。
普通のクルールアじゃなくて、この丼にはクルールアの燻製が合う。
しかし、このクルールアがなかなか面倒だ。
クルールアは黄色いカブトムシの幼虫のような見た目だから、獣人以外が食べたがらないということもあるけど、それ以上に問題なのがエサになるトレントの枝。
私はあまり意識していないけど、トレントの枝もそれなりに重要で貴重な素材らしい。
だから、そんなトレントの枝をクルールアのエサにすることに、村の外の団体から文句がきた。
要するに、クルールアのエサにするなら、金出すからこちらに寄こせということらしい。
気持ちはわかなくもないけど、クルールアはクルールアで、この村に必要だから、団体にある程度トレントの枝を送ってなだめながら、ハイラムの名前をちらつかせて黙らせる。
あからさまに脅したり、衝突すると面倒なので、硬軟織り交ぜて交渉した。
そして、現状、竜血鋼の大斧の完成を待つ村長である私の前で、一人の男が一心不乱に竜卵、炙りトレントイーター、クルールアの燻製の切り身の三色丼を食べている。
その男、ハイラムは無言で、一言も喋らない。
隣に座る男装の麗人スタイルの黒髪黒瞳の猫族の獣人チャルネトの方が喋っている。
三色丼を褒めてくれたり、ダークトレントの杖の制作を依頼された。
ダークトレントは魔法を使用する者にとって、杖として優れた素材らしい。
だから、獣魔士のジョブで闇属性の魔法を使うチャルネトが、ダークトレントの杖を欲しがるのはわかる。
けど、その杖の依頼を私にする意味がわからない。
私は木工スキルを習得しているし、それなりに木工スキルも成長している。
それでも、私の技術は謙遜じゃなくて、事実として一流の職人には遠く及ばない。
なのに、チャルネトは杖を私に作って欲しいそうだ。
理解できないと、私が首を傾げていると、
「命を預ける物だから技術よりも信頼できる人に作ってもらいたい」
チャルネトに言われてしまった。
ここまで言われたら、私も断れない。
全身全霊で杖を作るだけだ。
と、チャルネトとは比較的良好に会話できている。
でも、隣に座るハイラムとはあいさつしただけで、会話がほとんどない。
というか、ハイラムに話しかけられない。
ハイラムが不機嫌というか、落ち込んでいるということはなんとなくわかる。
どうしたのか聞けばいいんだけど、気軽に聞ける雰囲気じゃない。
しかし、ハイラムがここまで落ち込む理由も想像できない。
邪神の使徒関係で重大なミスをしたのだろうか?
いや、それなら、もっと慌ててるはずだ。
「犯人がわかった」
静かに紡がれたハイラムの言葉に、私は首を傾げながら応じた。
「犯人ですか?」
なんの犯人ですかと聞きそうになって思い出した。
人形会という連中に私の殺害を依頼した人物がいるのだ。
少し前に、私はリザルピオン帝国側の兵士として戦争に参加したので、王国側の人たちのなかには恨んでいる者もいる。
その筆頭がマルスト侯爵。
ただ、彼はハイラムの妻の父親という立場で、闘技場で私を殺しきれなかったから、私に危害を加えない約束をしている。
つまり、マルスト侯爵以外で人形会に殺害を依頼するほど、私を恨んでいる人物がわかったということだ。
聞きたいような、聞きたくないような微妙な気持ちになる。
私は悪意を持って戦場で人を殺さなかったけど、親しい者を殺された遺族にとっては、私の気持ちなどどうでもいいことだろう。
私の行為で誰かが不幸になった。
……戦争だから仕方ない。
開き直るつもりはないけど、恨まれても平気というわけでもない。
私に他人を不幸にして喜ぶ趣味は皆無だ。
でも、私には罪の意識で、人生を終えるつもりもない。
無責任なんじゃなくて、ある程度の割り切りは必要だ。
とはいえ、ハイラムに教えてもらった人形会に依頼した人物の名前を聞いてもよくわからなかった。
それも仕方がない。
なにしろ、面識のない相手だった。
会ったこともない相手を殺したほど恨むのかと思わないでもない。
でも、ありえない話じゃないだろう。
戦場で私に大切な人を殺されたなら、私との面識の有無など関係なく相手は殺意を抱く。
今回の場合は、私に愛し合っていた婚約者を殺されたらしい。
同情はするけど、殺されてあげるほどじゃない。
犯人の処罰とかには興味はなかったので、詳しくは聞かなかったけど、これ以上犯人の女性が私を害するなにかすることはないそうだ。
これで、解決かと言えば、そうでもない。
実行犯の人形会に関してハイラムたちは数回戦闘になっているけど、他人の体を使い捨ての人形にしているようなので、本人を特定することすらできないでいる。
ただ、人形会は、依頼者が捕まったことで、それでも律義に依頼を実行する可能性は低いそうだ。
これだけなら、ハイラムが落ち込む理由はない。
私の暗殺の依頼に、ハイラムの妻ミエルサが関係していたのだ。
けど、これがなかなか難しい。
実のところ、ミエルサ自身はなにもしていない。
ミエルサが暗殺者を探したり、依頼料を依頼人の女性に代わって支払ったという事実もない。
本当に、ミエルサはなにもしなかった。
でも、今回はそのなにもしていないことが問題となっている。
ミエルサは、婚約者を私に殺された友人の女性の様子が変なことに気づいていて、暗殺者に依頼した可能性も思いついていた。
でも、ミエルサは事実を確かめることもしないで、友人の行動を見逃している。
多分、ミエルサの弟の仇である私が死ぬ可能性を期待して。
その上で、不自然なタイミングで私に会いに来て、わざと自分が疑われるように行動した。
ミエルサの行動は、弟を失った姉として理解できる。
けど、それはハイラムの意に反する行動なのだ。
とはいえ、厄介な話だ。
ミエルサを罪に問えるかといえば、王族のハイラムが動けば可能だけど、ミエルサはマルスト侯爵の娘でもあるので、貴族たちのパワーバランスを考えると簡単にはできない。
それぐらい微妙で曖昧な罪。
でも、それよりも問題なのはハイラムの心だ。
そこにいるのは、邪神の使徒に対応するために奔走する英雄じゃなくて、妻に裏切られた夫の寂しそうに落ち込む姿。
けど、思ってしまう。
ミエルサの気持ちもわからなくはないし、ハイラムの落ち度だと。
大切な弟を殺した農奴を助けて仲良くする夫。
それが、ミエルサから見えた現実だろう。
世界を救う大望、長期的な視座。
それは素晴らしいことで、間違いじゃないけど、ハイラムは割り切りすぎて、妻のミエルサに物分かりの良さを期待しすぎてコミュニケーションが足りなかった。
次回の投稿は4月10日金曜日1時を予定しています。




