4-11 アーストレント
「アハハハ」
私は無意識のうちに笑っていた。
面白い。
だから、笑う。
笑みが浮かび、心からの笑い声が口から出て魔境に響く。
それも仕方がない。
一瞬、一瞬が濃厚で心が満たされるほど面白いのだから。
そして、私が求めるのは強者じゃないと自覚した。
ヴァルキリー、ベルセルク、シックルドラゴン、トレントイーターなどの強者との戦いは、私にとって有用な経験だ。
つまらないわけじゃない。
でも、違う。
私は獣人のような戦闘狂じゃないし、強さを求めているわけじゃない。
私にとって強さは手段であり、結果だ。
私が求めているのは、斧を極めること。
そして、その修行に適した対象。
アーストレントは、他の属性トレントに比べて、とにかく硬くてなかなか難しい相手だ。
現状の私でも、一人だと伐採するのは厳しい。
事実、以前にアーストレントを伐採したときは、一流の冒険者たちと協力した。
けど、今回は、アーストレントの枝をフレイ鋼の鉈で対処して、アーストレントの幹にはプアエンと挟み込むように大斧を振るい相打ちを発動させる。
格上のはずのアーストレントの幹に、黒い大斧迷宮のラブリュスの刃がめり込む。
それが、どうしょうもなく楽しい。
ユグドラシルほど隔絶した対象じゃなくて、アーストレントというこちらの力がなんとか通用する格上の難敵。
プアエンと協力して二人でなら、なんとか挑める相手。
でも、楽じゃない。
なにしろ、肝心の相打ちが三回に一回しか発動しないのだ。
プアエンの動きが安定しない。
けど、プアエンの技量に合わせて、威力と速度を少しでも落とせば、相打ちでもアーストレントには通じないのだ。
だから、プアエンには限界ギリギリの一撃を振るい続けてもらう。
一方、私にも余裕はない。
一撃ごとに、アーストレントを理解して、自分の中に落とし込み修正して、プアエンと共有する。
でも、私とプアエンは一言も喋っていない。
無言だ。
それでいい。
相手の振るう斧に集中していれば、絶対にこちらの意図とタイミングが伝わる。
客観的に考えればプアエンがアーストレントに挑むのは、相打ちで伐採することが前提でもかなり早い。
なら、私は、実力の劣るプアエンにイラつくか?
答えはノーだ。
プアエンに無理を承知で無茶をさせているのは私のほうで、感謝しかない。
そしてなにより、教導も楽しいのだ。
プアエンは限界のパフォーマンスを発揮している。
欠片の手抜きもない。
集中しすぎて視野が狭くなっているのがマイナスだけど、プアエンはよくやれている。
普通なら、褒めるだけだ。
けど、私は厳しい一撃を見せて、プアエンに限界の先を要求する。
前世なら、パワハラでしかない。
……ある意味でパワハラか?
プアエンに無茶で無理なことをさせてはいる。
でも、無駄なことじゃない。
三回連続で、相打ちに失敗したら、プアエンは絶望するように泣きそうな表情を浮かべるけど、四回目で動きとタイミングを修正して相打ちを成功させた。
プアエンは天才だ。
プアエンには私がスパルタに追いつめる悪魔にでも見えるかもしれないけど、止められない。
手本を見せて、きっかけを与えてから、追い込めば追い込むだけ成長する。
嫉妬?
皆無だ。
ある種の創作している気持ちだろうか?
プアエンという斧の天才を形成するという楽しみ。
プアエンが絶対に要求水準に届かないなら、ここまでの無茶はしない。
でも、プアエンは徹底的に追い込むとできてしまう。
だから、私も止められない。
とはいえ、やりすぎという自覚はある。
何度か、プアエンがなにかを叫んだ。
悲鳴、怒号、そのあたりだと思うけど、私はわざと無視した。
実に非道だ。
外道ですらあるかもしれない。
段々、プアエンから表情が抜けていき、涙のあとだけを頬に残して無表情でドワーフ鋼の大斧を振るっている。
プアエンの動きが一撃ごとに洗練される。
極限まで脱力して、無駄な力みをなくした合理的な動き。
ただ、プアエンの視線と殺気が、目の前のアーストレントじゃなくて、私に向けられているような気がするけど勘違いだろう……多分。
そして、成長するプアエンを見て、私も自分の動きに反映される。
そういう意味で、アーストレントは素晴らしい。
一撃ごとにまだまだ試行錯誤が思い浮かぶ。
それだけ、アーストレントは伐採するのに創意工夫が必要な難敵。
だから、面白い。
自身の動き、迷宮のラブリュスの振り方、アーストレントをどの角度で、どこを狙うのが正解なのか、想定して実践して修正する。
すべてが極限にして精緻。
すべての要因のどれかにだけに気をとられたら、成立しない。
心臓どころか魂を圧迫する緊張と、どこまでも私という存在を満たす全力で生きているという充足感。
心身が限界まで追いつめられているであろうプアエンには悪いけど、この時間が永遠であって欲しいと願うほど楽しい。
そして、相打ちも奥が深いと理解した。
通常のトレントとアーストレントだと、相打ちの手ごたえが違う。
だから、トレントでの相打ちの最適解が、アーストレントだと上手くいかない。
些細な違いで繊細な違いだけど重要な違いだ。
それ以外にも気になることがある。
黒い大斧迷宮のラブリュスに違和感を覚えてしまう。
まあ、理由は簡単だ。
根本的に迷宮のラブリュスが私にあっていない。
これは、私に技量の問題があるとか、迷宮のラブリュスがダメということじゃないのだ。
そもそも、迷宮のラブリュスは強い大斧だけど、私のために作られた大斧じゃない。
元々は深淵のミノタウロス用の大斧だ。
長さ、重さ、形状で私に合っていない。
私としては、両刃じゃなくて片刃の大斧が好みだ。
私の技量が上がると同時に、長くてデカくて太い迷宮のラブリュスが扱いにくいと感じてしまう。
手にある大斧が理想的な形状なら、もっと最適な動きを追求できると。
現状、プアエンとの差があるから、なんとかなっているけど、数か月後にはレベルとスキルレベルで私がプアエンを上回っているのに、私が原因で相打ちができなくなる事態が発生するだろう。
それまでに、竜心鉄を採掘できるようにしないといけない。
時間はあるようでないな。
つまり、プアエンを追いつめているのは、状況が必要だと要請するからで、私の本意じゃない。
…………まあ、嘘だけど。
望んで、私がプアエンを追い込んでいる。
そして、開始から十時間で、アーストレントを伐採できた。
達成の喜びを分かち合おうと、プアエンを見れば収納袋からヒールポーションを取り出して一気に飲むと、青みがかった黒いドワーフ鋼の両刃の大斧を私に向けてきた。
「手合わせ願う」
プアエンの両眼には輝くような強烈な殺意が宿っているような気がする。
少しプアエンを追いつめすぎたかなと申し訳なく思うけど、それだけだ。
これからも属性トレントを伐採するのにつき合わせるのを止めないし、連日プアエンを追いつめることになるだろう。
それに、この手合わせは私も興味がある。
アーストレントを伐採してレベルやスキルが成長したプアエン。
その技量が対人戦だとどうなるのか試したい。
…………私はけっこう人でなしなのかもしれないと、少しだけ思ってしまう。
黒い大斧迷宮のラブリュスを収納袋に入れて、代わりに新しい装備の青緑色のフレイヤ鋼の大鉈を取り出して構える。
一撃の威力だとフレイヤ鋼の大鉈は迷宮のラブリュスに劣るけど、切り返しや取り回しはフレイヤ鋼の大鉈が上だ。
もっとも、それをいうならフレイ鋼の鉈の方が対人戦に適しているといえる。
でも、私はこの大鉈の性能を試したいから、これを選んだ。
わずかに、プアエンが顔をしかめる。
私が大鉈に装備を切り換えたのを、プアエンは侮りと考えたのかもしれない。
まあ、プアエンの不満は取るに足らない、ささいな問題だ。
大鉈を装備した状態で、プアエンが納得するだけの実力を示せばいい。
「死ねぇえええ!」
プアエンが物騒な気合の言葉を口にすると同時に、ドワーフ鋼の大斧を振るって突っ込んでくる。
ため息をしそうになってしまう。
減点だ。
確かに、肉体的な疲労はヒールポーションでどうにかできても、精神的な疲労はヒールポーションを飲んでも残る。
けど、だから、なんだというのだろう?
極限の状況下で、疲労はパフォーマンスを発揮できない理由にならない。
むしろ、なんとかして、パフォーマンスを維持するべきなのだ。
もちろん、普通の安全な仕事なら、こんな過酷な水準のことはプアエンに求めない。
でも、プアエンが仕事とするのは、油断したら即座に死ぬような危険で過酷な状況なのだ。
だから、私はプアエンの醜い雑な動きを許さない。
心が停止するような冷めた気持ちで、大鉈を振りかぶる。
そして、心のどこかで、このプアエンの雑な動きが、私の油断を誘う策であって欲しいと願ってしまうのだ。
それでも、大斧を振るうということだけで考えれば、プアエンの動きは悪くはない。
美しいとさえ言えるだろう。
でも、これは素振りじゃなくて、相手のいる手合わせだ。
相手との間合い、視線、重心のわずかな動きにすら、見逃しちゃダメなのに。
単純な間合いの駆け引きすらない、プアエンは最短距離を最速で駆ける。
だから、私は自分から突進するように間合いを詰めて、威力が乗り切る前にプアエンのドワーフ鋼の大斧を、フレイヤ鋼の大鉈で横方向から迎撃した。
同時に、接触している大鉈と大斧を起点に、プアエンの軸に干渉して重心を動かす。
バランスを崩したプアエンが倒れそうになるけど、なんとか耐えた。
けど、そこまでだ。
プアエンは、一瞬だけ倒れないように全神経を集中したのだろう。
隙だらけだ。
無謀なプアエンの腹に、私の大鉈がめり込む。
吹き飛んだプアエンが10メートルくらい吹き飛んで転がり、口から血を吐く。
でも、プアエンは死んでいない。
プアエンに、大鉈を叩き込む直前で、回転させて峰打ちにしたのだ。
それでも、あまり手加減しないで振るったから、プアエンは大ダメージを負った。
「プアエン、ヒールポーションを飲んだら、続きだ」
私の言葉に、周囲にいた十数人の獣人たちが息をのむ。
吐血するほどのダメージがあったから、手合わせは終わり?
通常ならそれでいいかもしれないけど、現状だと容認できない。
疲労や怒りの感情で雑になっていることをプアエンに自覚させる必要がある。
プアエンの前に立つ私は無策で勝てる相手じゃないと。
ヒールポーションを飲んだプアエンは口に溜まった血を吐き出して、ドワーフ鋼の大斧を構える。
プアエンの目から、ノイズとなる感情が消えているように見えた。
今度はこちらから突進して大鉈を振るう。
ステップや視線の動きなどプアエンは細かいのを含めれば十以上のフェイントをいれるけど、私は強引にプアエンの対処を限定させる。
それから、五十合以上刃を交えて、プアエンを五回以上地面に転がらせた。
以前の会ったばかりの時の手合わせと違う。
プアエンの成長速度が鈍化したわけじゃないし、私が急激に強くなったわけでもない。
刃を交えるごとに、プアエンは成長している。
けど、以前のように迫らるような恐怖は感じない。
変化したのは私の心構えだろうか。
今の私はプアエンの成長を喜び楽しむことができる。
そして、プアエンの取捨選択して急激に成長する姿をみることで、私にとっても技術が洗練されるのを見るのは有用だ。
それに、プアエンが成長したから、対人で試したい動きを確認できる。
もちろん、プアエンに追いつかれないように、自分自身も精進しないといけないと、身が引き締まる思いだ。
……私はプアエンに斧を共に極める者として、弟子じゃなくて全力で切磋琢磨できるライバルになって欲しいのかもしれない。
次回の投稿は2月13日金曜日1時を予定しています。




