4-12 新しい弓
「じゃあ、このままストームトレントを伐採しに行こうか?」
プアエンとの手合わせを終えてから告げた私の言葉に、周囲の空気が凍り付いた気がする。
満足したような表情をしていたプアエンの表情が一気に曇り、周囲の獣人たちは困惑したような表情を浮かべているけど、私には理解できない。
私たちに、余力があるのだから、もう少し労働するのは普通のはずだ。
その後、乗り気じゃない仲間たちを鼓舞して、ストームトレントに挑んで伐採した。
次の日から、属性トレントを伐採してベルセルクやウールヴヘジンの群れを狩り、村に帰還して数日休憩してから、魔境に挑む生活を続けた。
それから一か月後、プアエンと獣人たちだけで、トレントの伐採とハイオーガの群れと狩りに行かせている。
そして、私は素材を目の前に並べて、呼吸を整えていく。
イチイの木のアーストレントとストームトレントの木材、虹竹、トレントイーターの角、これらを適切に加工して弓にする。
木工スキルを起動させて、脳裏にハルルフェントが弓を扱う姿を浮かべながら、素材に触れていく。
基本的な形状は決まっている。
難しいのは、素材を並べる順番と形状。
素材の並びを入れ替えて、厚みや幅をわずかに変えるだけで、別物の弓になる。
一応、最大で弓を五つは作れる量の素材を用意したけど、無駄にできるほどあるわけじゃない。
作業だけど、いきなり弓を作るわけじゃなくて、初めは素材の加工に慣れることが重要だ。
だから、イチイの木のアーストレントとストームトレントの木材の端っこを、削ったりして素材の特徴をつかむ。
……難しい。
そもそも、私は本職の職人じゃない。
できれば、逃げ出したいほど難しいけど、やるしかないのだ。
ハルルフェントが真剣な眼差しで、私に弓を作って欲しいと言った。
そこまで、言われてやる前に逃げ出すことはできない。
まあ、素材に触れた今は、逃げ出したくなっている。
イチイの木のアーストレントとストームトレント、加工は可能。
だけど、想像通りに加工するのが難しい。
それぞれの素材を手にしながら完成した弓をイメージ。
その素材の役割と形状を想定して、修正して、想定して、修正するを繰り返す。
決まったら、次の素材を手にして、同じ工程を繰り返していく。
すべての素材の役割と形状が決まったら、完成した弓をイメージして修正。
第三者が、今の私を見たらサボっているように見えるだろう。
なにしろ、素材を手にして数時間動かないから。
まあ、私の作業を邪魔する人はいないので問題はない。
もっとも、近くにシックルドラゴンの肉のジャーキーをかじりながら寝そべったウィトルイがいるけど、気にならない。
でも、一流の錬金術師としてのウィトルイの出番はまだ先。
頭が疲れた。
高難易度の計算とパズルを延々とやっているような気分だ。
大きく息を吐いていて、栄養剤代わりにヒールポーションを飲む。
深呼吸をして、疲れがとれたと自分に言い聞かせる。
緊張しながら、少しだけ心躍らせながら、作業をしていく。
そもそも私は木工が嫌いじゃない。
イチイのアーストレントの赤茶色の木材は硬いから、加工するときに慎重さと大胆さが求められる。
失敗しないように、慎重になるとまったく加工できない。
けど、これはわかりやすい難しさだ。
イチイのストームトレントの黄緑色の木材が想像以上に厄介。
アーストレントの木材に比べれば硬くはない。
でも、妙に木材の繊維が粘る。
だから、イメージ通りに加工できない。
……いや、私がイチイのストームトレントの木材のクセをつかみきれていないだけだ。
何回も繰り返して修正していく。
迷い、不安、疑念を彼方に追いやり、どこまでも目の前の木材との対話に集中する。
イチイのアーストレントとストームトレントの木材を加工するのに、十日以上かかってしまった。
一度、村長としての溜まった業務を処理して、弓作りを再開させる。
虹竹の加工を終わらせて、残るのトレントイーターの角。
加工に必要なスキルは錬金術。
私の魔道具頼りの錬金術じゃ無理。
だから、寝そべるウィトルイに声をかけたら、
「無理!」
ウィトルイが笑顔で口にした言葉に、私は首を傾げる。
「なぜ?」
「私、弓とか作れないし」
ウィトルイの言葉に、思わず私は納得してしまう。
ウィトルイはトレントイーターの角を錬金術で加工できる。
けど、ウィトルイは弓を作るために、どんな形状にすればいいか分からない。
口頭や図で伝える?
悪くはないけど、完成した弓の品質に私は納得しないだろう。
ミリ以下の精密な違いを口頭や図で伝えるのは現実的じゃない。
おそらく、それでも完成した弓はある程度高性能な弓になるだろう。
水準以上の性能で、使用するハルルフェントも文句を言わずに感謝するかもしれない。
……それが?
私が納得できない妥協した武器をハルルフェントに渡して、戦場で戦えと?
無理だ。
そんな物に、命をかけろなんて死んでも言えない。
ハルルフェントが使う弓は、自分の命を預ける道具だ。
妥協なんてできるわけがない。
とはいえ、どうしたものか?
私が悩んでいると、ウィトルイがムカつく笑顔で話しかけてきた。
「解決策はあるよ」
私は、あるならさっさと言えよと怒鳴りそうになるのをなんとかこらえる。
それで、ウィトルイの解決策は、二人でやるだった。
つまり、魔道具の愚者の腕輪の力で私もウィトルイと一緒に、錬金術を使うというもの。
意味がわからなかった。
けど、ウィトルイがこういう場面で嘘を言うことは……あまりない。
だから、とりあえずやってみることになった。
そして、やってみてわかったことがある。
感覚的に気持ち悪い。
ウィトルイがトレントイーターの角の根元を握り魔力を流して満たしたら、私もトレントイーターの角の先端を握り魔力を流す。
現象としては単純で、トレントイーターの角のなかで私とウィトルイの魔力が混ざって反発してるだけのこと。
だけど、錬金術で操作している魔力には、微妙に感覚がある。
自分のなにかと、ウィトルイのなにかが、混じり合い反発する感覚が伝わってくるのだ。
この説明だと、微妙にエロいことをイメージしそうだけど、感覚的には前世の胃カメラを飲み込む感覚に近い。
未知のなにかが、触れられ慣れていない部分を刺激する。
嫌悪感とまではいわないけど、不快感が凄い。
油断すると吐いてしまいそうだ。
でも、やってみて、なにをすればいいかのかは、すぐに理解できた。
私一人だとトレントイーターの角を私の魔力で満たすことができない。
だから、ウィトルイが先に自分の魔力でトレントイーターの角を満たして、私の魔力を誘導してくれている。
そして、私が完成形を魔力で伝えながら、ウィトルイはトレントイーターの角を変形させていく。
確かに、これならイメージ通りのものができるだろう。
ただ、感覚的に気持ち悪い。
自分のなかを、自分じゃないなにかがうごめくような不快感。
途中、ウィトルイが発情したような声をあげたのは、私の気を紛らわせるための冗談なのだろうか?
この不快な作業を三日も続けることになった。
原因は?
まあ、私だ。
妥協したくないから、わずかな調整を延々と繰り返してしまった。
最初はふざけて軽口を言う余裕のあったウィトルイも、三日目には死んだ魚のような目をしていた気がするけど、気のせいだろう。
すべての素材を組み立て弓にしていく。
形状と内部の魔力の通り道を整えたら完成。
村長としての執務があったから、途中で何回か、中断したけど、弓の完成まで一月以上かかってしまった。
けど、後悔はない。
この弓になら、ハルルフェントに命を預けてくれていいと思える。
それぐらいのできだ。
まあ、作業がつらすぎるから、二度と作りたくないけど。
見た目は落ちついた黄緑色の弓。
ただし、装飾とか一切ないのに、存在感というか、威圧感が凄い。
そして、クマ頭のベルセルクの群れで、ハルルフェントが試射したら酷かった。
失敗したわけじゃない。
十体以上いたベルセルクの群れを、接近戦の距離まで許すことなくハルルフェントは全滅させてしまった。
どうみても、弓の攻撃じゃない。
まるで、砲撃か、レーザーのようだった。
ベルセルクのなかには、飛んでくる矢を武器で防御する個体もいたけど、あっけなく武器を手から吹き飛ばされて、次の矢で頭を吹き飛ばされる。
まあ、弓とハルルフェントの技量もあるけど、他にもハルルフェントの一撃の威力が上がった理由がある。
それが、矢だ。
鏃がベルセルク鋼でシャフトとなる本体はイチイのストームトレントとイチイのアーストレントの残った木材で作った。
だから、遠距離にはストームトレントのシャフト、近距離ならアーストレントのシャフトと使い分けている。
このベルセルク鋼の鏃を量産できるようになったのには、属性トレントをプアエンと二人で相打ちで伐採できるようになったことが大きい。
伐採したフレイムトレントを炭にして炉に入れれば、ベルセルク鋼を加工できるほどの熱が生み出すことが可能になる。
でも、その高温に耐えるための炉を作らないといけない。
そして、新型の炉の素材になったのがアクアトレントの木材だ。
もっとも、炭も炉も、最適なわけじゃない。
なんの種類の木のフレイムトレントの炭とアクアトレントの木材が向いてるかの選別がすんでいないのだ。
現状でも問題ないから、無理に急いでやる必要もないけど。
時間ができたら、色々と試してみたい。
ともあれ、新型の炉と炭が手に入ったから、村の倉庫で山積みなっていた使い手のいない、ベルセルク鋼の武器を加工して、村人の武器や鏃を作れるようになっている。
けど、炭の量が限られているから、一気に大量にベルセルク鋼の武器を加工できるようになったわけじゃない。
でも、村人たちの武器の質の向上はありがたい。
村人たちの生存率に直結するから。
実際、プアエンの援護ありだけど、獣人たちがトレントの伐採に成功している。
相打ち前提になるから、まだまだ安定して伐採できるとは言い難いけど、大きな成果だ。
これも、獣人たちの武器が自分たちに最適なベルセルク鋼の大斧になったことも大きい。
それはともかく、ハルルフェントは私の作った弓に満足してくれた。
だから、
「他のエルフの弓はしばらく待って欲しい」
と言ったら、ハルルフェントに殺意のこもった瞳で睨まれた。
怠けないで村で暮らしている他のエルフたちの弓も作れと、ハルルフェントが催促しているのかと思ったら違うらしい。
ハルルフェントから、私に他のエルフに弓を作って欲しくないと言われた。
意味がわからず私が首を傾げていると、横で聞いていたウィトルイが笑いながら地面を転げ回っているのが、物凄くむかつく。
ハルルフェントの意図はよくわからないが、エルフたちが納得するなら、別に私は弓を作ることに拘泥しない。
実際、弓を作るために、私の時間が拘束されすぎる。
腕の良い弓作りの職人を招いたほうが良いだろう。
現状なら、お金とコネがあるからそこまで難しくないはずだ。
「うーん、ファイスと二人で情熱的な共同作業がもうできないんだ」
ハルルフェントに聞こえるように、ウィトルイが笑顔で口にする。
ハルルフェントが泣きそうな顔を私に向けてきた。
この美しい思春期エルフはウィトルイの言葉を聞いてなにを想像したのだろう。
まったく、本当に脳内が思春期すぎる。
全身全霊で弓を作っていたら、私の心身に余計なことをする余裕なんてないとわかりそうなものだ。
なんとか、子供のように拗ねるハルルフェントに説明して納得させることができた……と思う。
けど、隣で腹を抱えて笑うウィトルイに少しだけ殺意が芽生えた気がする。
次回の投稿は2月27日金曜日1時を予定しています。




