4-13 カエルとサケ
物事には二つの側面がある。
素晴らしいことなのに、残念。
一つのことに、そんな矛盾した感想を抱いてしまう。
目の前の光景に不満はなく、メリットしかない。
なのに、私の心には寂しさの風が吹いている。
楽勝?
いいえ、蹂躙だ。
戦闘にすらなっていない。
単調な作業に見えてしまう。
それは悪いことじゃない。
冷静に事実を並べるなら、メリットしかないのだ。
あえてリスクを選択する必要なんてない。
だから、なに一つ間違いはないのに、理不尽に見えてしまう。
ここはダンジョンで蹂躙されているのはシックルドラゴンたち出現する魔物。
そして、蹂躙しているのは、ハルルフェントを中心としたエルフたち。
ここ三か月で、エルフたちが強くなった。
ハルルフェント以外のエルフたちの弓も、村に招いた職人たちによって作られた属性トレントの弓。
素材は私がハルルフェントに作った属性トレントの弓とほぼ同じ。
性能は、職人が作った属性トレントの弓の方が上かもしれない。
弓が変わって、エルフたちの戦力が上がった?
それは間違いじゃない。
けど、重要なのは、新しい属性トレントの弓を装備したエルフたちがベルセルクやウールヴヘジンの群れを安定して狩れるようになったことだ。
つまり、エルフたちは効率の良いレベリングができるようになり、短期間で急激に強くなった。
これに影響されたのが獣人たちだ。
手抜きをしていたわけじゃないけど、獣人たちが今まで以上に死に物狂いで強さに貪欲になった。
ある意味で私を特別な英雄のように見なして、憧れてはいても到達できないと諦めていた獣人たちが、エルフたちが急激に強くなるのを目の当たりにして、ちゃんと自分なりに強くなることに向き合っているみたいだ。
だから、獣人たちも成長してベルセルクやウールヴヘジンと一対一なら勝てるようになっている。
ある意味で属性トレントの弓が作られて、村に好循環が生まれた。
獣人たちの装備もベルセルク鋼から、フレイヤ鋼に代わっていたりする。
トレントイーターも安定して狩れているから、トレントイーターの角もある程度確保できた。
まだ、需要を完全に満たすほどじゃない。
村の景気も良好。
属性トレントは木材も枝も需要が常にある。
ダークトレントの木材は、杖の素材として最適なようで、多方面から催促がある。
こうして村人たちの実力が上がったから、試しにダンジョンにきてみたら結果は蹂躙だった。
悪いことじゃない。
だけど、魔物が戦闘じゃなくて緊張感のある作業として処理されていくのは、寂しいと思ってしまう。
これも、余裕があるからこその贅沢な悩みだ。
でも、ランダムで出現するトレントイーターすら倒す快進撃はダンジョンの中層で止まる。
これまでの少し人工的な雰囲気とは違う自然の洞窟のような趣のダンジョンの中層は、高さも横幅も一気に広がり十メートル以上、場所によっては三十メートルとかなり広い。
そこに出現したのが、ゾウ並みの大きさの真紅の魔物。
その弾力のある皮はエルフたちの弓が通用しなかった。
というか、刺突や貫通させるような攻撃が通用しない。
ゲーム的に考えるなら貫通攻撃無効だろうか?
実に、厄介だ。
そして、この厄介な魔物の名は跳躍火竜。
跳躍火竜なんて仰々しい名前だけど、見た目は角の生えたゾウ並みに大きい真紅のカエルだ。
強い弱いで言えば、この跳躍火竜は強い。
トレントイーターと同クラスの魔物。
数か月前の私なら、倒すのに苦労しただろう。
火属性のブレスによる範囲攻撃と、伸びる舌による変則的な遠距離攻撃に、その巨体と脚力を活用した突進は強力だ。
けど、対処は可能。
そもそも火属性のブレスは装備で無効。
以前のファイアラットの毛皮のマントじゃなくて、フレイムバロメッツの毛皮で作ったフード付きのマントと、フレイムバロメッツの革で作ったズボンとジャケットが、火属性のブレスを無効にしてくれる。
もちろん、守られていない顔などに当たったらダメージを受けるけど、これぐらいなら動きで十分に対処できる。
汎用性でいうなら別の装備があるけど、このダンジョンならこの装備が最適。
私はフレイヤ鋼の大鉈を構えて前に出る。
角の生えたゾウ並みに巨大なカエルのような跳躍火竜の火属性のブレスに合わせて一気に間合いを詰めていく。
「熱っ!」
火属性のブレスは無効化できても、ブレスで熱せられた空気はそのままだ。
火属性のブレスに触れていないのに火傷しそうだし、呼吸すらできない。
ここで深呼吸なんてしたら、確実に肺が死ぬ。
でも、その程度だ。
空気の熱さは耐えられないほどでも、戦闘が継続できないほどでもない。
跳躍火竜がブレスを止めて、舌を鞭のようにしならせて伸ばしてくる。
跳躍火竜の伸びる舌は速くて力強い動きだけど、軌道が単純だからよけやすい。
私の視線の先に伸びきったゴムのようにピンと張った跳躍火竜の舌がある。
フレイヤ鋼の大鉈で簡単に切断できそうだ。
けど、自重する。
跳躍火竜の舌は極めて切断しにくい。
絶対に切れないわけじゃないけど、トレントの枝を切るより難しいといえるだろう。
それに、ぬらりとした跳躍火竜の舌には強い粘着性があり、腐敗した生ゴミのような生臭い悪臭がする。
実に、不快で吐き気を刺激するけど、気にならないと強く思い込んで無視。
舌の切断に失敗したら、舌が武器に絡まり奪われてしまう。
不必要なリスクだ。
だから、舌は無視して、跳躍火竜にフレイヤ鋼の大鉈を振るう。
ただ、振り方にかなり気をつかう必要がある。
頑丈で弾力のある跳躍火竜の皮を切るのには、独特のコツがわからないとダメだ。
皮を切り裂き、大鉈の刃が肉に達したら、切り方を変える。
大鉈で跳躍火竜にダメージを与えるにはクセがあるけど、それだけだ。
難しくはあるけど、集中すれば実行可能なレベル。
「ゲェイィィィーーー」
私が跳躍火竜の左の後ろ脚を切り飛ばすと、濃厚な鉄錆のような臭いの血を傷口から吹き出しながら、跳躍火竜が汚い叫び声を上げた。
血をばら撒きながら、のたうち回る跳躍火竜の右の後ろ脚も切断する。
私は後退して、獣人たちが前に出て跳躍火竜に挑む。
これだけ追い詰めても、獣人たちにとっては跳躍火竜は強い相手。
だから、任せる。
この苦労は後に獣人たちにとって力になるだろう。
それに、獣人たちが跳躍火竜に止めを刺せばレベルアップにもつながる。
跳躍できない跳躍火竜。
それでも強く、油断すれば獣人たちは一瞬で死ぬ。
獣人たちの攻撃も弱くはないけど、一撃で殺すことはできない。
だから、何度も跳躍火竜は、倒されるまでに無数に切れられることになる。
なかなか凄惨で恐ろしい光景だ。
数十分後、跳躍火竜が獣人たちに倒されて、火属性の魔石をドロップした。
跳躍火竜のドロップアイテムとして、火属性の魔石は悪くない。
魔石は属性に関わらず常に需要がある。
それからさらに、自然の広い洞窟のようなダンジョンの中層を進む。
光源がないのに、少し薄暗いだけですんでいるから不思議だ。
ただ、問題もある。
臭いだ。
トレントイーターのような例外を除けば、シックルドラゴンとか、跳躍火竜のように、このダンジョンは竜系の魔物しか出現しない。
それで、このダンジョンに出現する魔物たちにも臭いはある。
それも独特で強烈な臭いだ。
魚の臭いから磯臭さをマイナスして、獣臭と硫黄の臭いを足したような、生臭い刺激臭がする。
特に、跳躍火竜は臭いが強いようで、中層に入ってからずっと臭い。
獣人の何人かは辟易とした顔をしている。
けど、臭いだけで、命の危険があるけじゃないから、我慢するしかない。
まあ、臭いの強弱も魔物の接近を知らせるシグナルになるから、魔道具などで安易に臭いを無効にしてしまうことも危険だ。
それから、何度か跳躍火竜とトレントイーターを倒して、目的の場所に到着した。
といっても、見た目は少し開けた洞窟でしかない。
多少の変化はあるけど、明確に指摘できないぐらいのわずかな違いだ。
私たちに同行していて、一切戦闘していなかった十人ほどのドワーフや獣人が前に出て岩肌を調べる。
ここで竜心鉄の鉱石が採掘できるのだ。
でも、採掘系のスキルを持っていないと、採掘すべきポイントがわからない。
自然の採掘現場なら、スキルがなくても知識と経験でなんとかなるけど、ダンジョンだと採掘系のスキルがないと無理だ。
つまり、私たち戦闘用員は、採掘に関してすることがない。
せいぜい、彼らが安心して採掘できるように、近づいてくる魔物を迅速に倒すだけだ。
彼らが振るうツルハシも、村で作った一級品。
これに関しては、この国の王子にして前世の記憶を持つハイラムからの助言だ。
採掘用のツルハシは妥協するなと言われた。
元々、妥協するつもりはなかったけど、不思議に思って聞いてみたら、この世界に酷似したゲームのエンドレスインフィニットクロニクルだと、ツルハシの質で採掘できる鉱石の質と量が変化するらしい。
ハイラムの説明もわかるけど、私は素直に納得できないでいる。
ゲームならツルハシで採掘の質や量が変化するのは普通だろう。
でも、現実なら?
同じ場所で採掘するのに、ツルハシの質で結果が変わる?
意味が分からない。
ただ、ツルハシの質で結果が変化するのはダンジョンや魔境で採掘する場合だけらしい。
普通の鉱山とかだと、作業効率とかに影響はあっても、ツルハシで埋蔵量が変わったりはしないと、ハイラムに説明された。
ハイラムは気になったから、実際にツルハシの質で採掘に影響あるのか気になって、調べたらしい。
ハイラムのこういう行動力は素直に凄いと思うと同時に、だから常に忙しいのだろう。
今回、採掘する村人たちのために、用意したツルハシはアーストレントの柄にヘッドはベルセルク鋼になっている。
私には違いがわからないけど、採掘系のスキルを習得している彼らは的確にポイントを見極めてツルハシを振るう。
しばらく、彼らの採掘する作業を見守っていると、魔物の気配を感じた。
エルフたちが弓を構え、獣人たちも武器を構えて、私とプアエンが前に出る。
出現したのは、火竜の一種。
ハイラムから聞いていた魔物だ。
つまり、未知の魔物じゃない。
とはいえ、実際に目にするのは初めてだ。
正直、微妙な気持ちになる。
なにしろ、出現したのはレッサーバハムートだ。
レッサーとはいえバハムートだ。
凶悪な、あるいは神秘的な竜をイメージする。
けど、実際のレッサーバハムートは一見すると竜には見えない。
というか、どう見ても魚だ。
それも、サケ。
角の生えた十メートルほどの巨体の宙を泳ぐ赤いサケが、レッサーバハムートだ。
魔物の強さとしては、跳躍火竜よりも少し強い。
倒すだけなら難しくない。
でも、問題点はこちらに非戦闘要員がいるということ。
まあ、一応採掘用員の彼らも、単独でハイオーガに勝てる実力はあるけど、レッサーバハムートが相手だと抵抗すら難しいだろう。
つまり、私たちが守る必要がある。
レッサーバハムートの意識が採掘用員に向かわないように、ヘイトコントロールをしないといけない。
しかも、ゲームじゃないから、気まぐれで魔物が標的を変えることは珍しくもないのだ。
とはいえ、それほど、苦労するとは思っていなかった。
なにしろ、属性トレントの弓を装備したエルフたちは強い。
跳躍火竜と違って、レッサーバハムートにはエルフたちの放つ矢は有効。
けど、状況は地獄絵図。
高所から強力な火の雨を降らすレッサーバハムート。
ほとんど絨毯爆撃だ。
放たれる火の弾丸の一撃もかなり強力。
フレイムバロメッツの毛皮で装備していても危うい。
一瞬でも油断したら、顔面など無防備なところを焼かれて死ぬ。
エルフたちもなんとか反撃するけど、高速で飛翔して避けられる。
絶対に倒せないとは思えないけど、なかなか戦いづらい相手だ。
次回の投稿は3月13日金曜日1時を予定しています。




