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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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4-5 ダンジョン

 ダンジョン。


 それは試練の神あるいは邪神の生み出す魔境と並んで、国や領主にとって資源であり恵みであり災厄の種。


 その存在は知っているけど、訪れたことはなかった。


 別に、避けてきたわけじゃない。


 その機会がなかっただけだ。


 なにしろ、少し前まで私は農奴で、自由に隣の村に移動する権利すらなかった。


 その後、ハイラムの下でトレントを伐採するようになると、ダンジョンへ行くこと自体は可能だったけど、日々が忙しくてダンジョンへ行く必然性が低かったからしょうがない。


 でも、今、私はダンジョンに来ている。


 将来的に、竜心鉄を採掘するための調査という必然性もある。


 このダンジョンの入り口は村の近くの山の中腹に洞穴のように存在していた。


 ……見た目は普通の洞窟だ。


 魔力の濃度が少しだけ濃い以外は普通で特徴がない。


 ……いや、普通じゃないことがある。


 ダンジョンの内部が暗くないのだ。


 日差しのある外に比べれば暗いんだけど、遠くが見えないとかはない。


 ダンジョンの壁に等間隔で、光るクリスタルのような物が設置されている。


 邪神がつくったダンジョンが入った者を殺すためなのと違って、成長を目的として試練の神がつくったダンジョンだから、こういう配慮があるのだろうか?


 ここ以外の他のダンジョンだと、松明やランタンのような光源を持って行かないと暗くて見えないのが普通らしい。


 一応、ベルトに吊るせる光る魔道具が収納袋に入っているから、ダンジョンが急に暗くなっても対処は可能だ。


 光の精霊のようなものを使える精霊弓士のジョブのハルルフェントもいるから、光源に関しては心配していない。


 とはいえ、ダンジョンだ。


 私の心は表現しにくい郷愁や憧れの色すら感じられる思いに満たされる。


 浮つきそうになる心を自戒して、未知の危険な領域なのだと気を引き締めた。


 けど、このダンジョンにはトラップはないらしいので、脅威となるのは出現する魔物だけだ。


 ダンジョンに踏み入れて周囲を警戒しながら、視線を下に向けると自然な洞窟の地面に見えて、よく見ると不自然だったりする。


 ダンジョンの地面に凹凸が極端に少ない。


 自然にできた洞窟ならありえないだろう。


 戦いやすいように整地されているように思うのは考えすぎだろうか?


 収納袋にヘルハウンドのフード付きの黒い毛皮のマントを入れて、ファイアラットのフード付き赤い毛皮のマントを取り出して身に着ける。


 なぜ、ヘルハウンドじゃなくてファイアラットの毛皮のマントなのか?


 物理と魔法の防御力共にヘルハウンドの毛皮の方が、ファイアラットの毛皮よりも上だ。


 触り心地と保温性は優れているけどファイアラットの毛皮は防具としてヘルハウンドの毛皮に負けているけど、ファイアラットの毛皮には火を吸収するという特殊効果がある。


 これは対象が火なら松明のような物理的な火、ハルルフェントの使う魔力由来の火でも関係なく吸収するのだ。


 その火力も関係なく、火ならどんなに強力でもファイアラットの毛皮は吸収する。


 対火属性攻撃特化の防具といえるかもしれない。


 ただ、私はこのファイアラットの毛皮を使用することに抵抗がある。


 それは別に、ファイアラットが魔物でもネズミだから拒否感があるとかじゃない。


 ファイアラットの毛皮は能力が不気味で、意味がわからないのだ。


 なにしろ、本当に火ならなんでも吸収してしまう。


 でも、実際にファイアラットの毛皮が火を吸収しているのかわからない。


 ファイアラットの毛皮が火を吸収したのなら、そのエネルギーはどこにいった?


 少なくとも毛皮の内部に蓄積されていたり、装備した者にエネルギーがそそがれるとかの現象もない。


 火を吸収する能力がある防具なんてゲームの中なら珍しくもないけど、現実でその現象を目撃するとあまりにも意味不明すぎて怖くなる。


 とはいえ、ファイアラットの毛皮が火属性の攻撃に対して有効なのは間違いない。


 そして、このダンジョンには火属性のブレスをしてくる魔物が何種類も出現する。


 実際、ファイアラットの毛皮を装備しているかどうかで、このダンジョンの難易度はかなりかわってくるだろう。


 一緒にダンジョンに入ったハルルフェントもファイアラットの毛皮のマントを装備している。


 けど、どうにもハルルフェントは、ダンジョン探索に集中できていない気がするのだ。


「ハル、どうかしました?」


「……いや、ファイスはプアエンをどう思っているのだ」


 深刻な表情で告げるハルルフェントの言葉に、私は首を傾げながら応じた。


「はい? ……質問の意図がよくわりませんが、将来が楽しみな木こりですね。弟子の成長が楽しくなる感覚でしょうか?」


 まあ、プアエンの成長が楽しくなってきたのは、ついさっきトレントを相手に相打ちをやるようになってからなんだけど。


「……そうじゃなくて! プアエンを女性としてどう見てる」


 ハルルフェントがもどかしそうに言う。


 ハルルフェントは物凄い美人だからわずかな表情の変化でも印象が大きく変わり、勝手に私の感情を大きく揺さぶってくるから困る。


「……プアエンを女性としてですか? そうですね、綺麗で向上心のある方だと思いますが?」


 私はハルルフェントの質問の意図がわからず、とりあえずプアエンについて思いついたことを口にしてみた。


 そもそも、プアエンとはまだ知り合ったばかりだから、彼女について語れるほど知らない。


「……なら、将来的にプアエンとの結婚を考えているのか?」


 ハルルフェントが意を決したように聞いてきた言葉に、私はますます思考を混乱させながら応じた。


「結婚ですか? ……考えたことはありませんね」


 そもそも、私にプアエンと結婚という発想がない。


 というか、結婚について考えたことがないのだ。


「そうか!」


 なぜか嬉しそうな表情を浮かべたハルルフェントに、私は淡々と説明する。


「現状の私の立場やしがらみを考慮すると、結婚は色々と政治的な配慮が必要になるかと」


「……つまり?」


「村長という私の立場に悪影響を与えない方で、ハイラム殿下が許可される方と結婚するんじゃないですかね」


「……自分の結婚なのに、他人事のように聞こえるな」


 ハルルフェントが咎めるように私をにらみつける。


「まあ、恋愛は個人的なことですけど、結婚は違いますからね」


 実際、結婚するのは私だろうけど、私の結婚を決めるのはハイラムなどが周囲を考慮して決めるのだろう。


 これは別に私が結婚について悲観しているとかじゃない。


 前世と違って、この世界というか国だと結婚は身分や家の都合が優先されるのが普通だ。


 私は貴族じゃないけど、ハイラムの配下の村長として各方面への配慮は必要だろう。


 私を殺したい侯爵とかもいるし。


「……なら、ファイスは誰かに恋したこはないのか?」


「……恋ですか? それは……」


 ……ないかな?


 ……あれ?


 私って、少し変なのだろうか?


 ……いや、恋愛だけが人生じゃない!


 とはいえ、前世をふくめて恋愛経験ゼロ。


 自分の人格に欠陥でもあるんじゃないかと少しだけ不安になる。


 一応、私もハルルフェントのような美しい女性を見たら、心が少しは動く。


 完全に、女性に無関心で、恋愛を意識して避けているというわけじゃない。


 けど、現状での私の最優先は斧を極めることだ。


 政治的な要因で結婚することはありえるが、恋愛をしている余裕があるのだろうか?


 ……うん、多分、こういう考え方をしているのがダメなのかもしれない。


「わかった。そうだな、簡単な話だ。ファイスの思いなど重要じゃないな」


 口元だけ微笑み鋭い眼差しを向けてく告げるハルルフェントの言葉に、私はなぜか死地に踏み込んだ時のように背筋がゾクりとした。


「はい?」


「わからないか? 考え方を間違えていた。ファイスが私をどう思っているかじゃない、私がファイスをどう射止めるかという話だ」


 ハルルフェントの言葉は愛の告白のようなのに、物理的に狩られるんじゃないかと思ってしまう。


 美しい女性に好意を寄せられたのに、喜びよりも恐怖がわきあがってくる。


 まあ、ハルルフェントいわく、返事はいらないそうだ。


 あれは告白じゃなくて宣言らしい。


 少し安堵しながらも、よく考えるとそれはハルルフェントが絶対に私を逃がさないということなんじゃないかと気づく。


 返事をくれと言われれば、現状の私だと断ることになるだろう。


 けど、ハルルフェントからの一方的な宣言だから、断りようがない。


 ハルルフェントが言っていた、私の思いは関係ないと。


 嬉しいような微妙に不安な気持ちになりながら、私はハルルフェントと二人でダンジョンを進む。


 ここのダンジョンの特徴として、等間隔にある光るクリスタルによって少しだけ明るいこと以外に、洞窟の広さがある。


 縦横がともに5メートルの幅の道が続く。


 どうにも微妙な広さだ。


 人が一人で戦うなら十分な広さだけど、二人で並んで戦う時は気をつかうことになるだろう。


 けど、一方で広さが限定されているということは、出現する魔物の大きさの上限もきまってくる。


 当たり前だけど、ダンジョンの空間よりも大きい魔物は出現しない。


 でも、これは必ずしも朗報とはいえなかったりする。


 なぜなら、魔物の大きさがイコールで強さじゃないからだ。


 2メートルくらいの大きさでトレントよりも強い魔物も存在する。


 そして、ここのダンジョンに出現する魔物も表層でベルセルクと同じくらいの強さのだったりするらしい。


 しかも、5メートルという幅は迷宮のラブリュスを十全に振り回すのに向いていない。


 錬金鋼の鉈で戦うことになる。


 錬金鋼の鉈は良い武器だけど、一撃の攻撃力で迷宮のラブリュスに劣るから、少し頼りなく感じてしまう。


 ダンジョンに入って50メートルぐらい歩いて魔物に出会った。


 事前にハイラムから聞かされた魔物の特徴と一致するから、シックルドラゴンだとすぐにわかった。


 ドラゴン?


 某映画に出てきたヴェロキラプトルの全身を赤くした見た目だ。


 けど、手というか前足の肘から先が長さ1メートルくらいの内側に反った鎌状の爪になっている。


 どう見てもドラゴンには見えない。


 それに、どう考えてもシックルドラゴンの姿が、生存に適していないから首を傾げたくなる。


 鎌状の爪をみるとエサとか食べづらそうとか思ってしまう。


 ファンタジーのような世界の魔物だから?


 疑問はあるけど、まずはシックルドラゴンの対処だ。


 シックルドラゴンは全長3メートルくらいで、ダンジョンだと窮屈そうにみえる。


 あの大きさだと左右に大きく動けないから、私たちが有利ともいえるだろう。


「死ね」


 殺意のこもった言葉とともに放ったハルルフェントの矢が、シックルドラゴンの眉間に迫るけど鎌状の爪で防がれる。


 でも、すでに私が間合いを詰めて左右に構えた錬金鋼の鉈を振るうけど、直前でキャンセルした。


 頭上で口を開けているシックルドラゴンの口に魔力が集中している。


 私の鉈がシックルドラゴンをとらえるよりも、シックルドラゴンのブレスの方がワンテンポ速い。


 火属性のブレスというより、赤いレーザーのような火属性の魔力がシックルドラゴンの口から伸びてくる。


 回避は不可能。


 私はファイアラットの毛皮のマントをひるがえらせて、ブレスを遮る。


 少しだけ身構えるけど、ブレスがマントに吸収されたからなのか命中した反動がない。


 マントに吸収されてしまうブレスそのものよりも、ブレスに熱せられた周囲の空気の方が、熱くてわずらわしい。


 熱せられた空気を吸って肺を焼かないように注意しながら、ブレスを放った直後のシックルドラゴンの首に錬金鋼の鉈を叩き込む。


「クソっ!」


 シックルドラゴンの傷は浅い。


 シックルドラゴンが堅いというのもあるけど、錬金鋼の鉈が命中する直前でわずかに避けられたからというのも大きいだろう。


 タメのいらないブレス、ハルルフェントの矢や私のカウンターを避ける反応速度と、シックルドラゴンは実に厄介だ。


 どうにも、ハイラムの私ならこのダンジョンの表層に出現する魔物に勝てるという言葉を勘違いしていた。


 油断しなければ楽勝くらいの意味に考えていたけど、どうやら私が全力で戦えば勝てるという意味のようだ。


 想定していたよりも魔物が強くて困ってしまう。


 まあ、でも、すぐに撤退するという選択肢はない。


 存分にダンジョンを堪能しよう。

次回の投稿は11月21日金曜日1時を予定しています。

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